2022/07/19 のログ
ご案内:「第二教室棟 廊下」に黛 薫さんが現れました。
黛 薫 >  
教室棟には昼夜問わず多くの学生が訪れる。

旧世紀的な価値観では、夜間授業は事情があって
昼間の授業が受けられない者に向けたものだった。
しかし大変容以後、その理屈は通用しなくなった。

夜間の活動が一般的な異世界から訪れたまれびと、
日光の下では活動出来ない種族などを受け入れる
モデルケースを作るには、この世界に元々あった
文化は必ずしも好適では無かったのだろう。

従って夜間の講義は特例ではなく、当たり前に
設けられる枠となっている。未だ種族、文化的に
昼間の講義を受ける学生の方が多くても、だ。

だが、昼夜変わらず門戸を開き続けるというのは
言葉で表すほど簡単ではない。本来なら閉館後に
行えば良い裏方の業務をどこかのタイミングで
捩じ込まねばならないのだから。

「……例ぇば、掃除とか?」

昼間よりは一応人の少ない夜間の校舎。
清掃バイトを任された女子生徒は廊下を見渡す。

黛 薫 >  
限られた空間を限られたスケジュールで回す手法、
それ自体は存在する。要は時間をきっちり定めて
バッティングを起こさないようにすれば良い。

この手法は講義というタイムテーブルが決まった
イベントを前提とする学園というシステムとの
相性も悪くない。

とはいえ、言うは易し行うは難し。時間割が複雑に
なればなるほど厳密な時間管理が求められるように
なるし、イレギュラーへの対応も難しくなる。

「だから次の授業で使ぅまでに掃除を終わらせて
 次に空く区画の掃除に向かぇんのが理想、と」

事前の説明を反芻し、水筒の蓋を開ける。
自分に白羽の矢が立った理由も一応納得はした。

水筒の中身──透明な水らしきものを床に撒く。

『それ』は水の粘性の限界を超えて薄く広がり、
舐めるように床と壁、天井をも覆い尽くしていく。

黛 薫 >  
「今んトコ対象が広くなっても問題ナシ、か」

この水、液体──否、『粘体』は黛薫の分体であり、
使い魔でもある。純水並みの透明度を持つスライム。
箒や雑巾の入り込めない隙間にまで広がって汚れを
『消化』していく。

「自動化出来りゃ割のイィバイトなんだけぉ」

簡単そうに見えて、実のところ操作はマニュアル。
万が一にも汚れ以外のものを溶かしてしまったり
不測の事態に見舞われないためのリスクヘッジ。

「ほら、こーゆーコトあんだから」

自販機の下から出てきたどこかのお店のポイント
カードを拾いながら渋い顔。例外処理にも限度が
あるから、こうやって確認しなければならない。

黛 薫 >  
廊下の一角、その隅々までを綺麗に掃除した後も
スライムは透明さを保ったまま。汚れは既に消化
し終えている。

水を撒いて拭き掃除をするより数段早く綺麗な
仕上がり。見た目の派手さは無いが、魔術的な
緻密さと拡張性の高さは個人的に満足している。

強いて言うなら、単なる使い魔ではなく『分体』
でもあるため、どこまで『汚れに触れる感覚』を
許容出来るかという問題はあるか。

衛生的な問題は無かろうがその気になれば感覚も
リンク出来る自身の一部。不衛生な環境に慣れて
しまっているのを加味しても、何に触れようが
気にならないという訳でもなく。

実際、今回もトイレ掃除は断っている。
いっそのこと一部機能をオミットした掃除専用の
個体でも作ろうか、なんて血迷ったりもするほど。
それはそれで良い収入源になりそうなのがまあ。

黛 薫 >  
「しかし、こー見るとなかなか面白ぃな?」

スライムが覆った側から汚れは溶けて消えていく。
何処までが掃除済みで何処までが手付かずなのか、
境界が見えるほどの差がある。

毎日掃除が行われている学園内でさえこれなら、
汚れた空間ではなおのこと効果を実感できそうだ。

まあ、面白いのはタネを知っているからでもある。
一見何の変哲もない液体が床どころか壁も天井も
覆って這い回る姿は、何も知らない人が見たら
ホラーチックに見えてもおかしくない。夜だし。

今の時間なら、講義の時間割の関係でこの廊下を
必要に迫られて通る人は少ないだろう。とはいえ
立ち入りが禁止されている訳でもなく、清掃中の
看板で仕切られているだけ。

偶々立ち入った生徒がいたら驚くかもしれない。
当の黛薫はそこまで考えていないのだが。

黛 薫 >  
また、このスライムには明確な欠点が存在する。
分体故に黛薫の持つ、一部種族を強烈に誘引する
『供儀体質』が引き継がれてしまっているのだ。

端的に言うと、魔力や精気を糧にする種族からは
『美味しそう』に見えてしまう。流石に床や壁を
這い回っている姿を見れば衛生観念がストップを
かけてくれると思いたいが……。

念のため、該当種族に嫌厭効果を及ぼす相殺用の
アミュレットの予備を持たせて対応している。
ある意味、今回のバイトは実際に運用して問題が
発生しないかのテストケースであるとも言えよう。

(……ま、ダメならダメで困んねーんだろーけぉ)

正直なところ、黛薫は今回のバイト自体が自分に
役割を与えるための方便ではないかと邪推している。

黛 薫 >  
そもそも常世学園は自分が復学するより、どころか
入学するより前から問題なくスケジュールを回して
いたはず。自分がいなくても掃除を行う手法なんて
確立されていて当たり前。

復学に際して、成果を得られず焦りがちだった
自分に校内での役割、立場を与えることによって
『認められている実感』を得られるように……と。
そういうことだろうと予想している。

「しっかし、もしホントにそーだとしたら、
 考ぇてるヒトは頭イィのか性格悪ぃのか」

『バイトの成果次第では落第街の清掃も任せたい』。
そう言われていたのを思い出して、ため息を吐いた。

落第街上がりで地理に詳しく、振り切れない不安を
抱えたままで、自身の過去に負い目を感じている。

使い魔を通して落第街を『見る』機会を与えつつ、
必要ならば負い目を利用して『学園側』に協力を
強いることも出来るであろう提案。

その上で技術的にも、人目を嫌がる異能的にも
己に適した仕事を踏み台として斡旋出来るとか。
こうも隙がないと苦い顔をしたくもなろう。

黛 薫 >  
なんて、考え事をしている間に付近の清掃は完了。
手前味噌だが、目的に特化した訳でもない術式で
素早く完璧に目標を達成出来るのは気分が良い。

「で、ココが終わったら一旦チャイム待って、
 ココの講義が終わるから、人が出払ってから
 掃除に入って……」

あくまでバイトなのだから、機械的に指示を聞いて
従うだけでも良いのだが、考えてしまうのは性分か。

「あー、次あそこの広い教室で講義が入ってっから
 この教室から出てきた学生らがこの廊下通るのな。
 関連的にも両方の講義受けてる学生多ぃだろし。

 だからこの時間の講義でココとココの教室空けて
 この廊下使ぅ用事が無くなるよーになってんのか。
 教室はともかくとして廊下の掃除のタイミングは
 こーしてコントロール必要なワケな」

頭の体操に興じている最中、廊下の掃除を終えた
スライムがするりと水筒の中へと戻っていく。

黛 薫 >  
数分待つと授業の終了を告げるチャイムが鳴った。
自分は一旦女子トイレに退避して、今度は完全に
透明化させたスライムを教室に向かわせる。

先んじて偵察させておけば人がいなくなってすぐ
清掃に入れるし、人目を避けて行動できる。

『美味しそうな匂いがした』と感じる学生も
いるかもしれないが、その程度の懸念しかない。
つくづく便利な使い魔である。

極端な話、本人がその場にいる必要もない。
今回は用心に用心を重ねているだけのこと。

その後も黛薫は幾つかの区画の掃除を済ませて。
机の下だの狭い隙間だのに残されていた遺失物の
発見数がずば抜けて多かったという担当委員の
補足に気を良くして帰るのだった。

ご案内:「第二教室棟 廊下」から黛 薫さんが去りました。