2022/12/06 のログ
ご案内:「第二教室棟 食堂」に黛 薫さんが現れました。
■黛 薫 >
「……時間が経つのって、早ぇーのな」
学生食堂、食券機前。薄手のパーカーを羽織った
小柄な女子生徒が呟く。まだ何を買うか決まって
いないらしく、他の生徒の邪魔にならない半端に
離れた立ち位置。
彼女、黛薫は復学支援対象学生である。
半年前ほどに漸く『違反学生』という肩書きが外れ、
委員会への所属も認められた。手続き上での復学は
果たされたとはいえ、身体上、及び精神上の懸念は
払拭されていないため、復学/社会復帰支援は継続中。
社会奉仕経験に乏しい黛薫にとって委員会所属後の
生活は目まぐるしかった。委員会活動/仕事を前提に
スケジュールを組むというだけで、実働時間以上に
予定が縛られる。
■黛 薫 >
思えば去年のこの時期はスクールカウンセラーの
先生に付き合ってもらって作業療法に励んでいたし、
一昨年に至っては落第街で暮らしていた。
(少しは前に進めてんのかなぁ)
心の傷とは今後何年も、もしかしたら一生に渡って
付き合っていかなければいけないと申告されている。
登校する学生の数が減る冬季休暇に託けて学内で
"慣らし" を行なうのは去年から変わっていない。
今は自分の足で歩けるようになって、パニックを
起こす頻度もほんのり減った。
とはいえ、パニックを起こして保健室送りになる
時点で健常者には程遠い。虚弱体質を身体操作の
魔術で補っている都合上、発狂しても周囲に危害を
及さずに済んでいるのは良いことやら。
■黛 薫 >
そうやって思索に耽っているから、何を食べるか
なかなか決まらない。やや離れた場所から物憂げに
食券機を眺める不審者と化している。
つい先日までハロウィンのメニューが並んでいた
献立も今や通常運行。半月もしないうちに今度は
クリスマスメニューが並ぶのだろう。またしても
月日の流れに想いを馳せる運びとなった。
「……揚げ物、かなぁ」
折角なら普段あまり食べないものにしてみよう。
その程度の軽い動機。黛薫自身料理は得意でなく、
同居人が体質上熱に弱いのも相まって、油ハネが
怖い揚げ物はあまり馴染みがない気がする。
■黛 薫 >
初めに目に付いたのは唐揚げ。揚げ物の中でも
無難に人気メニューと言えよう。しかし人気さの
お陰で食べようと思えば割といつでも食べられる。
コンビニでも冷凍食品でも一定のクオリティが
保証されているのもまた人気ゆえか。
では、逆に気軽に食べられないのはどれだろう。
コロッケやメンチカツは同様にコンビニや冷凍
食品で馴染み深いので除外するとして。
(トンカツかアジフライってトコか?)
ロース肉1枚サイズのカツや、丸ごと一尾使った
フライは冷凍食品でもレンジ調理非対応が多い。
(まあ、その2択ならフライか)
委員会に所属し、給料が入るようになったとはいえ
懐が潤っているとは言い難い。2択なら値段が優先。
やや額が削られた復学支援補助金、同居人の収入を
加味してようやく貯蓄に回せる程度の現状を鑑みて
節約出来る場所は節約すべき。身体、精神の両面に
不調を抱えているため、フルタイムで働けないのも
薄給の一因。
■黛 薫 >
(コレ昼時だったらカツ頼んでたのかな、あーし)
復学訓練のカリキュラムは日によって異なるが、
今日は冬季休暇前試験と並行して行われた。
未だトラウマを払拭しきれず、他の学生と同室で
授業を受けられない黛薫はオンラインで講義を
受講する形式。レポートのみで単位を取得出来る
科目ならまだしも、試験や実技が必要な科目は
こうして復学訓練を兼ねた別日程が設けられる。
試験の験担ぎに "カツ/勝つ" なんてあまりにも
ベタかもしれないが、それはそれで学生らしくて
楽しそうだという気持ちは確かにある。
オンライン受講自体はしばらく前から認められて
いたものの、正式な試験を受けたのは復学後初めて。
人の少なくなる午後から、負担をかけないように
4コマ分の試験を受けた後、緊張で嘔吐しかけて
保健室での休養を言い渡され、さっき解放された。
■黛 薫 >
アジフライ定食を注文して隅っこの席に座る。
人が少なかろうと真ん中付近に座る勇気はない。
黛薫の精神の不調は複合的なものである。
『異能疾患』と評される異能、時に危険を及ぼす
体質による慢性的な精神疲労。落第街出奔以前の
トラウマ、それに伴う他者や学園への恐怖と不信。
落第街で散々踏み躙られて刻まれた卑屈な性根と
薬物への禁断症状、及びフラッシュバック。
加えて、復学/社会復帰訓練では必要以上に成果を
気にしがち。期待を裏切りたくないからと肩に力を
入れ過ぎ、あっという間に消耗してしまう。過去の
失敗が今に大きく陰を落としている典型例。
「……頑張ろ」
粗暴で捻くれた不良然とした態度で自分の本心も
誤魔化しながら、内心は繊細で臆病。心を許した
相手に見せる弱さや、誰にも見られていないとき
所作に現れる丁寧さが彼女らしさと言えるのやも。
■黛 薫 >
冬季休暇前試験は先生が採点に要する日程との
兼ね合いで、一般学生の試験と日を隔てるには
限度がある。黛薫基準での過密スケジュールは
今日でひと段落といったところ。
(あーし、基礎教養はあんましなんだよな)
黛薫は旧世紀でいう義務教育範囲の科目単位を
まだ取得し切れていない。理数系科目に限れば
選択科目で遥か先を行っているが、言語科目や
社会科に関してはやっと小学校レベルを済ませて
中学校レベルに到達したところ。
自分にとって必要な知識だけを貪欲に追い求めた
結果、それ以外が穴だらけというのが現状である。
「……国語、点取れてっかなぁー……」
目下の不安は国語。他者との会話では "視線" を
読めば概ね内心まで理解出来るため、その補助が
得られない文章から感情を読み解くのが不得手。
作者の気持ちって何だよ。
■黛 薫 >
母国の歴史、及び世界史は暗記科目なのでどうにか
詰め込めるし、外国語は魔術論文を読み解くために
学んだので、下手すれば母国語より点が取れそう。
選択科目は好きで選んでいるからモチベーションも
上がるし、独学で血が滲むほどの研鑽を重ねたから
体系的とは言えないながらも教師に負けないだけの
知識量がある。
やっぱり不安要素は基礎教養、特に国語に尽きる。
「赤点は……やだなぁ」
『落第』は未だトラウマとして根深く残っている。
たった一科目、されど一科目。食事を終えつつも
気が晴れない様子で帰宅するのだった。
ご案内:「第二教室棟 食堂」から黛 薫さんが去りました。