2020/06/14 のログ
ご案内:「第三教室棟 職員室」にヨキさんが現れました。
ヨキ > しとしとと雨の降りしきる午後。
空調が湿気を和らげる職員室の半ば、自分のデスクで事務仕事を行うヨキの姿がある。

「……ふう、これでひと段落か」

教師の仕事がまるきり終わるなどということはないのだが、それでも急を要するタスクは処理を終えた。
人一倍目立つ体躯で大きく伸びをして、ペットボトルの茶で喉を潤す。

ヨキ > 続いてスマートフォンを取り出し、通知に従ってメッセージを開く。
異邦人街で仕立てたコートに現代日本のガジェットはどうにも不似合いだが、
操作するヨキの手つきは何とも手馴れている。

風紀委員会の赤坂薫子に告げたように、教師や学生たちと交換したIDはあくまで連絡用だ。

保存された名前のいくつかが、学園にとって『正規の学生と看做されない』というだけで。
それらの『存在しない』者たちもまた、ヨキの大事な教え子であることには変わりない。

相談事。世間話。ゲームの進捗。新しく買ったスタンプのテスト送信。
溜まった連絡に小気味よい短文のテキストメッセージやスタンプを返してゆく、ひとときの休憩時間。

ご案内:「第三教室棟 職員室」にシュルヴェステルさんが現れました。
シュルヴェステル > 休憩時間を過ごしているヨキの耳に、遠巻きに苛立ちの混じった声が聞こえる。
どうやら中身は『没収されたものを返してほしい』というありきたりなものだ。

「……貴殿らにも職務があるとは十分に存じている。
 私も、言われずとも数多理由があることはわかっているが。
 それでも、私にはそれが必要なんだ。それを要している。
 どうか一考してはもらえないだろうか。……返却を、私は望んでいる」

堅苦しい、言葉選びの怪しい言葉の群れ。
対面している教師も、やや困ったような表情を浮かべて首を横に振る。
が、断固対面している学生――白髪をキャップとフードで覆い隠した青年は譲らない。

「それがないと困る。……事実、私は何度もこちらに来てから当惑した。
 それがあらば解決した物事も解決できなかった。
 誰の所為という話ではない。私が解決するから、返してくれと言っているんだ」

怒りすらも僅かに滲んだ声色。
青年は、自分より身長の低い教師へと冷ややかな赤い視線を向けていた。

ヨキ > やがて耳に届く声に、スマートフォンを操作する手を止める。

長身の少年――シュルヴェステルと教師の会話の内容から、用件を推察して。
なかなか埒が明かないようだと判断した頃、徐に席を立つ。

「――やあ。二人とも、お疲れ様。
よかったら、ヨキにも話を聞かせてはもらえまいか」

中立の立場を示すように、話し込む二人の間に立つ。
互いの顔を交互に見遣ったのち、シュルヴェステルヘと首を傾いでみせた。

「君は、異邦人だな。よほど大事な品物だったようだね」

そう語り掛けるヨキの顔立ちもまた、どこか日本人離れした印象を与える。

シュルヴェステル > 教師のほうは鶴の一声に安心したような表情を浮かべ。
一方、学生のほうは自分より背高の相手へも、鋭い視線を遠慮なく向けた。

「……そうだ」

短い肯定の言葉を呟くように洩らし、瞬きを数度。
柔らかい印象のヨキと一定の距離を保ったまま青年は口を開く。

「この世界に紛れ込んだのち、学園預かりとなっていた物品を返却してもらいにきた。
 が、この有様だ。それはできない、それは難しい、と首を縦に振らない」

無愛想に学生がそう言い放てば、教師のほうが小声でヨキへと耳打つ。
「この学生が紛れ込んだとき、剣を持っていたんです」。
「保護の声を掛けようとした生活委員会の学生が、それで斬られまして」。
「保護が決まったときに、武器は預かるということになったんですが」。

「返却頂きたいのだが、どこに申し出れば首肯してもらえるだろうか」

角張った無骨な言葉をつかう異邦人の学生が、ヨキに問う。

ヨキ > 両者の言い分へそれぞれ耳を傾け、ふむふむ、ほう、と相槌を打つ。

「剣……剣か……」

苦い顔をして、額に手を当てる。
シュルヴェステルの方を見遣って、穏やかに言葉を続ける。

「……生憎と、保管先を伝える訳にはゆかんな。
残念ながら、君はその『大事な剣』で学園の生徒を一人、斬ってしまった。

だがこの常世島では、おいそれと剣を使ってはならんのだよ。

君がこの島の生活に慣れぬうち、むやみに剣を抜かぬと知れないうちは――
人を斬らないという保証がないうちは、『まだ』返せない」

そこまで言って、一旦言葉を切る。

「こちらの人間の服装も言葉も、君には見慣れぬものだったろう。
君はきっと、自分の身を守ろうとして剣を抜いたのだろうな?」

シュルヴェステル > ヨキの言に、感情的な反論はなかった。
ただ、右手を強く、強く握っていた。言葉を噛み殺すように。

「そうか」

極力、淡白を装おうとしているのを伺うのは容易だ。
なんせ、こちらへ迷い込んだときに少しの躊躇いもなく剣を抜くほど。
俯きながら唇を噛み、納得をなんとかつくろうとしているような沈黙を経て。

「……では、どうすらば保証となる。
 何をして、どのような行いをして、如何なる手段で保証は得られる?
 この常世島で生きていく――いいや、帰るまでの護身は、一つとして私は持たない。
 いつまでこのような思いをしなければならない?」

切られたあとの言葉は、青年にとって核心的であり。
それを見透かされたのも含め、些か居心地の悪そうな表情を浮かべた。
キャップのつばを深く被り直す。

「すべてが。陽光のいろ、砂塵のいろ、温度、言葉も。
 ああ、そのとおりに。……貴殿の想像と、少しも違わない。
 今もこうして、誰とも知らぬ者に呪われなければ会話すら行えない」

最初にこの島にやってきたときに行われたこと。
翻訳魔術を、彼ははじめに学園所属の術士によって掛けられた。
言葉も何も通じない動物と話すために、常世学園は言葉を与えた。

「会話が行えているかも、定かではないがな」