2020/06/14 のログ
ご案内:「第三教室棟 職員室」にヨキさんが現れました。
■ヨキ > しとしとと雨の降りしきる午後。
空調が湿気を和らげる職員室の半ば、自分のデスクで事務仕事を行うヨキの姿がある。
「……ふう、これでひと段落か」
教師の仕事がまるきり終わるなどということはないのだが、それでも急を要するタスクは処理を終えた。
人一倍目立つ体躯で大きく伸びをして、ペットボトルの茶で喉を潤す。
■ヨキ > 続いてスマートフォンを取り出し、通知に従ってメッセージを開く。
異邦人街で仕立てたコートに現代日本のガジェットはどうにも不似合いだが、
操作するヨキの手つきは何とも手馴れている。
風紀委員会の赤坂薫子に告げたように、教師や学生たちと交換したIDはあくまで連絡用だ。
保存された名前のいくつかが、学園にとって『正規の学生と看做されない』というだけで。
それらの『存在しない』者たちもまた、ヨキの大事な教え子であることには変わりない。
相談事。世間話。ゲームの進捗。新しく買ったスタンプのテスト送信。
溜まった連絡に小気味よい短文のテキストメッセージやスタンプを返してゆく、ひとときの休憩時間。
ご案内:「第三教室棟 職員室」にシュルヴェステルさんが現れました。
■シュルヴェステル > 休憩時間を過ごしているヨキの耳に、遠巻きに苛立ちの混じった声が聞こえる。
どうやら中身は『没収されたものを返してほしい』というありきたりなものだ。
「……貴殿らにも職務があるとは十分に存じている。
私も、言われずとも数多理由があることはわかっているが。
それでも、私にはそれが必要なんだ。それを要している。
どうか一考してはもらえないだろうか。……返却を、私は望んでいる」
堅苦しい、言葉選びの怪しい言葉の群れ。
対面している教師も、やや困ったような表情を浮かべて首を横に振る。
が、断固対面している学生――白髪をキャップとフードで覆い隠した青年は譲らない。
「それがないと困る。……事実、私は何度もこちらに来てから当惑した。
それがあらば解決した物事も解決できなかった。
誰の所為という話ではない。私が解決するから、返してくれと言っているんだ」
怒りすらも僅かに滲んだ声色。
青年は、自分より身長の低い教師へと冷ややかな赤い視線を向けていた。
■ヨキ > やがて耳に届く声に、スマートフォンを操作する手を止める。
長身の少年――シュルヴェステルと教師の会話の内容から、用件を推察して。
なかなか埒が明かないようだと判断した頃、徐に席を立つ。
「――やあ。二人とも、お疲れ様。
よかったら、ヨキにも話を聞かせてはもらえまいか」
中立の立場を示すように、話し込む二人の間に立つ。
互いの顔を交互に見遣ったのち、シュルヴェステルヘと首を傾いでみせた。
「君は、異邦人だな。よほど大事な品物だったようだね」
そう語り掛けるヨキの顔立ちもまた、どこか日本人離れした印象を与える。
■シュルヴェステル > 教師のほうは鶴の一声に安心したような表情を浮かべ。
一方、学生のほうは自分より背高の相手へも、鋭い視線を遠慮なく向けた。
「……そうだ」
短い肯定の言葉を呟くように洩らし、瞬きを数度。
柔らかい印象のヨキと一定の距離を保ったまま青年は口を開く。
「この世界に紛れ込んだのち、学園預かりとなっていた物品を返却してもらいにきた。
が、この有様だ。それはできない、それは難しい、と首を縦に振らない」
無愛想に学生がそう言い放てば、教師のほうが小声でヨキへと耳打つ。
「この学生が紛れ込んだとき、剣を持っていたんです」。
「保護の声を掛けようとした生活委員会の学生が、それで斬られまして」。
「保護が決まったときに、武器は預かるということになったんですが」。
「返却頂きたいのだが、どこに申し出れば首肯してもらえるだろうか」
角張った無骨な言葉をつかう異邦人の学生が、ヨキに問う。
■ヨキ > 両者の言い分へそれぞれ耳を傾け、ふむふむ、ほう、と相槌を打つ。
「剣……剣か……」
苦い顔をして、額に手を当てる。
シュルヴェステルの方を見遣って、穏やかに言葉を続ける。
「……生憎と、保管先を伝える訳にはゆかんな。
残念ながら、君はその『大事な剣』で学園の生徒を一人、斬ってしまった。
だがこの常世島では、おいそれと剣を使ってはならんのだよ。
君がこの島の生活に慣れぬうち、むやみに剣を抜かぬと知れないうちは――
人を斬らないという保証がないうちは、『まだ』返せない」
そこまで言って、一旦言葉を切る。
「こちらの人間の服装も言葉も、君には見慣れぬものだったろう。
君はきっと、自分の身を守ろうとして剣を抜いたのだろうな?」
■シュルヴェステル > ヨキの言に、感情的な反論はなかった。
ただ、右手を強く、強く握っていた。言葉を噛み殺すように。
「そうか」
極力、淡白を装おうとしているのを伺うのは容易だ。
なんせ、こちらへ迷い込んだときに少しの躊躇いもなく剣を抜くほど。
俯きながら唇を噛み、納得をなんとかつくろうとしているような沈黙を経て。
「……では、どうすらば保証となる。
何をして、どのような行いをして、如何なる手段で保証は得られる?
この常世島で生きていく――いいや、帰るまでの護身は、一つとして私は持たない。
いつまでこのような思いをしなければならない?」
切られたあとの言葉は、青年にとって核心的であり。
それを見透かされたのも含め、些か居心地の悪そうな表情を浮かべた。
キャップのつばを深く被り直す。
「すべてが。陽光のいろ、砂塵のいろ、温度、言葉も。
ああ、そのとおりに。……貴殿の想像と、少しも違わない。
今もこうして、誰とも知らぬ者に呪われなければ会話すら行えない」
最初にこの島にやってきたときに行われたこと。
翻訳魔術を、彼ははじめに学園所属の術士によって掛けられた。
言葉も何も通じない動物と話すために、常世学園は言葉を与えた。
「会話が行えているかも、定かではないがな」