2020/07/07 のログ
ご案内:「第三教室棟 屋上」に日ノ岡 あかねさんが現れました。
日ノ岡 あかね > 人気のない夕刻の屋上のテラス。
そこの片隅のベンチで……あかねは休んでいた。
傍らには大量の菓子パンと水のペットボトル。
そして……夥しい量の錠剤。

「ふふふ……いやぁ、久々に『喰らう』と思ったよりキツいわね」

ベンチに深く背を預けて、冷えたペットボトルを額に押し当てて冷やす。
ほぼほぼ焼け石に水だが、少しだけ楽になる。
今、あかねは頭痛に悩まされていた。
原因は……先日、水無月沙羅から受けた異能のせいである。
 
「ほんと、無茶するわよねぇ……元違反部活生である程度『ああいうの』に慣れてる私だからよかったけど……素人に撃ったら下手するとショック死させてるわよアレ。まだ、普通に銃を撃ってくれたほうがマシだったわ」

苦笑いを漏らす。

「『殺す』つもりならそれでいいんだけどね」

日ノ岡 あかね > あの後、風紀委員会の資料を漁って、水無月沙羅の異能についてはある程度調べが付いていた。
要は、自分が受けた痛痒を相手に送り込む異能。
……だが、彼女の体は不死身であるそうだ。
デメリットを実質的に『ある程度』相殺できる組み合わせというわけだ。

「不死身で『力がない』なんて言うんだから……最近の子はわからないわねぇ」

あかねは先日、目の前で拳銃自殺をした沙羅に『それ』を叩き込まれた。
つまり……あかねは『自分で自分の頭を拳銃で撃ち抜いたと同等の痛みや恐怖』を受けた事になる。
とはいえ、『似たような呪詛』は落第街では溢れていた。
元違反部活生のあかねからすれば、こういう物を受けた経験は一度や二度ではない。ある程度の『慣れ』はある。
お陰でその場では猫被りで何とか出来たし、帰宅するまでは痩せ我慢も出来たが……所詮はその場しのぎ。
受けたダメージが消えるわけではない。

「……まぁ、過激派筆頭リオ君の後輩らしいと言えばらしいかしら?」

菓子パンと鎮痛剤の錠剤を水で流し込み、また休む。
今のあかねに出来ることは対症療法だけだ。

日ノ岡 あかね > とはいえ、結果的にあかね……いや、『トゥルーバイツ』の利益にはなった。
状況だけを整理すれば、水無月沙羅は「仕事中の同僚と口論の末、相手を即死させかねない異能を自分自身の裁量で独断使用した事」になる。
普通に不祥事の筈だ。
これで、過激派に対して『トゥルーバイツ』は貸しが一つ出来た形になる。

「ま……身を切った甲斐はある買い物ね。生きてるだけ儲けと思っておきましょう」

菓子パンをまた一つ食べ終えて、ペットボトルを呷る。
今はカロリーが必要である。

日ノ岡 あかね > しかも当時、あかねは非武装。完全な丸腰。
異能もリミッター付き。
元違反部活生の上に監視対象という部分でアヤはつけられるだろうが……それでも、『あかねに有利な方向』には恐らく出来るだろう。
損得勘定だけで言えば得な筈だ。
痛い目を見たのはあかね一人なのだし。

「……これも責務の内ね」

自責。あかねはその言葉で片付ける。
頭痛一つで風紀内の発言権を多少なりでも買えるのなら、悪くない取引だ。

ご案内:「第三教室棟 屋上」に紫陽花 剱菊さんが現れました。
紫陽花 剱菊 >  
屋上の扉が開かれ、そこに現れたのはくびれたコートを身に着けた男。
険しい仏頂面、不愛想な顔。
先客の少女を見ると、今回だけはより一層眉間の皺が増えた。

「……あかね。」

穏やかな声音で、少女の名を呼んだ。
男はゆっくり、彼女の下へと歩み寄る。

日ノ岡 あかね > 「あら? コンギクさんじゃない。こんなところで会うなんて……奇遇ね?」

にこりと笑って見せるあかね。
それとなく、錠剤は菓子パンの山に隠してはみるが……剱菊相手に通用するかどうかは微妙なところだ。
それでも、あかねはいつも通りに一応は笑って見せる。

「ダイエット……サボってるところを見つかっちゃうのはちょっと恥ずかしいわね」

軽く鞄を退かして、剱菊が座るスペースを確保する。
屋上には初夏の風が、僅かに吹き込んでいた。

紫陽花 剱菊 >  
初夏の風に黒髪が糸の様に揺れる。
互いの黒が揺らめき合い、軽く会釈をして確保されたスペースに腰を下ろした。

「……書類整理の後だ。ある意味必然では在るやも知れない。」

「……女性は、多少肉付きが在った方が私は愛嬌は在ると思うよ。」

勿論であったのは偶然だ。
あの日、初めて出会った日からずっと。
屋上から見える遥か彼方の地平線を眺めながら、男は静かに言葉を続ける。

「……卒爾では在るが、其方に一つだけ聞きたい事が在った。」

日ノ岡 あかね > 「ふふ、残念ながらスタイル維持は女の子の永遠の課題なのよ」

冗談めかして笑いながら、黒い瞳を細めて笑う。
互い違いの黒が、蒼穹の元で絡み合った。

「ええ、何でも聞いて頂戴。私とコンギクさんの仲でしょ?」

隣に座った剱菊に、あかねは嬉しそうに笑みを向ける。
視線はずっと、その横顔から逸らさない。
遥か彼方を見据える男の横顔に……あかねは視線を注ぎ続ける。

紫陽花 剱菊 >  
「……食した分だけ、動けば良い……。」

身も蓋もない事を言うのがこの男。
割と運動部系故に其の手の事に関しては元の性格も相まって割と容赦がない。

「…………。」

男の横顔は、憂いを帯びていた。
もしかしたら、あかねならそれだけで何か察するかもしれない。
宵闇の黒に見据えられた男は、静かに口を開き始める。

「……幾星霜と悩んでいた。其方の事に。恋煩いで在れば、きっとお互い楽だったかもしれない。」

自らについてこいと言ったあかねの事。
それに対して刃として出した己の答え。
ずっと、引っかかっていた。『自分は彼女を振った』と言う。
それはきっと、彼女自身が自ら出した答えと相反する道を行く他ならないと思ったからだ。
公安に辿り着いたのが宿業であるなら、此れもまた宿命か。

「……あかね。」

黒髪が揺れ、視線を合わせた。
夜と底。互いの黒が交じり合う。

「其方は、随分と同志を増やしているようだな。……随分と無茶もしているようだ。……嗚呼、いや、前置きは良そう。」

躊躇いを生む。はぐらかされるかもしれない。
己が確認すべき事は、一つ。

「……かつての組織の同志。そして、唯一の生き残り、日ノ岡 あかね。」

「──────其方、『真実』の為に彼等を殺したな?」

夏の涼風にしては、余りにも冷たい季節外れの冷風が二人の間を通り抜ける。
互いに同志で在れば、それは望んだ"死"だったかもしれない。
当事者でも無ければ、居合わせた訳でも無い。過去を確かめる術は残された記録のみ。
其の言葉は推察を域を出ないが、男は敢えてそう表現した。
"殺したのか"、と。

日ノ岡 あかね > あかねは……穏やかに微笑んで、剱菊の言葉を聞く。問いを聞く。
全て聞き終えるまで、じっとその顔を見続ける。
身も蓋もないスパルタな事を言う彼を。
大真面目な憂い顔で……恋にならなかったことを悩んでくれる彼を。
流れるような黒髪を翻して、水底のような黒い瞳を向ける彼を。
 
……真っすぐにあかねを見て、躊躇いながらも……迂遠を避けて言葉を選んでくれる彼を。
紫陽花剱菊を……日ノ岡あかねは、じっと見つめて。

「なんで……そんな酷い事言うの?」

少し悲しそうに……あかねは笑った。
だって、それで十分だから。
だって、それで彼には通じるから。
古風で独特な言葉遣いの彼には……それだけで十分通じる。
あかねは……そう信じている。疑っていない。
だから、あかねは「それだけ」しか言わない。
「それだけ」で……彼には十分だから。
十分な……筈だから。
夏空の元、涼やかに吹き抜ける肌寒い風。
その風に互いに身を任せながら……あかねは、じっと剱菊の瞳を見つめた。

紫陽花 剱菊 >  
"酷い"。
彼女は自らの言葉"酷い"と言った。
彼女は如何なる時も微笑んでいた。笑っていた。
それは笑顔の仮面だったのか、それともそれが『日ノ岡 あかね』たる所以の顔だったのか。
そんな彼女の笑顔に哀が映った。初めて見た、笑顔だったかもしれない。
それでも彼女は、"違う"とは言ってくれなかった。
その言葉の真意を如何程と受け取るべきか。
身を寄せたまま、男は静かに首を振った。

「……済まない。」

何に対する謝罪なのか。
彼女の悲しみにか?其れとも己の言葉にか?
宙ぶらりと、漏れた言葉は風に運ばれていく。
愁いを帯びた瞳を合わせたまま、両腕を回そうとした。
自分より一回り小さなあかねの体を、抱きしめようとした。

「……其方の"声"に、"目"に、私が暗れ惑った……否、迷い子で在れば、私はきっと此処にいない。」

きっと、もっと別の形でいたかもしれない。
あの日、初めて出会った彼女に、未だ世界に馴染めず彷徨の行方も定まらなかったあの時
あの時見た夜にずっと迷っているだけなら、こんなことも言わなくて済んだのかもしれない。

「……"君"は、未だ『真実<さき>』を見据えているのか?例え今度は屍の山を気づき、幾度の血に塗れても……其方は『真実<さき>』にしか興味がないのか?……答えてくれ、あかね。」

「君にとって、今の同志たちの"命"とはなんだ?」

それは、万人の命を尊ぶが故の、愚問だったかもしれない。

日ノ岡 あかね > あかねは、拒まなかった。
男の抱擁に身を任せた。
互いの黒髪が触れた、互いの肌の香まで触れた。
屋上の片隅、誰の視線も届かない。
あるのは二つの黒だけ。
夜の黒と、底の黒。
抱き止められながらも……あかねはずっと男の顔を見上げてた。
じっと、視線を逸らさなかった。
夜の黒は、底の黒を……見つめ続けていた。
いつもと変わらず。
最初から変わらず。
だが、一つだけ変化があるとすれば。

「私はいつも……『答えてる』わ」

その声色は、少しだけ……小さかった。
本当に、少しだけ。
ほんの、少しだけ。
その、少しだけ小さな声で。

「ねぇ、コンギクさん……教えてくれる?」

あかねは問い返す。
日ノ岡あかねは、紫陽花剱菊に。

「私は……仲間を皆殺しにして、その命を何とも思わない子に見えてるの?」

笑って……問い返した。

紫陽花 剱菊 >  
剱菊の体温は鉄の様に冷たかった。
彼女の体温を求めるように、その腕の力は強く
大事なものを離さんとする幼子の様に彼女を優しく抱擁した。
静寂の香を漂わせる一方で、男が歩んできた道のりをありありと示す血の匂い。
噎せ返るほどの"死臭"を、あかねは感じる事が出来るかもしれない。
誰もいない片隅で、二人の黒が交じり合う。
静寂の宵闇、きっと誰もいない小さな夜に二人きり。

「──────……。」

『答えている』
彼女は何時だって答えている。
嗚呼、そうだな。ただ、人にはきっとすぐには伝わらない。
剱菊もまた酷く不器用で、臆病だった。
それでも尚、彼女から目は離さない。
……離してしまった時、きっと彼女は宵闇に消えてしまうだろうから……。

「……もし。もし私が"そうだ"と幾方を答えたら、君は其れを"演じる"のか?」

問い返した。
其れは、次の答えに"そうであってほしい"と思う男の願い。

「────あかね。宵闇の小女郎。君は違うと、思っている。」

何も感じないような少女ではないと答えた。
そう、思いたかった。
都合の良い事にしたかったのかもしれない。
僅かな光を宿した底の黒。宵闇さえ吸い込みそうな黒が、揺れる。

「なぁ、あかね……。」

少女の背中に、僅かに"別の冷たさ"が伝わる。
剱菊の異能、刃の生成。抱きしめていた手が握った、一振りの小太刀。
鈍い銀色は、夜の中でも輝きを忘れない。其れが今、男の手中にある。

「……此れより先に、進んでくださるな。私は……、……。」

……そこから先は、敢えて言わなかった。
わかっている、わかっているとも。
自分の知る『日ノ岡 あかね』なら、その返事は既に心得ている。
だから、そうなるな。そうなってくださるな。
男はただ、それこそ"都合の良い言葉"を夢想し、返答を待った。
いっそ宵闇に暗れ惑わせてくれ。そうすれば─────。

日ノ岡 あかね > 「『見て見ぬ振り』をしないで」

答えは、明白だった。
凍えるような男の体温に包まれて尚。
死を思わせる昏の香に触れて尚。
鈍銀の意志を突きつけられて尚。
あかねは。
日ノ岡あかねは。

「……わかってるでしょ」

ただ、笑った。
少しだけ、申し訳なさそうに。
少しだけ、寂しそうに。

「私……進むわよ」

宵闇は……湖底には沈まない。
それが、あかね。日ノ岡あかね。
初めて会ったあの夜から……何一つ変わらない。

「そうしないと、私の願いは叶わないから」

日ノ岡あかね。

「そうしないと、私は欠けたままだから」

ずっと、紫陽花剱菊と喋ってきた……日ノ岡あかね。
何一つ、変わりなんてしない。

「私、戦うとか、死ぬとか……嫌よ。嫌いよ」

きっと、ずっと。
何も変わらない、ずっとずっと何も変わらない。

「だけど、それしか手段がないなら……」

どこまでいっても……きっと変わる事がない。

「もう、仕方ないじゃない」

日ノ岡あかね。

「……他の手段、私が探してないとでも思った?」

あかねは、笑う。
静寂の中で。宵闇の中で。
二人しかいない……小さな黒の中で。
あかねは。

「もう、『真理』くらいしか……頼れないの」

……子供のように、呟いた。

紫陽花 剱菊 >  
「──────嗚呼。」

そうだな。その返事だ。
自分の知る日ノ岡 あかねなら、そう言うだろうと思っていた。
そう言われるのもわかっていた。
ただ、一つだけ、自分は彼女を強い少女だと思っていた。
だから、そう、あかねの今の姿を見て、剱菊は笑った。
死臭に似合わぬ、穏やかな微笑み。
昏の香の奥の奥。僅かに漂う日天子の香。
男の本質である優しさ。
宵闇に弱々しく輝く日天子の日差し。

「……其れは、知らなかったな。否、思い当たらなかった。」

ずっと、"強い"と思っていたから。
前に進み続ける強さを持っていると、思っていたから。
でも、言われてみるとそうだ。其れも当然だと思う。
何であれ、彼女は"総て"失ったのだ。望んだ道とは言え、一度に全てを。
多くの悔恨を残したに違いない。彼女はそう、"一人"なんだ。
ずっと夜に一人で、ただ一つ縋れる先に、手を伸ばし続けている。
途端、酷く腕の中の少女はか弱く見えた。
……嗚呼、ずっと怯えていたんだろうか?暗闇で、一人。

「……私は、其の穴を埋めるには"不足"だろうか?私も大概、欠かれと呼ばれても違うと否定出来ぬ身分だ。……あかね。」

暖かな日差しは言葉を以て手を差し伸べる。
冷たき心の刃は、小太刀の切っ先を、小さな背中へと向ける。

「……私と共に、此の幽世を行こう。進むべき道を、私が示す。其方と共に、歩みたい。」

あの時とは違う、『日ノ岡 あかね』唯一人を見据えて、問いかける。
いっそそれしか縋るものしかないので在れば、進むしかないのであれば
自分がその道を示そう。先導者としては、明らかに不足、欠けた茶碗も甚だしい。
それでも、彼女をこのまま進ませるよりは、新しい道へと進ませたかった。
『日ノ岡 あかねの新たな居場所』へと成ろうとした。

それは、あかねと出会ったあの日から変わらなかった自らを刃と定めた心。
それを捨てると同義である。人と刃の中で揺れ動く心が、何方かを選択する。

「『選んで』くれ、あかね。」

彼女が今まで幾人に問いかけたように、自身もまた問いかけた。
……刃を向けたまま、まるで脅迫まがいにも見えるかもしれない。
卑怯な男だと、誹られても構わない。微笑みに酷く、申し訳なさと自嘲が現れる。
此れを捨てるか否かは、彼女の選択次第だ。

日ノ岡 あかね > 沈黙は、長かった。

「……」

誘いは……明々白々だった。
それは、紫陽花剱菊の言葉。真摯な問い。
日ノ岡あかねに向けられた……微かな日差し。
男の決意ある言葉。
故に……あかねは。

「……ふふ、やっと、そう言ってくれたのね」

その笑みには……微かに涙が浮かんでいた。
瞳の端に強かに湛えた涙。
少しだけ、強く袖を掴む指先。
剱菊の言う通りだった。
剱菊の察した通りだった。
あかね、日ノ岡あかねは……一人だった。
手を伸ばし続けていた。
今も伸ばし続けていた。

他の手段を知らないから。
他の手段を持たないから。
それが、それをしているだけの少女が。

「遅いわよ、バカ」

日ノ岡あかねだった。
どこにでもいる少女だった。
どこにでもいる女子だった。

あかねは、ただ我武者羅に手を伸ばすだけで。
あかねは、ただ泣きじゃくって手を伸ばすだけで。

痛みも、苦しみも、辛さも、涙も。
我慢しようとおもえば、少し我慢できるだけで。
それでも、我慢の必要があるということは。

「ねぇ、コンギクさん……それじゃあ、助けてくれるの?」

それは。

「私……甘えていいの?」

全部あるという事でしかない。

「……じゃあ、聞いて」

耳打ちするように。

「……全部、話すから」

あかねは、呟いた。

日ノ岡 あかね >  
 
そっと、耳打ちするように。