2020/07/29 のログ
■ヨキ > 「無駄だとしても。たとえ徒労に終わったとしても――
どうせ消える記憶なら、『徒労であったこと』すら忘れてしまうさ。
たとえ最後には何もかも失われてしまうとしたって、抗うことを止めるな。
そこで立ち止まったら、君は『忘れない』と誓ったことさえ嘘になる。
『友達』なのだったら。
尽くすことを、抜かるな。恐れるな。躊躇うな」
ヨキは真っ直ぐに椎苗を見ている。
強くも、鋭くも、冷たくさえも見える眼差し。
「無論、ヨキのためだけではない。
それは自分のためでもある。
…………。
君は『道具』だそうだな。
記録しろ、などとは口が裂けても言わんぞ。
ヨキは君を一切、道具扱いなどしない。
君が『自発的に』そうするのだ。
『友達』を想いながら――『友達として』な。
それは……『記録』ではない。『思い出』だ」
目を伏せる。
「……君は。
その『友達』が、どんな男を慕っていたか、少しでも知っているのだろう。
――『こういう男』だよ」
■神樹椎苗 >
言葉の一つ一つが、重く圧し掛かる。
頭の芯を殴りつけられるように、何度も何度も、反響した。
目がくらんで――心が軋む。
「たとえ、徒労でも――抗う事を、やめない」
教師の言葉を、力なく繰り返す。
「嘘つきには――なりたくないです。
あいつと誓った事、願ったことを、嘘にしたくない」
言葉にして、揺らぐ青に光が灯る。
震えていた唇は、強く結ばれた。
「どいつも、こいつも――しいを、人間扱いしすぎなのですよ」
その言葉は、『普段通り』に、疲れた響きを持っていた。
「しいが自分から、『友達として』、『思い出』を記す――。
そう、ですね。
何が残るかはわからねーですけど、何もしなければ、何も残らないですから」
ようやく、焦点が定まったような気がした。
一体何に迷い、不安がっていたのだろう。
結局――出来ることなど決まっていたのに。
「我ながら、バカみてーですね。
こんな簡単なことすら、自分で決められなかったなんて」
呆れたように肩を落として、自らを嘲るように言う。
そして、左手で額を抑えながら、小さな笑い声が漏れ出す。
「ああでも、本当に。
あいつ、男の趣味だけは、随分と悪かったみてーですね」
ようやく、椎苗は教師の顔と向き合った。
どこか無気力で捻くれた、いつもの表情で。
■ヨキ > 「『道具』として扱われたいのなら――もう少し、感情を殺すことだな。
『道具』は疲れた顔をしない。迷いなど訴えない。
そのような顔で言われても、説得力がない」
しれっとした顔で、そう言ってのける。
「……そうだ、とても簡単なことだ。
残された者に出来ることなど、それしかない。
ヨキはずっとずっと、そうしてきた。
そしてこれからも、そうしてゆく。
己の命ある限り、己と教え子のために尽くすのだ」
椎苗と向き合い、その目を見つめる。
「恋は盲目、あばたもえくぼという言葉を知らぬか?
これから付き合ってみれば分かる。
このヨキが、いかに愛情深い男かということはな」
鼻を鳴らして笑う。
■神樹椎苗 >
「――なりたくて『道具』になる奴なんて、いねーですよ」
自分の中途半端さを笑うように言うと、ひじ掛けに手を当てて、体を押し上げるように立ち上がる。
酷く疲労感は残っていたが、頭はすっきりとしている。
未だ、胸のうちは酷く、重くなっているが。
「それしかないなら、やるしかねーですね。
ああそうです、どうせそれしかないのなら、しいはやる事を選びます」
どれだけ選択肢が少なくとも。
選べるなら選び続ける。
できうる限り、前を向いて。
「愛情深いなんて、自分で言うような男は怪しくてしかたねーですね。
はーあ、お前みたいなやつのなにがそんなに恋しかったのだか」
肩を竦めながら、教師に背中を向ける。
「お前に会いに来た理由が、やっとわかりましたよ。
お前みたいな教師だから、話してみたかったのでしょう。
ああ本当に――趣味が悪い」
そう、どこか可笑しそうに薄く笑みを浮かべて。
礼も言わずに去っていこうとするだろう。
■ヨキ > 「…………。そうだ」
肯定する声は、いやにはっきりと響く。
「『道具』扱いなど、碌なものではない。
……ヨキは異邦人だ。多くを語るつもりはないが、それだけは確かだ。
だからヨキは、絶対に、死んでも、『人間相手』にはそれをしない」
その声には、どこか怒りのようなものさえ籠っていた。
「だから……ヨキの前では、君は――否。君のみならず、みな人間だということだ」
ひとつ息を吐くと――その一瞬の激情は、鳴りを潜めて。
何がそんなに、という椎苗の言葉には、眉を下げて笑って。
「…………。全くだ。
ヨキの方が、それを訊きたいよ」
どんな教え子だったのか。
どんな会話を交わしたのか。
どうしてヨキは、慕われることになったのか。
「ヨキの方が訊きたいさ……」
椎苗よりも先に、『教え子』の記憶を失った男は。
そうとしか答えることが出来なかった。
「本当に、趣味が悪かった、のだろうな」
茫漠とした話に、何一つ確信も持てぬまま。
ぽつりと、そう呟いた。
■神樹椎苗 >
「――大した教師ですよ、お前は。
きっとそれで、救われるやつもいるんでしょうね」
一瞬の激情に意外そうな顔で振り返り、つい詮索しそうになって――目を離した。
「そんな趣味の悪い教え子が居た事。
それだけ、覚えててやってください。
それで十分に――あいつは幸せだと思いますよ」
最後にそれだけ残して、まったく無礼に挨拶もせず。
椎苗は職員室を後にした。
■ヨキ > 「……失敬。古い話をした。
ふ、大した教師、か。お褒めの言葉をありがとう。
その言葉があれば、明日からもやってゆけるよ」
微笑んで、二三頷く。
「――言われずとも、覚えておくさ。
言ったろう、ヨキはどこまでも教え子のことは覚えておきたいんだ。
たとえ、思い出す手掛かりなどなくともな」
椎苗を見送ったのち、自分の机へ向き直る。
「……………………、」
眼鏡を外す。
机に肘を突き、額に手を宛がう。
長い長い息を吐いて、いつまでも、いつまでもずっとそうしていた。
ご案内:「第三教室棟 職員室」からヨキさんが去りました。
ご案内:「第三教室棟 職員室」から神樹椎苗さんが去りました。