2021/11/29 のログ
ご案内:「個人相談室」に崩志埜 朔月さんが現れました。
■崩志埜 朔月 >
クリーム色の壁にブラウンのソファ。
木目調のローテーブルには日持ちする菓子類が入った小さなラウンドボウルが1つ。
ここは個人用の相談室、表には『予約空き』の札。
「そういえば新任の先生、昨日が初出勤ね…」
担当は数学と公民だったか。
答えを教えていく科目の公民ならともかく、解き方を教える数学というのは厄介だ。
一度教えて理解に至る子もいればそうでない子もいる。一歩進んで複雑化した途端に当てはめ方が分からなくなる事もある。
そんな科目を新任の教師一人に丸投げすると言うことはあるまい。
「……無いとは、思うのですが」
この学園ではありえてしまうので『無いと思いたい』というのが正しかった。
まさかね、と一抹の不安を覚えながら壁際に置かれたアロマディフューザーに水を注ぐ。
取り付けたオイルボトルはミントの香り。
スイッチを入れて数秒も待てば、爽やかな香りが程よく蒸気に乗って広がるだろう。
■崩志埜 朔月 > ふわりと広がる透き通るような香気。
柑橘系を足しても良いかも知れないと思う反面、この時期にはもう寒いだろうか。
シナモンやバニラの甘くスパイシーな香りも良いかもしれない。
そんな事を考えながら手を付けるのは小テストの山々。
複数科目を受け持つ教師の手には余る夥しい数のプリント。
科目を持たないからこそ、自由に動ける時間のある人間に回ってくる仕事もあるという物だ。
正誤表を片手に赤ペンを滑らせる。
字のクセの強弱に潜む解答者の人柄に触れながら、丁寧かつ迅速に。
一纏まりのプリントの束を片付けたのなら、科目ごとにチャック袋に収めては次への繰り返し。
急がないと言われてはいるが、こういった物の復習などは早いに越した事は無い。
次に、それこそ明日にでも。
結果から知る彼ら彼女らの不明点を無くしていく事こそ、自分たちの仕事なのだから。
扉が叩かれる事が無ければ、時間は飛ぶように過ぎていく――
■崩志埜 朔月 > 「ふぅ、これで週明けには返せるでしょうか」
自分に拳よりもうず高く積まれた紙の束を片付け、伸びを一つ。
陽はとっくに沈み、既に学舎に残る生徒も多くはないだろう。
やるべき仕事は終えたのだから、そのまま帰っても咎める人は誰もいない。
が、ふと鞄の側を見れば頼まれた広報紙面の文章校正も手付かずのまま。
「……これも明日に、という気にはなれませんね」
受け取った原本のコピーを手に取って呟く。
これも職員の誰かがしなければならない事。
目についたからには、最後に一仕事。
一息入れるために、電気ケトルで湯を沸かす。
ただ紅茶を……というのも味気ないだろうか?
(レモネードにしましょう)
思い立ってレモン汁を取り出そうと備え付けの冷蔵庫を開く。
開ければふと目につくのはシュークリームの入った紙袋。
昼頃に同僚に貰った物だが、来客も無かったので未開封のまま。
表記の期限は当日中。
「……た、食べ物を粗末にはできませんね」
■崩志埜 朔月 > ――どうしましょうか。
などと考える素振りを見せながらも手はテキパキとレモネードの用意を進め、
来客用のテーブルにソーサーまで置き始める始末。
(いえ、これは決して疲れたので甘い物が食べたい等と言う欲に満ちたものではなくて、
頂いた好意を無下になどできないという至極真っ当な――)
言い訳を頭の中で並べ立て、着席。
「――いただきます」
すりガラスのはめ込まれた扉の向こう。
部活帰りの生徒が疲れた体を鞭打つその裏で、
とても人には見せられないような満面の笑みでシュークリームを頬張る教師の姿が
そこにはあった。
当然の事として本来の職務である更正を怠るような事こそ無かったが、
二つ目を頬張った拍子にクリームをジャケットに零したせいか、
翌日身に纏っていたジャケットは薄いグレーの普段とは違う物になっていたという。
ご案内:「個人相談室」から崩志埜 朔月さんが去りました。