2022/08/21 のログ
ご案内:「第三教室棟 保健室」に黛 薫さんが現れました。
■黛 薫 >
カーテンで区切られた部屋、清潔なベッド。
白い仕切りの外では時折人の足音、話し声がする。
保健室を利用する人に気を遣ってか、会話の声は
密やかで、立てる足音さえも慎重に。
……耳を澄ませながら、天井を見ている。
何故自分が保健室のベッドに寝かされているのか、
記憶は断片的にしか残っていない。面談のために
バスに乗って教室棟に赴き、ついでにいくつかの
提出物を窓口で預かってもらった。
それから。……それから?
登校してから諸用を済ませるまでの間、体調不良も
意識の混濁もなかったはず。それなのに思い出せる
記憶は切れ切れの不連続。
きっかけは何でもないことだった。廊下を歩いて
面談用に指定された教室に向かう途中、曲がり角で
授業を終えて移動する学生の集団とかち合った。
そこから先、何があったか覚えていない。
■黛 薫 >
話を聞くに、自分は恐慌状態に陥っていたらしい。
前触れなく悲鳴を上げ、蹲っていた所に居合わせた
教員に収めてもらったのだとか。
すぐ近くに誰かの顔が、誰かの手があって、
それなのに聞こえた声は遠くから響くような。
曖昧な記憶が起きた出来事を裏付けている。
だけど、実感が湧かない。
保健室に担ぎ込まれたとき、自分は心神喪失状態で
泣きじゃくっていたと聞かされた。強いストレスが
原因で精神に不調を来していたのだと。
(……気付かなかった)
曰く、ストレスとは器に溜まる水のようなもので、
器が満ちていると些細な刺激で割れたり溢れたり
してしまうらしい。
最後の一滴が如何にささやかなものであっても、だ。
■黛 薫 >
天井に向けて上げてみた腕は酷く怠かった。
所々に血の染みた包帯が巻かれているのは
精神不安定で暴走した魔力による自壊が原因。
ストレスを押し込めてしまった原因は何だろう。
落第街にいた頃のように癇癪を起こして周囲を
傷付けるのが怖かったから? 正規の学生として
復学が叶い、問題を起こしたくなかったから?
ただ『見られる』だけで相手に抱く負の感情を
理不尽と見做して目を背けていたから?
軽く思考を巡らせるだけでも心当たりは多い。
普段どれだけストレスを見ないフリしてきたか、
自覚があるだけに気が重い。
そして、そのストレスの根源にあるのはやはり
『異能』だろう。今日執り行う予定だった面談も
自分の異能とそれに係る精神的負担が本題だった。
■黛 薫 >
異能『視界過敏』。他者の視線を触覚で受け取る力。
触覚反応には視線の主が抱く感情が濃く反映される。
他者と同じ空間にいるだけで無遠慮に身体を
触り回されるに等しい感覚は極めて精神面への
負担が大きく、『異能疾患』とさえ評された。
彼女が復学支援、社会復帰支援の世話にならざるを
得ないのは、この異能による影響が大部分を占める。
問題を複雑化させているのは彼女の性格。
異能の所為で対人関係は消極的。しかし落第街で
長く暮らした反動か、普通の学生らしく生きたい
気持ち、周囲に迷惑をかけたくない、あわよくば
社会に貢献したいとする欲求は人一倍。
負い目からか過度な支援、特別扱いには恐怖に近い
忌避を示し、しかし完全に自立するには障害が重く、
すぐに挫けて自傷自罰に走る。
■黛 薫 >
面談では度々自分を面倒な奴、厄介者扱いし、
見捨てられても仕方ないと割り切る自暴自棄を
垣間見せる。
その実、誰よりも傷付くのを恐れて、予め自分で
自分を傷付けることでしか精神の安定を保てない。
過去の失敗の所為で転落し、善人にも悪人にも
成りきれず、半端に身に付けた善性と悪性両方で
自分を傷付けている。それが黛薫という学生。
「……はぁ」
忌憚のない評価は面と向かって本人には伝わって
いないものの、自覚はある。
理解者との出会いや復学などを経て、多少改善の
兆候も見られつつあるが、あくまで周囲のお陰で
自分は変われていないという卑屈な自己認識。
■黛 薫 >
「あの……すみません、でした」
養護教諭の先生に頭を下げ、これ以上の迷惑を
かけないうちに帰ろうとした……が、止められた。
今日は一晩保健室で泊まりになるらしい。
……耳を澄ませながら、天井を見ている。
清潔な白の間仕切りで隔絶されたベッドの上は
誰に見られることもなく、触れられることもなく。
安らげるはずなのに、寂しくも感じられた。
時折、カーテンの向こうから話し声が聞こえる。
体調を崩して訪れた生徒が薬を貰って帰ったり、
実習や体育の授業で怪我をした生徒が手当てを
受けたり……時には別のベッドに案内されたり。
仔細までは聞き取れないし、聞くつもりもない。
ただ、ベッドをひとつ埋めてしまっていることが
どうしようもなく気まずく感じられた。
■黛 薫 >
微睡の中で夢を見る。
不特定多数の視線に絡め取られ、身動きが取れなく
なってしまう夢。蔑みの視線に囲まれて突き刺され、
本来なら出る筈のない血に塗れる夢。下卑た視線に
晒されて見せ物にされ、視線への反応が更に多くの
視線を集めてしまう夢。
夢を見るたびに微睡から現実へと引き戻され、
冷えた汗の感触を疎んでいるうちにまた意識が
薄れていく。
疲れて、怠くて、眠くて、申し訳なくて──
そうして、また眠りに落ちていく。
ご案内:「第三教室棟 保健室」から黛 薫さんが去りました。