2019/02/04 のログ
ご案内:「図書館」に北条 御影さんが現れました。
北条 御影 > 「えぇ、はい。貸出期限は明日までで結構ですよ」

事務的に史書の女性への受け答えを済ませ、登録カードを提示すればそれで貸出は終了だ。
カウンターに積まれた10冊以上の本の山を見て、史書の女性は少々訝し気な表情を浮かべたものの、
仕事だからと思い直したのか、淡々と貸出の手続きを進めてくれた。

「え?あぁ、気にしないでください。別に全部読むのが目的ってわけでもないですからね。
 何ていうんでしょう。全冊制覇?みたいな?そういう子供染みた願望があるだけですよ」

こんなに大量に、しかも1日だけの貸し出し。
史書の女性は手続きを終えた最後に問いかけてきたのだ。
『こんなにたくさん、一日で読み切れるの?』と。

北条 御影 > 何度目か数えるのも嫌になってきたこの問いには、いつも決まった答えを返すようにしている。
何度かのトライアンドエラーの末、此れが一番史書の女性の理解を得られるからだ。

「えぇ、わかっていますとも。借りたい人が居るかもしれないから、あまり褒められないけど、でしょう?
 だから1日の貸し出しなんですよ。安心してください、ちゃんと返しますからね」

史書の女性が苦笑とともに発しようとした言葉を遮って、物分かりの良い子のフリをする。
こう言えばあの女性は全くもう、と小言を漏らしながらもそれ以上の追及はしてこないのだから。

北条 御影 > 「さて、あと何分だったかな。会話が15秒だからー…2,3分ぐらいかな」

本の山を抱えて管内の机までえっちらおっちら歩いていき、
どさ、と音を立てて机の上に本の雪崩を起こして一息。
左腕に巻いた腕時計に目をやれば、先ほどのカウンターでのやり取りから2分弱。

「あぁ、すみません。こっちの話ですよ。
 皆さんはどうぞ読書に勤しんでくださいな」

独り言を漏らした自分に向けられた周囲の視線に、へらり、と軽薄な笑みを浮かべて適当な言い訳をする。
露骨な溜息をもらすヤツも居るが、知ったことではない。
どうせ明日には忘れているだろう。

秒針に目をやっても特に時間が早く進むようなこともなし。
あと2~3分の時間をつぶすため、興味も無いのに借りてきた本の山の一冊を手に取って表紙をめくる。

表紙の裏にはさまれた貸し出しカードには、
ずらりと見知らぬ名前が並んでいた。

「うわ、こんな堅苦しい本を借りる人、こんなに居るんですね」

なんて、とても失礼な独り言が漏れた。

北条 御影 > 「―こほん、いえ、何でもないですよ?」

再び向けられた周囲の視線に小さく咳払いでごまかした。
だってしょうがないだろう。
『この学園における異能開花の過程と成長の促進を目的とした観察記録』
だなんて、タイトルを読むだけで目が滑る。
だというのに、貸し出しカードには結構な人数の名前が載っているのだ。
それだけ人気の本だというのに、微塵も興味がわかない自分の学の無さに思わず苦笑してしまった。

「―あ、うわ。やっちゃった」

と同時に、自分のミスに気が付いた。
貸し出しカードに羅列された名前の中に、とある名前を見つけてしまったのだ。
出来れば見たくなかった名前である。

『北条 御影』

と、知らない誰かの名前の中に自分の名前が書かれていたのだ。
これは別に自分以外の誰かが自分の名前を騙ってだの、
自分の中の別人格が知らぬ間にだの、
そんな特段面白い話になるようなものではない。

ただ単に、自分が以前この本を借りたことを忘れてしまっていただけのことだった。

北条 御影 > 人の記憶に残らないのなら、自分の記憶ぐらいはしっかり保持していようと心掛けている彼女にとって、これは手痛いミスである。
別に同じ本を二度借りようが、なんてことはない。
良い本なんだねと、気に入ったんだねと、そう思われるだけのこと。

ただ単に、自分が自分の行動をきっちり記憶出来ていなかったことが悔しいだけだ。

「あぁー……何ですか。これじゃ私がこんなどうでもいい本を気に入った頭の固い人みたいじゃないですかぁ」

溜息交じりに漏らした愚痴が、周囲の嫌な視線を呼び寄せる。
三度目ともなると、もはやせき込んでごまかすことすら億劫になってきた。
自分の手痛いミスに打ちひしがれているともなれば猶更で。

と、机に手をついてがっくりと肩を落とせば視線が再び腕時計へと吸い込まれていく。
気づけば、カウンターでのやり取りから5分以上が経っていた。

「ん、これなら大丈夫でしょ。皆さんお騒がせしましたね。
 それでは失礼…しま、すっと」

机の上に散らばった本の山を再び積み重ねると、
崩さないように慎重に持ち上げる。
本の重みにバランスを崩してしまわないよう気を払いながら、歩を進める。

向かう先は―カウンターである。

北条 御影 > 「あの、すみません。本の返却をお願いしたいんですけど」

カウンターにたどり着き、本の山をどさり、と置けば史書の女性が事務的に手続きを始める。
貸し出し日は今日。返却日も―今日。

不可思議な状況に首を傾げる女性。
どうやら、先ほど借りていった時の記憶はキレイさっぱり消えているようだ。

「あぁ、いや。間違って借りちゃいまして。
 資料としてまとめて借りていこうと思ったんですが、どうやらレポートの対象範囲とは違ったみたいなんですよね」

と、向こうから問われる前に先んじて言い訳。
そうですか、と納得したかのように史書の女性が引き下がったのを見て、小さくため息。

このやり取りも何度目だろうか。
別に本を借りるのも読むのも目的ではない以上、この程度は手間でもないのだが、
やはり同じやり取りを何度も繰り返してくると心が疲弊してくるのが分かる。

ほんの5分前のあの会話も―
昨日の、一昨日の、その前も、目の前の女性は覚えていないのだ。
それを改めて突き付けられているようで、嫌になる。

北条 御影 > 「あ、終わりました?それじゃ私はこれで。
 あぁ、対象の本はまた改めて借りに来ますよ。それじゃ」

手続きの終了を告げられれば、これまたお決まりの文句を告げて図書館を後にする。
これで今日の日課は終わりである。

常世学園の図書館の蔵書量はそれこそ莫大な数がある。
こうして一日10冊程度借りたところで、到底その全てを網羅することなど不可能に近い。
だが、彼女にとってこれは大事な意味を持つ行為なのである。

一度でも借りれば、貸し出し履歴には「北条御影」の名前が記録されるのである。

その「北条御影」の名前を見て、史書の女性が自分のことを思い出すことは決してないだろうけれど。


それでも、いつか出会う誰かとの思い出のために。
同じ本を借りたことがあるというアクセントがあれば、もしかしていつもと違う会話が出来るかもしれない。

ただそれだけのために、彼女は毎日図書館へと足を運ぶ。
10冊借りて、10冊返却するだけの虚無感すら覚えるような地道な作業。

誰に理解されるでもない。
通い続けたところで、常連として認識されるわけでもないけれど。

それでも、まだ見ぬ誰かとの―
はたまた、誰かとの、何度目かの「初めまして」のために。

彼女は明日も図書館へと足を運ぶのだろう。

ご案内:「図書館」から北条 御影さんが去りました。
ご案内:「図書館」に神代理央さんが現れました。
神代理央 > 研究区で月末まで開催されている学術大会。
そこで発表する資料作成の為、山脈の様に積み上げた本と本の谷間でタブレットとノート、筆記用具を手に黙々と作業に励んでいた。

「……異世界に対するアプローチの資料………ああ、政治学の方か。取りにいかなくちゃ…」

山脈に視線を走らせ、望む本が無い事に溜息を一つ。
そろそろ、一度積み上げた本を片付けないといけないかな、などと考えながら凝り固まった首を回す。