2020/07/25 のログ
ご案内:「図書館 閲覧室」にバジルさんが現れました。
バジル > 盛んな夏と書いて、盛夏。
外は日差しが燦燦と降り注ぎ、避暑地への旅行や海水浴などのレジャーが流行る季節である。
であるにも関わらず、その男はさらりと流れるような長髪に、季節感を全く違えたようなロングコートを召していた。

彼は学園の物理教師である。
数値と理論で現象を追求する世界へと、日々生徒達を導いてきた。
だが、その実彼は数値では解明し得ないことにも並々ならぬ興味を抱いている。
それは、彼が今寛ぎながら読み進めている恋愛小説を見れば分かるだろう。

バジル > 「……はぁ。
 やはり、人の考えることとは摩訶不思議であるのだよ。
 合理的でなく、観測できず、現象の再現性も保証できず…
 だのにここまで美しいとはなんとも、これが不完全さの美学というものなのだろうかね…」

ソファに腰を掛け、感傷に浸るように、ぼやく。
片手で開いているそのページでは、丁度主人公がヒロインと互いの気持ちを確認し合うそんな様子が文字で描かれていた。
この夏季休暇中、彼は授業を行えない代わりに自分の気の赴くままに過ごしている。
その一環がこの文学作品巡りなのだろう。

バジル > 「いや、そのように考える僕の方にこそ、不完全さが伴っているのやもしれないね。
 深淵を覗く時は深淵に、ミイラ取りがミイラに、狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人なり…
 とかく、数値で表せないものにこそ浪漫が詰まっている。ボクはそう思ってやまないわけだよ。」

こんな風に独り言ちていれば、当然付近の図書委員から注意のお言葉が飛んでくる。
彼は腐っても教師である。だが、その扱いは最早腫物のそれといっても過言ではなかった。
なにせ、夏季休暇が始まってからというもののほぼ毎日のようにやってきては、
日がな一日一角を陣取って小説を読みふけり、あまつさえ騒音を垂れ流す厄介極まる所業を繰り返していたのだから。

バジル > 「む、僕の声がうるさいと?
 ふむ、多少声は抑えたつもりだったのだけれども……ああ、そもそも喋るな、と。
 なるほどそれはご尤もだとも。とはいえ、思ったことは口をついて出てしまってね、いけないね。
 なにこれからは自重するとも、キミの貴重な時間を使わせてしまってすまなかったね。」

反省の弁を聞いた図書委員は辟易した様子で、去っていく。
彼は言えば聞いてくれるものだが、それもほんの数時間程度しか効果がないのだ。
それに、この男は仮にも教師であるのでその扱いを測りかねているというのもあるだろう。

「…………。」

男は黙って、小説を読みふけることに集中する。
そうして黙っていれば絵になるスタイルをしているのに、どうにもこの男は煩かったのだ。

バジル > そこに、女生徒が数名で彼の元にやってきた。
どうやら自習していたところに彼の姿を見つけ、質問しようと考えたようだった。
先は喋るなと言われたが、愛すべき生徒たちがそこに居れば話は別だった。

「おやおや!こんなところで出会うとは。
 なんだいキミたちは、自学自習に勤しんでいるというわけかな?感心感心!
 どれ、ボクをわざわざ訪ねに来たということは挨拶だけで済ませるつもりもないということだろう?
 さあ、聞かせたまえよ!授業に関する質問かな、それとも諸君らに関することかなっ?」

読んでいた小説をぱたりと閉じて、前の机に置く。
ソファを彼女らの方向へと向けて、聞き入る姿勢を整える。
彼は学園の生徒達であれば、誰であろうとこのように真摯になって対応することを心掛けていた。
勿論、彼自身が生徒達との触れ合いを重要視していることの表れだったわけだが。

バジル > 最初はもっぱら授業に関する質問だった。
テスト結果に対するリカバーについて、夏季休暇中の課題について、オススメの参考書の有無について…
質問の内容に対して多少時間を要したものもあったが、それでも彼は的確に答えていくように努めていた。
すると、一人の生徒が読んでいた小説の背表紙に目を付けたものだから、
当然そういう小説に興味があるのか?という話に進んでいく。

「ああ、これかい?
 なに簡単なことだとも。恋愛観は数式と法則では解明しようがないからね。
 参考資料の一つとして読ませていただいたばかりさ。」

女生徒はその答えに意外さを含めた関心の声を上げた。
物理の担当だし理系の先生だから、そういうものに興味がないと思っていた。とも、言っていたかもしれない。
そう聞くと、彼はそれこそ意外そうな、僅かに驚きを含んだ顔をしてみせる。

「おやおやっ。確かにボクは物理教師で、数値と理論で諸君らを導いてはいるのだけれどもねっ?
 その実、ボクはどうにもこう…露わになっていないものに夢中になりがちでね。
 恋愛小説だなんてものは、その一端を知るに丁度いいものだと思ったわけなのだよ。」

どういうことか、と、女生徒は続けて尋ねる。
その言葉だけでは、彼の真意はまだ掴むことができなかった。

バジル > 「数値と理論で今目の前で起きていることを説明できるのが物理であると…
 それはキミたちとの授業で耳にタコができるくらい僕は説明してきたつもりだ。」

女生徒は苦笑いした。
授業中は確かに、うるさいくらいにその言葉に拘っていた覚えがあったからだ。

「確かに、数値と理論で証明でき、説明できるものは美しい。完成された美がそこにあると言えよう。
 キミ達も経験があるだろう?自分の言葉できっぱり説明できた時は、どうにも気持ちいいと思えることがっ。
 だが、だからといって解明できないもの、不確かなものを不出来と切り捨てるのは尚早が過ぎる…ボクはそう思うのさ。
 なぜなら、今は見つかっていない未知の理論が、法則が、そこにはあるのかもしれないのだからね。」

いつの間にか、そこには諭し、説き聞かせるような口調があった。

「まだ見ぬ、まだ知らぬものを知りたいと思い、探究すること…それは即ち浪漫だ。
 ボクはね、そうやって人が浪漫を求めて探究を続ける様が大好きなのさ。そこへ至るまでの努力を、過程を含めてね。
 もちろん、ボク自身が浪漫を追うこと自体好いているとも。
 だからこうして、言葉という論理で表せない人の心を知るための勉強を、ここでしているというわけさ。」

バジル > 女生徒は何となく言いくるめられている気分になった。
でも、その言葉に、どことなく共感するようにも思える。
きっとそうなることが、彼の狙いであることも。
それが表情から見て取れたのか、彼は小さく破顔する。

「さ…勉学に戻るといい。今もキミだけの浪漫がキミを待っている。
 また分からないことがあったら、ボクの元を尋ねたまえよ。
 あ、キミ自身のことを教えてくれるのでもいいね。今度はそうするかい?」

それは、あくまでプライベートだからできる顔。
ただ、彼の中で教師と教え子という立場に変わりはない。
いつだってそれ以上でも、それ以下でもないのだろう。

「ふふ。では、さらばだ諸君。」

片手をひらひら、小さく振ると女生徒は一礼して去っていく。
その後ろ姿をにこやかに見送った彼は、再び机へと向き直り、小説の続きを読み始めたのだった。

ご案内:「図書館 閲覧室」からバジルさんが去りました。