2020/09/10 のログ
ご案内:「図書館 閲覧室」に伊伏さんが現れました。
伊伏 >  
自分の鞄を肩に浅く背負い、人気のない図書館を往く。
流石に夏休みという期間が過ぎると、今日びは宿題を抱えた人々が密を作る…というほどでは、無かった。
見かける人々は極々まばらで、ページをめくる音や紙に鉛筆を走らせる音すら、響くまではいかない。
書架の林をゆっくりと歩く気持ちは、さながらお気に入りの水路を泳ぐ魚の気持ちだった。

途中で何冊か取ってきた本を置いたのは、やはり人気のない席。
陽射しも入らぬ、薄暗い窓際の一席に陣取った。

整理され続ける、管理された紙の匂い。
いくばくか涼しく思えるここなら、それも最高の匂いだ。
伊伏は機嫌よく椅子に座り、鞄から極薄のノートパソコンを取り出した。

伊伏 >  
備え付けの電源を貰い、ノートパソコンを起動する。
ついでにと取り出したのは、小さなマイクコードだった。
それを自分の襟元に取りつけ、端子はもちろん録音ジャックに差し込む。
タッチパネル式の画面を数回叩き、接続を確認してソフトを1個立ち上げた。

辺りに人がいないことを確かめて――本を開く。


「"魔女の庭" 35ページ。三日月の夜を過ぎてから、陽の少ない森の中に生える……」


魔法や魔術で自動書記をさせるような技量の無い伊伏は、機械に頼っている。
必要部分を書きとりするのも抜粋コピーするのも面倒なので、音声入力で書き起こしをしているのだ。

一応は周囲に配慮して、高性能のマイクを使用しているのだろう。
伊伏が読み上げるその声は、ずいぶんと静かで穏やかだ。
近くを通り、耳をすませたら聞こえるだろうというような、小さな小さな声量で。

伊伏 >  
「夜露をかぶる前に採取すること。
 水洗いは禁物で、乾いた布でごみ・ホコリを取り除く。
 保存は必ず瓶で行う。………密閉瓶か、面倒だな」

どうでもよいささやきの瞬間は、マイクに手をやった。
伊伏の自宅のひとつの棚は、瓶や密閉用の袋でみっちりと埋まっていた。
整頓しなおして、細身の瓶を入れる間を無理やりにでも空けなきゃいけないらしい。
いっそのこと、部屋が多いところに引っ越しを考えたくなる。

「…………」

そんな思考も、また紙面へと戻った。
内容全てを、まるっと書き取るわけでもない。

たまに思い出したように本から顔を上げて、辺りを見渡す。

伊伏 >  
人がいないなら大丈夫だなと、音声入力を続ける。

切りの良い章まで進めてから、しおり代わりに持ち歩いている髪留の先をページに挟む。
ノートパソコンの画面をタップして文章を読み、入力に抜けが無いか確かめた。
その結果は良好で、学習能力の高さを思えば有料のソフトで良かったなと、己の買い物を褒める。
安ものや無料で四苦八苦するなら、多少は悩んででも金を出すべきなのだ。
時短や楽しみを増加させる"楽"は金で買う。これが一番である。

「今日は飯食ったっけ、そういや。…後で財布見れば分かるか」

音声入力で書き起こした内容を保存し、新規ファイルを立ちあげる。
ついでに時刻を確かめ、まだ少しこの作業をしてても問題はないだろうと腰を落ち着けた。

伊伏 >  
「81ページ。ミカミシグレは96度以上にすべきでは無い。結晶化しにくくなる。
 60度に安定させたアオタリスフェミエノールへ浸すと赤い膜が張り、薬効のみ抽出可能。
 へえ、面白いな。…薬品が値張る以外は有り難い情報だ」

指先でページをめくり、厄介な植物の魔女学的アプローチ、及び工程の図解を眺める。
木の器に入れて体力の限り跳ねまわるという過程は、残念ながら伊伏には理解し辛かった。
本当に必要な工程なのかは、実際自分で薬の加工にまでもっていかねば謎である。
謎ではあるが、このミカミシグレを自分の"火遊び"に加えてみたいのだ。
やるならば人気のなく、風通しの良い場所を探さないといけないなぁと、軽いため息をつく。

汗だくで木の器を持ったまま跳ねまわってるところを見つかったら、ヤベー奴だと思われるなぁ。
やだなぁ。

伊伏 >  
一冊読み終え、次の本を手にする。
そこまで分厚い物は選んできていない。こちらもそうかからず読めるだろう。
章節にざっと目を通し、興味を引いた部分からページを開いていく。
おもちゃを見つけた猫のように、ハシバミ色の瞳が文字を追う。


唇が開き、

声が閉じる。


しばらくして、自分の腹の音に読書の手が止まった。
もうそうんな時間かと携帯を開いて確かめ、マイクをミュートにする。

おもむろに自分の財布を開き、金とレシートを確かめた。
昨日の日付で飲み喰いした分は分かる。が、本日はカフェオレしか口にしてないのも分かった。
何か食べた気がしたが、気のせいだったらしい。何を食べた気になってたのだろう。

「…飯食いにいくか」

ぱちっとマイクを外し、ノートパソコンに手を伸ばす。

ご案内:「図書館 閲覧室」から伊伏さんが去りました。