2021/03/05 のログ
藤白 真夜 >  
ぺら、ぺらり。
いつもは実技を挟んで、すぐ失敗するので遅々として進まない参考書を、ぱらぱらとめくってみます。
……、当然、私には逆立ちしても届かなさそうな技術の数々。

(……うわあ……どれだけ頑張れば、ここまでできるんだろう……。そもそも、人体に入る影響を考えながらここまで錬成するだなんて、どういう考え方をすれば……)

ぶつぶつ。実のところ、まったく息抜きにならない参考書めくりを続ければ、気づけば最後のページ。
誰もが知る、錬金術の行き着く先。

その命題は、賢者の石。

本当に存在するかも怪しい物質でした。
最高ランクの素材から成る霊薬の総称だとも、
現実に起こりうる奇跡に名前を付けただけだとも、
そもそも有り得ないという説すら、あるのだと。

そんなもののページ、有るのも無いのも同じでした。
参考書にも、当たり前の事実が載っているだけ。
作れない――ほぼ無理――作れたらすごい――これを目指して頑張りましょう――。
記述としてはそれだけの、ただのオマケのようなページ。

そんなページに、いたずら書きがあったのです。

「……?なになに……、『レシピ:血と水銀』……」

「……ってそんなわけないでしょーっ!」

がばっ。思わず立ち上がって、突っ込みました。
数多の錬金術師の夢が、そんな簡単にできるはずがないのです。

「……こ、こほん」

いかに私以外ほぼ無人の図書館と言えど、大声を出してしまって、気まずそうに咳払いを、ひとつ。

(……。でも、水銀かぁ……。)

藤白 真夜 >  
私の錬金術の目的は、血液に回復薬の性質を作ることでした。
……もちろん、残念ながら、全くうまく行っていません。
その性質上、水銀は全く考えたこともありませんでした。
そもそも毒な以上、私が困りますし、治療薬にも出来ません。

(……でも。)

『先生』は言っていました。
錬金術とは、属性の術理だと。
属性を組み合わせれば、術式は成立し、神秘は属性を尊ぶのだと。

(血と、水銀……)

どちらも、液体で。
どちらも、触媒としての属性を持っていました。
私は、そういうものを無視して、やれエンドルフィンだとか、ドーパミンだとか、そういうものをばかり、想像していたのです。

水銀の錬成なんて、てんで無理です。
私の錬金術スキルの100倍くらいは必要な気がしています。……でも。

藤白 真夜 >  
雫を受け止めるように、両手でお皿を作ります。
こぽりと、あっという間にそこに満ちる血液。

(……私程度の魔術師に詠唱は必要ない。けれど、)

『詠唱はね、己をトランス状態に導くキーだよ。自分自身と世界を説得する謳い文句と言ってもいい』
『……キミはそれ以前の問題だけどね』

(先生の言葉が蘇ります。……けれど、)

「……臆病な私には、きっと、勇気が必要なんです……!」

静かに、眼鏡の奥の瞳が、鈍く――赤く、瞬いて。

「――我が血肉に願う」

「紅き血潮よ、今一度その色を無くし給え」

「熱き流れよ、今一度その名を忘れ給え」

私の錬金術は、きっと……すごく不出来だ。
だから、私は願う。
神のお目溢しを願うような、天から滴り落ちる雫を受け止める、その所作で。

「汝は毒にして命、堅きにして柔らかきもの――かの星の伝令者なり!」

ただ、祈り願う……、こんな私でも、変われるということを!

藤白 真夜 >  
「……けほっ」

ぼふっ。銀色の煙が、顔面を直撃しました。

「こほ、……!?けほ、けほっ!」

……かなり不味いものを吸い込んだ時みたいに、喉がじんじん、しますけど。
……私のてのひらには、いつもの血液の嫌なぬくもりは、消えていたのです。

「――!!……や、」

今度は、辺りを確認することも、忘れて。

「やった~~~~~~~~~っ!!やりました、やりましたーっ!」

私のてのひらの中には、ちゃんと水銀へと姿を変えたそれが、あったのでした。

藤白 真夜 > 「やったっ、やった~っ!ふふ、ふふふっ……♪」

ぴょんぴょん、と、入学を許可してもらった時以来、まさしく一年来なかったくらいの、大喜び。
それだけ慌てていれば、それは……、

「あいたーっ!」

ずでーん。
……すっ転びました。

「……!はっ、」

もちろん、水銀も掬ったまま。
ま、まさか実験成功例をいきなりぶちまけてしまったのでは、そう思ったのも、つかの間。

「……う、浮いてる……。……これ、」

ぷかぷか。
私の目の前で、水銀が、雲のように浮き上がっているのでした。

(……これ、ちゃんと私の血液だ。)

……ただ、それだけ。
それだけなのに。
私の異能が、やっと役に立てる見込みが出来上がったようで。
……1年、何もできなかった私が、少しでも、歩みを進めたみたいで。

「……、っ。……え、えへへっ……」

思わず、一人で笑みを、こぼしてしまうのでした。

藤白 真夜 >  
「……はっ。と、図書館ではお静かに…!」

ようやく我に返って、相変わらず辺りを見回すのですが、やはり人っ子一人なく。
叱られた子供のように、背中をびくびくさせながら、借りてきた本を片付けて。

(……えへへへ……)

そんな中でも、気を抜くと、頬を緩めてしまいながら、足を進めて。

藤白 真夜 >  
「……!」

ぶるぶる、ぽっけで揺れるスマートフォンの揺れ。
こういうところは、ちゃんとマナーモードにしておいたんですけど。

「はい。……はい?、あっ、はい!ご無沙汰しております。……あっ
 は、はい、了解しました。サンプルを提出します。はい……」

ものすごく久しぶりの、『先生』の組織からの、電話。
たぶん、ほぼ1年ぶりの、それ。

(まだ、監視続いてたんですね)

その物体を提出するように、との、伝達。
1年何もできなかった私をまだ見てくれている、なのか。
1年何もできなくても油断できないと思われているのか。
私には、どっちとも取れず。
ただ。

(……つまり、1年ぶりに私が頑張ったってことですよね……!)

静かに、自信をつけたりしていたのでした。

ご案内:「図書館 閲覧室」から藤白 真夜さんが去りました。