2022/02/12 のログ
ご案内:「図書館 閲覧室」に藤白 真夜さんが現れました。
■藤白 真夜 >
静けさの満ちる図書館に、本を閉じる音が響いた。
何か一つの話を読み切ったような読後感はなく、ただただ一つの資料を読み終えただけかのような疲労感だけが、その読者の顔に浮かぶ。
すでに数時間。外は暗くなりはじめている。
図書館に籠もりきりで調べ物が続いていた。
今更の試験勉強というわけではなかった。
試験勉強に手を抜くタイプではなかったけれど、今回は別。
筆記試験は程々の勉強で、だから程々の成績になるだろう。自らの表面上の成績よりも、やらねばならないことを優先しただけのこと。
なにより――
「……考えることが、多すぎます……」
囲むように積み上げられた本の只中で、小さくためいき。
未だに、頭の中で答えは整理出来ない。
ちらりと本の数々に目をむける。
『四季の花々』
『イトスギとゴッホ』
『ペルム紀と三畳紀の化石図鑑』
『道教における西王母の神話的役割について』
『触穢信仰』
……全てを読破したわけではない。ただ、必要な調べ物というだけ。
委員会の仕事の上で必要なもの。
私の異能の理解を深める上で必要なもの。
私個人として知らなくてはならないもの。
……ようするに、忙しいのであった。試験を上回るほどに。
■藤白 真夜 >
(まず、……追儺の関連報告書から……)
節分。
祭祀局にとっては、年の数だけ豆を食べるとかそういう話よりも、遥かに現実的な問題として立ちふさがる時節だった。
幸い、私は直接関わっていない。
……当時、封鎖区画のほうに当てられていたから。
何より、現象としての概念的な鬼も、魔性としての物理的な鬼も、どちらも私では相性が悪かった。
出没すると予想が立てられた裏常世渋谷も、私は相性が良くない。
私自身は知る由もないことだったが、あそこは裏表がある存在には相性が悪い――良すぎるとも言える。
「……穢れ」
詳しく調べたわけでもないけれど、鬼を退治する側だった方相氏は、時の流れと共に鬼そのものとして忌み嫌われるようになる。
穢れを滅し、穢れに触れたものは、穢れとなる。
……その触穢の概念は、実に私向きだと思っていたのに。
(……まあ、これはいいんです。出番があるなら出向くというだけのことですし……)
考えながら、『触穢信仰』をよそに置いた。……順番に片付けていかないと……。
■藤白 真夜 >
(……そう。それにあの時の私には別にやることがあった)
考えを時系列とともに移しながら、次の本を手に取る。
それは、『西王母』について調べられたもの。
封鎖区画。
あの場所で触れたもの、知り得たもの、告げられたもの。
考えるべきことはいくつもあった。
人を殺し、穢れを受けることの意味。
私を殺す、不死殺しへの受け取り方。
……あの時聞いた、言葉の意味。
『蟠桃会』
それは、とある女神を祀るお祝い事の名前だった。
『西王母』を祀り、桃を食べる宴会。
それだけならただのお誕生日パーティだったかもしれない。
しかし、その桃を口にした人間は“不老不死”になる。
(……ももの、華。
ただの、偶然だと思いますけど……)
その逸話に、ある人物の名前を思い出してしまった。……何か意味合いがあるわけでもないのだろうけれど。
これも、やはり目を通す程度にしか出来ない。……内緒にしてと言われましたし。
ただ、つい考えてしまうのが私の癖だった。それが、不老不死についてなら尚更に。
■藤白 真夜 >
あの一件は、私がどうにか出来ることでもないはずだった。
でも、あの地獄めいた場所と、そこで告げられた言葉は十二分に、私の魂に届いた。
『――不死殺しの異能――』
……それにどう向き合うべきか、私は考えきれなかった。
死ねるのなら、死ぬべきなのかもしれない。
しかし、“嫌”だった。……うまく、言語化出来る気はしていなかったけれど。
いや、いい。
それについての私の気持ちは、感情は、どうでもいい。
今考えるべきだったのは、その言葉に異能が反応するところだった。
本を手に取る。
『イトスギとゴッホ』
それは、よくある画家の心象と絵画を照らし合わせ解説する類のものだった。
あの仄暗い人生を歩んだある画家の、軌跡。
太陽に追い縋る温かな花を描き、しかし心を病み。
ついには、病院の中でイトスギと星々と夜を描いた、あの画家の。
(……よく見ると、ヒマワリの時点で暗い印象を受けるんですけど、そう思うの失礼なのかな……)
私は芸術には明るくない。
けど、太陽を求める花の絵と、夜のイトスギの絵の対比と変遷は、私にも近いものを感じていた。
……結局のところ、私はイトスギしか見ていなかったけれど。
イトスギには意味がある。
それは、……死と哀悼。
(……単純な話、ですね)
答えは出た。
……私が死ぬ時が来るのであれば。
死が死でない環境をつくればいいだけのことであったから。
■藤白 真夜 >
(……これ、なんで持ってきたんでしたっけ……)
手元に残るのは、あとは図鑑だけ。
片方は魚や恐竜の化石の写真が。
もうひとつには、色鮮やかな花のものが。
しかし、前者には今ひとつ持ってきた記憶が無い。……大丈夫かな。
事実、あんまり興味も無かった。いろんな化石を見るのは面白くて気が紛れたけど……。
この時期のことを、P-T境界と呼ぶのだとだけ。私が知ることになったのだった。
……そして、もう一つが今回の本題でもあった。
「……無理なんですよね~……」
手元の花の図鑑が開かれる。
その頁には、真っ白なスイセンが花開いていた。
考えることは、……異能の認定試験。
私は、異能を“どう”見せるべきか、考えていた。ある意味で試験勉強と言えたかもしれない。
その閃きの一因となれば、程度の。
……そのついで、といえばついでかもしれなかったけれど。
例えば。
“贈り物”なら花が良い。
そんな程度の、愚直な考え。
でも。
「無理ですよね~……」
私はぐったりと顔を落としていた。無理。
“感謝の贈り物”であっても、意識すると私には到底不可能なものに思えてしまっていた。
■藤白 真夜 >
……近く。
ヴァレンタインデーなのだという。
正直、あのイベントには縁がないし、考えもしなかった。
でも、逸話だけは知っている。
哀れな女性を救うために身を削り、果ては自らが牢に入ってでも、感謝の手紙を贈った聖人の名を。
だから、感謝の気持ちを表す日として、何恥じることは無いはずだった、けれど。
(……むりぃ~……)
無言で机に突っ伏す。再三の諦めは、心の中で。
……日本のこのイベントは、あまりにも恋愛ごとに結び付けられすぎていた。
私にそういうことは、できない。
自らの枷を意識したまま、罪を抱えたまま。
そんなものに現は抜かせられない。
甘い幸せは私に取って身を焼く罪悪の炎だった。
たとえ、それが真の意味で不死たる命を繋ぎ止める縁であっても。
だが――
私の奉ずる神は、恋を知っていた。
私が知ることではないけれど、私の内にあるモノも。
……だから。
私は、ひとつだけ捧げられるものを思いついた。
誰かのためなどではなく。
あらゆるもののために。
全てを救うものが無いように、全てを願うそれはきっと……私に痛みは齎さないはずだから。
■藤白 真夜 >
両手で祈りの形を作って、目を閉じて祈った。
……きっと、何の意味も無い祈り。
いみじくも“巫女”と呼ばれた以上、その祈りがどこかに届きかねない。
けど、私の祈りは昏い場所にしか届かないはずだから。
それは、祈りの贈り物。
うまくいくといいですね、という……心の中でだけの。
名も知らぬ誰かに、この世に――常世に在るものへの、祈りだった。
「……どうか。
皆さんの感謝の気持ちと、……甘い願いが、叶いますように」
ご案内:「図書館 閲覧室」から藤白 真夜さんが去りました。