2022/08/25 のログ
ご案内:「図書館 閲覧室」に黛 薫さんが現れました。
黛 薫 >  
はらり、はらりと捲られる頁の音。人々の息遣い。
多くの場合は誰の耳にも届かないであろう音だが、
この空間に限ってはそればかりしか聞こえない。

足音は床に敷かれた布が吸収し、時折聞こえる
話し声も周囲に憚る密やかさ。本を読むために、
勉強するために最適化され、個々の意識によって
守られる静謐。

そんな空間の中、本を手に取ることなく順繰りに
書架を巡る女子学生──黛薫の行動は場違いとさえ
言えるだろう。

もっとも、皆が本に集中しているこの空間では
わざわざ他人を目で追うような暇人はまず居ない。

(あーしからすりゃ、こんなありがたぃ話もねーよな)

首から下げたカードホルダーを無意識に弄りながら
自分の背では届かない高さの書架に視線を巡らせた。

黛 薫 >  
見ての通り、彼女は本を読みにきた訳ではない。
今日はアルバイトも兼ねて、図書委員の仕事を
試用として任せてもらっている。

業務内容は清掃、及び私服警備員。
正式な図書館の職員として雇ってもらうには対人
能力が致命的に欠けている為、人と話さなくても
平気な仕事を斡旋してもらった。

職員の制服を着ていると来館者に本の位置を
尋ねられたりするので私服。こういう要求が
あっさり通る柔軟性は本当にありがたい。

(この書架は……人来てねーな)

側から見ればただ書架を眺めているだけ。
しかし実際には透明化、偽装隠蔽を施した液状の
使い魔で書架を包み込み、清掃を行なっている。

黛 薫 >  
この使い魔の挙動は無重力下における水に近しく、
粘度もほぼ水と同等だが本質は『粘体』。つまり
スライムである。意図的にそうしない限り浸透は
しないため、書架ごと包み込んでも本に汚損はない。

埃と汚れを『消化』し終えたら次の書架へ。
移動がてら床の清掃も出来るのでほぼお散歩感覚。

(ちょっと面倒なのは、人が多ぃトコよな)

レファレンスカウンター近く、新聞や週刊誌等の
入れ替わりが激しいコーナー、お勧め本や新書が
並んだ棚はほぼひっきりなしに来館者が訪れる。
邪魔をしないように清掃を行うのは簡単ではない。

黛 薫 >  
来館者が途切れた僅かな時間を縫って書架の1段を
粘体で包み込む。誰かが本を選ぼうと寄って来たら
退避させてまたタイミングを図る。その繰り返し。

流石に長時間同じ書架の前で立ち止まっていると
不審がられるかもしれないので、適当な本を開いて
近くの席から様子を伺いつつ。

(いや手間だな……こゆとこは人が少ない時間帯
狙ってやった方がイィよーな気ぃする)

とはいえ今日は試用期間なので指示通りに動く。
念のため後で報告、要望を上げておけば十分だろう。

他区画の数倍もの時間をかけ、ようやく清掃が
ひと段落。また次の区画へと歩いていく。

黛 薫 >  
人の多い場所で邪魔をしないように清掃するには
時間がかかる。裏を返せば時間をかけさえすれば
利用の多い場所でさえ来館者の邪魔をせず清掃を
済ませられるとも言える。

どちらが良いのか、自力では判断し難いところ。
やはり上の人に意見を仰ぐしかないのだろう。

ゆっくり歩いて回る程度の時間で終わる清掃作業。
館内全て回るのにかかった時間は1時間に満たない。

これで早々に業務終了……なんて甘い話はなく。

「図書館『群』の清掃なんだよな……」

そう、常世学園の図書館は1つの建物に収まらない。
本土の基準で言えば大図書館と呼んで差し支えない
大きさの図書館が軒を連ねている。

黛 薫 >  
当然ながら1日で回り切れるはずもないので、
複数人で分担して清掃作業を行う必要がある。

(つっても、あーしみたく向ぃてる手法を皆が使ぇる
ワケじゃねーだろーし……マニュアル化された方法、
システムみたぃなのあんじゃねーかな)

杓子定規なシステムでなく、向いた人材がいれば
対応する臨機応変さ。お陰で希望にかなり近しい
業務にありつけたのだから文句はない。

「……次行くかぁ」

とはいえ、余裕があるからと無駄な思考に体力を
費やしてしまうのでは本末転倒。何かにつけて
考え込んでしまう癖は改めるべきかもしれない。

深呼吸して思考をリセットすると、次の図書館へ
向かっていく。試用期間故に軽めとはいえ、業務は
まだまだ残っているのだから。

ご案内:「図書館 閲覧室」から黛 薫さんが去りました。