2022/10/27 のログ
ご案内:「図書館 閲覧室」に藤白 真夜さんが現れました。
藤白 真夜 >  
 常世学園に併設された図書館。
 常日頃なら勉学に励む生徒たちが、あるいは自らの窮地を悟って今更無理な勉強をしている生徒が居る頃合い。
 しかし、そこには独り女生徒が居るのみだった。
 それも当然か、その場所は広い図書館の中でも随分と入り組んだ場所だった。
 聳えるように並び立つ書架の谷間、そこに通路があると言わなければ入ってこれないような狭隘。
 にしたとしても、いやに人気が無かった。
 それはある種の偶然か、もしくは……人目を避ける何かの“しかけ”が在るせいか。

 ではそんなところで何をしているのかと言うと、遠目には勉強をしているように見えただろう。
 狭く小さな机をいくつも並べ、開いたままの書籍や紙切れが広がっている。
 女生徒……藤白真夜は、一冊のノートに向かい合っていた。
 彼女らしいといえばらしい真面目な……しかし、どこか剣呑な色合いさえ見せて。
 そして、近くでその本や紙切れの内容を見れば、見るひとにはすぐに解る。
 それは、目も背けたくなるような呪術の数々であった。

(……魂に直接触れるのではよくない。それでは、屍肉喰らいと変わりが無い。
 巧く……“すり抜ける”方法が要る)

 死。暗黒。怨念。霊魂。
 そこに在るのは、そういった属性の……魔術とすら呼べないような、呪術や儀式の指南書。……いや、指南だなんてまっとうなものでもない。
 よければ実例や犯罪者の日記、もっと悪ければ犠牲者の報告書すら並んでいる。

(死後の人間の……感情や怨念を利用して、死を仮想化すれば……いける、はず……)

 現実のみを述べるのであれば。
 人の目を憚り、呪わしき術を模索している。その最中だった。

ご案内:「図書館 閲覧室」に紫明 一彩さんが現れました。
紫明 一彩 >  
埃の積もった数多の夢が、この館には眠っている。

叡智が幾重にも束ねられた山々――書架の間を、首の後ろに
手をやりながら、気だるげに歩く男――否、女が一人。
遠目には長身痩躯の男性に見えなくもないが、
近づけば、その顔つきが女性であることがはっきりと見てとれる。

「……今日は静かだな~」

感慨深げとも、虚無感に満ちたそれにもとれる、
ぼんやりとした言葉をふっと投げかけながら。
足取りは軽やかに、進みは緩やかに。
四方八方にその目をやりながら、
図書委員――紫明 一彩は図書館内を見回っていた。

本を前にして

「何の本読んでんの~?」だとか。

「おー、その本面白いよねぇ~」だとか。

見回りを命じられた図書委員にしては、
随分とアグレッシブ過ぎる声かけを行いながら、館内を練り歩く
その様は異質ではあったが、会話する人間達はその緩い声色と
棘の無い表情に毒気を抜かれたか、
素直に受け答えをしているようだ。


さて、そんな彼女が次にやって来たのは、
聳える山々に見下された盆地である。
見やれば、そこには見目麗しい少女が一人。
数多の書籍や紙切れを手近に置きながら、
何やら懸命に学習、或いは調べ物に励んでいるようだ。

――めちゃくちゃ絵になるな。

顎に手をやる紫明。
同性ながら、見惚れる姿である。


さて、顎に手をやる図書委員はと言えば、
御多分に漏れず本の山々をすり抜けて、
その女の近くへと寄るだろう。

「こんにちはっと。凄い量の本だ。勉強家だね~」

声色は穏やかに、右手は近場の机に添えながら、
左手は己の後頭部の髪を撫でながら。

紫明は、眼前の少女に挨拶をした。
彼女が並べる紙束のその細部には、未だ目をやらない。

藤白 真夜 >  
 私のカラダの維持にもっとも手っ取り早いのは、死だ。
 しかし、それはもう嫌だと私は思ったのだ。
 あの、一見横暴にすら見えるような……血のような髪色の女性の言葉に感化されたからでは無い。
 私には、善くある責務がある。
 なのに死を食らうなど許されるはずが無いと常々思っていた。

 自らが、納得出来る自分であるために足掻く。
 
 あの格好の良い女性ほど自らに自由になれたつもりは無かったが、それでも出来ることだけはやりたかった。
 ……そのための方法が、呪わしい方法に頼るしか無かったのはお笑い草だけれど。

(いや、死を再現するのはよくない……? 命へのアプローチは高度すぎて挫折したから、考えが引っ張られている。
 これは、……犠牲者の感情を増幅するために使えばいい。
 死の情報のみを再現し、それに湧き上がる感情を利用して、……ああ、嫌な考えばかりはすぐに浮かぶ──)

 
 ……考えに没頭したからか、自らの思考に嫌気が差していたからか、声をかけられるまでその気配に気づかなかった。

「──!」

 見られると嫌だな……くらいの気持ちで置いていた人避けの結界は、文字通り気持ち程度の效果しか無かったらしい。
 あるいは彼女が、この場所に慣れているからか。
 カンニングがバレたかのような慌てぶりで手元の呪術書の類を隠そうとして、止めた。元から隠しきれるはずもないし。

「こ、こんにちは……っ。
 どうか、されましたか……?」

 ……そして何より、心臓が飛び出かかっていた。びっくりした。本当にびっくりした。誰もいないと思ってた。
 悪事──かどうかは微妙なところだけれど、悪いコトをしているのがバレた時のようになっていた。
 変なことを言わないように口元を広げていたままのノートで覆って隠す。
 ……悪いことは(たぶん)していないはずなのに、縮こまる自分を止められない。……結局、どこか悪気があることは、事実だったし。
 ノートの奥からそーっと覗く瞳は、人見知りの緊張と怒られないかなという稚気に満ちていた。

紫明 一彩 >  
―――
――


 
「――え、わわっ」

声をかけたは良いものの、これは流石に想定外。
お尻に火でもつけられたかの様な彼女の慌てっぷりに、
私は思わず半身を退けてしまった。
こつこつ、とバランスを崩した靴音が響いた後。
尻に走る衝撃。
後方の机にガツンと身体をぶつけたのだ。

――~~~~つっ!

軽く身を捩りながら、笑顔は崩さない。

図書委員スマイルだ。
こういう時に浮かべるのは、あんまり得意じゃないけど。
ひとまず、こういう時はポーズから。形から。
落ち着き払って、親指を立てよう。そうしよう。

という訳で、私はピシッと親指を立てて、
目の前の少女に語りかけることとした。


「いやぁ、何だか一生懸命勉強? 調べ物? してるみたいだったからさ~。
 何か力になれればと思って、声をかけたわけ~」

ピンと立てていた人差し指をしまえば、
そのまま腕組みをする。

「驚かせちゃったのなら、ごめんね……。
 何か困ってるようなら、手助けするよ。
 こう見えて私、図書委員なのでね~」

ちょっとだけ胸を張る。
別に図書委員だからと言って偉い訳でも何でもないのだが、
『今ここで不肖私めが貴方の御役に立てるかもしれないですよ』
と、強かにアピールすることに罪はなかろう。


「2年図書委員、紫明 一彩。
 お困りのことがあれば、何なりとご相談を」

緊張なのか不安なのか、或いはそのどちらもなのか。
いずれにせよ、強張っている様子の女性を前にして身分を明かす。


……と。
そこまで口にして、彼女が隠すのを止めた書籍の山に目を留める。
ここに並べられているのは、呪術関連の書籍らしい。

何だかここに近づいてくる時に『嫌な気配』はしたけれど、
ひょっとして、結構当たっていたのかもしれない。
もしかしてこれ、私の才能? 虫の知らせ的なやつ?

――いやいや、そんなことある訳ないよね。さっきの多分、呪術か何かの類だよね……。

何だかちょっとヤバい件に頭をズボッと突っ込んでしまったのかもしれない。
まぁ、事情を聞かねば分からないだろう。ちょっとお話してみよう。そうしよう。

藤白 真夜 >  
「だ、大丈夫です、か……」

 ……しかし、挨拶を返す時には彼女のほうが痛そうに身を捩っていた。
 思わず大丈夫かと尋ねる前に、彼女の笑顔。……ちょっと引きつってる気がしたけれど。
 
「……なんだかすみません……」

 顔を隠していた本を下げれば、今度は申し訳無さそうにしょげた表情を顕に、座ったままぺこりと頭を下げた。
 図書委員と聞いて、納得。やっぱり人避けの結界なんて使うからバチが当たったんだ……。

「3年の藤白 真夜です。祭祀局の……」

 怒られるのを覚悟で、名前と所属を明かす。
 図書委員ならばと探している本があるんですけど……と尋ねられるほど、気安くも簡単な問題でも無かった。
 一応、呪術は専門でもある。……使いたくないけど。唯一褒められたのはコレだけだったのだ。
 

 貴方がそれを“呪術に関係あるものだ”と思うと、それだけでそのあたりに広げられた紙面から、手招きするかのような感覚が溢れ出す。
 文字通りにそれは呪いであり、覗き込むものを、しかし向こう側からも覗き込んでいる。
 挙句の果てに──図書委員を名乗る癖に、随分と焦げ臭い匂いがするのだから。
 図書委員なら幾度も経験があるであろう、危険な書物の類の発する魔力のようなものは、しかし──

 ぱたむ。
 
 本に囲まれた女がノートを閉じると、あっという間に消え失せた。
 それが何かの合図だったのか、あるいはそれが呪いの根であったのかは定かではないが。

「貴方に迷惑をかけていないか困っています……というお話ではありませんよね」

 やはり困ったような微笑を浮かべながら、声を聞かなければ男性と勘違いしそうな中性的な彼女を見つめた。

「では、ちょっと聞かせてほしいことがあって。……と言っても、アンケートのようなものなのですが」

 ……そして小声で、怒らせていなければいいのですが、と付け加えながら……、

「……人間が、最も恐れるものって、なんでしょうか。
 ……貴方が、最も恐れるものって、ありますか?」

 ……その問いかけは、世間話のように行われた。はじめて顔を合わせたもの同士の、少しぎこちない会話のように。
 問いかけた女の顔は無害な女生徒そのものだった。……少し緊張はしているようだったが。
 だが、それは違う。
 聞いている。聴いている。
 今や収まった呪術書から発する魔力が、あるいは女の抱えたノートが。
 魔書と渡り合った物なら理解出来るかもしれない。
 目に見えない何かを広げていることが。
  
 “それ”は、聞きたがっている。
 人間の感情の、意味を。
 そしてそれを知ってか知らずか、女は真面目な顔で女性の答えを待っていた。

紫明 一彩 >  
「平気平気、全然大丈夫デス……」

相手の反応を見るに……この笑顔、失敗してる気がしてきた。

「私が勝手にぶつかっただけなんで、謝る必要なんて全然……。
 寧ろ、いきなり話しかけちゃった私が悪いんだしね~」

そんなことを口にしつつ、相手の自己紹介を聞けば、ほう、と一息。
成程――

「――先輩、でしたかぁ~」

ちょっとだけ気が引き締まる。
とはいえ、あまり硬くなった所を相手に見せるのも失礼だろう。
年齢で距離感空けられるの、私は結構苦手だしな。
この人がどうかは、まだ知らないけど。

「麗しの黒髪美人、真夜先輩、ばっちり覚えましたよ。
 しかし祭祀局……って言ったら、それこそ専門家じゃないですか~。
 呪術に関連する書物とは言っても、こんな表に出てる書籍で――」

そこまで口にして、感じる周囲の気配。
幾度も経験した空気に
自らを取り巻くその力が、
尋常でないものであることは十二分に理解できる。
いつだって、そうだ。この空気には根源的な嫌悪感を覚える。
知識理論によるものでは断じてない。
生まれ持った生物としての感覚《センス》で、だ。

――いや~、やっぱり侮れないなぁ。

常世学園の図書館、侮りがたし。
そして。
こんな書物群を、何食わぬ顔で広げて漁っている眼前の祭祀局の先輩も、
それはまた同じ。決して侮れる存在ではないだろう。


「人間が最も恐れるもの……ですか~。
 突然結構深いトコ……でもって、面白いトコ聞くんですね、真夜先輩。
 好きですよ、そういうの。
 
 ……それは多分、無知じゃないですかねぇ。
 分からないこと、知らないことが怖い。
 ずばり、本能……。
 生物としての生存の為に備わった機能としての、恐怖ですかね~。
 と、まぁ月並みなことが、どうしても浮かびますけど。

 で、私の恐怖は――」

眼前に広げられているもの。
成程、思ったよりもずっと興味深い。
それならぜひ、付き合わせていただこう、と。
ぱっと述べられるところを述べてみた。
こういう時、すっと引けないのが多分、私の悪い癖なんだろうけど。

さて、もうひとつの問いはと言えば、随分と頭を悩ませた。
先の質問に比べて、思考時間は5倍ほどに伸びた。
唸りながら20秒ほどじっくり考えて。

「――目覚ましをかけ忘れて、三度寝くらいした後に飛び起きた時?」

散々悩んだ後に人差し指を立てて、そう答えた。
私、自己分析できてなさすぎ。