2022/10/28 のログ
藤白 真夜 >  
「無知……。
 ふふ、図書委員さんの答えとしてぴったりだと思います」
 
 答えを聞いた時には、ざわめくような悪寒めいた魔力は落ち着いていた。
 答えが気に入らなかった──というわけでもない。

「知識というと人間が文化を拓いてからの後天的なものを連想しますけれど、それが先天的であるはずの本能と結びつくのは面白いですね。
 死の間際に見る走馬灯は今までの知識や情報から目前の危険を解決する方法を探している結果、というのはよく聞きますし。
 ……うん……そう……。
 知るはずの無いもの……それは時に罪として糾弾されうる……」

(──悪くない。むき出しの魂はいわば本能のかたまり。
 予期せぬ死は生命としての最大の誤ち……。
 それを知らしめるものとしての知識……)

 一方で、私のほうはその答えを考えこんでいた。気に入っているのだ。
 ぶつぶつと呟きながらノートを開けばかりかりと小さく、素っ気無いHBの鉛筆で何かを書き込んでいる。
 ──その間、呪術書から立ち上がる呪いめいた魔力は、藤白真夜のカラダに取り込まれていた。
 なのに、それに気づいたふりすら無い。当然の日常を送っているかのようにノートに書き込むだけ。
 
「そ、それはたしかに恐怖ですね……!
 ……ふふふ、三度寝はちょっと庇いきれない気がしますけど」

 そして何も無かったかのように、控えめに笑いながら目前の彼女を見つめていた。

「私は……人間が最も恐れるものは、死だと思うんです。
 ……って、これも月並みですけどね。
 一彩さんの言葉を借りるのなら、本能として死を避けるためにあるものが恐怖だとも思いますし」

 ……言葉はそこで途切れる。自ら恐れるものは、口にはしなかった。……なにせ、

「……って、なんだかすみませんっ。はじめて会った方とするお話ではありませんよね……!
 ちょっと、宿題というか課題というか、付き詰まっていたことがあって、つい……」

 考え込むあまりつい聞いてしまったが、どう見ても初対面の人と話すことではなかったから……!

「一彩さんがお話しやすそうな方ですから、話してしまったのかもしれませんね。
 ……ありがとうございます。少し、頭の中のもやもやが晴れた気がします」

 意図してのものかは置いておいて、確かに頭の中はすっきりしていた。新しいアイディアすら湧き出てくる。
 ……まるで何かを注ぎ足したかのように。

紫明 一彩 >  
「確かに、私も面白いと思いますね~。
 
 多分『知識』という言葉の切り分け方次第なんだと思いますよ~。
 
 たとえば、特定種族の中にみられる行動様式……!

 ずばり『習性』! これも、一種の『知識』だと思いますしね!
 
 具体的に例を挙げるのであれば――
 群れの中から一羽だけペンギンを取り除いても、はぐれないように
 すぐに群れの所に駆け寄っていく彼らの習性だとか。

 シマエナガの持つ、寒い冬に身体を寄せ合って木の枝で眠って
 身体を暖め合う習性だとか。
 
 ま、細かいとこ言うと遺伝的本能だとか適者生存とか、
 まぁ色々あるんでしょーけど。
 
 それでも習性を種の『知識』と切り分けて考えた時に、
 各々の生存本能と結びついていそうなものが結構ある気がします~。
 動物って本能で動くイメージ強いし、
 それって『知識』とはちょっとかけ離れてるイメージだと
 思うんですけどね。
 
 先輩の仰る走馬灯についても! 
 私は経験したことないですが、確かに繋がってますもんね。
 
 いや、やっぱり面白い、そう面白い……それをズバリと示してのける
 聡明さ、そしてその語彙力に、紫明 一彩……感服しております」

なんて言いつつ、胸に手を当てるポーズ。
ちょっとオーバー過ぎたかね~。

でも、真面目な話。
眼前の先輩が放つ言葉。気づけば頷きながら、笑顔で話をしていた。
なんとも不思議な先輩、そして魅力的な先輩だなぁ、と感慨深く思う。
先の恐怖についての話もそうだが、するするとこちらの思考を言葉という形で
きゅっと摘み上げられ、取り出されている気がする。
そしてそれは、決して悪い気分じゃない。楽しさを覚えるひと時だ。
とてもとても、不思議なヒトだ。

と、そんな人が、何か呪力を吸ってる気がする……!?
何かしらを吸収しているのだろうか。
魔導書と幾度も対峙したことはあっても、こういった類の現象は
なかなかお目にかかれない。
一体何が行われているのか、かなり興味深い。
ちょっと聞いてみたいけど、思うように口が動かない。
まるで、唇が石になったみたいだ。ここは口を開くべきじゃない気がする。
というわけで、冷静にそのままゴー。

「……いやー、お恥ずかしいもので~。
 目覚ましの奴が、なかなか上手く私を起こしてくれないんですよ」

口をとがらせつつそんな風に伝える。
もっと私にぴったり合った目覚ましがあれば良いんだ。
普通の目覚ましじゃ、私を起こすのに役者不足なのだ。

「そうですねぇ、やっぱり『死』ってのは、怖いんでしょうね。
 でも、何だかなぁ」

考える。めちゃくちゃに考える。やっぱり自分のことについて
考えるのは難しいことだ。

「……多分、私。紫明 一彩という一人の人間にとって、
 『死』っていうのは具体的に想像がつかない、
 何か漠然とした概念でしかない気がします。
 本当に『死』が迫ったら、やっぱり怖いのかな~……」

うーん、難しい。魔導書と対峙してかなりピンチに陥ったことはあれど、
それでも『死』と対面していることを心から実感したことは多分ないし。
ま、今日は深く考えるのはやめにしよう。
眼の前の先輩は、さっきよりちょっと元気に見えるし。
それならそれで、オールオッケーでしょう~! 

「いやー、突然話しかけちゃってすみませんでした、ホント。
 でも先輩とお話できて、楽しかったですよ。
 またぜひ、お会いしましょう」

そう口にして、ふりふりと手を振る。

また、見かけたら話しかけてみよう。
この人はとっても素敵で――
そして、きっと私が想像だにしない闇を抱えた興味深い人だから。

藤白 真夜 >  
「なるほど。
 ……意外でした。むしろ、知識という言葉に先入観があったんですね。
 図書館で喋っているからでしょうか、知識というものは研鑽や書物の中にあるモノのようだと。
 でも動物たちが生き残る中で身につけるモノも知識に違いない……」

 彼女の具体的で動物の行動まで実例としてあげる言葉に、目が醒める思いだった。
 はじめて見た時どこか図書委員らしくないような、なんて思ってしまったけれど、それは思い違いで、自分でも言ったような先入観なのだろう。

「……あの絵面、ふわもこで可愛いですしね」

 ……そして真面目な顔のままよくわからない相槌もうっていた。


「い、いえ、先輩と呼ばれるほどというか、この学園ではそう気にすることでもないと思いますし。
 一彩さんのほうが具体的に考えられて地に足がついているというかっ。
 私は本当に、変なことの時ばかり口数が増えるだけですので、あの……」

 ……一彩さんには妙な意味で誤解をされてしまっているような気がした。……私は美人でもないし。
 そして、やはり彼女の言葉は的を射ていた。

「……そうですね。死を知る人間は、一人も居ない。
 誰もが死ぬような目に会うわけでもない。……それこそ、無知な状態で。
 死そのもの、なんて知ることも出来ないものが……」

 彼女の言葉は、私の理論のあやふやな部分をすべて訂正してくれていた。
 ……思っていたより、恐怖というものを識らなかったのかもしれない。対面することは多くとも、それを扱うことは無かったから。

「い、いえ、こんなところでこんなものを広げて怒られないかと思ったのですが、……色々とお話出来てよかったです」

 彼女のおかげで、考えていた術式はたしかに、組み上がりつつあった。
 ……これなら、出来る。
 自らの、穢らわしいモノから目を背けるために、闇の中に手を伸ばす。
 明るいどこかへ行くためにだなんて言わない。
 ただ、自らの信じることを為せるように。

「ありがとうございます、一彩さん。
 ……どうか、良い目覚めを」

 図書館の一角にわだかまった闇は、灯火のような閃きの言葉とともに薄れていく。
 ……良い霊感をもらってしまった。
 代わりにと見送る際のその言葉で、彼女の寝坊が治るかはわからなかったけれど。

ご案内:「図書館 閲覧室」から紫明 一彩さんが去りました。
藤白 真夜 >  
 手を振る彼女を目で見送った。
 灯火のような言葉に貰った閃きを書き留める。
 しばらくして。
 荷物を集めて立ち上がろうとしたとき。

「……こほ、……けほ。──ごほッ」

 鈍い水音とともに、赤い血飛沫が舞う。
 吐血だ。
 図書館の禁忌である水気は、しかし何処にも行き着かない。
 煙のように、赤い霧になって吐いた血は消えていった。

 吐血という異常に、しかし平然と何を驚くでもなく見つめていた。
 心当たりは十分にある。体に異常が在るわけでもなかった。
 ……ただ、摂るべきものを摂っていないから。

「……大丈夫だよ。もう少し……待ってね」

 か細いその声は言い聞かせるようで。
 だが誰にも届かない。

 呪われた術式、禁書。霊と魂とが飛び交うこの地に、万霊節。
 明日。
 全てが揃うはずだった。

ご案内:「図書館 閲覧室」から藤白 真夜さんが去りました。