2023/03/06 のログ
ご案内:「図書館 閲覧室」にミャウさんが現れました。
ご案内:「図書館 閲覧室」からミャウさんが去りました。
ご案内:「図書館 閲覧室」にミャウさんが現れました。
■ミャウ > ぺらりぺらりと頁を捲る。しんしんと無音が積もる。
この世に常世大図書館ありと謳われる巨大図書館群の一角でもあるこの辺りは試験期間中ともなると徹夜覚悟で勉学に励む生徒であふれかえるものらしいが……この閲覧室はその喧騒から免れ、ただ降り積もるような静寂の中、ただ貪るように私は本を読み続けていた。
既に夕刻も過ぎ、夕食の騒めきは少し落ち着いた時間にもなればこんな辺鄙な場所を利用する学生はいない。
幸いにもこの目は光を必要としない。というより明るさに合わせて自動で調整する機能を付けているのでほんのわずかな明かり、それこそ窓から差し込む街灯や月の光で本を読めてしまう。
……そのお陰で私は誰にも邪魔されず今日十数冊目になる本を読み終える事が出来た。
「……ふぅ」
読み終わり、本を積みながら一つため息を零した後、ぼうとそれを見つめる。
今読み終わった本は海の底で陸に憧れけれどその最期は風になってしまったモノの物語。それはとても有名だそうで、様々な形で表現されてきたらしい。月の青い光に照らされまさに海の底のような色に染まった本達は、まるで海底に積もった色とりどりの貝殻のよう。丁寧に装丁されたそれらは何処かぼうっと光り輝いているようにすら見えた。手元にあるのに遠く届かない水底に在るかのように見えるそれはまるで誰かの希望や夢のよう。
■ミャウ > 貝殻の溢れる世界から飛び出した彼女は幸せだったのだろうか。とぼんやり思う。悲劇として多くに知られているこのお話は実は幸せと言える結末も存在するらしく、今読んだ本もその一つだった。確かに彼女は王子と結ばれることはなく、その体は泡と消えることになるのだけれど……。
物語は大体において、悲劇や理不尽から始まる。概ねどのお話も主人公達は何らかの形で不条理や困難、障害や苦難に襲われる。それでも希望を捨てず、いつしか輝かしい場所に辿り着く。積もった貝殻達(悲劇)は、誰かを救う事で意味づけされ、その幸福の礎となる。それはそうあって欲しいという誰かの願いかもしれない。物語の中ですら救われないなんてあまりにも悲しすぎるから。そう、そして主人公は幸せに暮らしましたとさ。
「めでたしめでたし」
それら全てがそう結ばれている訳ではないけれど、机の上に何冊も積み上げた本の何れもが何者かの希望に満ちた物語。
■ミャウ > 「……判らない」
思わず口から零れた困惑は静かな室内の空気に溶けていく。本を長く読み続けていたからだろうか。途端に感じる疲労感にぐったりと椅子に身を預けると、ふかふかにした背もたれに体がゆっくりと沈み込んだ。そのまま見上げると僅かに埃っぽい室内に低い空調の音が響き、僅かに舞い上がったのであろう埃が窓から差し込む光に反射してきらきらと煌めいている。マリンスノーと言われる現象のように見えるそれは、いずれ人知れず積もっていくのだろう。その中に埋もれ、水底に沈み込むようにじっと身を預ける。
■ミャウ > ハッピーエンドの後日談は読者に求められてはいない。そんなもの、書く方が興醒めだし、必要ない。
そのことは読み手として理解できる。この躰になる前の、平和だった時期にそんな話が大好きだった。
そうなりたいと無邪気に願ったこともあった。そしてそれは叶っているのだから、喜ぶ以外に何があるだろう?
「嬉しい、のは、確か、だけれど」
けれどこの世界への移住のバタバタが落ち着き、安心感に少し慣れてきた途端に感じたのは
ハッピーエンドのその後も淡々と生きていかなければならないという事実とその重さ。
だから今、目の前に広がる選択肢のうち、どれを選んでもいいという”幸福”に途方に暮れて天井を見上げているのだ。少なくとも問答無用で排斥されない世界を、ただ生きていく事が許される未来を求め続け、辿り着いたこの場所で少なくとも私は生きていくことを良しとされている。この場所に来た経緯から拘束される可能性も無きにしも非ずだが、それすらも懸念というには些末なものだ。辿り着いた最果てで「基本的人権」等という簡単な言葉で保障されているこの生活はあの日願っていたものと比べてもあまりにも平和で……
「これが『燃え尽き症候群』というものなのでしょうか。
……それとも私が只欲張りなだけ?」
声にならない吐息として何度も何度も投げかけた疑問をつぶやく。
誰もいない閲覧室の暗闇に、その言葉は転がり落ちていく。
誰もその声に答えることはない。そんな事は期待していない。
この静寂と暗闇に包み込まれているからこそ、こんな事が言えるのだから。
それに応えは判ってる。判っているけれど……
■ミャウ > 唯一求め続けていたものが達成され新たな目的が自分の中にない。それは日々から彩度を奪い、ただ澱んだ流れの様に時間が流れていく事を自覚しながらも足掻き方すらわからなくなってしまっている。そんな状況は生まれてこの方初めてと言えるかもしれない。
新しい目的を持つ、とはなんと難しい事だろうか。生まれた瞬間から必要に迫られ続けていた私にとって望んでいたはずの自由はあまりにも重く、そして軽かった。その答えを書物の中に求めてみたけれど、その答えは言葉では明確で、単純なものなのにいざそれに臨むとなると輪郭すら曖昧になる厄介なものでしかなかった。
「……(判ってる、けど)」
灰に埋もれているような体がずきずきと痛むようで、その感触と湧き出るような反論を振り払うように頭を振る。言葉ではわかっている。私が愛した人が願ったように、私は”幸せ”に生きなければならない。過去を全て正しく過去にして、私は幸せになるべき。判っている。では私は何を幸福としていたのだろうか。目を瞑る。その答えもとうに出ている。それなのに
「……」
口を開くも言葉に出す事すらできず、口を閉じる。誰かを探すように伸ばされていた片腕に気が付くと、そっとそれを抑える。
こちらに来てずっとそうだ。ただわかっているはずの問いと答えを自問自答し続けている。
目を開いて、耳を傾けても、そこから伝わってくる何もかもがかつて願った幸せの一部のはずなのに。
遠くから喧騒が聞こえる。月明かりが差し込み、静謐そのものの図書室へ、幸福と日常が静かに伝わってくる。
青に染まった、この海底のような場所に。
■ミャウ > 私は確かに生きたいと願っていた。ただ生きていたいと願っていた。それこそが唯一の望みだと自分では思っていた。
「違う。」
私はそれ以上を望んでいた。そしてその願いはあの世界ですら叶っていた。その事実がその言葉を、思いを殺していく。理性はずっと前に簡単に答えを出しているのに、心はずっとあの日に置いてきたまま。
――だから何だ。
そんな事を言っても何も変わらない。何も進まない。私はただ歩きださなければいけない。時間は進むから。
その時間だって長くない。私は進まなくてはいけない。無為に生きる時間なんて一秒だってない。この世界では、なんだってできるのだから。
判らなくても、怖くて足が竦んでも、寂しくても、それは理由にならない。折り合いをつけ、余計な事を考えずにただ進みなさい。
これまでもっと辛い事だって気にしなかったでしょう?乗り越えてきたじゃない。
罪悪感も、心残りも理由にはならない。これからを紡ぐのは貴方自身なのだから、それは権利であり、同時に義務でもある。
――だから何だ。
聞き分けの無い子供のままの心は、今も血を流しながらもう決して届かないはずの腕を探し続けている。
深海の底に安寧としていられる場所を見つけたのに、かつてあった光に手を伸ばそうとしている。
■ミャウ >
「……頑張らなきゃ」
答えは判っている。どうするべきかもわかっている。
飲み込めない感情はどう足掻いてものみこめないから、それが出来るようになる時間が来るまで待つしかない。
どうしても飲み込めない理不尽だってあった。血を吐くように泣き腫らした日もあった。
その何れも、私は乗り越えてきた。
「頑張らなきゃ」
誰も解決できない事だから、私自身で解決しなければいけない。
幸せを幸せと感じられないのは私の認知が歪んでいるせいだ。
この感情も痛みも、認知バイアスに過ぎなくて、それは私の努力が足りないからだ。
こんな簡単な幸福すら理解できない私が愚かだからだ。
だから
「頑張らなきゃ……」
頑張って、幸福にならなくちゃ。
光の消えた瞳でただ無表情に繰り返し、言い聞かせる。
■ミャウ > いつの間にか俯き、自分を抱きしめていた腕に気が付く。
呼吸して震えている体を抑え、顔を上げる。強張っていた体をゆっくりとほぐして上体を起こす。
感情を表に出すのは弱さを人に見せる事。
敵には付け込まれて味方には心配をかけるだけの、愚かな行為。
飲み込んで、吐き出すな。表に出してはいけない。
この不安定で不確かな感情などというものに左右されてはいけない。
それが原因で私達は不幸になったのだから、私はそれに振り回されてはいけない。
「……」
何度か深呼吸を繰り返せばいつも通り平静を装える。
内心どんな嵐が吹き荒れていたとしても、顔には出さない。
考えてしまう空白に耐えられないなら、その暇もなくなるほど別の事に没頭しよう。
読書、家事、勉強に整備、やるべきことは沢山ある。
この贅沢で愚かな悩みを払拭できる時まで、やらなければいけないことは沢山ある。
まだこちらに来て日が浅いため免除されているが他の生徒の様に試験問題に挑戦してみるのもいいだろう。
愚かな感情と思考に捕らわれるよりも、何倍も有益なはずだ。
ここは涯て。死骸のような体でやっとたどり着いた場所。
……この静かに降り積もる時間の中で、私は生きていく。
■ミャウ >
だから走り続けなければ。ただ疲れ果て、眠ってしまうまで。
それが先延ばしだと判っていても、その愚かさに気が付いていても。
■ミャウ > 少女は腕を伸ばす。
机の上に積み上げた本を膝元に積み上げて元の場所に戻すために。
何冊も何冊も積み上げて、それを書架に戻して……。
そして別の本を積み上げてまた没頭するだろう。
今度は物語ではなく、論文や参考書、解説書等を積み上げて、その間に埋もれるようになりながら読み続ける。
いずれ体力が尽き、疲れて眠り込んでしまうまでただひたすらに。
それが幸せに至る道だと、誰かに弁明するように、心の中で呟きながら。
ご案内:「図書館 閲覧室」からミャウさんが去りました。