2023/09/01 のログ
ご案内:「図書館 閲覧室」に藤白 真夜さんが現れました。
■藤白 真夜 >
グリム童話に、金の鍵というお話がある。
ある貧しい家に住む男の子が、深く積もるほどに雪が降った冬……暖を取る薪を探すために外に出かける。
外のあまりの寒さに耐えかねた男の子が焚き火を作ろうと雪を掘ると、そこで金の鍵と箱を見つけた。
見つけた金の鍵とその鍵がぴたりと合う箱に、これはきっと良いものが入っているに違いないと鍵を回し──そこで物語は唐突に終わってしまう。
私はこの話を読んで、ひどく不安になった。
確かな続きがどこにも無いからだ。
優しい童話なら、この箱に金貨や魔法の杖が入っていて幸せに暮らしましたとさ──と続くところだ。
しかし、本当にそうだろうか?
たとえ開いても、そこには饐えた臭いと物言わぬ塵しか残されてなかったとしたら?
あの有名な箱のように、中にこの世全ての失われる希望が入っていたら?
生々しいグリム童話のように、鍵は永遠に回るだけで開けられなかったとしたら?
この童話は、その可能性を否定しないと私は思った。
先の見えないなにかに、輝かしいものや喜ばしいものを想像させるお話なのかもしれない。
しかし、まだ見ぬ可能性が良い方向に行くと誰が保証してくれるのだろうか。
これは、臆病で勇気の無い語り手が、閉じられた可能性の前でいつまでも鍵を回し続けるお話。
■藤白 真夜 >
「……はぁ」
あまり佳くないと思いながら溜め息をひとつ。私の元に幸せが集うはずもなく。
恩人から渡された、勧誘の書類。
それを手にしてもどうしたらいいのかわからず、逃げ込むようにして図書館に駆け込んでいた。
(部活……普通の、部活……)
手元には、バイトでお世話になっている店長からもらった、部活の入部届がある。
あまり大したことができていたとは思わなかったが、それでも相手にはなにかが伝わったらしく、『貴女なら』と入部届をもらったのだ。
が──
「はぁ……」
溜め息が、ふたつ。
部活の名前は、お花部という。……いささか直球すぎませんか? なんて突っ込みも、今はできない。
なぜなら……それは、ちゃんと喜ばしいことだったから。
一応祭祀局に身を置いているものの、それはちゃんと自分で勝ち得た立場や機会かというとそうではなかった。
だが、これは違う。
ちゃんとした普通の部活で──お花を愛でることが目的、といいつつ植物系全般の売買を行うそうだけれど──、何より、わたし自身を見て、誰かが選んでくれた機会なのだから。
「……どうしよう……」
だというのに、私は永遠に答えを見つけられない確信を得た表情で、ぼーっと読みもしないのにもってきた本を眺めていた。
■藤白 真夜 >
先方に、強制する意識などは無い。貴女が良ければ、とまで言ってくれた。あの言葉少なな店長が。
……その気持ちと心馳せに応えたい気持ちは、大きい。
だがそれ以上に……自分が平和に花を育てる姿が、どうしても想像できなかった。
(……でも、あの景色は……佳いものでした)
思い起こす。
夏の輝くような日差しに、負けぬほどに隆盛する緑の叢を。色とりどりの命溢れる花たちを。
でも──意識に混じりこむように、そこにペンキのように赤い花が薫る。
胸いっぱいに広がっていたはずの花の香りは、すぐに入り混じっていく。
それは、昨日の景色だ。
まだ、祭祀局の仕事は続いている。
異能を学び、異能を奮い、異能に価値を見出すなら、私の道は、意味は、祭祀局に在ることがもっとも正しいのだから。
あの“普通”の日常に、私はまだ立つ資格が無いのだから。
■藤白 真夜 >
「……よしっ」
この書類は、このままにしておこう。
みどりさんに、平謝りする心の準備もちゃんとできた。
いつか……もしかしたら、いつか。私に、その勇気が宿るのかもしれなかったから。……例えるなら、長く続く冬の中で奇跡を掘り当てた時のために。
それまで、この箱は開けずに置いておくのだ。
たとえそれが……臆病な逃避だとしても。
ごそごそと、携帯を取り出す。
とある番号を呼び出すのにやたらと手間取るのは、私が自ら知らぬものの機械音痴であることも関係していたが、それは慣れない仕事用のものだったから。
「……あ、紅先輩。
名前を呼ぶと取り込まれる怪異、いましたよね。
あのときの、コードネームを使うという案なんですけど──」
逃げ込むように寄った図書館で、力なく……震える鹿のような脚で、だが確かに立つ。
女は相変わらず、ときたまドジをする。
本を忘れていったのだ。
置いていかれた本は……花の図鑑。
「──花の名前を使うというのはどうでしょう?」
開かれたままのページに映る、桜の偽物みたいなピンク色の花を置いて、私は選択した。
新しく来たるもの。
まだ訪れない可能性。
変化を人は恐れるし、それを成長と尊ぶこともある。
停滞を人は恐れるし、それを永続と尊ぶこともある。
私の本質は、おそらく後者にあるのだろう。
でも、それでも。
求めるもののために足掻き続けること。今は変われなくとも、いつかは──
憧れを憧れにしまい込んだまま、女は立ち去っていった。
当たり前の、血にまみれた日常に戻るために。
ご案内:「図書館 閲覧室」から藤白 真夜さんが去りました。