2020/08/20 のログ
ご案内:「禁書庫」にオダ・エルネストさんが現れました。
オダ・エルネスト >  
――学生の利用が少ない夏・冬の休業期間中、年二回大規模な整理・点検。
――図書館群の蔵書整理。

有志の生徒を募り、「臨時図書委員」としての権限を付与し、蔵書や常世博物館地下のアーティファクトなどの管理業務を代行させるというもの。
危険が伴う職務であるため、魔術などの知識・技能を一定以上有していること、十分に安全には配慮されているとはいえ危険な業務であるということに同意すること、禁書庫などに所蔵された書物についての秘密を守ること、というような条件も設けられている。
(【常世島の現在】2020/08/11 のログ臨時図書委員について概要 引用)

青年はなんだかんだで、魔術には詳しい。
ある意味では魔術とともにその人生があったと言ってもいい。
そんな人生であったからこそ、常世学園の「禁書庫」には興味があった。 何も考えなければ図書委員会に所属して、ここで禁書庫係にでもなってもいいかと思うくらいには男は魔導の道に生きている。

「へぇ……これだけの蔵書の管理は、うちの母校でも難しいかもな」

よく怪異に魔導書が盗まれたりもした我が故郷――米国屈指の魔術のための学部を持つ大学。
この学園の魔術協会にうちも何枚か噛んだみたいな話はよく爺とババアがしていたが、なるほど。

ずらりと並ぶ狂気の魔導書の写本の群れには流石にネットカフェなんかの本棚じゃねぇんだぞ、と笑いそうになった。

オダ・エルネスト >  
一度、おさらいしておこう。
魔導書とは、その多くが人の脳を侵す狂気。
ただの人のままでは耐えきれぬほどの深淵を書き連ねた魔書。

全てがそうではないが、多かれ少なかれ世に現存する魔導書とは狂気を孕む人格破壊書と言ってもいい。
それを上手い具合に理屈にハメて静かに日常に溶け込ませ、日常を深淵に一歩沈めたのが、
この常世学園の魔術の授業のように思える。―――一概に全ての魔術というわけではないが。

そう言った"魔術のない世界"という深淵に触れない世に安心を覚えている魔術士/魔女が一定するのは確かだ。
それも《大変容》後の世界、常世財団の発表と常世学園存在で日々、破戒されているとする老害がいるのは確かだ。

魔術が世に出ることを嫌う連中の中にはそう言った奴らも居る。
昔から超常を敵視するような連中も一緒くたにされるが、それは身内に魔術が世に出ることを嫌う連中もいる青年としては勘弁して欲しいところであった。

「そう言えば……この学園のどこかで出たって話も聞いたな……『三世の書』が出たとか」

眉唾としか思えないが、そんなものがあったとしたら、赤い本も緑色の石版も写本レベルとは言えゴロッと転がってそうだ。
いや、転がってたらゾッとするが。

オダ・エルネスト >  
少なくとも彼がこれまで学んできた大学の隠秘学部では大体そのような認識があった。

故にこのように魔術/異能で魔導書を封じ管理しているこの場は恐ろしいが、最も故郷に近い場所だ。
言ってしまえば、危険を目の前にしているが故に程よい緊張感を覚える。
良くも悪くも、一六歳になる頃には大学の隠秘学部を飛び級し卒業した青年は、魔導に狂っている。

「《――今は汝のその力をここに封じ、我ら求めるときまで眠れ》」

封印が綻んでいる魔導書を手にとっては、封印魔術を掛け直す。
それを繰り返す作業。
中には既に力が漏れ出てるようなものもあるが「図書委員さん?」と顔を向けそうになる。

――この学園の試みは、良い。

魔術が日常の産物になる。 狂気も日常となれば狂気に非ず。
それが、定着してしまえば世界はまた遥かなる深淵へと一歩を踏み出す。

魔導の果てに魔法――世界の理を、数式を置き換える法を得た魔法使いはそう、考える。

オダ・エルネスト >  
作業は順調。
少し離れた所を見れば異能で魔導書を封じる者。
魔術・魔力というよりは霊力・神通力によって封じる者もいる。

どうやら、所持している能力の系統によってどこをやるのか決められてはいるようだ。
図書委員になり、それなりの能力あれば重宝されそうだな、と思わず苦笑する。

それにしても対立する神話の神々の魔導書が隣り合わせに並ぶこの禁書庫にはホント、ヒヤッとさせられる。

作業に集中すると耳に聞こえる時計の針の音――チクタク、チクタク。

ご案内:「禁書庫」に簸川旭さんが現れました。
簸川旭 >  

図書委員会に所属している身ではあるが、嫌いな仕事だった。だが、ある意味望んでいたことでもある。
自分の生きた時代――少なくとも、自分が「認識」していた世界の中では、こんな魔導書など存在していなかった。
少なくとも、オカルトなネタで語られる眉唾もの、架空のものだったのだ。
しかし――《大変容》で全ては一変した。

結果的に、この「禁書庫」に収められた魔導書の類を世界は知ることとなった。
もちろん未だ隠されているものも、少なくはないのだろうが。
自分にとっては、ありえない、架空の、馬鹿げた存在の数々。
自分の世界の常識を破壊した、アーティファクトたち。
それらを自らの手で封印するのは、半ば復讐のような倒錯した気持ちでさえあった。
――その魔導書を封じる術もまた、魔術ではあるが。

「……手伝いの人間か? ああ、悪い。危険な作業中なら集中してほしい」

そんなことを考えながら禁書庫の中を歩いていると、魔導書の封印作業を行っている男に遭遇した。
たまたま、自分が次に作業を行おうとした書架に赴こうとした際に、彼の前を過ぎってしまった。
記憶にある限りでは、図書委員会ではみたことがない顔だ。
手伝いの生徒がいるというのは聞いていたが、思わず口に出してしまった。
そういいつつどのような書物を封印しているのかとも思い、覗き込むように見てもしまう。

オダ・エルネスト >  
本を片手に一瞬の硬直。
作業効率を重視しはじめて自分の世界に入り込んでいたか。
掛けられた声に、やや驚く。

「……ああ、いや、大丈夫だ。
 封印した魔導書を眺めて、おぞましい程の場所だな、と……」

彼の手に本。
その本に、銘はない。

「私は名前はオダ。 臨時図書委員――手伝いで合ってるよ。
 君は図書委員の方かな?」

封印処理をした魔導書を棚に戻すと君の方へと身体を向ける。
既に大体の作業は完了しているが故に、男には時間的余裕があるようだ。

簸川旭 >  

「……そうだな、おぞましい場所だ、ここは」

学生服の中から透けて見えるTシャツが垣間見えて、怪訝な顔をしつつ呟くように答える。
「おぞましい」という言葉の意味合いは、彼我で異なるかもしれないが。

「そうか、臨時図書委員か――ああ、僕は図書委員の簸川だ。
 とはいえ、別に本来の職務は禁書の封印じゃなくてね。
 アンタと同じように、ここでは臨時の職員みたいなものだ。
 この量だ、人手は何人あっても足りはしない。
 アンタもご苦労なことだな……図書委員でもないのに、わざわざこんな危険な作業の手伝にくるとは」

皮肉めいた笑みを浮かべみせ、簡単に自己紹介をし、首から提げたIDカードを示す。
そして、オダと名乗った男の手の本に目を遣る。

「……その本はもう大丈夫なのか?」

銘のない本、それを指差して。

オダ・エルネスト >  
"いい街つくろう キャバクラ 学園"
ゴシック書体の安い文字で何を考えて作られたか読めないセンスの欠片もないTシャツだ。
目の前のオダがそちらを向き、胸を張るようにすれば、ワイシャツから透けて見える嫌さだ。

君の自己紹介を受けて、男は一度興味深そうに眺めた。
ちょっと不躾だったなと軽く謝ってから。

「失礼した、いや、多分先輩かなと思ってね。
 こう、アジア系の顔は歳の判別が難しくてついじっくり見てしまうんだ」

そう言って、場所に似合わず明るい笑みを浮かべる。

「危険な作業は、故郷――アメリカなんだけど、
 そこでも似たような事はしてたから私は単位稼ぎだよ」

そう告げてから、ワザと目を逸していた黒川装丁の無銘の魔導書を指さされて
また、そちらを見た。

「……まあ、写本なら」

歯切れ悪い、そう答えるしかない。
もし原本なら、人の施す封印などあまり意味を成さなそうだ、とは口にしない。

簸川旭 >  

Tシャツの文言は意味不明であった。
日本語で書かれているのを見ると土産物か何かなのだろうか。
顔立ちも欧米系に見える故にそう感じ取った。
――とはいえ、この学園では見た目の特徴での類推など、あまり意味はないのかもしれないが。
胸を張る男に対しては、曖昧な笑みを返すほかなかった。

「ああ……多分先輩にはなるだろうな。4年以上、この学園にいることになる」

こちらも相手の顔やTシャツを覗き込んでいたのだ。気にするな、というふうに手を振る。

「そうか。まあ、大丈夫ならいいんだが。
 アンタのほうが詳しそうだから僕が心配することでもないが……」

一応、正規の図書委員として確認をしたというところである。
だがどうも、話を聞く限り自分よりは目の前の男の方がよほど魔導書などの類には詳しいようだ。
そんな彼が歯切れの悪い答えを返すのだから、少し心配にもなるが自分ではどうしようもない。
この吐き気を催す知識の数々が秘められた書架では、自分はあまりに無力だ。
自分も、手に持っていた魔導書を棚へと戻す。
『死霊秘法』と呼ばれる魔導書の日本語訳であるが、重要な部分は削られており、危険性もさほどないという話のものだった。

「へえ……そうなると、アンタは魔術師か何かなのか」

故郷はアメリカだと語るオダにそう尋ねて。
彼に向ける視線はどこか、昏い。

オダ・エルネスト >  
しかし、なんとなく禁書庫でもなければ普通の図書館とか似合いそうな雰囲気の先輩だと改めて相手を認識する。
四年以上、この学園に在籍してるということはアジア系の容姿とは言え二十歳を超えてそうだと踏むべきか。 異邦人絡みであればこの男にはそっちの認識はまだ足りていない。

「ちなみに私は六月から編入した一年、よろしく簸川先輩。
 後で図書委員の人も見て回るだろうし、大丈夫だと信じたい……」

祈るような言葉であるが、祈らざるを得ない。
強力な魔導書だったとしても今は静かに眠っているのなら藪蛇する必要もないのだから。
相手の手にしていた本を見て、やっぱここやべぇわと思わず仏のような笑みを浮かべてしまうのは仕方ない。
とは言え、母校もよくよく考えれば大変あれな蔵書が多かった事は棚に上げている。

魔術師かと問われれば、

「一応、魔術協会には正式所属してないが……魔術師だよ」

短くそう応える。

簸川旭 >  

「一年、か。にもかかわらず禁書整理の手伝いとは。アンタの言う通り、場馴れしているんだな」

自分が取り扱っていた魔導書を見て、オダは何やら不思議な表情をしていた。
おそらく何かしら名のある魔導書、もしくはその写本というところだろう。
その程度の知識で禁書の封印や修繕を行っているのかとも言われかねないが、これは半ば自ら望んだことだ。
この世界に現れた理不尽を、封印していくというある種の、復讐なのだ。
とはいえ、自分の魔術の知識では危険性が強い魔導書など元々取り扱いは許されていないのだが。

「……そうか、魔術師か。なら、聞いてみたいことがある」

自分にとっては、相手が魔術協会に所属していようがいまいがあまり関係はない。
魔術世界の組織関係などについては一般的な知識程度しか持っていない。
重要なのは、相手が「魔術師」だということだ。

「知っていると思うが……《大変容》以前の世界では、魔術は隠匿されていた。
 だが、《大変容》が始まり、魔術の隠匿が破られ……世界には魔術が溢れた。
 こういう魔導書の存在だって、知ってる連中はたくさんいる。
 魔術を学ぶような機会が開かれたということだが……アンタはそれを良いことだと思っているのか?」

魔術師に聞いてみたかったこと。
それは《大変容》以後、魔術が世界に溢れたということだ。
しかし、オダの言葉通りなら、彼は《大変容》以後に生まれたのは間違いないだろう。
故郷もアメリカだと言っていたから、おそらくはこの地球の出身なのだろう。
故に、魔術が世界の表側にあったなどというのは、当然のことのはずだ。
自分の問いは、相手にとっては何を当たり前のことを、とでも言われかねない、とも思う。

オダ・エルネスト >  
そうだな、と声を漏らして少し考える。
語れば長くなる。 そう思う話だった。

「その問に対しては、先ずは私の結論を言おう。
 『良いこと』だ」

そう先ず言えば、人差し指立てた。

「問題もある。 多くの魔術とは人を歪めるモノだ。
 そんなものを日常にしてしまえば、いたいけな童すら狂人してしまえる恐れるべき知識だ。
 そう言った認識が麻痺し、識らず知らずに世が狂気に堕ちる。
 気軽に魔術が学べるとはそう言った危うさが存在する」

次に中指を立てる。

「しかし、《大変容》を経た今世界を多少混沌に落としてでも人類に抗う知識を広めたほうが良い――という考え方がある。
 この辺りは魔術協会でも結構荒れる話題だ。 使えるものだけが極め、世界を守れば良いという魔術師もいれば……最早予兆もなしに起きる《災異》に対して誰もが抵抗するために広めるべきだと言う派閥が居る。
 どちらの考えも理解出来る点はあるので難しいが、世界を守るにはヒーローは一人じゃ足りない。

 《理不尽》に対して抗う、そう考えるのであれば私は魔術が『正しく』広まるのであれば良いことだと考えるよ」

そして、いい終えれば、手をそちらに向けてどうかな?と先輩の顔を覗き込むように見つめた。
この考え方は、常世学園に協力的な一部の魔術師にもみられる考え方である。
それが、ちゃんと学園にいる生徒たちまで伝わっているのかは未だ確かめ切れては居ないが、
インスタントに気軽に投げ捨てられるように魔術の入門について書かれた教科書が古本市にあったりもする。
オダや一部の魔術師たちの『恐るべき知識』を『正しく』学んで欲しいという願いは難しいというのが現実かも知れない。

簸川旭 >  
オダは、自分の問いに「良いことだ」と言ってのけた。
その言葉を自分は静かに聞いていく。
魔術が世界の表舞台に現れたこと――暴露されたということ。
それは魔術師たちにとっては複雑な問題であったことだろう。
にもかかわらず、オダはそれに答えてくれた。
自分がかつて抱いていた魔術師の印象とは、どこかかけ離れた男のようにも思う。

彼は言った。
魔術を広めることの危険性をまず挙げる。
その危険性はまさに自分が抱いているものだった。
魔術が普遍的に存在する時代だとはいえ、それが危険であることに変わりはない。
人を呪詛し、異界の存在を召喚することもできる。
禁断の知識を垣間見れば、発狂することとてあり得る。
そんな技術を広めようなどというのは、自分にとっては狂気の沙汰だ。
しかし、そういった危うさがあるにも関わらず、オダは魔術を広めることは良いことだ、という。

「なるほど、《理不尽》に抗うための力か。……そういう発想は、僕にはなかったな。
 だが確かに……僕も魔術なんてものを学んで、一部とはいえ魔導書の類を封じることさえ出来ている。
 何もかもが「狂った」混沌世界であるからこそ、魔術を『正しく』広めるべきというわけか」

魔術を《理不尽》に抗うための力、手段――そういったものとして魔術を捉える。
魔術の存在そのものが《理不尽》と捉える自分にとっては、出てくるはずもない発想である。
魔に抗うには魔というわけか、などと呟いても見せる。
オダの考えは、この常世学園における一部の協力的な魔術師たちの意見でもある。
自分は、今更ながらにそれを知った。

「確かに、この世界にとってはアンタの言葉は正しいだろう。この学園の存在そのものが、アンタの言う立場そのものだとも言えると思う。
 ……だが、僕は、魔術なんてものはこの世に出てきてほしくはなかった。《大変容》など、起きてほしくはなかった。
 魔術が実は存在していて、それを一部の人間が隠していて……本当は魔術が実在していました、なんて。馬鹿にしていると思った。
 そんな力があるなら、最初から人類全体に広めてくれ、と思った。
 そうすれば、そうすれば《大変容》の災異で死ぬ人間はもっと少なくなったんじゃないか……。
 それができないのなら、いっそのこと隠し通してくれていればよかった。そうとさえ思った。
 僕にとっては、魔術そのものが《理不尽》な存在だった」

ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐ。
これは八つ当たりのような言葉だ。魔術を隠匿していたのは、《大変容》以前の魔術世界の者たちだ。
おそらく《大変容》以後に生まれたオダにこのようなことを言ったとしても、彼に責任などない。
聞かされたとて、困るに違いない。

「……僕の生まれは《大変容》以前でね。異能の力で《大変容》直後に眠りについていたんだ。
 僕は魔術や異能なんてものは架空の存在だと思っていた。だから、目覚めた時に異能や魔術が世界に溢れていると知った時は、気が狂いそうだった。
 魔術なんてもの自体が僕にとっては《理不尽》だ」

魔術世界への恨み辛みを吐き出すように、《大変容》以後の理不尽全てを呪詛するかのように、自分は言葉を続けていく。

「……アンタの言葉は正しい。考えもそのとおりだと思う。アンタの魔術への態度は前向きで、人類が進むためには必要なことだろう。
 だが、できるならば、魔術という非現実に直面した者たちのことも、考えてやってほしい。
 アンタが今後も魔術を広めていくというのなら、魔術という力を、技術を、どうしようもなく恐れるものがいるのだと、知ってほしい」

彼に言ったとて仕方のないことだ。
彼は魔術世界の代表などではない。
しかし、しかし。魔術を広めるのが『良いこと』だというのならば、自分の言葉を伝えるしかなかった。
この世界が未来に続いていけば、自分のような過去の存在は消えていくだろう。魔術をどうしようもなく恐れる者など、いつかはいなくなるのかもしれない。
だが、それでも、出会ったばかりの者にその心情を吐露するしかなかった。
目の前の彼は、自分が嫌う魔術師の類とは違っていたから。

オダ・エルネスト >  
「恐るべき魔術であるから、まあ、それを『良し』とはしない連中もいる……。

 悪いが、私もかつての魔術師たちの考え方まで知り得ないが《大変容》前の世界では今ほど魔術師や魔女には寛容ではなかったという話も伝え聞いた。
 世界が『神秘』を否定していた時代――そう言う風に語る魔女もいたよ。
 それに《大変容》前は、信じられないが今ほど世界が霊力や魔力に満ちていなかったとか……」

今、魔術が一般的に最低限の素養さえあれば使えるのは《大変容》による世界の変質に他ならない。
当時を語られる言葉でしか知り得ないオダに、過去を自分の言葉で語る事は出来ない。

「だが、確かに簸川先輩の言いたいことは分かるつもりだ。
 かくいう私は魔術、魔導道に堕ちて狂っている身だ。 そんな男の戯言ではあるが、
 無理に学ぶ必要はないと私は考えている。

 大切なのは、先輩のように『恐れる』こと。

 異能も、そうだ。 あれも人を狂わせる。
 正直、今の時代に生まれた私からすれば明日目が覚めたと思ったら魔術も異能もないとなれば……それを頼りに生きてきた身としては、そちらも恐ろしい」

そう、想像だけして顔を顰めた。
男はそんな世界で、どうやって生きていけばいいかイメージ出来なかった。
異能があり魔術を手にしたからこそ今の自分がある男からすれば、それがない人生などあり得なかったのだから、目の前の人がどんな世界に居たのか興味を持った反面、その世界では――自分は生きられないと。

「私など末端の魔術師に過ぎないが、簸川先輩のその『言葉』確かに受け取った。
 だから、どうにか出来る話ではないが……私は先輩の抱く『恐怖』を私の知る者たちには伝えよう」

今の自分にはそれしか出来ない。

「待て、
 ――しかして希望せよ、と言えたら格好つけられたんだけどな」

自分がそう言える立場ならば良かったな、と悔しさの色を浮かべた笑みを見せて言った。

簸川旭 >  

「ああ……きっと、魔術を秘匿していた理由も一様ではないんだろう。
 魔術を独占したかったのか、それとも単に使えるものが限られていたのか。
 ……魔術も異能も非現実のものと捉えていた僕は、どうしても悪意のあるとり方をしてしまう。
 隠していたんだろう、ってな。魔術師からすれば、世界が魔術を受け入れなかった時代とも言えるのかもしれないが。
 そうか……つまり、魔術師の世界も変容した。そういうことか」

だから、これは八つ当たりのようなものだ、と呟く。
誰も彼も《大変容》を望んだわけではないはずだ。
何もかもが変わってしまったのは、魔術や異能を知らなかった自分だけではないのだ。
オダの語る魔女たちの話を聞いて、今更ながらにその事実に気づく。

「……そうだな、『正しく』、『恐れる』こと。
 僕はこの世界が嫌いだ。ありえないものが現れて、僕の常識の全てを奪って変質させたこの世界が嫌いだ。
 異能も魔術も現実に存在する。だからに受け入れるしかない。当たり前のものとして、恐れずに使う奴らが嫌いだ。
 ……だが、魔術師のアンタがそういってくれるのなら。その力を『正しく』、『恐れて』くれるのならば。
 僕も、少しはこの世界のことをマシに思えるかもしれない。この世界が、かつて僕が生きた世界の延長にあるのだと、思えるようになるかもしれない」

笑みを作ってみせる。
心からの笑いというわけではないが、彼のことを好ましく思っていると顔に表そうとする。
いきなりの身の上話に対し、真摯に答えてくれた男に対して。

「アンタが、単に魔術の力を信じ、それを広めようとするような男でなくてよかった。
 だから、僕もアンタたちのことを知ろうと思う。
 僕と同じく、この世界を嫌ってる仲間がいてね……そいつと約束したんだ。
 この世界のことを、少しでも好きになれるように、ってな。
 ……ああ、伝えてほしい。『恐怖』を抱く者のことを。
 そうすればきっと、少しくらいはこの世界も生きやすくなるだろう……随分と自分勝手な、わがままな話なんだがな」

『恐れ』を伝えてくれると彼は言った。ならばそれを信じるまでだ。

「『巌窟王』か……あれは復讐者の話だったか。僕もこの世界に対し、復讐してやろうと思ったこともなくはなかったが。
 だが……希望はしているよ。昔はなかったが、今はある。アンタみたいなやつもいることだしな。
 だから、待っているよ。いつか、僕も魔術もまた人類の歴史の、技術の、一つだったと思えるようになる日をな。
 僕も、この世界を受け入れられるよう努力する」

『待て、しかして希望せよ』と、言うことはできないと悔しそうな笑みを見せるオダに向けて、敢えて待っていると告げて。
魔術を扱う自身を魔道に落ちているなどと言いながらも、魔術が人類の《理不尽》に立ち向かう力となることを語る彼に。

「……初対面の人間にする話じゃなかったな。悪かった。
 僕みたいな半ば素人があまりこの場所にいると色々ヤバそうだし、僕の仕事も終わったから先に上がらせてもらう。
 また魔術とか、魔導書とか……まあ、話せる範囲でいいから聞かせてくれ。
 博物館の方でも似たような封印作業はやってる。もし興味があればそっちも見てみてもいいかもな。
 ……じゃあ、またな」

ぺらぺらと身の上話をした上に、変な希望をも背負わせるようなことをいってしまった。
不躾であったろうかなどと思いつつ、逃げるようにしてその場を後にした。
禁書庫にいることで吐き気などを催していたのも事実ではあったが。

しかし、悪い出会いではなかった。
この世界を知るために魔術師の言葉を聞けたのだから。

コツコツと靴音を鳴らし、禁断の知識のあふれる書架から、一人抜け出していった。

オダ・エルネスト >  
過去の魔術師の界隈について――歴史についてこのオダという男は優秀ではない。
こと魔術においては優秀な成績を修めていたが、過去にどうあったかなんて言うのは彼からすればジジババの話であったからだ。
だから、それに類する言葉を引き出しに、聞いたことはあるな、と思い出すことはあっても詳細な事実までは分からない。
故に目の前の彼の抱いた疑問に対する回答はこの男には持ち得ない。
しかして、だからといって記憶しないには惜しい人の言葉だとオダはこの僅かなやり取りで感じた。

魔術師における記憶とは、刻む事に等しい。
刻めば、砕かれない限り、磨り減り消えない限り自身の中に遺せる。
魔術師とはそういう事を平然と行う生き物でもある。

「先輩がとその仲間の人が、好きになれる世界に出来るなら私も微力なら動かせてもらうよ。
――私は世界が好きだから、先輩にもそう思って欲しい」

全員が自分のように理解するわけではないだろうが、それでも知ること。
言葉にされることは、魔術など紡ぐよりも大きなことだとオダは考える。
故に、手を尽くして行くのならばいつか、この先輩言えるようになればいいと思う。

「ここは素人じゃなくても中々怖い場所ですが……。
 私も後数冊片付けたら上がります。
 簸川先輩と話せてよかった。
 また、機会があればよろしく頼みます」

この場を先に去る先輩を見送る。

ご案内:「禁書庫」から簸川旭さんが去りました。
オダ・エルネスト >  
さて、と棚をもう一度見る。
黒川装丁の無銘の魔導書。

こんなもの私は手にしていなかったはずだ。
簸川先輩に声をかけられていなかったら、自分は時間の牢獄でどうなっていたのか。
《理不尽》は突然やってくる。

抗うために知識を得ていても抗いきれないが故に《理不尽》。

「……悪かっただなんてとんでもない。
 私は、命を助けられた」

そう、言葉にしてふと視線をが外れた隙に、魔導書が一冊消える。

元々この禁書庫の目録にはなかった一冊だ。

オダは、その後問題なく仕事を終えると禁書庫を去った。

ご案内:「禁書庫」からオダ・エルネストさんが去りました。
ご案内:「禁書庫」にオダさんが現れました。
ご案内:「禁書庫」からオダさんが去りました。