2021/04/23 のログ
ご案内:「禁書庫」に藤白 真夜さんが現れました。
■藤白 真夜 > 「は、はい。祭祀局からの……、はい。
……大丈夫でしょうか……?
……はい、わかりました!ありがとうございます。
……ふー。」
入場許可をくれる図書委員の方に、ぺこぺこと頭を下げて、ひとり。
人と向き合う緊張から開放されて、ため息を一つ。
なんだか、最近図書委員の方にはお世話になりっぱなしな気もして、いつもより多めに頭を下げてしまったり。
……後ろ手に扉を閉じれば、ひとりでに扉の内側から光とともにかすかな音が聞こえる。
私のように許可証が無いと開かないであろう、魔術鍵。
忍び込むものを禁じるためか、あるいは……中から出さないためか。
眼前に広がるのは、仄暗い本の園。
鬱蒼と茂るように並び立つ書架の群れ。
禁じられた書の蔵、禁書庫に、私は居るのでした。
(……や、やっぱり、緊張しちゃうなあっ……。
で、でも、何か見て帰れたりしないかな……せっかくだし、すごい本とか、ありそうだし……。
はちゃめちゃに魔術がうまくなる本とか、無いかな……)
私は、魔術は使えません。
別に、貴重な本を頼りにしているわけでも、なく。色々興味はあるんですけど……。
そんな私がなぜこんなところに居るのかと言うと。
「……だ、だめだめ!集中しないと、集中……うん。
お仕事なんだから」
祭祀局での、お仕事なのでした。
曰く、怪異に近い本があるとか。
じゃあそろそろ一人でやってみて、とか。
苦手なのも練習したほうがいい、とか。
――キミなら大丈夫でしょう、とか。
大分雑に、押し付けられた印象はあったのですけど。
君が行くのがいい
そう、久しぶりに会えた先生に言われたのが、決定打でした。
■藤白 真夜 >
私は、そもそも祭祀局に居るような人間では、ありません。
なにか退魔の心得があるかというと、さっぱり無く。
宗教的やオカルト的知識があるわけでもありません。……オカルトは好きですけど。
私はただ、体質と異能を買われているだけ。
であるからこそ、私の仕事の場は限られます。
私は特別雑ですが、対怪異の魔術師や真っ当な祓魔師の方であればあるほど、相手を選びます。
効く属性、効かない属性、というものがあるのです。
私は、物理的には頑丈かつ雑に扱われても大丈夫なのですが……、
魔の宿る書物だとか、目にしただけで発動する魅了の魔術だとか、そういうものにはとにかく弱いのです。
……そして。
禁書庫には、そういうものもあってもおかしくないと、先輩方から何度も聞かされていたのでした。
何より、人目に付かず眠る禁じられた魔術書。
……何が起きてもおかしくはない、そういう場所なのだと。
……そういうわけで、おばけは怖くはなくとも、精神的怖がりの私の足が遠のくのも当然のことで。
けれど、それも……三年になったのもあるし行ってみたら?的ノリで何故か一人で送り出されているのでした。
(……とは言っても、です。
退魔術なんてとんでもないですし、私で何ができるんでしょう……)
……ですが。
まるで書架の森のように詰め込まれる本の山と薄暗い雰囲気に、早くも諦め気味の私です。
今まで私に出る任務といえば、ひとりで駆け回ってこいとか、血をばらまいてこいとか、囮やってーとか。
そういうモノばっかりだったので……。
■藤白 真夜 >
……ここまで言って、普段の私ならば、絶対に一人で来れていません。
多少押されても、無理です無理ですーっ!とぺこぺこ頭を下げて断っているところ。
それがなぜ来ているのかと言えば、先生の言葉のおかげでした。
あの方は、理由もなく私を突き放すような人ではないから。
私がいいと言ったのであれば、必ず理由がある。そういうタイプの人間なのです。
(……よし。
やれるだけ、やってみましょう)
誰かの期待に応えられるならば――。
それだけで、私の胸中に小さく火が灯ります。
(念の為、コレも置いておいて、と)
真っ黒なボストンバッグを入り口近くの人目に触れない所に置いて。
……私の強みは、物理的な耐久度にあります。
ある程度の怪異ならば、祓うことはできずともやられはしない、はず。
最悪のケースは……こういう場所によくある、精神を取り込まれるパターン。
ならば。
いざとなれば、取り返しがつかなくなる前にやればいいだけのこと。
(……そう。
私には、いくらでも退路がある。
畏れなくて、大丈夫。
……行こう……!)
物理的にも、論理的にも、武装は済みました。
なら、後は進むだけ――。
■藤白 真夜 >
……なんて、意気込んでみたものの。
「……ここ、どこ……?」
一瞬で、迷子。
禁書庫で怪異と言えば本ですっ!と勇み足で書架の間に潜り込んで行ったはいいものの。
ず~~~っと続く本棚に、同じような景色。
別に閲覧目的で来たわけじゃないからちょっと申し訳ないし、そもそも変な本とか目に入れるだけでも危険と聞いていた私が、目をそらしてすたすたと歩いてみた結果。
当然、迷子なのでした。
そもそも、
「……いや、そもそも依頼の対象、知らないんですよね……」
思わず、一人でつぶやいてしまう、有様。
本来、あんまり無いことです。
これこれこういう現象が起きてて、ならあれかそれの疑いがあるから調査して、確認できたらそれらに対処出来る人で行きましょう――。
そうなるのが、私達の任務です。
私のときは雑ですけど。
……い、いえ、それは当たり前なのです。
私は雑用かつ下っ端なので。
かといって、◯◯をやれ、という具体的な命令が無いだけでここまでおばかになるとは私でも……。
(お、お、落ち着いて……!
わ、私の体質的に、向こうから寄ってくるとか、そういうほうが多かったから、私がなんにも考えてないのはおかしくないんです!
……れ、霊力とか、怪異の探知とか、できないかな……。
血液を薄く広めれば、血か怪異どっちかに反応したりとか――い、いやだめ……!
ココに何があるかわからないのに全部憑いてきたら大変だし、う~ん……。
――そもそも私帰れるのかな?)
書架と書架に埋もれるように……気持ち小さくなりながら、歩くだけの、私。
もはや気を張るとか、緊張感とか、そういうのも薄れてもはやお家に帰れるのかを心配するころ。
ぴたり、と脚が止まりました。
――血の匂い。
私は、絶対に血の匂いを違えません。
自らも血の匂いがするからこそ、他人のそれは見落とさない。
深く積もった埃の匂いと、濃い書物の匂い。
古書店にも似るけれど、どこか温度の無い香りの中に混ざる、異物。
■藤白 真夜 >
迷いの消えた足取りで進んで、あたりをつけた書架を覗き込めば。
(……間違いなく、これ……!)
びっしりと埋まるように並び立つ本の背の中に。
流れ落ちたかのような形で、凝固した血がこびりついている異様な本が、一冊。
自分で見つけられた喜びと、やっぱりあの人は正しかったと思いながらも、ココからが問題です。
「……ど、どうしよう……!」
ぱっと見、ただ本から出血しているような見栄えな、だけ。
恐る恐る近づいてみたものの、おばけが飛び出てくるだとか、魅入られて本に取り込まれるだとか、そういうことはなく。
背表紙や装飾も、血が乾燥したようないかにもな嫌な茶色。題名も無しと来ています。
呪われた魔術書の典型と言えば、本を開くだけで身体の自由が奪われて――なんてものですけれど、私にそういうものか判別出来る技術や知識なども、あるはずもなく。
結局のところ、私のような異能者に出来ることは、決まっていて。
(……い、いやだなぁ……っ。
最低限の、準備だけしておかなきゃ……)
音もなく、私の周りに赤い煙が浮かびます。
限りなく薄く、ほとんど気体の血液。
書庫でやるには両方の意味で気が引けますが、そうも言ってられない、はず。
……つまるところ。
「……えいっ!」
ぱかりと開かれる、赤茶けた魔術書。
私には、体当たりで罠かどうか調べるしか、手段は無いのでした。
■藤白 真夜 >
「……え?」
どんな術式やら呪いやらでも――!と勢いで本を開いたものの。
「……真っ白」
本の中身は、白紙。
見ていると気分が悪くなるとか、頁に引き込まれるとか、そういうありがちなのも、起こりません。
(う、う~ん……?
もしかして私の気の所為……?でも、私に近しい何かは感じるし……)
あれだけ緊張して、もし魅入られてもショックで我に変えれるように痛い自傷の準備までしていたのに、これ。
「……はぁ~……」
禁書庫なら、もしかして素でこういう形態の書物もあったりするのかも、なんて。
安心と落胆を織り交ぜたため息を溢しながら、身にまとう血の霧を体の中に戻そうと、意識した瞬間。
ふっ、と。
白紙の書物の頁に、赤い文字が一瞬、輝く。
「――え?」
見間違いかな?なんてのんきに考えている私と。
――これは、危ない。
本能で、危険を理解している私がいました。
……そして。
その背反する思考故の判断の遅さは、致命的で。
「……ぁ、っ、!」
真っ白な頁ではなく、赤茶けた表紙との狭間から。
こびりつき凝固した血のようなモノが、本を持つ私の腕に――ずるり、と巻き付いた。
■藤白 真夜 >
「くッ、――!」
しまった……!
腕ごと切り落として、いやまず痛みを消して――、毒は無い、でも何が起こるか――、
まるで目の無い蛇のように私の腕に食らいつくソレに、取り乱して思考だけは慌ただしく、でも何も出来ずに致命的な数秒が流れて――。
「……、……あ、あれ……?」
何も、起きず。
事実、魔術書に咬まれた、とでも言えそうな状況。
けれど、毒で苦しむとか、体を乗っ取られるとか、そういうことは特に、なんにも起きず。
よくよく見ると、確かに魔術書から伸びる赤黒い蛇のようなものに手首が絡みつかれてはいるものの。
咬まれているかというと、あまりにも――、
(甘噛み……!)
おそらく、何か魔術的なモノで動いてはいるのでしょうけれど、いかんせん、出力が弱々しすぎました。
読み手に食らいつく蛇、というよりかは、読んでほしくて引き止める子供の手、くらいの。
「……え、えぇ~……?」
思わず、今度こそ気の抜けた声が出てしまいます。
一応、まだ警戒はしている、のですけれど。
中身を読まざるを得ない状態にして――というのも考えましたが、そもそも白紙。読むものがありません。
実は秘められた可能性が、みたいなものを考えるのも馬鹿らしくなる数分が流れた、のち。
(……どうして、私だったんだろう)
私は、片手を魔術書に絡まれたまま、考えていました。
目の前にすれば血の匂いに溢れるこの魔術書ですが、ある程度スキルのある魔術師なら十分に感知できるはず。私みたいに犬みたいな探し方をしなくても。
他の魔術書の反応に埋もれる、ということは考えられなくも無いですが、この本は見てわかるほどに異常でした。
魔術的な走査を流せばすぐにわかったはず。
なら、なぜ探し出すのにも苦労するような私が呼ばれたのか。
下っ端の雑用、という線は一応、ありません。
私の扱いは雑で良いと思っていますが、こと祭祀局の仕事においてそういうことは有り得ない。
ならば。
今の私を意味する属性など、一つしかない。
この本に導かれたきっかけも。
この本だと気づけた理由も。
この本が異常な反応をしたときも。
かけられた先生の言葉を思い出す。
君が行くのが良い、と。
ならば、私にできることは、一つだけ。
■藤白 真夜 >
赤い小蛇に巻き付かれた腕の血管をゆっくり、中から切断する。
静かに溢れおちていく血液が、床に落ちる直前に中空で止まった。
螺旋を描くように浮き上がっていく血液が、その最中で霧のように形を変える。
(……ここまでは、私の異能)
予感は確信に変わる。
腕に巻き付いた何かは、もはやはっきりと蛇と認識できた。紅く塗りつぶされ、目の無いつるっとした――……ちょっとキモいです。
そして何より、やはりちかちかと魔術書の頁が点滅していた。
よく見ると、内容は一定ではなかった。
浮き上がり、消え去り、沈み、再び湧き上がるとともに、書いていることが変わる。
意味のある文体のようでもあったけれど、読むには時間がたりなさすぎる。
そう思った頃には――、
辺りに浮かべた血の霧が、形を持って魔術書の上に漂った。
もう、私の異能で操作はしていないにも関わらず。
魔術書の上で、文字通りとぐろを巻くように渦巻いた血の霧は。
一塊になって血液に戻ったかと思うと、吸い込まれるようにして魔術書の中へと零れ落ちた。
もはや、ちらついていた文字はそこにはなく。
紅く輝く文字が奔るように書き殴られた。
目を逸らすことなど、考えもしなかった。
頭の中に残る危機感が警鐘を鳴らす。
"この状態"なら、ありえるだろうと。
目にしただけで、私など意のままに操る魔書の本性が著された、文字。
そこには――、
『もっとちょーだい』
なんの魔力も籠もっていない、ただの文字が、並んでいた。
私の中の危機感はもはやどこかに行っていました。
なぜなら、手元に巻き付く蛇が、ちろちろと舌を出しながら私を見上げていたから。
「……。蛇、あんまり好きじゃないんですけど……」
もう何も隠さず、落胆どころか疲れたため息を、ひとつ。
それがわかるのか、手元に巻き付いた蛇は落ち込むように頭を下げればしゅるりと引っ込んで、ぱたむ、と勝手に本は閉じられて。
赤茶けていた本の表紙は、目の覚めるような鮮烈な赤色に。
錆びたようにこびり付いた血糊は、金細工の刺繍に。
見る間に時を巻き戻すかのように姿を変えて。
まさに、魔術書と呼ぶに相応しい装丁であるのに。
そのタイトルは、
『意外と可愛い蛇たち ―今からでも替える爬虫類―』
……と。いつの間にか、変わっているのでした。
■藤白 真夜 >
「い、いや、飼いませんけど」
思わず、口に出して突っ込んでしまう私。
……これ。どうしよう……。
幸い、命を掛けるとかそういう致命的な状態では、ないのですが。
これはこれで困る、というか……一応なんとなく、害は感じないので、ちょっとだけ、血を注ぎ込んで見ると、
『ありがとうと言える人になる方法』
またいつの間にか題名が変わっていて。
「いや読みませんけど。
……意思疎通出来る怪異って、本当は危ないんですけど、ね。
……、…………はぁぁぁ~……。
緊張して損した……」
腕を切り落とそうとか考えていた自分がものすごく馬鹿らしく思えてくるころ。
ひとまず。
禁書庫管理の人にも話は行っているはずだし、これは持ち出して祭祀局の管理下に置かないと――そんな現実的な思考が戻ってくるころ。
(……そうだった。
私、迷子なんだった。
……出れるかな……)
そう、頭の中で考えるだけでも。
『常世学園の全てがわかる 敷地内詳細地図付き あの禁書庫も網羅!』
本のタイトルはするすると形を変えていって。
……もしかして、私に読んでもらおうとしているのでしょうか。
魔術書によくある、なんとかして本を開かせようとしてあれこれと誘惑するという、あの。
なんだかもう、考えるのも迷うのにも疲れていて。
実際、この本にも悪意など無いのだろう、そう思い込んだ私は。
思わず、本を開いて――、
■藤白 真夜 >
本を開いて、そこに広がるのは――、
見開き一面に広がる、蛇の眼。
もはや、文字などでもなく。
私の血の色そっくりに濡れたように紅く輝くそれを、私は覗き込んで。
生理的な嫌悪感と、その間隙に潜り込む蛇のような悪寒が走って――、
「……いや地図載ってないじゃないですか……」
どこか、風もないのにふわりと髪の毛が揺れた気がするけれど。
やっぱり、なんとも起こらないのでした。
もはや、小動物を叱るように、魔術書の瞳をじろりと睨めば、
魔術書に広がる蛇の眼が、涙ぐむかのようにぐらりと揺れたかと思うと。
波打つように瞳から、文字に。文字から、なにかの小説の挿し絵に。
小説の挿し絵から、絵が解けるかのように形を変えて――歪な、矢印に。
「……え?こっちなんですか?ていうか地図でもなんでもないじゃないですか……。
こっちであってる?……本当ですよね?――また驚かせたら、破りますからね」
本当は、そんなこと絶対やってはいけないんですけど。
何故か、私の手の中でうっすら震える本を手に歩き続ければ。
なんとか、出口に辿り着けたのだとか。
「……つ、疲れた……」
自ら任務らしい任務をこなせたことに喜ぶ暇もなく。
実際に血を流すような任務のほうがよっぽど気が楽だったかも……
なんて思いながら、黒いバッグを回収して禁書庫を後にするのでした。
ご案内:「禁書庫」から藤白 真夜さんが去りました。