2022/01/05 のログ
ご案内:「禁書庫【イベント:「禁書庫蔵書整理」】」に紫明 一彩さんが現れました。
■紫明 一彩 >
常世大図書館館内の、カウンター裏。
主に委員会生徒が利用するエレベーターの前に私は居た。
眼前には大柄な先輩、井上 紘汰が立っていた。
浅黒い肌に190cmはあろうかという巨躯。
短く切り揃えた黒髪をがっしりとした指で掻き上げて、
先輩は『頼んだ』と一言僕に告げた。
「……はぁ」
私が了承とも溜息ともつかぬ音を出したのは、
眼前の先輩から厄介な依頼を投げられたからであった。
井上先輩から依頼されたのは、
禁書庫の整理中に行方不明になった生徒の救出だった。
協力者ではなく、図書委員の生徒らしい。
名前は、草乃木 詩織。
あまり面識はない。近頃入った新入りらしい。
その後に先輩の口から続く、ちょっと詳細なプロフィール。
最近の動向とか、何とか。
恋に破れた? 友達に裏切られた?
孤独がどうこうってずっと言ってた?
ま、そんなことはどーでもいい。
要は連れ戻してくればいいんでしょ。
適当に聞き流して、手を振っておく。
そうして、背後のエレベーターへと乗り込む。
なかなか押す機会がない、最下部のボタンへと目をやる。
これから向かう先は、ここになるらしい
■紫明 一彩 >
『彼女らしき生体反応があるのは、最下層のH-1区画だ。
という訳で頼んだぜ、焚書官《インシネレイター》』
「あいあい」
その区画名を聞いた私の脳裏に、過去の記憶が蘇る。
1年前の、記憶。
初めての、
禁書管理員としての仕事をした時のことだった。
あの時私は――。
閉まりゆくエレベーター。
その扉をがしりと掴んで
扉の動作を食い止める浅黒い腕に、
私は怪訝な顔を向けた。
『伝え忘れていた。断言まではできないが――
――反応を見る限り、対象はおそらく、ホワイトだ』
井上先輩の低く、乾いた声が響いた。
私はといえば、そこに笑って返すだけだ。
「へ~、そいつは面白いですね……
焼き払って良いですか?」
そう返す内に、
私の胸の鼓動が激しくなっていることに気付いた。
そして、思わず拳を固く握りしめる。
『却下だ。対象は厳重に再封印する。
それが上からの命令だ。
対象が生み出したものならいくら焼いてもいいぞ。
お前の異能、そういうのもいけるんだろ』
井上先輩はそう口にすると同時に、
エレベーターの向こう側から丸太のような腕を
私の所まで伸ばしてくる。
手を差し出してみると、
掌の上に落とされたのは端末とスクロールだった。
魔術で幾重にも防護された通信端末は、
魔力干渉を防いで地上と連絡を取ることができる。
そうしてスクロールは――
封印処理が苦手な私の為の補助道具。
端末のスイッチを入れて、先輩の方を見やる。
丸太の支えを失い、
今度こそ閉じゆく扉の向こうで、
先輩が心配そうに私の方を見ている。
うーん、体格に似合わず心配性なんだから。
ま、そんなところが憎めないんだけども。
案じているのは、私の身ではないだろう。
分かっているからこそ、
私は適当なウィンクで返してやる。
■紫明 一彩 >
エレベーターは一気に地下まで滑り降りていく。
数多の書庫を通り過ぎる。
表層から、禁書庫エリアへ。
足裏への軽い衝撃が来れば、数瞬後に扉が開かれる。
扉の向こう側にあるのは、まさに黒洞洞たる闇だった。
本来であれば、電気が灯されている筈なのだが。
まぁ、よくある話だ。
今回のように、怪異が発生しているのであれば。
カビ臭い空気はやけに冷たく頬を、
更には袖口から入って手首から腕までも撫でていく。
背中、そして腹部にまで氷を当てられているような感覚。
この類の気に慣れぬ者であれば
立ちすくんでしまいかねない雰囲気だ。
端末をトン、と人差し指で叩く。
「とうちゃーく、めっちゃ暗いんですけど」
『該当区画付近のみ、障害が発生しているようだな。
気をつけて進めよ』
微弱なノイズの向こう側に、
しっかりと井上先輩の声が聞こえた。
緊張している様子が伝わってくる。
緊張するのはこっちの仕事でしょっての。
あいあい、と適当な返事を返しつつ懐から懐中電灯を取り出す。
この巨大な洞穴の中にあっては
少々心許ない光源だが、無いよりはマシだ。
まず最初に照らし出されるのは、古びた木製の床。
そうして、散らばっている紙片。
光源を左右に向ければ本棚の中に、
まるで木穴にうじゃうじゃと群れる虫のように
数多の怪異――魔導書がひしめいていた。
思わず口笛を一つ。
■紫明 一彩 >
既に多くは図書委員や有志の手により
再封印処置が施されており、安全であるが――
まだ再封印が完了していない書物も多い。
その内の一つが、
今回の対象である通称ホワイト――
通称、亡霊白紙本《ファントム・ホワイト》というわけだ。
心の弱った者へ甘い言葉で語りかけるその
本を手に取ったが最後。
その者を永遠に本の中に取り込んでしまう厄介な魔導書だ。
こちらも気を抜けば、
最悪捕らわれ――執拗に魂を弄ばれた後に、
めでたく新たな頁にコレクション入りだ。
本の餌に成り下がるのは御免被りたい。
歩を進めれば、周囲の空間が捻じ曲がるような感覚。
古い木製床の隙間から染み出してくる赤黒い液体。
じわりじわりと足元にまで広がってくるそれに、
革靴が濡らされていく。
「ふーん」
いずれも魔導書の魅せる幻覚だ。気にする必要はない。
目的の書架まで、もう少しといったところで。
不意に、空気が変わった
続いて、何も口に入れていない筈なのに、
舌の上がちろちろと小さくて細い
何かに触れられているような感覚。
唾液を口内できゅっと集めて、床へぺっと吐き出す。
大量の髪の毛がそこに散らばっていた。
自分のものではない、
誰かの『白髪』のようだった。
そう、その髪の色は――。
「へー、やってくれるじゃん」
いよいよもって、干渉が強まってきたらしい。
見覚えのある白髪に
頭が揺さぶられるような感覚を覚えながら、
白髪を踏み越えて歩を進めていく。
■紫明 一彩 >
静寂の中。
遠くから耳にじわりじわりと入り込んで来たのは、
女のすすり泣く声。
聞いているだけで、
胸が締め付けられそうな悲痛な叫びがそこに込められている。
蹲った彼女に一歩近づくと、すっとその泣き声が止まった。
暗闇の中、ライトで照らされた彼女がゆっくりと立ち上がる。
そうして、徐に――ぬう、と。
こちらへとその貌を向けるのである。
■紫明 一彩 >
「……先輩~」
『お前の真正面に反応がある、間違いない。草乃木 詩織だ』
「へぇ。
草乃木 詩織ちゃんの写真は軽くしか
見てなかったんですけど――」
ライトが一瞬消える。完
全な暗闇に包まれると同時に身構える。
数瞬の後、再びライトが灯った。
今にも触れ合いそうな位置に――彼女の顔があった。
顔に、湿った息がかかる。
「――こせいてきなことで」
こちらへ向けられた顔――否。
それを顔と呼んでいいのだろうか。
目や口、鼻がある筈のそこには、何もない。
ただ、ぼろぼろと少しずつ零れ落ちる土塊があった。
その表面から色とりどりの花が咲き乱れては、
血を垂れ流し、腐って落ちていく。
身体はと言えば――ほぼ人間のままだ。
ただし、袖やスカートからは
蔦のようなものが這い出している。
思わず、唾を飲み込んだ。
額を汗が伝っているのが分かる。まるで他人事のように。
一瞬の沈黙の後、金切り声をあげながら、
草乃木だったものは腕を振り上げる。
同時に、無数の蔦が展開され、こちらへ向けて射出される。
刹那、床を蹴り、飛び退って後転、後転、そして後転。
先まで立っていた場所に、蔦が突き刺さり床板が砕ける。
私は静かに、黒の手袋を――外した。
■紫明 一彩 >
『感じるぞ、恐怖を』
直後、急な頭痛に頭を抑える。
思わず懐中電灯を取り落とす。
草乃木の向こう側、確かに本が浮かんでいた。
人皮で造られた真っ白い表紙の
それは――亡霊白紙本《ファントム・ホワイト》だ。
そこから発される青白い光が目を、脳を焼く。
視界が霞む。
そうして脳に直接刻まれるかのように、
言葉が流れ込んでくる。
あれ、そうだっけ……私、怖いんだっけ。
『愛しき愚かな存在よ。抗うな、望む世界をくれてやる』
頭が、頭が、頭が、ぼうっとする。
そうか、望む世界を貰えるんだ。それはすごいや。
『彼女は自らを愛する者を手に入れたいが故に
我を解放し、力を享受した――
その願いは、確かに聞き届けてやった。
貴様の願い。
――――、――――――。それも、叶えてやれる』
私の、願い。
本の発する言葉を聞いて、鼓動がドクンと跳ねる。
頭の中が、更に霞んでいく。
催眠効果のある魔術――身体に、力が入らない。
草乃木から、今度はゆっくりと蔦が伸ばされてきた。
ふらふらと揺れるだけになった私の四肢は、
簡単に絡め取られる。
蔦は脚や、首にも巻き付いてくる。
脚の蔦が引っ張られれば私の身体は簡単に倒され、
引きずられていく。
ああ、このまま本に引きずり込まれるのだろう。
――どうでもいい。