2022/01/06 のログ
紫明 一彩 >  
――どうでもいい。

ずるずると引きずられていく。

『抗うな、抗うな、抗うな、抗うな、抗うな。
――ただ、座して受け取ればいい』

――どうでもいい。

草乃木に顔はないが――私の方を見て、
無貌の内にニヤリと笑みを浮かべたように見えた。

『そこで動かぬまま、貪ればいい。
貴様では一生をかけても叶えられぬ願いだ。
いくら抗っても、無駄なのだ』

最早、本は目と鼻の先。
このまま引きずり込まれれば、
私の魂は永遠にこの本のものになる。

――どうでもいい。

そうしてそいつは力強く、口にした。

『私なら、奇跡をくれてやる――』

――どうでもいい。

――どうでもいい。

――そんなもの、クソほどどうでもいい。

拳に力を込める。熱気が迸る。
胸の鼓動が高鳴る。

焚書官《インシネレイター》としての力が今、点火した。

身体を駆け巡る血液が、煮えたぎる。
魂が、激しく燃ゆる。燃え盛る。燃え広がる。

熱く、熱く、もっと熱く――!

異能――

赫焉たる夢幻書架《ブレイジング・ロマンサー》。

それが『書物』であるならば。

それに由来するものであるならば。

燃してみせる。

万書万物を尽く燃やし尽くてみせる。

どのような叡智も、この異能の前では塵にしてみせる。

この燃え盛る魂、お前如きに呑み込めるものか。


座してれば奇跡をくれてやるだって?

余計なお世話だ。クソどうでもいい。

紫明 一彩 >  
「ただ与えられる奇跡なんて、私は要らない。
 努力も苦労もなしにすぐに手に入る黄金になんて、
 何の美しさも価値もない」

今度はこちらが力強く放ってやる番だ。
クソったれ魔導書め!

蔦が激しく燃え、朽ちていく。
草乃木から悲痛な叫び声が辺りに撒き散らされる。
同時に、魔導書にも炎が燃え広がり始めていた。

「私が欲しいのは――藻掻いた先にある光だ」

蔦が四散する。
同時に、駆ける。
懐から取り出すのは、先輩から受け取ったスクロール。

焼き払う専門、封印ばっかりは苦手な私の――補助道具。

スクロールを広げる。
同時に紫色に発光する魔法陣が幾重にも広げられて
魔導書を捕らえる。
どうやら効果は抜群のようで。祭祀局にマジで感謝。


『愚かな人間共が――』

魔導書の最後の言葉を聞いて、私は笑ってやった。

「――おーおー、物知りだね、君は。
そうそう、人間は愚か。
でも学んで進んでいけるものなのさ。
これは知らなかった?」

愚かなー、だなんてお決まりの台詞だねぇ。
でも、そう。私は大馬鹿者だ。
それから、多分あの子も。

同じく、『失敗を犯した』人間だ。
1年前の、記憶。
初めての、
禁書管理員としての仕事をした時のことだった。
あの時私は――『失敗を犯した』。
そして、今同じ場所にこうして立っている。
その闇はまだ払いきれていないけれど、

その闇をこんな魔導書に簡単に触れられて、
それを許すほどの極大馬鹿じゃない。

紫明 一彩 >  
スクロールの魔法陣に捕らわれた魔導書を懐へ。
そして、懐中電灯を拾って口で咥える。

よし、準備オーケー。
最後に、倒れていた女子生徒を抱えあげる。
その顔は、既に人の顔に戻っていた。
なんだ、結構綺麗なお顔じゃん。

「もしもーし、任務完了~。
 対象も連れ帰れそうなんでさっさと帰りまーす。
 
 床板だけちょっと砕けちゃいましたけど、
 まぁ本はちゃんと封印したんで……お小言はなしですよね?』

いや、マジでこの先輩……怒らせると怖いし長いのだ。

『ヒヤヒヤさせてくれる……が、まぁいい。
 帰ってこい、今回は小言は無しだ。皆が待ってる』

頭を抱えてそうな先輩の顔を思い浮かべながら、
それでも気分は悪くなくて。

懐中電灯の先っぽを齧る口をちょっと緩めて。
私は、禁書庫を立ち去るのだった。

ご案内:「禁書庫【イベント:「禁書庫蔵書整理」】」から紫明 一彩さんが去りました。