2022/11/03 のログ
ご案内:「禁書庫」に藤白 真夜さんが現れました。
■『祝福』 >
私は、奇跡を見た。
この本を紐解くものは、必ずや祝福か、あるいは真なる愛を求めているのだろう。
嗚呼、我が同志よ。同じ空を、同じ刻を見ることはなくとも同じ愛を求めるともがらよ。
これは、我が人生を以て遺した真なる愛への軌跡である。
ついぞ私はそれを見られはしなかったが、我が求道が貴殿らにほんの少しでも……光へ届く兆しとなることを祈る。
はじめよう。
これこそ、我が真実を求めた歴程なり。
私の見た祝福の再現。
──我が神の愛の証明である。
■藤白 真夜 >
禁書庫には何度か立ち入ったけれど、やっぱり苦手だった。
胸は重く、どこから見られているような気がして落ち着かない。
事実、私は以前魔術書に自我を絡め取られよくわからない場所に飛ばされたことまであった。
……なのに、今はそれらの危険を何一つ考えられなかった。
ただ、眼の前に在る書見台に開かれた本を食い入るように見つめるのみ。
悪名高いその呪術書の名は『祝福』とのみ在った。
触れる前から呪いなのか魔力なのかすらわからないモノを垂れ流すそれに、魔力遮断の手袋に呪い避けの眼鏡になんだかよくわからない現実を視るという触れ込みのお守りまで持ってきて霊的防御は万全。
しかし、いざ頁を開くと……そこに書かれているのは、宗教書か、一種の聖書のようなものだった。
ただ只管に、“真なる愛”という概念を解説しているだけだった。
彼か彼女か解らないが、筆者はどこかの教会で下働きをしていたらしい。
その時見た、“ある処刑”を切欠に、……おそらく、……彼は完全に、発狂した。
■『祝福』 >
私は、奇跡を見た。
見るも無惨に蕩けたスープのようになった躰が、元通りになったのだ。
アレは間違いなく死んだはずだった。
罪人に下す天罰の秘跡。
高位司祭の操るその術式は流れる河のように淀みなく施され、青白いいかづちが罪人を溶かした。
なのに、あの女は生きている。
泥を啜り、男を誑かし、あらゆる悪徳を成したあの女が──聖なる奇跡に耐えたのだ。
有り得るはずの無い事実。死者の蘇生。
間違いない……あれこそが、神に愛されたものなのだ。
あれこそが、真なる愛の証明だ。
ひとを創造し、故に不滅の愛が宿る魂。
わたしは、それを求めたのだ。
■藤白 真夜 >
呪術書と言われてはいたが、文体は酷く平素なものだった。
むしろ、読むものへの共感と教導を感じる触れやすいものだ。
何よりも、筆者の“愛”を一途に求める姿勢は、私にも理解できた。……それは、私には絶対に無いものであったから。
しかし、その一種優しさすら感じたまま、この呪術書の本懐が始まった。
「……う……」
思わず、声が出た。
その優しさや愛を秘めたまま、彼はおぞましい凶行を繰り返した“記録”が残されている。
彼は、それが軌跡であり、歴程であると信じているようだった。……信じてしまった、というべきか。
ただの殘酷な絵面や行いには慣れていたけれど、それを神聖な行いだと確信して行われる狂気は、私にも些か堪えた。
■『祝福』 >
■■をえぐりとり、■に捧げた。
足りない。届かない。まず、愛が足りないのだ。
賛美歌をうたい、祈りを捧げながら行おう。
……そうだ、■■にもその資格が必要であるはずだ。
愛と祈りに満ちたもの。
それらを■してこそ、はじめて神の目に留まるはずなのだ──
■藤白 真夜 >
「──……」
読み進めるうち、冷や汗が止まらなくなる。
ただの狂気が並ぶ呪術書などよく見るもので、私も慣れていた。
しかしこの人間にとって、残虐な行為の意味が違うのだ。
それは神を求める“祈り”と違わず、その愛を求める行為だったのだから。
じき、拷問めいた“祈祷”には、魔術的な要素が増え始める。
ありとあらゆる方法で愛を検証するために。
それは、聖書のような清らかさで書かれた。
そして、魔術書めいた密やかさを孕み……。
ついに、禁書のおぞましい実体を得ていた。
頁を進めるにつれ、それに籠められた愛という名の呪いが湧き上がる。
魔術的な呪いの補充と、おぞましい“方法”を知ること。
……それが、私の求めていたものでもあった。
結果から言えば、大成功なのだろう。これならば私の儀式にも足りる。
しかし──
(なぜ……)
本をやっとのことで読み終えた私は、後悔していた。
なぜ、こんなものを見てしまったのかと。
■藤白 真夜 >
珍しいことに私の中には、侮蔑や怒りが蟠っていた。
私がそれらを感じるのは、まず自身に向けたものになって他者に向かないからだ。
私の自意識は低く──そして、“コレ”はそれだけに愚かだと私は想っていた。
「……なぜ、なぜ求めたのです……。
祈りは、求めるものではなく。
ただ捧ぐものであるはずなのに……。
神の……──真なる愛など、何処にも無い。
ただ己が内に在るそれを信ずるに留めたのであれば貴方は──」
目元を覆いながら、届くことのない忠告を呟く。
仮に届いたとしても響くことの無い言葉だった。彼は、完全に“その存在”を確信していたのだから。
同時に、私は彼を侮蔑する資格もなかった。
私はこれに頼り、これに習い、これに近しい者であるから。
罵りめいて吐き捨てた言葉はしかし、ただ己に向けられたものだった。
神聖なるものの堕落。
愛ゆえの確信。
そしてそのおぞましきこと。
私は、それらを全て身に着けた。
元より知ってはいた。だから……出来る。
……ただ、己が欲望のために。
儀式の準備は、整った。
ご案内:「禁書庫」から藤白 真夜さんが去りました。