2020/06/15 のログ
ご案内:「大時計塔」にヨキさんが現れました。
ヨキ > 夕刻の時計塔。
見回りのためにやってきた、長身の教師の姿がある。

高所を通り抜ける風は涼やかで、まもなく夜を迎えようとする常世島の眺望は美しい。

「……斯様な場所なら、忍び込みたくなるのも無理はない、か」

一歩ごと、かつん、かつん、とヒールの足音が響く。
塔の隅々にまで、先客がないかを確かめて歩いてゆく。

ヨキ > 風が髪を揺らす。

「……………………」

不意に足を止め、眼下の景色を見下ろす。
過日に交わしたいくつかの会話を思い出す、遠い眼差し。

足を止めて思案に耽る姿は、傍から見ればヨキもまたここへ忍び込んだ学生と変わらない。

ご案内:「大時計塔」に北条 御影さんが現れました。
北条 御影 > 夕日を眺めるその後ろ姿を見て、足を止める。
止めたのは足だけでなく、息遣いもだったが―

沈みゆく夕日に照らされて映えるその艶やかな黒髪に、息を呑む。
呑み込んだのは息だけでなく、言葉もだったが―

「―あ、の。先生」

言おうと思っていた―言わなければならないことは色々あった筈なのに、やっと出てきたのはこれだけだ。

「御影、です。北条―御影」

彼が振り向く前に、名前を告げる。
それだけでわかってくれたらいいと、淡い期待を胸に抱いて。

ヨキ > 掛けられた声に、振り返る。
闖入者を注意しようとした教師の表情が、しかし瞬きと共に止まった。

北条御影。
聞き覚えのない名前を突然投げ掛けられたように、少し考える。

「……北条君? ……」

それはただ、名乗られた名を反芻したに過ぎない。けれど。
ヨキの視界の中で、“北条御影”と、小柄な赤毛の少女の姿が結び付いて――

「君は……」

ふっと笑う。声が先ほどよりも和らいで、深くなる。

「――ああ。北条君、か。こんにちは、また会ったね?」

人間違いを憚って、意を決して口にしたかのような言い回しだった。

「ヨキはまた、君のことを忘れてるみたいだ」

初めて会ったとき以来、心に刻んだ鉄則――“己を呼ぶ赤毛の少女は、決して初対面ではない”。

北条 御影 >  
こみ上げてくる想いを、言葉を、今度は意図的に抑え込んだ。
ダメだ、泣くな。
まだまだ話したいことがある。
涙なら、それが全部終わってから流せば良い。
今はこの「知人」との時間を大切にしなければ―

「はい、お久しぶりです」

ふり絞った声は、震えていないだろうか?
ちゃんと、笑えているだろうか?

「いいんです。それは先生が悪いわけじゃないんですから。
 忘れてても、いいんです。『また』、って。そう言ってくれるだけで」

たったそれだけの、なんと得難いことか。
その二文字が、今の自分には何よりも嬉しい。

「また、会いましたね」

だから自分も口にする。
この言葉の意味を理解してくれる人がこの島にどれだけいるのだろう?
自分からこの言葉を口にすることはままあるけれど、
それでも今この時、この人に向けるこの二文字は、特別な意味を持つ。

ヨキ > 「――よかった」

安堵に、顔をくしゃくしゃにして笑う。

「人違いをした記憶だけは、沢山残ってる。
君と似ても似つかぬ子を、何度も君の名で呼んでしまってな。

その子にも、君にも申し訳ないことをしたと思いながら……、
それでも、いつか君に会えると信じて諦めなかった」

また会えた。また。
彼女がそう認めてくれた事実に、ヨキは今度こそ自信を持って手を伸ばす。

ぽん、と。

女性へ向けた控えめな力で、軽やかにその肩を叩く。

「初めて会う女の子に気安く触れるなど、気が引けるが……。
正真正銘、我々は『はじめまして』ではないのだな。

初めて会ったときのヨキは、絶対に次も会いたがったはずだった。

……君だけでなく、ヨキの願いも叶ったよ」

北条 御影 > 「会いたかった」とまで言ってくれるなんて、想像もしていなかった。
彼はきっと過去の記憶を思い出したりはしていないのだろう。
それでもこうして自分との再会を喜んでくれている。

「本当にありがとうございます。
 あの、私…ほんとに嬉しくて。―あは、どうしようかな。何か…上手いこと喋れませんね」

喜びと、照れくささと。
その他諸々がない交ぜになってしまって言葉にならない。
せめて泣き出さないようにと先ほど堪えたというのに、
結局何も言えないのでは意味がない。

「―っと、あの!次は!次は…あの、何を約束すればいいですか?」

何度か視線を泳がせ、指先をまごつかせて、何とか言葉を紡ぐ。
知人との会話なんて久しぶり過ぎて、何を話していいか分からなくなって。

「あのっ、約束!約束があれば、私、次もきっとヨキ先生に会いに行けます!
 何か、理由が―。先生に会いに行く、理由が…欲しくて」

だから、こんな言葉が出た。
知人との接し方なんて、とうの昔に忘れてしまっていたのだろうか
余りにも卑屈な、けれど切実な―

ヨキ > 「君は本当に……寂しい思いをしてきたのだな。
済まぬ。ヨキはまだまだ、君を忘れてしまうことには打ち克てない。
君のその喜びに溢れた顔が、誤りではないというたった一つの証明だ」

困ったように笑って、前髪をくしゃりと掻き上げる。
事実、ヨキは目の前の教え子のことを跡形もなく忘れている。
スマートフォンに残された、顔馴染みのごとく挨拶せよ、というタスクだけがヨキを繋ぎ止めているのだ。

「約束?」

御影の申し出に、笑って首を振る。

「そうだな、何か決めておきたいところだが……。
ふ、はは。急に声を掛けられたものだから、まだ思い浮かばなくて。

だが――」

スマートフォンを取り出す。記されたメモに残る、彼女との時間。

「――今やりたいことはあった。
君と、一緒に写真を撮って残したかったんだ」

北条 御影 > 分かっている。
彼が自分のことを覚えているわけではないと、そんなことは分かっている。
それでも縋りたい―否、縋るしかないのだ。
例えそれが彼の善意によって形作られたガラスの梯子であったとて、
暗い穴底で過ごしてきた彼女にとって、余りにも美しく、余りにも眩しい。

「―しゃ、しん」

思わず、声が漏れた。
考えたことが無いわけではない。
実際、初対面の相手とノリで写真を撮ったり―なんてことが無かったわけではない。
ただ、皆、知らないうちに携帯に入っていた見知らぬ相手とのツーショットを気味悪がって消してしまうのだ。

「あ、の。それは…全然、構わないんですけど。
 明日のヨキ先生は…気味悪がったり、しません?
 知らない女の子とのツーショット、だなんて」

彼がそんな人ではないことは分かってはいる。
何せ実在するかも分からない生徒のために、只管に見知らぬ生徒全員に名前を訪ねて回る程だ。
そこまでしてくれる相手に、今更こんなことを訪ねるのは失礼にあたるだろうことには、気づけなかった