2020/06/16 のログ
ヨキ > ヨキの視線は真っ直ぐだ。
目の前の少女の顔を、一秒でも長く焼き付けようとするように。

「明日のヨキは、必ず君を忘れてしまうだろう。
だが……この写真は、次への手掛かりになるはずなんだ。
君を見つけ出すための。君に見つけてもらったとき、記憶と結び付けるための。

気味悪がるくらいなら、今日はとても仲の良い風に撮ればいいのさ。
仲睦まじいのに顔を知らない相手だなんて、尋常でないと気付けるだろう?

だから……」

失敬、と告げてから。
御影の傍らへ、慎ましやかに寄り添う。
顔の高さを合わせながら、スマートフォンを正面に翳して。

「――肩を、組ませてもらってもいいかね。
君も出来るだけ、ヨキと仲良しに見えるように撮られてほしいんだ」

北条 御影 > 「―は、はいっ!よろしくお願いしますっ!」

肩にかかるヨキの腕の重みにぞわぞわと背筋に何かが走る。
決して悪いものではないのだろうけれど―ひどく、むずがゆい。
くすぐったくもある不思議な感覚が、触れ合う肩から全身に広がっていく。

「仲良く、仲良くですか。
 えと、それじゃー失礼しまして」

「えい」と掛け声一つで此方からも肩を回すなんてことが出来てしまった。
温もりで緊張がほぐれたのか、はたまた熱に浮かされてまともな思考が出来なくなったのか。

ともあれ、先ほどまで頭の中の大部分を占めていた暗い想いは鳴りを潜めていた。

「仲良し、ですもんね。
 だったらこのぐらい、当然ですもんね」

それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
何度か自分に言い聞かせるようにつぶやいた後―

に、と少し強張った笑顔をスマートフォンへと向ける。

ヨキ > 「ははは、上出来だ。
入ってはいけない時計塔で、先生と肩を組んで写真を撮るなんて、得難い経験にも程があるだろう?」

笑って、シャッターを切る。
画面の中に残る、ヨキと御影の顔。
満足げに笑って身体を離し、ありがとう、と礼を告げる。

「この写真、ぜひ君の端末にも送らせてくれないかな。
ヨキが何度でも君と知り合うというしるしに、君にも持っていて欲しいんだ」

大事なものを支えるように、スマートフォンを両手で持ちながら。

「ふふ。君の方こそ、ヨキには何でも我侭を言ってくれていいんだ。
きっと君は、たくさん遠慮と我慢をしてきたのだろうから。

ヨキが君にしてやれることは、何かあるかね?」

北条 御影 > 「あ、えっと。それなら…あの、アドレスの、交換を」

おずおずと自分の携帯端末を取り出し、画面をヨキに向ける。
表示されているIDを登録すれば、特に問題なくアプリ上での「友達」となるだろう。

互いに登録を済ませれば、先ほどの画像を送ってもらい―

「あの、それじゃ一つ、やってみたいことがあるんです」

暫く「友達一覧」に久しぶりに追加された名前を見つめていたが、
ヨキの言葉に小さく頷いてから顔を上げる。

「―遊びに行く約束を、してもらえませんか」

そう告げる瞳はまっすぐにヨキを見つめている。
きっと彼は「また」、忘れてしまうだろう。
それでも「また」、出会えるだろう。

彼の努力と優しさにただ甘えているだけなのは何となく分かってはいる。
だけど、一度くらいは夢を見てみたかった。

いや、嘗ては日常だった他愛のない「約束」をもう一度してみたかったのだ。

今となっては、途轍もなく重たい「約束」となってしまうのだろうが、それでもだ。

ヨキ > 御影が新たな“友だち”として画面上に表示される。
他愛ないほどあっさりと増えた、限りなくかけがえのない名前。

手慣れた操作で写真を送る。
ついでに、ゆるキャラが“わ~い”と手を挙げてくるくる回るスタンプ付きだ。

「遊びに行く約束?」

徐に、噛み締めるようにはにかんで。
前回御影と会ったときの記録を読み返しながら。

「――いいよ。どこへ行きたい?

バレンタインに会ったきりだから、ホワイトデーがてらお菓子を食べに行くのもいいね。
他にもきっと、行ってみたいところはいっぱいあるだろう?
買い物や、映画や、公園や、ゲームや……いいとも、いくらでも付き合うよ。

ヨキの休日を、丸ごと君にあげる」

北条 御影 > ―やっぱり。


やっぱり彼は、笑って受け入れてくれた。
この約束が自分にとってどんな重みを持つかは、わかっていることだろう。
そしてまた、彼にとってどんな重みを持つかも。

それでも、受け入れてくれた。
だから今は、それを素直に喜ぶことにしよう。
笑っていよう。この時間を出来る限り楽しいものとして、記憶しておきたいから。

「やった!さすが先生、太っ腹です。
 まさか一日貰えるとは思ってませんでしたよ」

ぱん、と何かを切り替えるかのように手を打てば、笑顔の花が咲いた。
あれもいい、これもいい、と楽し気に悩みながらヨキの周りをうろうろと歩き回り、やがて―

「あーもう、やりたいこと多すぎてとてもじゃないですけど決められそうにないですよこれ。
 選択肢が多すぎるのも困りものですよねぇ」

立ち止まり、軽く肩を落として苦笑い。
そこまで言って、不意に言い淀む。

「あー、っと。だから、その。
 今後の予定は…そう、メッセージ!メッセージでやりとりましょう!
 その、友達ですから!そのぐらい…普通、ですよね?」

此処までしてもらえて尚甘えてしまう自分が少し嫌になる。
けれど、彼は言ってくれたのだ。「なんでも我儘を言って良い」と。
だから、もう遠慮はしない。
こうして受け止めてくれるのは、今はきっと彼だけだから。

だから、精いっぱい甘えて、頼って、縋って。
それでもなお忘れるのなら、その分の新しい想い出を一日かけて作ればいい。
今の自分にはそれが出来る。

だって、彼と自分は「新しい友達」になったのだから。

ヨキ > 自分の周りを歩き回る御影を、ヨキもまたその場で回って目で追い掛けた。

「大事な教え子との時間だもの、一日くらい簡単なものさ。
……ふふ。その様子を見るに、出かける日は大層充実した一日になりそうだな」

メッセージでのやりとりを乞われて、当然のことのように頷く。

「ああ、いいとも。
電話も、ビデオ通話も、たくさんしよう。
そのたびに君を忘れてしまうやも知れんが――そのたびに覚え直して、何度でもやりとりしよう。
大丈夫。もしもヨキが忘れても、スマートフォンは全部覚えていてくれるから」

スマートフォンを仕舞って、再び御影に向き直る。

「ああ。普通のこと、普通なのにし難かったこと。
何でもヨキに頼んでくれて構わない。

君の異能を克服することは、未だ夢のまた夢だが……。
その苦しみをカバーする手段を、共にひとつでも多く見つけていこう」

ぱっと笑う。笑い飛ばす。
何ということはないのだと、言い聞かせるように。

「そうしたら、ヨキ以外にもたくさんの『友だち』を増やしていく勇気も出るかも知れない。
君は、もっと助けを求めて構わないんだ。それに応えようとするのが、本当の友人なのだから」

北条 御影 > そう、その通りだ。
確かに彼の記憶は消えてしまうだろう。
それでも、電子媒体の記録されたデータは残り続ける。
だからこそ、彼女にとってこの新しい繋がりは非常に大きな意味を持つ。

今まで何度か最初の「初めまして」でアドレス交換をしたことはある。
それでも、どうせ次の日には忘れてしまうのだろうと―
知らない相手からのメッセージは気持ちが悪いだろうと―
その次の一歩を踏み出すことを躊躇ってきた。

だが今、こうしてその一歩を踏み出すことを「良し」としてくれる友人が目の前にいる。
忘れてしまうことを否定せず、その上で自分との関係を築いてくれると、そう言ってくれた。

ならばもう何も怖いことは無い。
何時かきっと、忘れてしまうことをすら笑い飛ばせてしまうようになる。
そんな未来のために、もう少しだけ一歩を踏み出す勇気をもってみようと思えた。


「じゃぁ…。先生は、私がこの島に来てからの初めての「本当の友達」ですね。
 だから、こう言っておきます」

またね、でもない。
さようなら、でもない。
もっともっと、未来が明るいものであると。
そう思える言葉こそがふさわしいハズだから。

「これから、よろしくお願いしますね!」

そう言った彼女の表情は、今までのどの瞬間よりも輝いていたことだろう―

ご案内:「大時計塔」から北条 御影さんが去りました。
ヨキ > 「ヨキを本当の友達と言ってくれるのか?
ああ、嬉しいな。今日一日の疲れが吹き飛んだし――明日からも頑張ろうと思える」

たとえ明日その言葉を忘れてしまっても、今日そう感じたことは嘘ではない。
以前も誓ったように、ヨキは何度だってそうして彼女を心に刻み続ける。
何度でも、何度でも。繰り返し。折れることなく。

「こちらこそ、よろしく頼むよ。次に出かける日を楽しみにしてる。

北条君――明日からも、ずっとずっとヨキの友人である君」

笑い返す。
別れを告げれば、すぐにスマートフォンに今日の思い出を打ち込んで。

二つの笑顔が並んだ写真を見ながら、力強く頷く。

ヨキ > ――やがて。
階段を降りて職員室に戻る頃、時計塔巡回の記録簿にはこう記される。

“異状なし”。

忍び込むような不埒な学生は、ひとりも居なかったのだと。

それが果たして、御影の異能による忘却なのか、あるいは“友人に対する厚情”だったのかは――

さて。
ヨキは間もなく、すっかり忘れてしまったことだろう。

ご案内:「大時計塔」からヨキさんが去りました。
ご案内:「大時計塔」に神代理央さんが現れました。
神代理央 > 「……ええ、分かっています。申し訳ありません」

じめじめとした日中の暑さも、夜の帳が下りれば涼し気な夜風が街の温度を下げていく。
その中でも特にこの大時計塔は高度もあってか常に風が吹き抜けており、若干肌寒さを感じる程。

そんな人気の無い大時計塔の頂上。街を一望出来る踊場に、無感情な声と表情で一人声を発し続ける少年の姿。

「成果は必ず上げてみせます。異能も、魔術も、必ずご期待通りに成長してみせます。……私は、貴方を裏切りません」

しかして。滔々と話し続ける少年の声には、僅かな感情の色が灯る。それは自信、傲慢、卑屈、畏怖。そして、怯え。

「……だから、もう少し。時間をください。父様」

神代理央 > 見えぬ対話の相手は、果たして少年の言葉を聞き届けたのか否か。
一人虚空へと言葉を紡いでいた少年は、ふと肩の力を抜いて溜息を吐き出す。

「……全く。たかが高校生に何を期待しているのやら。出来る事など、限られているというのにな」

ポケットから取り出した包み紙を向いて口に放り込む。
今日の糖分は何の変哲もない唯のチョコレート。もぐもぐと口の中で転がし、融かし、飲み込んで——―

「…あんまり甘くないな」

ぽつりと零した言葉は、随分と疲れた様な響きを滲ませているだろうか。

神代理央 > 兎も角、此の島に。此の学園に送られてから成果らしい成果を上げられていない事は事実。
精々、新たな魔術を学び実用に至った程度だろうか。そんなものでは、"実家"が満足する筈も無い。

「転移荒野か禁書庫。或いは、風紀委員としての任務を精力的にこなすべきなのだろうな。何にせよ、経験値を積まねばならないか…」

急速な。そして強力な成果。一番分かりやすいのは、単純に己の異形か魔術が強化され、そのデータを持ち帰る事。
少し気合を入れなければな、と深く息を吸い込み、吐き出した。
甘ったるいチョコレートの吐息が、己の鼻孔を擽る。

神代理央 > 何にせよ、先ずは行動しなければならないだろう。
此処で黄昏れていても、突然異能や魔術が強化される訳では無い。

「……絶対に、あの人の予測を超える。その為なら――」

昏い決意を固めながら、少年は時計塔から姿を消すのだろう。

ご案内:「大時計塔」から神代理央さんが去りました。