2020/06/21 のログ
神樹椎苗 >  
 椎苗は見られている事にも気づかず、縁から時計塔の下を見下ろした。

「思った以上にたけーですね。
 これは落ちれば即死に違いないです」

 それを確認したのか、満足そうに身を乗り出す。
 その様子は微塵の躊躇も見せず、まるでそうするのが当たり前のように行われた。
 けれど、行為はただの身投げ。
 時計塔の縁から身を乗り出して、軽く床を蹴ろうとしている。
 止めるつもりの人間がいたとして、声を掛けても間に合いはしないだろう。
 止められる者がいるとすれば、高速で動く術を持っているか、距離を無視する術を持つか――あるいは空でも飛べるか。

カラス > 見やった後に聞こえた言葉に、己の聴覚と視覚を疑った。

桃髪の少女が、この高さに物怖じもせずに縁を乗り越え、
今まさに宙に躍り出ようとしているではないか!


「あっぇっえ!??!」


あまりの状況に青年の口から素っ頓狂な声があがる。

その声は少女に届いただろうか?

自分のように空が飛べるのか? いやもし違ったら??
最悪な方の想像が当たっていたとしたら、寝覚めが悪すぎる。

青年が立っていた場所でズルリと滑る音がして、それから慌てて羽ばたく音。
ただの鳥では無い、大きな羽音だ。


椎苗の身体が浮遊感に包まれるだろうそこに、
なんとも情けない、泣きだしそうなぐらいの表情の黒い青年が…手を

神樹椎苗 >  
 身を放り出す瞬間、誰かの声が聞こえた。
 「あーあ、見られちまいましたか」などと思いつつも、今更だと振り返りもしない。
 けれど、翼が羽ばたく音がすれば、椎苗の体は空中で捕まえられる事になるだろう。
 その体は見かけ通り、いや、それ以上に軽い。

 椎苗は首だけで振り返り、泣きそうな顔の青年を見上げると、恨みがましい視線を向けた。

「……なに助けてやがるんですかチキンやろー」

 これと言った怒りが含まれるわけでもなかったが、吐き出された言葉は軽く暴言だった。

カラス > 飛び降りた椎苗の身体を後ろから抱える形で捕まえた。
少女の身体は軽いとはいえ、何分この青年も力がある方ではない。
空中で羽ばたく回数は必然と増える。

「ひぇぇ……え、ぁ、危ないじゃ、無いです…か…。」

最早涙目にならんばかりの縦瞳孔の赤眼が椎苗の青眼と交差する。

助けたことへの不満が飛んでくれば、耳羽根がへにゃりと下を向き、
理由もかくや身体が衝動的にという状態なので、
口走る言葉は酷くたどたどしかった。

とりあえず空中で誰かを抱きながら飛べる時間は、そう多くない。
少女が暴れたりしないのであれば、元々の時計塔の縁なり、
近くの平たい場所へ連れて行こうとする。

神樹椎苗 >  
 椎苗は特に暴れる様子もなければ、抵抗もしない。
 連れていこうとすれば、時計塔に戻ることも地上に降りることも出来るだろう。

「危ないに決まってるじゃないですか。
 落ちたら死にますよ。
 この高さなら即死ですね。
 人間なら百パーセント死ねます」

 何を言っているんだと言わんばかりに、自信満々に言い出す。
 今さっき死のうとしていた人間のセリフには思えないだろう。

「そんな理由で助けるとかお人よしですか。
 お人よしのチキンやろーですか。
 そんなことしてたら、チキンやろーまで死にますよ」

 それどころか、暴言交じりにたしなめようとすらするのだった。

カラス > とりあえず元の縁へ連れて行く。
彼女を地面のある場所に降ろせば、腰が抜けたのか青年はへたりこんだ。

「え、あ、うん死ぬ……よね…???」

何故自分はこんな小さな子に、説教されているのだろう。

「いやだって……死んだ所見ちゃって、
 夢に出てきたら怖い、から…?
 うーん、そこまで全然考えてませんでした…。」

混乱で敬語と素が混じって支離滅裂である。
なんなら正座までさせられそうな相手の剣幕に押されっぱなしである。


「じゃあなんで飛び降りたの…?
 その口ぶりじゃ、死ぬ気だったみたいな…。」

青年の服装は学園の生徒服だった。
目立つとすれば、黒い首輪と手に枷のようなモノ。
足は靴を履いておらず、翼人らしい鳥足かと思いきや違っており、
緑色の鮮やかな鱗と、鋭い爪が煌めいていた。

神樹椎苗 >  
 へたり込んだ青年を見下ろす……と言うほどではないがやや視線を傾けながら、椎苗はため息をついた。

「考えずに飛び出すとか底抜けのお人よしですか。
 そのうちほんとに死ぬんじゃねーですかね」

 呆れたように言いながら、縮こまる青年を大きな態度で観察した。
 黒い翼に、鱗の生えた足。
 普通の人間ではないのだろうことだけ確認して、特に気にする様子もなく続けた。

「死ぬつもりに決まってるじゃないですか。
 死ぬ気がなくてここから飛び降りる人間なんているわけねーってもんです。
 それとも、チキンやろーは理由がなくても飛び降りるんですか?」

 堂々と言い放つ。

カラス > バックバクしていた心臓があるであろう辺りを長い爪の手で擦り、
はぁーと長い息を吐いた。首輪から垂れている紐のような何かが揺れる。

「えぇ……なんで死にたいんですか…。
 というか、その怪我、どうしたの……?」

俺は飛べるから飛び降りることはあるけど、という言葉を返しつつ。
とりあえず居住まいを正した。

少女を改めて見れば、あちこちに怪我の痕があるのが見て取れると、
お人好しという言葉を覆しようもない台詞が、
青年の口から出てくるのだ。

神樹椎苗 >  
 どうして死にたいのか。
 その問いに対して、椎苗に他人を納得させるだけの答えはない。
 ただ、理由だけは明瞭だった。
 
「死にたいから、死にたいんですよ」

 他にあるのかとでも言うような言い方だった。
 全身の怪我を気に留められれば、手を後ろに回すように隠す。

「本当にお人よしなチキンやろーですね。
 というか、そんなにしいをじろじろ見るとか、実はロリコンやろーですか。
 ロリコンのチキンやろーですか?」

 全身あちこちにある包帯や、ガーゼ。
 そのいくつかからは、血がにじんでいるものもある。

「……これはただの古傷ですよ。
 古傷が開いただけで、たいして痛くもないから心配いらないです」

 椎苗はそう言葉にするが、目に映る姿は非常に痛々しいだろう。

カラス > 「うーん………。」

"死にたいから死にたいのだ"と言われれば、青年は複雑な表情をする。
その思いに対する拒絶という心情ではなく、同情、あるいは共感。
顔に出やすい質なのだろう。

「えっえぇ、お、俺は別にそういうの、興味ない、よ…。
 だいたい、種族が違うんだし……。
 人間と俺じゃ、無理があるんじゃ…??」

ロリコンと言われたことに対する答えは若干ズレているモノだった。
それに、青年は椎苗を人間だと信じて疑っていない。
この大変容後の世界では、高い魔力を持っていたとしても、
それが人間かそうでないかは判別がつけがたいのだ。

「普通は痛いよ…痛覚無いとかそういうのじゃない、よね…?」

むしろ見てる方が痛いと言わんばかりだ。

神樹椎苗 >  
 考えていることは検討が付いた。
 青年も、相応の痛みと葛藤を持っているのだろう。

「別に、生きているのが楽しい人間もいれば、死んだ方が楽な人間もいるってだけです。
 チキンやろーが気にする事じゃないですよ」

 そして、それを見捨てておけないような人間もいる。
 青年はそういう類のヒトで、その精神性において、人間らしいヒトだった。

「種族とか知らないですけど、関係ないじゃないですか。
 世の中、異種族姦趣味の人間くらいいるんじゃねーですかね。
 チキンやろーがそうでも、しいは悪いとは思わないです。
 もう少し自分に自信を持てばいいじゃないですか」

 話しながら、血の滲んだ包帯を見て、その上からやはり赤く滲んだ包帯の手で叩いて見せた。

「痛くないわけないじゃねーですか。
 痛覚だってしっかりありますよ。
 むしろ敏感ですし。
 痛いのは嫌いですし」

 言いながら、腰に帯剣していた短剣を一振り引き抜き、おもむろに自分の胸に突き立てるように腕を動かした。

カラス > 目の前の青年は純粋な翼人ではない。
身体の装飾をパッと見れば、ペットのような有様だ。

相手からぽんぽん返って来る返事にううんと悩み、耳羽根がぴこぴこと上下に動く。

「自信を持てとはよく言われる、けども……。」


やがて怪我が痛いということが分かると、やはり青年は"生"の方を見てしまう訳で。

「……じゃあ手当した方が良いんじゃ―――!!?」

『痛いのは嫌』だと言いながら今、まさに痛い事をしようとしているのである。
縮みあがる思いで立ち上がるとあわあわと止めようとしている。
自分がその先を見たくない、という思いもあった。

神樹椎苗 >  
 完全に癖になっている椎苗の【自殺】は、止められないように工夫されているわけでもない。
 動きも緩慢なそれを止めるのは、慌てた青年でも容易だろう。
 椎苗の腕を止めれば、すぐに力が抜けて抵抗もないだろう。

「……手当したってたいして変わらないです。
 すぐに治るものじゃないですし、薬も異能も魔術も効かないですし。
 帰ったら、後で取り換えるからチキンやろーは気にしなくていいですよ」

 たった今、再び自殺を止められたのに、それまでと変わらない調子で椎苗は話を続ける。
 まるでそれ自体は何でもない事のように、自然な様子でふるまっているだろう。

カラス > 最悪"光"でも使おうかと思ったが、
あっさり止められたことに安堵する。

それにしたって心臓がいくつあっても足りない…。

「うーん…、手当したって言う心持ちだけでも違うかなって、
 思ったんだけ、ど……じゃあ鎮痛薬も駄目な感じ、なのかな…。
 薬も異能も魔術も効かないって…そういう、異能なの?」

傷はつくのに修復する術が効かないというのは、
なかなかに難儀だなと困ったように赤眼を伏せた。

それと同時に、最近の魔術学会の騒動も思いだしたのだが。

神樹椎苗 >  
 古傷について踏み込まれれば、椎苗は表情を曇らせて、視線を逸らすだろう。

「異能でも、なんでもないです。
 ただ、治せないだけの傷ってだけです」

 椎苗の脳裏に、【研究】の記憶が一瞬よぎる。
 わずかに身を竦ませるようにしながら、青年に掴まれ止められた腕に目を向けた。

「それより、チキンやろーはいつまでしいの腕を握ってるんですか。
 本当にロリコンやろーだったんですか」

 じとりとした目で、椎苗は青年を見る。
 その目を正面から見ればとても無気力で、およそ子供のする瞳の色ではなかった。

カラス >  
「え、じゃあ傷そのものが特殊な感じ、なんだ…。
 流石に"父さん"も分からない……よね…。」

おどおどしているが、頭が悪い訳ではないらしい。
傷についての見解を述べた後、呟くように。

彼はある意味、椎苗と真逆か、あるいはその先を歩くモノ。
被研究対象であり、よくない扱いをされたモノ。

「えっあ、ご、ごめんなさい……。
 えーと…とりあえず、下、降りる……?
 ごめん、俺がいる限り…やろうとすることは止めると思う…。」

手を掴んだまま会話を続けていたことを思い出し、ぱっと離す。
力は強い訳ではなかった。青年の長い爪も、食い込む訳ではなかった。

神樹椎苗 >  
「ここの医者は試せる方法は試したらしーですよ。
 それでダメならどうにもならないですよ」

 言いながら、椎苗は青年をじっと見上げる。
 賢く、力があり、心優しい。
 そんな青年がどうしてこんなにおどおどしているのか。
 その理由は【解析】するまでもなく、推し量れる。

「そーですね。
 しいも、階段を登ったら疲れたから帰りたいですし。
 別に止められるのは構わないです。
 いつでもできることですし」

 掴まれていた腕を束の間見下ろして、椎苗は階段に戻っていこうとする。

カラス >  
「ああじゃあ、わからない、なぁ…。
 俺の父さんも、医者って訳じゃ、ないし…。」

世の中にはどうにもならないことがままある。
少女の傷がそうであるように、過去は変えようがないように。

全てを正解に導くメアリー・スーは存在しない。


「下まで一緒、いく、よ。えーと…しい、さん?」

青年にとっては外を飛んだ方が早いだろうに、
少女を追いかけては、たしたしとヒトでない足音が響いた。

神樹椎苗 >  
 青年に名前を呼ばれると、階段を下りる足はそのまま細めた目で見上げた。

「いきなり名前を呼ぶとか、馴れ馴れしいチキンやろーですね」

 その上で、わざわざ一緒に降りようとしてくれる青年の性格を、悪いとは思わなかった。

「……まあでも、チキンやろーなら呼ばれてもいーです。
 しいはしいです。
 かみきしいな、そう呼ばれてるですよ」

 そのまま今度は足元に目を向けて、たんたんと、ゆっくりだがリズミカルに階段を下りていく。
 それから長い階段を下り終えるまで、青年が話しかけなければ自ら話し出す事もないだろう。

カラス >  
「えっぁっごめん…。」

すぐに謝ってしまうのはもはや性分なのである。
ただどうにも、このまま少女を見送ることを、
自分の臆病さが許さなかったのである。

あくる日の知らせでこの日に彼女が死んでいた等と考えたくなかった。
そういうモノなのだ。

「ん…。じゃあ、かみきさん。
 俺は、カラスって呼ばれてる…。」

苗字も無く、青年はそう話した。

神樹椎苗 >  
 椎苗は姓で呼ばれると、機嫌を損ねたように視線を厳しくした。

「耳にダニでも詰まってるんですか。
 しいは、名前で呼んでいいって言ったんですチキンやろー」

 そう、自分からは言いながらも、

「そうですか、チキンやろー」

 相手の名前は呼ばず、勝手な呼び名で呼び続けるのだ。

 階段を最後まで下りれば、椎苗は出口に向かって真っすぐ進んでいく。
 そして出口で振り返ると、椎苗は青年に向かって口を開いた。

「……家まで見送るとか、そこまでしなくていーですから。
 今日はもう、死ぬのはやめにします」

 青年が最初から最後まで自分のことを気に掛けてくれていたことに、感謝する気持ちがない訳ではなかったようだ。

カラス >  
「あっごめん、じゃあ、しいなさん。」

ついついの呼び方だったので指摘されれば慌てて直した。
自分の呼び名が変わらないことにはうーんと苦笑を浮かべるだけで、
特に訂正はしなかった。

内心ニワトリではないんだけど、という見当違いの考えをしていたのは置いといて。

「…ん、じゃあ…気を付けて帰って…ね。
 俺、あんまり学校には来ないけど……またどこかで。」

別れの際の言葉はいたって普通のつもりで、
どこかしら希望のような、それは相手にとっては、呪いかもしれないが。

神樹椎苗 >  
 名前で呼びなおされれば、あまり表情は変わらないが満足そうな顔を見せる。

「やっぱり馴れ馴れしーですね」

 が、口は減らない。
 それでも多少、語調には親しみがこもっていただろうか。

「そうですね、しいは一応学校に通うように言われてるから通ってますけど。
 また会ったときはよろしくしてやらなくもないです」

 そう言いながら分かれるように歩き出して、ふと、何かを思い出したように振り返る。

「……チキンやろーは見なかったことにしていいのに、しいを助けました。
 でもそれは、チキンやろーが「チキンやろー」じゃなくちゃできなかったことです」

 振り返りながらも、独り言のように言葉を続ける。

「だから、チキンやろーは失敗なんかじゃないです。
 少なくとも、一つ分の命を助けられるくらいには」

 そう言うだけ言って、椎苗はさっさと歩き去っていくことだろう。

カラス >  
「あっぇ………。」

"失敗ではない"という言葉に大きく心臓が跳ねるが、
そんなことお構いなしに去っていく椎苗の背を見送るより他なかった。

言葉を反芻し、少なくとも励まされたのだろうと胸中で落ち着くのは
彼女を見送って少し経ってからになるだろう。

そしてその言葉を飲み込み、青年…カラスは空へ飛び立って行った。


今日の小さな分岐点。

ご案内:「大時計塔」から神樹椎苗さんが去りました。
ご案内:「大時計塔」からカラスさんが去りました。