2020/06/22 のログ
ご案内:「大時計塔」に神樹椎苗さんが現れました。
神樹椎苗 >  
 今日も静かな時計塔。
 塔の上まで登って、椎苗はぼんやりとここから一望できる景色を眺めていた。
 見渡せる常世島の光景は、控えめに言って気分のいいものだった。

「ここに忍び込んでサボる人間が多いのも、納得できないでもねーですね」

 そんな景色を見下ろしながら、時計塔の下をのぞき込む。
 下に人通りは少ない。
 真下を歩いている人間なんてのはさらにいない。
 これなら他人を巻き込む心配はなさそうだった。

神樹椎苗 >  
 椎苗の手元にあるのは、数メートルほどのロープ。
 それの端を手近な柱に結び、もう一方を輪の形にして自分の首にひっかけようとしている。
 この長さがあれば、落下の衝撃で首の骨が折れて速やかに死ねることだろう。
 万一ロープが切れたりしても、高さがあるから即死は免れない。
 そう、この日もやはり、椎苗は自殺のためにこの時計塔を登ってきたのだ。

「今日は邪魔が入らないといいんですが。
 まあ、その時はその時で別にいーんですけど」

 先日のように、気づかないところに人がいたり、タイミング悪く登ってきてしまった人がいたりするかもしれない。
 ただ、それならそれで、椎苗としては見られても構うわけではないのだ。
 運悪く止められてしまったら、それもまた仕方ない。
 そしたらまた日や場所を改めるだけなのだ。

ご案内:「大時計塔」に日ノ岡 あかねさんが現れました。
日ノ岡 あかね > 「面白そうな事してるわね」
 
いつのまにか、その女はいた。
猫のように足音すらさせず。
小鳥のように小首を傾げて。
薄く、女は笑う。

「ああ、『そういう』こと」

少女が何をするのか、所作と道具で『察した』のか……制服姿の女は、楽しそうに笑う。
女のウェーブのセミロングが、風に揺れた。

「邪魔はしないから、見学してても良いかしら?」

神樹椎苗 >  
 時計塔の縁に腰掛け、足を投げ出しながら、ロープの輪に首を通す。
 あとは、軽く身を乗り出してお仕舞、といったところで声がした。

「……見世物じゃないですが」

 面白くなさそうに声の方を振り向くと、学生らしい様子の女がいる。
 同学年にいた覚えはないから、おそらく先輩の内の一人だろう。

「見学してても、面白いもんじゃないですよ。
 特に首を吊るのは後が汚いし、後始末もめんどくせーです」

 首に掛けたロープを引っ張り、結び目が解けないか確認しながら答えた。

日ノ岡 あかね > 「そうかしら?」

女はどこか嬉しそうに笑う。

「私、目の前で首吊り自殺なんて見たこと無いから、丁度それに立ち会えたというだけでもとっても面白いわよ」

楽しそうに女はコロコロと笑って、少女の顔を見る。
黒い瞳が微かに輝いた。

「私はあかね。日ノ岡あかね。冥途の土産にお名前教えて頂けるかしら?」

本来冥途の土産は生者が渡すはずなのだが、あかねは全く気にしない。

神樹椎苗 >  
「そんな楽しそうにされると、見物料でも取りたくなりますね。
 人が死ぬのを見るのが楽しみとか、趣味が悪いにもほどがあるんじゃないですか」

 楽しそうな様子の女に、呆れたような表情を向ける。

「勝手に見物までしておいて、その上土産まで強請るとか、欲の皮が突っ張ってそのうち裂けるんじゃないですか。
 お前の名前とか興味ないですし、名乗ったから名乗り返してもらえるとか思ってるんですか。
 初対面の相手にその態度、けっこ―キモイですよ」

日ノ岡 あかね > 「ふふ、ごめんなさいね。私誰にでもこうなの」

全く気にする様子もなく、笑って少女を見つめ続ける。
目は逸らさない。
じっと、その様子を見ている。

「別に人死にばかりが楽しいわけじゃないけれど、私以外にとっても人死にはいつの時代だって娯楽よ? だから、闘技場も処刑場もいつも人で賑わっていたの。何も可笑しい事なんてないわ」

ニコニコと笑いながら、呆れ顔の少女を見ている。
ずっと、ただただ視線を注いでいる。

「だから、邪魔はしないし、好きにしていいわよ?」

神樹椎苗 >  
「そうですか。
 誰に対してもブレないのは、ある意味きちょーなんじゃねーですかね」

 社会での多くの人間は相手や立場に対して、コロコロ態度を変えるもの。
 その中で一貫して変わらない態度でいられるのは、まあまあ貴重だろう。

「言われなくても好きにするつもりですし、よけーなお世話ってやつです。
 それに、歴史的には娯楽ですけど、しいのは娯楽として提供してるわけじゃないです。
 娯楽にするつもりなら、やっぱり見物料置いてきやがれですよ」

 パンパン、と、血の滲む左手で隣の床を叩いて、見物料を要求する。

日ノ岡 あかね > 「別にいいけれど、死ぬんだから使い道ないんじゃないの? 三途の川の渡し賃でいいかしら?」

そういって、少女の叩いた床に硬貨を三枚ばかり置く。
値段でいえば、まぁ自販機のペットボトルが二本程度は買える額。
それ程高くなければだが。

「今のあの世のレートがわからないけど、これくらいかしらね?」

冗談めかしてくすくすと笑う。
風に揺らされて、軽くスカートの裾が揺れた。

「懐に入れてあげましょうか? どこのポケットに入れて欲しい?」

神樹椎苗 >  
「あ、素直に出すんですか、お前、意外といいやつですね。
 まったくいい人には見えないですが」

 置かれた硬貨を見て「パフェも買えないじゃないですか」と文句をいいつつ。

「今時の渡し舟はフェリーくらいでかいんで、維持費もかかるからこんなはした金じゃ途中で蹴り落されるのがオチです」

 そう言いながらも硬貨はしっかり奪い取り、自分のポケットに押し込んだ。

「お前に介護される必要はないです。
 見物料が安すぎて面白くねーですし、札束の一つでも用意し――」

 そんな風に話している間に、ふんわりと、自然に前のめりになったと思ったら、椎苗の体は時計塔の縁から押し出されていた。
 両手を床に着けたとたん、無意識に体を押し出していたのだ。

「――あ」

 そんな間の抜けた声が聞こえた直後、椎苗の体はロープ一本に支えられ中空にぶら下がる。
 ごきん、と鈍い音の一つも聞こえただろう。

日ノ岡 あかね > 目前で突如起きた悲劇をみて、あかねは「あら」と気の抜けた声をあげた。
そして、縁からぶら下がる少女……下手すると少女『だったもの』を見下ろしながら。

「大丈夫? リテイクする?」

呑気に、そう声を掛けた。
先程までとまるで同じ調子で。

「まだ辞世の句とか聞いてもいないし、多分心残りでしょ? そうでもない?」

マイペースに尋ね続ける。
元々、常世島は人死にが多い。
治安の悪い場所では比較的『いつものこと』だし、そうでなくても荒事は日常茶飯事。
あかねは大して気に留めなかった。

神樹椎苗 >  
 当然、ぶら下がる椎苗から答えは返ってこない。
 落ちた反動と風によって、ぶらぶらと揺れているだけだ。

 とはいえ、即死とて意識が完全に消えるまでにはラグが生じるもの。
 声自体は椎苗にも届いていたかもしれない。
 時間としては数秒か、数十秒か。
 きっと数分もたてば、女はいなくなっていたかもしれないが、それほどの時間も必要なく、見下ろす女の隣に突然気配が現れた。

「心残りとか別にないですし、言い残す事だって特にないです。
 ……うわ、結構えぐいひしゃげ方してるじゃねーですか」

 そんな他人事のように言うのは、今まさにロープで吊られている椎苗そのものだった。
 自分で首を吊った自分を見下ろしながら、足元のロープを握って引っ張り上げようとする。

「あ、結構重たいですね。
 しい、体重は軽い方だと思ってたんですが、やっぱり死ぬと重てーです」

 そう言いながら、自分の死体を引き上げようと、ロープを握っていた。

日ノ岡 あかね > 「あら、『やっぱり』生きてるのね」

何でもないようにあかねは笑った。
中空で藻掻き始めた少女をみて、自分の尻尾にじゃれる子猫でも見るかのように笑っている。

「まぁ、『本当に死にたい人の物言い』じゃなかったものね」

軽く身を乗り出してその様子を確認して、目を細める。

「本当に死にたい人は誰かの制止なんて待ってくれないし、こんな誰かあっさり来るかもしれないところでは死なないものね」

だから、あかねは声を掛けた。
自分の死を止めて欲しいのか。はたまた最期に文字通りの『死華』を看取ってほしいのか。
いずれにせよ、必要なものは他者。
故に……日ノ岡あかねは声を掛けた。それだけのこと。

「大丈夫そうだし、私は行くわね。サプライズとしては面白かったわ」

そういって、踵を返す。
手は貸さない。
何故なら、自殺は『悪い事』。
未遂でもなんでも、実行後には他人に著しい迷惑を掛ける。
故に。

「またね、あとは『自責』でよろしくね」

日ノ岡あかねは、手を貸さなかった。

ご案内:「大時計塔」から日ノ岡 あかねさんが去りました。
神樹椎苗 >  
「まあ、癖みたいなもんですし。
 『死にたくたって死ねない』んじゃ、やる気もやり方もぞんざいになるってもんです。
 しいは、苦しまないで死ねるならなんでもいーんですよ」

 自分の死体を引っ張り上げながら、言いたい事を言って帰ろうとする女には振り向きもしない。

「言われなくても、後始末するまでが自殺ですし。
 またの機会はなくてもいーですけど、今度はもう少し見物料を持って来てほしいもんですね」

 そして女が立ち去ると、ようやく引き上げた自分の死体を横たえて、気持ち悪そうに眺める。
 支点になり骨が折れ引き延ばされた首を、屈んでつつきながら、白目を剥いている自分の死体に触れている。

神樹椎苗 >  
 自分の死体を見るのはいつもの事。
 何度死んでも、完全に死んだと同時に、椎苗の肉体は新たに再構築される。
 その結果、毎度毎度、自分の死体を眺めて後始末することになるのだ。

 ロープを引っ張ったことによって古傷が開き赤く染まった両手で、首の骨の折れ具合なんかを確かめてみる。
 思った以上にくたんくたんになっていた。

「意外と勢いよく折れるみたいですね。
 意識もほとんど一瞬で途切れてくれましたし……後がえぐいのを除けばわりとアリかもしれないです」

 ポケットから小さなメモ帳を取り出して、死に方と死んだときの感想をメモしていく。
 気が向くとつい無意識に死んでしまうものだから、なるべく痛みも苦しみも少なく死ねる方法を多く用意しておきたいのだ。

「しかし、ここでまた人が来たらかなり猟奇的な現場に違いないですね。
 自分で自分の死体を検分してるとか、奇特な趣味の人間に勘違いされそーです」

 もちろん、そんな趣味はない。
 椎苗の趣味は美味いスイーツを食べる事であって、自分の死体を弄り回す事ではないのだ。