2020/06/26 のログ
■鞘師華奈 > 彼女が自然と立ち上がれば、自然と指先も引っ込めて。ナイフに見立てただのつまらない”お遊び”の仕草だ。
この辺り、まだ昔の癖が抜け切っていないのだろうな、と何処か他人事のように思いながら。
「―――…」
友人が、真っ直ぐに前を見据えて語る言葉をただ見上げる形で聞いていた。
ああ、それはきっと本音だとか嘘だとかそういう簡単なあれこれではなく。
彼女が彼女で居る為に貫き通すものなのだろう。おそらくは。
「――やれやれ、眩しいね全く。確かに、君を言い訳にするのはいけないなぁ。
…とはいえ、私の物語…か。」
あの日、燃え尽きて灰になって。”二度目の死”を迎えた自分はこの有様だ。
心は生きている、体も生きている、けれど何かが失われてそれはもう二度と取り戻せない。
だけど、まだ”私”はここに居る。死んではいない…燻っていても、残り火でもまだ”そこにある”。
「――私を変える、か。でも、それはつまりあくまで切欠であって…私が私自身を変えないときっと意味が無い」
真っ直ぐに、ただ前を見据えて。自分にはきっと出来ない…そう、何時でも傍観者だったから。
彼女の指摘は自分の深いところを突き刺すようで、実際にこれ以上無いくらいに深く刺さって棘のように抜ける事は無い。
やがて、真っ直ぐにこちらを見つめる友人の瞳。相変わらず真っ直ぐで底が知れなくて。でも、あぁだからこそ。
「私は――…。」
私は面倒臭がり屋で、ただの傍観者気取りで――本当に?
そう楽な方に逃げて流されているだけでは?
真っ直ぐな友人の言葉があちこちに刺さって、抉って、切り裂いて、己が身を改めて切り開いていく感覚。
(ああ――全く、私には”過ぎた”友人だね…ほんと)
心底そう思う。最後の彼女の”忠告”…笑みを見せず、ただ祈りとも叫びともつかぬ。
「何度も――取り零す?」
傍観者、ただ見ているだけ、興味本位、好奇心、暇潰し…ただ”動かないダサい奴”。
(ああ――私みたいなのも含めて、あかねはきっと世界を”変えたい”のかな)
端的にそう思いながら、音も無く躊躇も無く立ち去る友人を見送るしか出来ない。
地面に落ちた煙草は既に灰となっており、その残骸を拾い上げれば。くしゃり、と握り潰す。
「私の物語は――――」
焦熱の残り香は。また燃え盛ることが出来るのだろうか?
■鞘師華奈 > 「―――帰ろう。」
灰塗れになった手をゆっくりと開く。それを緩く振り払うようにして風に流す。
(私は――あかねみたいに自分自身の物語を歩めるようになるんだろうか?)
深く突き刺さった友人の忠告――傍観者のままでは何度でも取り零す。
抉られるよりもきっと遥かに深く、痛むそれを胸にゆっくりと彼女も時計塔を後にする。
「なぁ、――■■■。私は――また前を向けるのかな」
既に居ない誰かにそう、語りかけながら。寮へと戻るその足取りはきっと重く。
ご案内:「大時計塔」から鞘師華奈さんが去りました。
ご案内:「大時計塔」に神樹椎苗さんが現れました。
■神樹椎苗 >
人が去っていった時計塔に、再び人影が現れる。
その人影は十歳にも満たないような小ささの子供のものだった。
「……まったく、立ち入り禁止にしてはここは人の出入りが多すぎるのです。
立ち入り禁止って事の周知が足りてねーんじゃないですかね」
その右手には体格からすると大きく見えるクリップボード、肩にはショルダーバッグ。
左の手にはなぜか、片端を輪状にされたロープを持っていた。
「それでも、静かな場所にはかわりねーですし。
つい死んでも片付けも楽ですしね」
うんうん、と頷きながら、椎苗はさっそく柱にロープを結びつけ、先端に作られた輪を自分の首に掛けた。
そのまま柱の影に座り込むと、クリップボードの上でノートを開き、ショルダーバッグから図書室から借り出したのか分厚い参考書を読み始めた。
■神樹椎苗 >
時折、巻きなおしたばかりの右手の包帯を気にしながら、参考書のページを捲っていく。
すでに来月へと迫った試験のための勉強……というわけでもなく。
ただ単に、椎苗の習性ともいえる知識集めの行動だった。
「『異能は病である』でしたっけ。
確かこの学園にもそんな話をしてた講師が居やがりましたね」
その講師は東洋医とやらで、異能は体内の気や経絡のバランスが変化したことによる作用である、という考えだった。
実際に異能の影響を弱めたり制御させたり――失わせたり。
そういった治療実績も持っていたらしい。
「とはいえ、しいには関係ねーですね。
異能には特にこまってないですし……これあまり面白くねーです」
眉をしかめながら参考書を眺める。
ある流派の魔術に関する解説書だったが、書いている内容はともかく文章に面白みがない。
読んでいても難解な言い回しをそれらしく並べているだけで、いかにも退屈な読み物だった。
■神樹椎苗 >
椎苗にとって、試験は全く無関係なものだった。
普通と異なる事情で編入された時点で、以降一切の試験は免除されているのだ。
それでも、周囲が試験勉強であわただしくしている中で何もしないのも居心地が悪く。
それらしいそぶりを見せるために、図書室を出入りしてみたり、教室で参考書を開いてみたりしているのだ。
「勉強自体は嫌いじゃねーですし、試験を受けるのもつまらねーわけじゃないですし。
何点くらい採るのがいいんですかねー……ふつーの点数ってどれくらいかわかんねーですね」
下手に高得点を採ってしまうのも、かといって低すぎるのも目立ちそうだった。
平均点か中央点くらいが取れればよいのだが、編入後初となる試験では、全体の平均レベルに合わせた点数を狙うのは満点を取るより難しいかもしれない。
■神樹椎苗 >
そうぼんやりと考えているうちに、椎苗は荷物をすべて床に置いて、徐に立ち上がる。
そしてそのまま、ゆっくりと時計塔の縁まで歩いていき、そのまま落ちた。
「――引き上げる時の事、忘れてましたね」
鈍い音が鳴って数十秒したころ、時計塔の上に再び椎苗の姿が『発生』する。
ロープに吊り下がった自分の死体を見下ろしながら、困ったように眉をしかめた。
「この手で引き上げるのは、さすがに気が引けるですし。
どーしたもんですかね……」
先刻、保健室で巻きなおしたばかりの包帯を見ながら、右手を下ろす。
このまま放っておいても、椎苗の死体は砂になって散っていくだけだが。
目にする人間が居たら迷惑をかけるかもしれない。
さすがに他人に自殺の後処理をさせるのは気が進まなかった。
ご案内:「大時計塔」に倉橋 龍さんが現れました。
■倉橋 龍 > 「……えええぇえ?」
時計塔に上空の風のデータとか取るために現れた倉橋が見たのは、ロリっ子が『何か』を引き上げようとしている様子だった。
え、何? 何あれ?
なんか、その……ロープとかその、なんか……『この世から別れを告げる時に使う太さ』じゃない……?
完全自殺マニュアルにあったし。
そんなどうでもいい事を脳裏で高速回転させながら、倉橋は額に脂汗を浮かべ、たるんだ腹を戦慄で揺らした。
いや、汗はバンダナ巻いてるからどうせ垂れないんだけど。
「え、いや、その、ええ? ……何してんの?」
思わず、声を掛けてしまった。
でも次の刹那には後悔していた。
いやだって、お前、『どんな理由があったところでヤバい事』じゃねぇのこれ……?
しかし、後悔先に立たず。
だってもう、話しかけちゃったし。
■神樹椎苗 >
声を掛けられると、しゃがみこんでいた椎苗は後ろを振り返った。
「……やっぱりここ、立ち入り禁止でもなんでもねーんじゃないですか?」
左手で握っていたロープを手放して、立ち上がる。
ロープは時計塔の柱から縁にめがけてピンと張られており、その先に何かが吊り下げられているであろう事は疑いようがない。
「何って、試験勉強してただけですよ。
しいは見てのとーりピンピンしてますし、自殺とかかんけーないのです」
少年から目をそらし、しらばっくれた。
一応、ロープが結ばれた柱の下には、勉強道具らしいものが置かれている。
しかし、やはりそのロープだけが異質である。
その先に何が吊るされているのか、気になる程度には異質であった。
■倉橋 龍 >
「試験勉強? こんなところで……?」
どう見ての無理のあるロリっ子の言い訳に訝し気に眉を顰める倉橋。
やめときゃいいのに近づいてしまう。
倉橋は無駄に好奇心旺盛であった。
世が世であったらもう死んでるだろう。
名状し難い神々とかと戯れるゲームでも多分もう死んでるだろう。
だが、常世島は場所を選べば比較的平気なので、何とかなっていた。
今からどうなるかはわからない。
「しかも自殺て……え、このロープ何に繋がってんの?」
ついつい、深淵かもしれない底を覗き込んでしまう。
覗き返されても自業自得である。
■神樹椎苗 >
ロープの先をのぞき込めば、見間違えようもなく、小柄な人影がぶら下がっていた。
ロープに吊り下げられて、首がすっかり伸び切っている人間だったものがぶら下がっていたのだ。
「見ない方がいいです、って言うべきだったですかね。
でも、言っても見そうでしたし、しかたねーです」
ロープの先にぶら下がっていたモノのは、少年の隣で同じようにのぞき込んでいる椎苗と全く同じ特徴を持っていた。
「まあ見ちまったもんはしかたねーです。
今日のしいは右手がつかえねーので、引き上げるの手伝ってくれないですか」
そんなことを、さらっとお願いするのだった。
■倉橋 龍 > 「えぇええぇえぇえええ!?」
火曜サスペンスのSEが倉橋の脳裏に強かに響く。
え、なに、え?! ロリっ子!?
同じロリっ子?!
双子!?
双子ロリ殺人事件?!
しかも一瞬で死体遺棄だか証拠隠滅だかの片棒担げと言われている!?
流れるようなロリっ子の犯罪教唆(もう教唆どころじゃない)に倉橋は心底から震えた。
恐怖と驚愕がハーフ&ハーフくらいの分量で。
手伝うか?! 手伝わないか!?
「……お、おう」
手伝う。
十中八九ヤバい人物。しかも多分人殺せるくらいの出力の異能者かなにか。
常世島ではどっちも逆らっちゃいけない。そもそも関わっちゃいけない。
でも、もう関わっちまったんだよ!!!!
ならもう、倉橋に選択肢はなかった。
「え、えーと……これでいいっすか?」
言われるまま引き上げる。人生初のロリっ子死体一本釣り。
出来るなら生涯経験したくないイベントだった。
■神樹椎苗 >
「驚いた割には、すんなり手伝ってくれるですね。
しいとしては助かりますけど」
素直に答えてくれる少年を意外そうに見ながら、死体が引き上げられる様子を見守る。
引き上げられた死体は、すっかり首が伸び、眼球もあらぬ方向を向き、舌もだらりと伸びていた。
そして、見れば見るほど、体の特徴だけでなく、服装や包帯の位置までも何から何まで同一だろう。
「ばっちりですよマンジュウ。
おかげで助かったのです」
そう言いながら、椎苗は死体の確認をして、首からロープを外した。
そして、外したロープの輪を再び自分の首に掛ける。
「それじゃあ、しいはまた勉強するので、マンジュウも好きにしていいですよ。
わざわざこんなところに来るわけですし、なにか用事があったんじゃねーですか?」
なんて、自分の首にロープをかけ、死体は放置したまま、柱の下に座り込んでしまった。
■倉橋 龍 > 「え、ああ……はい」
初対面の男捕まえてマンジュウて。
死ぬほど口悪いな、このロリっ子。
いやまぁ、もうすでに双子の姉だか妹殺してんだから死と友和しているが故にこうなのかもしれないが。
何にせよ、真相を確認する術はない。
「そ、それじゃあ……御言葉に甘えて……」
なるべく見たくない有様になっているロリっ子(死んでる方)から目を背けつつ、荷物の中からガチャガチャと風速計測器とかの計器を取り出す倉橋。
ロリっ子とロリっ子の死体の横で、上空の風のデータを当初の予定通り取り始める。
全然当初の予定じゃねぇ。
死体の横でデータとるのが当初の予定であってたまるか。
びっくりするほど集中できなかった。
「えと、その、そっち、ほっといていいんスか……?」
控え目にロリっ子だったものを指さす。
出来れば見えないところに片付けて欲しかった。
つか、なんで首にロープ巻いてんだ生きてる方のロリっ子……?
■神樹椎苗 >
椎苗はそんな少年の動揺も気にせず、再び面白くもない参考書に視線を落としていた。
「別にしいの事は気にしなくていーですよ。
本当に暇つぶしの勉強してるだけですし。
ソレもすぐに消えるから、ほっといて構わねーです」
首にロープを掛けた方はそう言うが、気にするなというのが土台無理な話で。
しかし、少年がしばらく我慢して作業していれば、ふと見たときに、死体の表面が砂のようになっていくのを見るだろう。
そしてそれが始まると、あっという間に、死体は完全な砂になって、時計塔の風に吹き去られて行ってしまった。
衣服や包帯、ほかにもあっただろう持ちモノも何一つ、跡形もなく砂になって消えてしまったのだ。
■倉橋 龍 > 「はぁああぁあああ!?」
怪奇!! 砂になって消えるロリっ子の死体!!
え、そういう異能!? そういうトリック!?
ふふ、そうです、死体は……砂になって消えた!
だから、発見できなかったんです! そうですね?
そうですねじゃねーよ、これ、推理小説でやったら怒られるぞ!???!
脳裏に駆け巡る架空のトレンチコートドヤ顔探偵にツッコミ続ける倉橋。
「えええ!? な、なんじゃこりゃああ!!?」
往年の刑事ドラマの名台詞を叫びつつ、たまたま自分の掌の上にきてしまった砂を見て目を白黒させる倉橋。
無論、刑事ドラマでもこのトリックがオチだったら怒られるだろう。
視聴率もストップ高間違いなしだ。
幸いな事はこれが刑事ドラマでも推理小説でもなく、現実であるということである。
何も幸いじゃない。
■神樹椎苗 >
「リアクションがでけーですよマンジュウ。
そんなに驚くことでもねーですよ」
椎苗は読んでいた参考書を閉じて、驚いている少年に向き直った。
「どうせ、しいが双子か何かを殺したとか思ってたんでしょーけど。
しいはただ、自殺しただけですよ。
だからさっきの死体はしいです。
しいは、死んだら砂になるんです。
だから死体は砂になって消えた、それだけです」
「ほら、大したことじゃねーです」と言って、再び本を開いてしまう。
■倉橋 龍 > 「何一つ『それだけ』要素なくない???」
思わず、口に出して突っ込んでしまう。
ただ自殺しただけです。
さっきの子は自分です。
自分は死んだら砂になります。
だから、死体は砂になりました。
うんうん、そっかそっか。
世界の中心で愛を叫ぶ場合も一手間省けそうでラクチンだね。
「大したことばっかりじゃねーか!! だいたいなんだ!?
その旧時代の匿名掲示板で流行ってたAAのキャラみてぇな一人称はよ!!」
巻いていたバンダナを思わず地面に叩き付ける。
倉橋は分かりやすく錯乱していた。
■神樹椎苗 >
「テンションたけーですね。
そんなに熱くなると血圧上がって倒れるのですよ、マンジュウ」
テンションが両極端な二人であった。
椎苗は本当になんでもなさそうに言うのだが、一人称の事を言われるとさすがにムッとした表情になる。
「しいはしいです。
何か文句あるんですかマンジュウ。
疑問にはちゃんと答えてやったじゃねーですか。
それに手伝ってくれたお礼も言ったのです。
作業の邪魔もしないようにおとなしくしてやってるじゃねーですか」
むすっとした表情で不満げに訴えるが、違う、そうじゃない。
「ほかにしいに何を求めてやがるんですか。
しいができることなんて大したことねーですよ。
せいぜい、話し相手になってやるか、勉強くらいなら見てやれね―こともないくらいのもんです」
■倉橋 龍 > 「え!? い、いや、文句は……えーと、ねぇけどよ」
ねぇのか?
本当にねぇのか?
実際、名前にケチつけるのは普通に失礼である。
しかも「しい」(恐らくギコ猫は無関係)は確かに疑問には答えてくれている。
倉橋がその答えを理解できていないだけだ。
倉橋が悪い。
ほんとか?
ほんとに俺が悪いか?
しかし、こう当たり前のように対応されると、倉橋は全然自分の判断と常識に自信が持てなくなっていた。
「……えーと、じゃあ、その、話をして欲しいんだけどよ……」
一旦冷静になった倉橋が何とかそう「しい」(段ボールに入っていなし、某匿名掲示板とはきっと完全に無関係)に切り出す。
まず、当面、倉橋が聞かねばならないことがあるからだ。
これだけは、聞かねばならない。
「……これ、犯罪とかじゃねぇよな?」
倉橋は小心者だった。
■神樹椎苗 >
「マンジュウは落とし物を拾っただけです。
しいが困ってたところを助けてくれただけです。
しいは死んだけど、生きてますし、死体は消えてますし、犯罪になる要素はねーです。
せいぜい、無理やりこじつけても自殺幇助くらいじゃねーですか?」
変わらず、椎苗はやや低めのテンションのまま答える。
「それに、なにかあってもマンジュウを訴える人間はいねーです。
ここにはしいしかいねーですし、死んだのもしいです。
しいに家族はいねーですし、親しい友人も特にいないです。
ほら、なんの問題もねーですね」
「理解しやがりましたか」と、椎苗は少年を無気力な目で見ながら言った。
■倉橋 龍 > 「お、おう……」
全然理解できなかった。
辛うじて理解できたことは、この「しい」と名乗るロリっ子はそれこそ恣意的に行動しているという事のみ。
属性でいえば毒舌ワガママロリ。
ギャルゲだったら喜んでたかもしれない。
でも、これ現実だし。
つか、仮にギャルゲでも選択肢間違えたら下手すると死ぬ系だわこれ。
倉橋はまだ自分が窮地の中に居ることを自覚した。
自覚したところで出来る事なんてほとんどないのだが。
だが、そこで倉橋の貧相なオツムに電撃が走った。
「あーえー、えーと、ああ、そっか!
じゃあこれ……魔術とか異能とか、そういうのってこと!?」
倉橋はやっと思い出したのだ。
ここが常世島であるという事を。
なお、頭の回転ゴミ過ぎると言われても反論の余地はない。
■神樹椎苗 >
魔術や異能かと問われると、椎苗は少し困ったような表情をして考える。
椎苗が『死ねない』のは魔術とも異能とも、少しばかり異なった原因からなのだ。
「少しちげーです。
でも、しいが『死んでも死なない』のはふつーの理由じゃねーです。
しいは、『死んでも、すぐ新しく作られる』ようにできてるんです。
そういう生き物……生きてるって言えるかどうかもあやしーですけど、しいはそういうモノなんです」
やはり無気力に、何かを諦めてしまっているかのように淡々と話す。
「マンジュウはバカだけどいーやつっぽいです。
だから、しいみたいなモノとは関わらね―ほうがいいですよ。
ちゃんと『ふつー』の人間と友達になって『ふつー』の学園生活を送ればいーんです。
今日の事は忘れちまえばいーんですよ」
そうどこか疲れたように言いながら、自分の首に掛けたロープをくいくい、と引っ張る。
「ほら、作業が終わったら早く帰った方がいーです。
じゃないと、またしいが自殺するかもしれねーですよ。
しいの『自殺』はもう癖みてーなもんですから、気を付けててもうっかりしかねねーですし」
■倉橋 龍 > 「バカだけどは明らかに余計だろ!!」
とはいえ、「しい」の言う事は倉橋にもやっと少しだけわかった。
倉橋もこの常世島の住民である。故に、此処まで情報が揃えばある程度は察しがつく。
恐らくは、異邦人。もしくは……何かの実験体。
……いや、その『両方』かもしれない。
何もかも諦めきったような「しい」の物悲しそうな瞳を見て、倉橋はまた眉を顰めた。
「……まぁ、ロリっ子が大したことじゃねぇっていうならいいけどよ」
そういって、自ら投げ捨てたバンダナを拾い直し、巻きなおそうとしたが……埃っぽいのでやめた。
ポケットに適当につっこんで、溜息を吐く。
そして、隣にどかっと座り込んで、当初の予定通りの計測を始める。
当分退く様子はなさそうだ。
「それがロリっ子の日常ってんなら俺も余計な事はいわねーよ。
だから、ここで勝手に俺のやりてぇことをする。
ロリっ子も好きにしろ」
そのまま、難しい顔で書類を広げ始め。
「また死んだら引っ張ってやるから」
それだけ言って、黙って計測を始めた。
もう、テンパる事はなかった。
■神樹椎苗 >
隣に座る少年に驚いた表情を浮かべる。
椎苗を忌避するわけでもなく、嫌悪するでもなく、かと言って肯定するわけでもない。
「……お前、やっぱりいーやつみたいです。
バカなのは間違いねーですけど」
そう悪態をつきながらも、微かに表情を緩め、それは微笑んだようにも見えるかもしれない。
「なら好きにすればいーです。
一応、また引き上げさせたりしないよーには気を付けてやるですよ」
そう言いながら、隣の書類をそっとのぞき込んだ。
「それで、マンジュウはこんなとこまで何しにきやがったんですか。
風向きだか風速だかを計測してるのはわかったですけど、何のためにやってるんですか」
一体どんな事が書いてあるのだろうかと、書類の方へ視線を落としながら。
■倉橋 龍 > 「バカバカいってんじゃねぇよ、本当にバカになったらどうすんだ」
冗談めかしてそう笑いながら、計測器を適当に広げて作業を続ける。
どれもこれも若干古めかしい。多分中古か何かだ。
新品らしきものは一個もなかった。
全部年季が入っている。
「ああ、こりゃ部活でやってるロケットの打ち上げのためだよ。
まぁ、俺一人だからまだ部活じゃなくて愛好会だけどな」
風で暴れる癖毛を無理矢理撫でつけながら、丸い顔に収まった小さめの目をもっと小さくして計器を睨む。
たるんだ腹の上に鞄を置いて、それを下敷き代わりに何やら数字を書き込み始める。
「宇宙に飛ばすつもりなんだ。まだ完成の目途も立っちゃいねぇけどな」
少女が覗き込んだ書類には、手書きの文字が山ほど書き込まれていた。
癖字でアホほど読み辛い。
だが、一生懸命書いたのであろうことだけはよくわかる。
■神樹椎苗 >
中古らしい道具は確かに古めかしいが、どれも大事に扱われているのだろうことは見て取れた。
「ロケットですか。
一人でやるには、ずいぶん大変そうなことしてやがりますね」
興味が出たのか、書き込まれていく数字を目で追っていく。
その癖字はあまりにも読みづらいものだったが、その癖を『解析』すれば何でもない。
「宇宙まで飛ばすなら、もっと勉強しねーとだめですね。
ここと、ここ、後はここの計算も多分間違ってやがるです。
要点は抑えられてるみてーですけど、細かいところが抜けてますね。
根詰めてやってたりしてねーですか?
集中力が書けるとミスが出やすいですから、ちゃんと休憩しねーとだめですよ」
と、横から包帯に包まれた小さな指で、書類の中の幾つかの点を指摘していく。
「……マンジュウ、お前も結構、ロマンチストみてーですね」
そんなふうにポツリとこぼした。
■倉橋 龍 >
「大変でもロマンチストでも何でもやりてーんだから仕方ねぇだろ……ってマジか!?
あ、まじだ! 間違ってる?!
ロリっ子お前頭いいな!? 助かるわー。
……そう言えばこの辺計算してた時、モンエナがぶ飲みだったな」
それぞれ、消しゴムで消して直し始める。
そして、それらを直したところで。
「おお……そっか、ここ間違ってたからダメだったんか」
と、倉橋は感慨深く呟いた。
何かしらの問題が倉橋の中で解決したらしい。
多分、またすぐに別の問題にブチ当たるだろうが。
「いやー、助かったわ。ありがとな、ロリっ子。
じゃあ俺、データも取れたし、計算直したから帰って作業するわ。
ロリっ子はお前どうすんだ?」
そう、計測器を片付けながら尋ねる。
■神樹椎苗 >
「栄養剤がぶ飲みとか、だからぶくぶく太りやがるんです。
もっと自分の事、大事にしやがれですよ。
……体が壊れたら、夢だってかなわねーんです」
計算をし直している様子を、どこかほんのりと楽し気に眺めながらつぶやくように言う。
それは、どこか羨ましそうにも聞こえたかもしれない。
「問題が解決したなら構わねーです。
ちょっとした手間賃みたいなもんですよ」
そしてどうするかと言われると、少し考えてから自分の首からロープを外した。
「マンジュウが帰るなら、しいも帰ることにしてやるです。
マンジュウのおかげでちょうどいい暇つぶしになったですし」
と、小振りな短剣を抜いて柱に結んでいたロープの結び目を切り回収し、バッグに参考書やノートも放り込む。
立ち上がってみれば、少年の胸にも届かない程度の背丈にも関わらず、やけに堂々とした様子だ。
「お前の夢はきっと叶うですよ。
マンジュウはあきらめねーやつみたいですし。
しいが保証してやるから、安心して頑張りやがれです」
■倉橋 龍 > 「……まぁ、そうだな」
実際、体が丈夫どころか、明らかに運動不足の倉橋には耳に痛い言葉だった。
事実として、このロリっ子と違って倉橋は一度死んだらおしまいである。
……死を知るからこそ、それを少女が心配してくれているのかもしれないと、倉橋はおぼろげながら思った。
故にか、どこか誤魔化すように倉橋は笑って。
「じゃあ、一緒に帰るか。
丁度いいや、ラーメン食って帰ろうぜ。
学生街のいい店しってんだよ。
奢ってやるよ。計算直してくれた上に応援までしてくれんだからな」
そう、気安く行って、少女の準備が終わるのをまって、一緒に階段の方に向かっていく。
見れば、日差しは既に傾いていた。
うまいラーメンを啜るには丁度いい頃合いだ。
「ほら、行こうぜ」
そのまま、他愛もない世間話をしながら時計塔を後にする。
もう、倉橋は怖がりも驚きもしなかった。
ご案内:「大時計塔」から倉橋 龍さんが去りました。
■神樹椎苗 >
人間は簡単に死ねてしまう。
何度も何度も、それこそ日々、癖になるほど自殺を繰り返したからこそ、『ふつー』の人間は自分を大事にするべきだと思う。
『生きている』事と『死ねる』事を大切に、特別に思うべきだと考えてしまうのだ。
「そうですよ」
自分の夢は叶うだろうか。
ふと、椎苗は思う。
ただひたすら『死にたい』と思い続けて、実際に『死に続け』た。
けれど、それもとっくの昔に諦めてしまっている。
諦めたら叶うものも叶わない。
本当に『死にたい』のなら、もっと必死に『死』を求めるべきなんじゃないだろうか。
(あほくせーですね)
それで死ねるのなら、何一つ苦労はないのだ。
椎苗の『死』は、もうすでに椎苗の手にはないのだから。
「ん、いーんですか?
もらえるものなら貰ってやるです。
でも、そんなもんばっか食べてるから太るんですよ」
赤くなる空を背に、時計塔を下りていく。
「マンジュウ、もっと歩幅を考えやがれです。
だからもてねーんですよ」
そんな悪態をつきながら、椎苗は少しだけ『ふつー』の学生らしい時間を過ごしたのだった。
ご案内:「大時計塔」から神樹椎苗さんが去りました。