2020/08/30 のログ
ニーナ > 「怖い……?
 行き先、分かってれば、大丈夫、じゃない?
 何処行くか、わからなかったら、怖い、かも。
 たとえば……バスと、一緒。さらは、バス、乗るの、怖い?」

最近覚えたバスの乗り方。
これによって、女子寮の友達の元に遊びに行けるようになった。
料金計算はよくわからないので、定額の範囲だけなのだが。

「休んでる。わたしも、そうだし、機械の人が、休んでるのも、見た。
 休まないと、道、間違えるから。悩むことも、大事」

全力で走り抜けるということは、生きるというよりは、生き急いでいる。
それは簡単に足を踏み外す。ここで沙羅ではない誰かに教わったことである。

「……怖いなら、一緒には、どう?」

一人でするのが怖いのかな、と思って、手を差し出してみる。

水無月 沙羅 > 「バスに乗るのは、怖くは、ないよ。
 行き先が……とは、すこし、違う、気がする。
 安心……? が、欲しいのかな。
 バスハ、其処に着くって保証されてるから、安心……みたいな。」

要するに、あの乗りものはそこまで安全に、早く連れて行きますよ、というのをお金で買っている代物だ。
怖さをバスで例えるのならば、正にその保証がないことが怖いのではないのだろうか。
一緒の場所を見ている、という保証が無ければ、頼ることは出来ない。
人間は、『嘘』をつくからなおさらだ。

考えても答えの出なかった物を、かみ砕いて、途切れ途切れに答えて行く。
沙羅の中に存在しなかったのではなく、その言葉を持ち得なかったという事か。

「一緒に、休む……って、いうこと?
 ……それは、うん、怖くは、ない、かも。」

手を差し出してくれるニーナの手を取った。
そんな沙羅の顔は、ニーナからみても不安そうで、声色さえも幼く感じられるのだろうか。
以前、この場所で休めと言った今の同居人も、同じようにしてくれたなと、思い出していた。
小さな少女に頼っている自分が情けなくも思う。
そう思う事はニーナに対して失礼かもしれない。

ニーナ > 取られた手をしっかりと握る。
表情はしっかりと見ている。思い悩み、歪んだ表情。
自分もこんな顔をしていたこともあったのだろうか、なんて思ったりもする。

自分は答えを持っていない。
持っていないから、促すように、導くように、考えるのを手伝う。

「安心……そっか。確かに、にせもの、だったら、怖い、かも」

"行き先"があっている前提。
ようやく、ここで"運転手"を信じられていない、ということに気づく。
運転手が突然豹変して違うところに行くなどと疑っていては、バスに乗れるはずがない。

「わたしは……伝言、おねがい、されたとき。
 できると、おもったから、頼まれたし、ちゃんとやった」

人を信じるためには……実績だ。
少女は、単純ながらも人を信用するためのルールを設けている。
自分を助けてくれた、という事実、実績だ。

「一緒に、焦らずに、休む。
 わたしのこと、信じられる?」

そこで、まずは自分からどうか、と。

水無月 沙羅 > 「ニーナは……うん、きっと、届けてくれるって、思ったから、頼んだの。
 同じ、星を好きな人だったし……何より、ニーナなら、願いをかなえてくれるって、そう思えたの。」

勝手な願い事の押しつけに過ぎない、それを信用と呼べるのかは分からない。
安心とも違う、祈りの様なもの。
信頼とは程遠い何か、それでも彼女は、自分の願いを形にしてくれた。
その彼女を、信用しないという選択肢は、今の沙羅にはなかった。

「うん、ニーナなら、信じられる。
 ニーナが居たから、あの時助けてくれたから。
 あの時、私は自分のやりたいことをちゃんとがんばることができたの。
 大切な人に、大切なことを伝えられたの。
 だから、貴女の事なら、信じられる、よ。」

取った手を抱く様にして、隣に座った。
自分の周りに居る人たちは、自分の疑問を共に考えて、答えを導き出してくれる。
この少女もまた、同じだ。
共に悩んで、共に休むと、手を差し伸べてくれる。
怯える自分の背を押してくれる。

本当は、こういうことを、共に歩むというのだろうか。

隣で走っていくことだけが、共に歩むという事ではないのかもしれない。

ニーナ > 「『届かない願い』には、しない。言った、通り」

実際はちょっと手伝ってもらったが。
淡い期待も、儚げな希望も、実現してしまえば実績だ。

「うまく、いったんだ。よかった」

結果は今まで聞いていなかった。
どうしたのだろうと思ってはいたし、
此処で悩んでる事を聞いた時、もしかしてまだ、とも思った。

「……疲れたら、わたしのこと、思い出して」

隣に座る沙羅を、覗き込むように見る。

言われただけで一気に変えるなんて、普通は出来ることではない。
それこそ誰かに手伝ってもらいでもしない限り。
こうして少しずつ出来るようになっていけば、
いずれは誰かに頼って、連れて行って貰うことも、きっと。

だから、行動で示そう。少なくとも、自分は置いていったりはしないと。
相手が満足するまで、手を預けたまま、待つ。

水無月 沙羅 > 「やっぱり、ニーナは私の一等星だね。
 すごく明るくて、此処に居るよって証明してくれる、一番明るい星。
 夜空じゃなくて、こうして体温を感じられる距離に、近くに居るけれど。」

少女の体温を感じながら、夜空の星を想う。
彼女はどれだけの人に助けられて、今ここに居るのだろう。
それは、あの提供してくれた隠れ家からなんとなく想像もできる。
きっと多くの人に愛されてきたのだろう。
愛されてきたからこそ、こうして誰かに優しくすることができる。
幾つもの想いを注がれてきた星の中でも特別明るい一等星。

私に、此処に居ると、安心を与えてくれる煌めき。

「うん……思い出して、みる。 そうしたら、休めるかな……?」

それでも、全ての不安を拭えるわけではない。
今この一時は、こうして傍に居てくれる、共に歩んでくれる。
でも離れて居たら? そう考えることは今は止めることは出来ない。

少しづつ、一歩づつ、彼女や、彼女のように肩を並べてくれる人達に教わっていくしかないのだろう。
共に歩むという事を、休むという事を、覚えていくしかない。
誰かに頼るという事の本当の意味を、少しづつ学んでいこう。

「ニーナも、同じように、思い出してくれていたのかな。」

私が与えていたものは、彼女の何かを変えられたのだろうか。
貰っているだけでは不公平だなと思い尋ねてみる。
彼女にとって、『さら』とは、何者なのだろう。

ニーナ > 「星……うん。手の届く星」

たとえ話。何か大事な存在になれるのは、素直に嬉しい。
名前にちなんだ北極星は、二等星だけど。
近くにあれば、また変わるのかな。

「……なにもない、よりは、きっと休める……そうだ」

根拠などないけれど。
自分もそう願っているから、少し強めに言って。
空いている手で自分の帽子を取って、沙羅に被せよう。
もともと耳を覆っても余裕があように、大きめのサイズなのだ。
沙羅でもぶかぶかかもしれない。

「さらのこと?」

星空お姉さん……という冗談は置いておいて。
あの日以来、目指すものが一つできて。それを切っ掛けとして、
名前を取り戻した。少女にとって、特別な出会いだ。

「うん。……名前、思い出せたのも、さらの、おかげ、だし」

水無月 沙羅 > 「うん……。 帽子……? ニーナ、これは?」

珍しく語気を強める少女に、こくりと頷いて、かぶせられる帽子を不思議そうにさわる。
そういえば帽子をかぶった事は無かったな、と思いながら、すこしだけ温もりの残っているそれの意図を尋ねる。
何を思って、自分に此れを渡したのか。

「名前、ニーナじゃない、名前? 取り戻せたんだ。
 私の、おかげ? そう、そっか。 そう、なんだ……。」

『さらの、おかげ』、そう聞こえた、間違いではない、聞き間違えではない。
自分が、誰かの役に、ニーナの大切なものを、名前を思い出すことに役立っていた。
それは、胸の中で大きく膨らんで。

「よかった……。」

ほんの一筋の涙になって零れ出た。
悲しいわけではない、ただ、少女に大切なものを送れていたことに、安堵したのかもしれない。
嬉しかったのかもしれない。
それは、ニーナが沙羅にもたらした、一番大切な贈り物。

ニーナ > 「……何か、物、有ったら、いいかなって」

帽子には227と書かれたバッジがついている。
もうこの名前を名乗ることはないが、それでも自分を象徴するものだ。
自分でつけ直すと危ないので、ということで、持っている帽子全部についている。

「……うん。それでも、今の、わたしは、ニーナ、だけど」

たどり着くまでには、色んな人の手助けがあったけど。
ただ不思議だなと思って見るだけだった星空を、
詳しく知ろうと思えたのは、紛れもなく目の前の少女のおかげで。
だからこそ、自分も何かをしてあげたいと思っていて。

「……さら?」

涙に気づいて、心配そうに覗き込んだ。

水無月 沙羅 > 「そっか、ありがとう……。」

帽子の裏面をそっと見る、227と書かれた、ニーナの由来になっていたその名前。
ニーナのモノだとわかる様に書かれているその名前は、ニーナがそばにいる、という事を現しているようでもある。
これはきっと、そういう意味なのだろう。
言葉だけではなく、モノにも思いは宿る、星に想いを託すように。
それは星でなくてもかまわない、手に残る物ならその思いも伝わりやすい。

「本当の名前、教えてもらっても、いいかな。
 うん、私はこれからも、ニーナって呼ぶけれど。
 聞いておきたい。」

自分が導けたその名を、知っておきたいと、知りたいと思う。
それで目の前の少女の何かが変わるわけじゃない。
ニーナはニーナで、何も変わらない。
ただ、少女の大切なものを共有したいと思ったから。

「ううん、大丈夫。 何でもないの……ただ、嬉しくて。
 役に立ってたんだって、こんな私でも、ニーナの助けになれたことが、嬉しくて。」

「ここに居てもいいんだって、言われた気がして。」

ぽろぽろ零れる涙を拭いながら、ニコリと微笑む。
嬉しさと安堵。
誰かに役に立つことで、此処に居てもいいと自分に許しを得ている。
それは歪んだ感情だと、沙羅自体は気が付いていない。
それでも、誰かの役に立ったことが嬉しいのは、まぎれもない事実だ。

ニーナ > 怖くなった時に、物を見て、思い出す。とある先生が教えてくれた方法だ。

「大事に、して」

嬉しそうに猫耳が揺れる。帽子が無いと耳が隠せないので、
他になにか渡せたらなとも思ったが、特に思いつかなかった。

「えっと、名前は……パウラ・エストレーヤ。
 パウラは、ポーラ、とも読めて、小さい?って意味で、エストレーヤは、星」

聞かれれば隠さずに、意味も添えて答える。
どうやって名前に結びついたかも推測できるかもしれない。

「そっか」

助けになれる事が嬉しい、それは自分も持っている感情だから。
どうしようか少し悩んで……頭を撫でてみることにした。
似た者同士だから、きっとこれも嬉しい。そんな理由で。

水無月 沙羅 > 「うん、大事にする。」

そっと帽子の形が崩れないように胸に抱く。
これを見るたびに、きっと思い出す。
こうして会話したことを、彼女が一緒に居てくれると言ってくれたことを。

「だから、星。 そっか、ポーラ、ポーラスター、ポールスター、ポラリス、北極星。
 こぐま座の一番明るい二等星。
 ラテン語で、極を意味する言葉。 地球の自転軸、その北の極みにある星。
 極みにあるからこそ、動かく事のない不動の星。
 あなたは、何時でも其処に居る。
 あぁ、貴方にぴったりな、素敵な名前だね。」

不動の星、ポーラスター。
本当はほんの少し動いているけれど、人間の肉眼でそれを確かめるのか困難だろう。
それは地球の自転軸、回転の中心にあるから動かないというだけの話だ。
それでも、何時でもそこに在るというのは、人間には大きな意味を持つ。
今の沙羅にとっても、とても大きな意味がある。

何時だって、ニーナは傍に居てくれる。
夜空を見れば、帽子を見れば、彼女の存在を思い出せる。
それは、とても大切な事。

「うん。」

頭を撫でられる。
もう何度となく、誰かにしてもらったその行為は不思議と安心を覚える。
涙もゆっくりと止まって、その温かさに身を委ねる。
優しさが伝わってくるこの行為が、沙羅は好きだった。

「ありがとう、ニーナ。」

今日の事は忘れないだろう。
小さな友人が、自分の中でひときわ大きく輝いたこの日を。
忘れる事は無いだろう。
ニーナ。 私の北極星、不動の星。

何時でも思い出せる、隣に居る、私の友人。
 
 

ニーナ > 「うん。北極星。
 そして、今の、名前は、ニーナ、パウラ、エストレーヤ」

その知識には流石だと思いながら、改めて今の自分の名前を伝えておく。
ミドルネーム。保護者に提案してもらって、採用した。

「……どういたしまして?」

小さな星は、眩しく笑った。

 

ご案内:「大時計塔」から水無月 沙羅さんが去りました。
ご案内:「大時計塔」からニーナさんが去りました。
ご案内:「大時計塔」に御白 夕花さんが現れました。
御白 夕花 >  
島のどこからでもその存在を感じることのできる、ランドマークとも言うべき大時計塔。
ずっと遠くから眺めるだけだったけれど、私は今その大時計塔の上にいる。
常世島を一望できる高さの塔からは星もよく見えるって話をナナちゃんに聞いたから。
本当は入っちゃいけない場所らしいんだけど……そんなこと聞いたら気になるよね、うん。

「誰もいない……よね?」

音を立てないように注意しながら扉を開けてクリアリング。
こんな所で兵士としての経験が役に立つなんて、少しだけ複雑だ。
人の気配がしないことを確認してから広い場所に出る。
つい何時間か前まではちょっと出歩くだけで汗が噴き出すくらい暑かったけれど、日が落ちた今は夜風が心地良い。
そして、目の前に広がる満天の星空に言葉を失った。

「わぁ……!」

公園から眺めていたのと同じ空のはずなのに、湖と海くらい違うように思えて。
しばらく時間も忘れてその景色に見入る。

ご案内:「大時計塔」に水無月 沙羅さんが現れました。
水無月 沙羅 > カンッ、カンッ、と音をたてて上る長い階段。
この街の中で星を見るには絶景のスポットにここ連日入り浸っている。
悩み事が多いといこともその一助になっているし、多くの出会いがこの場所であったから、そういうものに期待しているのもある。
しかし、やはり自分は夜空に光る、この街から見える星が好きなのだ。
いつもの様に扉を開ける。
本来立ち入り禁止の扉は、金属の擦れるような音をたてて開いた。

ひらけた屋上には、少女が風に白い髪をなびかせて、星空を見上げていた。
立ち入り禁止だというのに、ここではよく星好きに出会うらしい。
同じ穴の狢とはこういうことを言うのだろうか。

「綺麗でしょう? ここから見える星は。 
 町から離れた山の方に行けば、もっときれいに見えるんですけど、あそこは遠いですからね。」

扉をゆっくりと、静かに閉める。
目の前の少女が子供の様に声を上げたものだから、思わずクスリと笑ってしまった。
ここに来たのは初めて、という風貌だ。

御白 夕花 >  
星空に夢中だった私は、背後から聞こえた足音と金属音に気が付かなかった。
いくら並列思考ができると言っても、知覚できていなければ意味がない。

「っひゃ!?」

声をかけられて、ようやく思考が地上に引き戻される。
咄嗟に振り向いた先には同年代くらいの女の子が立っていた。
立ち入り禁止の場所に入っているところを見られた───この窮地をどう切り抜けるか、必死で頭を回転させる。

「ご、ごめんなさいっ! ちょっとした好奇心というか、つい気になって……!」

まず何より先に頭を下げた。ここで下手な言い訳は悪手だ。
立ち入り禁止の札はこれみよがしに掲げてあったし、知らなかったでは通らない。

水無月 沙羅 > 「あ、咎めに来たわけじゃないから安心して?
 私もここから見える星が好きで、ほぼ毎日来ているというか。
 だから、貴女を叱る資格もないというか、あはは。」

生真面目な人もいたものだと、頬を指先でかく。
余程星空に見とれていたのだろう、唐突な来訪者に驚いてパニックになっているといった様子。
この場所の立ち入り禁止なんてものはほとんどお飾りの様なものだ。
律儀に守っている生徒なんてほとんどいないし、なんならそれらを律するはずの立場である風紀委員もここによく来るという話だ。
もちろん、私もその例に漏れない。

「偶に貴方みたいな人が来るんですよね。
 つい最近は、小さい猫みたいな女の子。
 その前は、仮面を被った自称英雄に、その前は思い悩んだ男の子。
 みんな何を思って星を眺めていたのかな。
 それとも、ただ眺めていただけなのか。
 あなたはどう?」

みんな、甘ざまな理由をもってここに訪れる。
星を視たかった人、黄昏る場所にちょうどよかった人、一人になりたかった人。
この子には、どんな理由があるのだろうか。

腰の後ろで手を組んで、ゆっくりと歩いて転落防止の柵のすぐ近くへ。
星の瞬く夜空を見上げた後に、少女に振り返った。
自分と同じ、宝石のように光る紅い瞳をそっと覗き込む。

御白 夕花 >  
「はぇ……あっ、そ、そうなんですか? 良かった……」

どうやら私と同じ目的の人だったらしい。ほっと息を吐いて顔を上げた。
落ち着いたら今度は取り乱したのが恥ずかしくなってきて、かぁっと頬が熱くなる。
この場を照らすのが星明かりだけとはいえ、こんなに近くで見つめられたら顔が赤いのもバレていそうだ。

「わ、私はその……お友達に紹介されて……あれ?
 小さい猫みたいな……ひょっとして、ナナちゃんのことですか?」

特別な理由があってこの場所に来ていたわけではないけれど───
挙げられた人物像の一つに覚えがある気がして、泳がせていた視線を正面に向けた。

水無月 沙羅 > ほっとしたのもつかの間、真っ赤な顔をした少女をほほえましく思う。
なんというか、純粋無垢という感じ。
悪いことなんてしたことありません、みたいな。
自分の周りにはまだいないタイプの人間だ。
そんな彼女が気になることを言い出した。

「ナナちゃん……? ひょっとして、ニーナのこと?」

ナナ、小さな猫みたいな『ナナ』、思い当たる少女は一人。
227と教えてくれたその名前から、いくつかのあだ名を貰っているであろう少女。
どうやら共通の知り合いが居たらしい。

「そっか、ニーナが。 ちゃんとお友達も増えてたんだね。
 良かったぁ。
 私は水無月沙羅。 貴方の名前を教えてくれる?」

小さなスラム出身の少女はこの街にきちんと馴染めている様で安心する。
まぁ、自分よりは余程、彼女の性格なら溶け込めるだろう。
優しく、穏やかな少女なら人気も出るだろうし、女の子の友達ならなお安心というものだ。

やんわりと微笑みながら少女に尋ねる。

御白 夕花 >  
「は、はい。その子ですっ……たぶん。
 私に大時計塔(ここ)を紹介してくれたのがナナちゃんで」

確か"ニーナ"とも呼ばれてるって自己紹介の時に言ってたな。
本当の名前はパウラっていうらしいけれど、呼び慣れた"ナナちゃん"と今も呼んでる。
知ってる名前が出てきたおかげで、だんだん緊張も解れてきた。

「沙羅さん……あ、えっと、私は御白 夕花といいます」

水無月 沙羅。その名前と目の前で微笑んでいる顔、そういえば覚えがある。
あれは私が『トゥルーバイツ』として一時的に風紀委員の所属になった時───
過激派と名高い神代 理央と並んで名前の挙がるような人物だったはず。
逆に言えば、向こうも私の名前くらいは知ってるかもしれない。
まぁ、特に目立った活動もしてない幽霊部員みたいな感じだったけれど……

水無月 沙羅 > 「呼び名が沢山ある子、ってだけで意外と絞られてくるものだね……。
 昨日、ちょうどここで話したばかりなの。
 本当の名前が見つかったって。 北極星、ポーラ。
 不動の星。 あの子にぴったりな綺麗な名前だと思わない?」

何時でも見えれるという事は、今この瞬間にも頭上には北極星が輝いているという事だ。
二等星故にちょっとだけ見つけにくいかもしれないが、昔の船乗りはこの星を目印に方角を確かめたと言われる逸話もある。

頭上を見上げてその星を指さした。
明るい街の真上にあるこの時計塔では見えにくいが、場所さえ分かっていれば見つけるのは難しくもない。

「御白……、夕花。 そのなまえ、何処かで……。」

以前、理央さんに調査するだけなら自由といわれたトゥルーバイツの情報を端から端まで調べたことを良く覚えている。
たしか、構成員の中にその名前があった。
この人は、あの事件を生き延びたということか。

「……そう。 生きて居て、良かった。」

裏路地で、幾つもの躯を見た。
彼らの夢の通り道を。
少女はそこにはいかずに、今ここで生きて、同じ星空を見上げている。
私には何もできなかったが、こうして話せることを喜ぶべきなのだろう。

あの組織の名前は出さない。
きっと誰もが、胸に傷を抱えた名前だろう。
だから、言えることは一つだけ、彼女が今ここに居ることに感謝することだけ。

御白 夕花 >  
「えへへ……実はその、ナナちゃんが本名を思い出した瞬間に立ち会ってたり……
 何語かは分からないですけど、苗字も星って意味があるらしくて。ステキだと思います」

あまり自慢みたいな事は言いたくないけれど、これだけは私の唯一誇れるところ。
名前に関して同じ感想を抱いていたことが嬉しくて、釣られて笑顔になりながら空を見上げる。
夏の夜空、変わらずそこに輝いている北極星。

「……私は他の皆さんと違って、怖くなって逃げだしただけですけどね」

そうしている間に沙羅さんは私の経歴に気付いたらしい。
彼らと同列に語っていいほど真剣に『真理』を目指したわけじゃない。
ただ、生き残りの一人として前を向いていこうと決めただけだ。
苦笑を浮かべながら、空に向かって手を伸ばす。
こんなに高くまで登ってきても、あの北極星に手が届くことはない。

水無月 沙羅 > 「じゃぁ、貴女が……。
 そっか、私があの子に渡したバトンは、夕花ちゃんが繋いでいてくれたんだね。
 そうしてあの子の星に、ポーラ・エストレーヤにたどり着いたんだね。
 ありがとう。 あの子の大切を見つけてくれて。」

全ての物事に意味はある、全ての出来事はいつかつながる。
悲劇から繋がった彼女の物語が、ニーナの大切なものを導いた。
それはとても、尊いことなのだろう。

「……私も、同じ。 見ていることしか出来なかった。
 全部知っていて、それでも、止めることはしなかった。
 そうしようと思えば、することもできたのに、やろうとしなかった。
 彼らを止めるほどの言葉を持たなかった、自信もなかった。
 だから、私も逃げたんだ。」

彼らを止めようとおもえば、力づくで止めることだってできただろう。
恨まれるという覚悟があれば、それを実行することもできただろう。
理央の指示を聞かずに、いつも通り己の思うままに走り出して、それをしなかったのは、目の前で起こる死から逃げたからだ。
恐ろしい物から、逃げてしまった。

「でも、それが悪いことだとは、思わないよ。
 目の前の怖いことから逃げてしまうのは、悪いことじゃない。
 今生きて居るからこそ、あんな遠くにある星じゃなくて。」

宙に向かった夕花の手をそっと掴み、握る。
彼女のその手が、全てを繋げたのだ。
この手は、宙の星を掴めていなくても、多くのものを掴んできたはずだ。

「あの子の隠れてしまった星を、掴めたんでしょう?」

だから、遠くの星に想いを馳せて、それに嘆く必要なんてないのだ。

自分にも、そう言えたらいいのだけれど。
逃げてもいいと、自分自身にも言えないのは何故なのか。
心の底が少しだけチクリと痛んだ。

御白 夕花 >  
「渦中に身を置いた身だから、なんとなく分かるくらいですけど……
 あの流れを止められる人なんていなかったと思います。
 言葉だけでも、力だけでも……本気の"願い"を邪魔する資格なんて、ないんですから」

止められるものがあるとすれば、当事者に対して特別な想いを抱く人だけ。
それでも個人が精一杯で、全てを掬い上げるなんてきっと不可能だっただろう。
逃げることは決して悪いことじゃない───あの人にも言われたことだ。

「こんな私にも、できる事はあるんだって……
 生きていていいんだって、ナナちゃんが私に教えてくれたんです。
 こっちがお礼を言いたいくらいですよ」

それこそ、暗闇の中から道を示してくれる北極星のように。
手を取る手にさらに手を重ねて微笑む。

水無月 沙羅 > 「本気の"願い"か……。
 本当に、そう……なのかな。」

彼らの中で、一体幾人が"本気の願い"を持っていたのだろう。
今獄中にある『日ノ岡 あかね』の願いは間違いなく"本気"だったのだろう。
彼女にはそういう気迫があった。
けれど、失意の中にあってそれしか選べなかった物にとって、それは"本気の願い"と呼べるものだったのだろうか。

「私には……、それを選ぶことしか許されなかった人たちに、視えたよ。
 必死だったのは、間違いないと思う。叶えたい願いもあったんだと、思う。
 でも……その結果に、その先が無いってわかってるのにそこに挑むのは。
 なんだか、違う気がして。」

これで終わらせることができる、そんな願いが多かったように思えるのだ。
終わりを望む願い。
『日ノ岡 あかね』はそんな絶望的な状況の中でも、その先を見続けていた。
ほんの少しの可能性にかけていた。
それほど高潔な、純粋な願いを持った人間が、あの中にいったい何人いたのだろう。

「……ごめん。こんなことを話すために来たんじゃなかったね。」

えへへ、と頬を指で掻いてお茶を濁した。

「生きて居ても、いい、か。」

つい昨日、ニーナにそう言われた気がした。
夕花もまた、生きて居ることに迷う、迷い人という事だろうか。

「……よかったね、生きて行く理由が見つかって。」

微笑む彼女に、同じように微笑んで見せる。
彼女は、少し私に似ている、そんな気がした。

私にはまだ、無償で生きてもいい理由は見つからない。