2021/09/23 のログ
ご案内:「大時計塔」に黛 薫さんが現れました。
■黛 薫 >
『立ち止まれない』という感覚は存在するのだろうか。
寝静まった街の遥か上で黛薫は煙草を吸いつつ考える。
善良な学生の目に付く場所では酒も煙草もやらないと
自分の中で決めているから、落第街の外ながら建前上
立ち入りが禁止されている大時計塔は黛薫の中では
グレーゾーンの扱い。
登るのも疲れるし積極的に来たい場所ではないが、
どうしようもなく落第街にいるのが嫌になったとき、
人目を憚らず煙草が吸えるような場所は此処くらい。
流石に降りるとき危険なので酒は飲まないが。
■黛 薫 >
そんな難しいお年頃の違反学生の事情はさておき。
暗い夜空に昇る煙を目で追いながら考えているのは
『立ち止まれない』という感覚の実在性について。
(『止まりたくない』ならフツーにありそうだけぉ)
通学出来ていた頃、授業の一環で参加した長距離走を
思い出す。運動が得意で好きな一部の学生以外から
すれば苦痛でしかない(と思う)激しいスポーツでさえ
体調を崩した者以外は走り切っていた。
授業だから、義務だから逃げられなかったという
事情は当然あるだろう。仮にそれがなかったとして
達成感だけを報酬に走り切れる人はどの程度いるか。
きっと、走り出すどころかスタートラインにすら
立ちたくない人が大半なのではないかと予想する。
■黛 薫 >
過程が楽しい、終着に報酬がある、投げ出したり
諦めたりする方が嫌。継続には何かしらの動機が
必要で、何もないのに続けられるほど人間という
生き物はきっと強くない。
では、自分はどうして諦め切れないのか。
目標として据えているのは『魔術の行使』。
大変容後の世界では一般的に普及したそれに対し、
自分は執着する理由を持たず、一片の才能も無く、
達成した先の展望も見えず、何度も壁にぶつかり、
過程で平穏も尊厳も失い、心が折れ、命の危機に
瀕しても尚立ち止まれない。
まるで水の中で呼吸を試みているような感覚。
不可能な目標のために他の全てを犠牲にしている。
■黛 薫 >
やりたくないけど仕方なく、なんて理由も無いし
まして目標に向かいたい積極的な理由なんて尚更。
水底で空気を求めるように、もがき苦しみながら
ありもしない道を模索している。
やめられない、立ち止まれない、投げ捨てたくても
どうしようもないという感覚は、本当はやりたくて
誤魔化しているのとは訳が違う。
(やめられなぃなら、嫌でもやるしかねーだろ……)
苦しくても先が見えなくても、何故か止める選択は
取れなくて、そのために他の全てを犠牲にしたから
止めたところで道が増えたりもしなくて。
考えれば考えるほど、自己矛盾で頭が割れそうに
なるから、酒か煙草で思考を鈍らせないことには
意識に上らせることすら出来ない。
■黛 薫 >
「痛っっ……づ、ぁー……?」
普段の癖で煙草を手の甲に押し付けて揉み消し、
普段と違う痛みに一瞬だけ思考がクリアになる。
視線を落とせば、手の甲の皮が剥げて赤い血が
冷たい床に滴っていた。
「やっべ……」
最近は頭がぼやけて、自傷の自覚すら曖昧だ。
落第街の外に血の痕を残すのも気が引けるから、
タオルを巻いてその場凌ぎの止血を済ませると
水筒の水とハンカチで床の血を拭い取った。
考え事の最中ずっと手の甲を掻きむしっていたと
気付いたのは反対側の手の爪の間に残されていた
血の痕に気付いてからのこと。
■黛 薫 >
「良ぃ加減、爪切った方がイィのかな……」
呑気な結論だ、と感じて笑いそうになる。
無意識に自傷を繰り返すほどに自分を追い詰めて、
それでいて死に逃げることすら許してくれない原因が
あるのに……それを断つという選択肢が存在しない。
偶々今回自分を傷付けていた凶器を取り上げるだけ。
当然自己満足以上の意味はない。ふと気付いたとき
指先を噛んで爪を剥ぎ取っていたことだってあるし
ナイフの刃を握りしめて骨が見えていたこともある。
自分を傷付けるだけならまだしも、心因性の幻覚に
追い立てられ、心配して声をかけてくれた人に怯え
殴り倒してしまったこともある。
自分が自分である限りこの執着からは逃れられず、
この執着がある限り心穏やかに過ごすことなんて
出来ないことくらい分かっている。
だから自己満足を積み重ねて自分を慰めて生きる。
■黛 薫 >
血の染みた吸い殻を携帯灰皿に落として溜め息。
気持ちが落ち込み過ぎると、頭が壊れたように
自暴自棄な可笑しさがやってきて、また冷静に
なると気持ちが落ち込む。その繰り返し。
(そろそろ……クスリくらい、買えるかな)
最近、また小銭稼ぎを始めた。
薬物の代金は元々同居人を頼りたくなかったし、
再開するには悪くない機会だったと思っている。
同居人との関係は変わったようで変わっていない。
相手の目的のために自分が必要とされていたとて
その過程に自分は不要だったと身に染みただけ。
大人しく飼い殺されているだけで良い。
何もしない、何も出来ないと実感してしまった現状、
必要以上に頼るには居心地の悪さを覚えてしまうが、
屋根だけ借りられれば重畳だろう。
ぽつぽつと僅かな光の灯る常世島をもう一望して、
時計塔を降りていく。後に残るのは粗悪な煙草の
匂いと、濡れた床だけ。
ご案内:「大時計塔」から黛 薫さんが去りました。