2019/05/23 のログ
ご案内:「常世博物館」に人見瞳さんが現れました。
■人見瞳 > その施設には、かつての大英博物館やスミソニアンをも凌駕するといわれる広壮な敷地が割り当てられている。
常世博物館。あちら側とこちら側のあらゆる奇異なるものを収蔵する驚異の部屋(ヴンダーカンマー)。
その片翼、西館では折りしも新たな企画展が始まろうとしていた。
題して、《世界を渡る技術》展。
異邦人たちがこの世界へとやってきた時に使った手段を特集するものだ。
多くの場合、その手の装置は大破していて、二度と使えないスクラップに成り果てている。
世界移動は偶然の産物ばかりだし、時空の跳躍にともなう負荷はあまりにも大きい。
そんな事情から、展示物も見掛け倒しの再現とパネルの展示がほとんどなのだけれど―――。
「………ごく稀に、まだ使えるものが残される」
来賓諸氏と館長の挨拶が終わり、開会式の会場が拍手に包まれる。
報道機関向けの短い撮影タイムが終われば、いよいよ内覧会のはじまりだ。
一般の招待客がぞろりと動きだす。流れに身を任せて、展示室へと進んでいく。
ご案内:「常世博物館」にアリスさんが現れました。
■アリス >
私、アリス・アンダーソン!
常世博物館ソロも二回目の二年生!
世界を渡る技術。
そういうのが本当にあれば、友達の異邦人ニコラスも元いた世界に帰れるのに。
そんなことを考えながら常世博物館にやってきた。
人ごみの中で若干吐きそうな顔をしている。
ああ! 人ごみ苦手じゃないけど!!
この博物館の空気の中で人の流れに流されるまま動くのは元ぼっちにはしんどい!!
あ。隣にいたセーラー服の綺麗な女性と肩がぶつかった。
「ご、ごめんね、ちょっとこういうの慣れてなくて」
■人見瞳 > 世界を渡る技術、というのも大ざっぱな括りだ。
再現性のある手段であれば、十把一絡げに技術と呼んでも差し支えないわけで。
科学小説の世界から飛び出てきたような時空旅行機と、そんな装置を生み出したレトロフューチャーな世界の紹介。
ふだんは東館に収蔵されているに違いない、地味な魔導書と魔法陣の図解。
多元世界を渡り歩く習性のある生き物の尻尾にぶら下がって強引についていく、とかいう無茶苦茶な方法もあるらしい。
潜水艇とサラブレッドを比べるようなもので、どれも優劣を付けられそうにない。
こと安全性においては、いずれの選択肢も等しく危険だ。
命がけの転移実験に散々付きあってきた私が言うのだから、間違いはないと思う。
ロストしたきり二度と帰らなかった「僕」たちのことを想い、遠い目をして。
「おっと」
誰かにぶつかって我に返った。
「君はたしか……アリスだ。アリス・ザ・ハードブレイク。久しぶりだな」
■アリス >
「………あ」
ぶつかった人は。そうだ、以前会ったことがある。
人見瞳だ。とんでもない数の分身がいる人。
「瞳、私はアリス・アンダーソンよ。あなたも転移技術に興味があるの?」
「私はほら、アリスだから。不思議の国に行きたい子なのよ」
「あと失恋はしてないから」
重ね重ね言い含めておかないと。
フラレナオン扱いは思春期の乙女の評判に傷がつきかねない。
いや、私の今の評判は惨劇の館事件の生存者ってことで根も葉もない噂を立てられてボロボロだけど。
「今日は一人なの? 他の瞳はいないのかしら」
■人見瞳 > 興味があるのかと問われれば、然りとひとつ頷いて。
「協賛というか、協力というべきか。展示物の一部を貸しているんだ」
指差した先の摩訶不思議な装置。説明書きには《青書移民局 所蔵》と小さく書かれている。
「《異邦人》は色々なおみやげを抱えてこちら側にやってくる」
「財団も全知全能とはいかない。僕らが先んじるケースも少なくないというわけだ」
アリス・アンダーソン。
多くの犠牲者を出した事件の生き残りだ。あんなニュースの中で名前を聞くとは思わなかった。
「ああ。案内を任されているのが一人いるけど、放っておいても問題はない」
海外プレスの腕章をつけてキョロキョロしている女性記者に手を振って、向こうもこちらに振り返した。
「酷い目にあったと聞いた。もっと憔悴しているかと思っていたよ」
■アリス >
「へー、そんなこともしているのね瞳」
人の流れに逆らわず。今の私は鮭の逆。
移民局のヒトだったのね、瞳は。
「異邦人が齎すものは時として叡智も含まれる…みたいな話?」
酷い目にあった、という話を聞けば微笑んで。
「ゴールデンウィークにね……今もPTSDで通院してるわ」
「不思議の国が好きなんて大嘘、今の私は冒険ができない女」
「たくさん人が死んじゃったしね……私が笑ってると不謹慎って思う人もいるわ」
あちこち眺めながら。あ、あのタービンみたいな機械いいなぁ。
でも撮影禁止だった。SNS映えすると思うのに。
「うんざりだわ、血も噂も恐怖も風評も……懲り懲りね」
■人見瞳 > 「本土では昔、ストレンジャーのことをマレビトと言ったそうだ」
歩こうか、と誘って人口密度の薄そうなルートをたどっていく。
「閉ざされたコミュニティにも、ときどきマレビトがやってくる」
「昨日までの常識がたやすく崩れ去ってしまうような、未知なるモノを携えて」
「ナイルの氾濫が文明を育んだみたいに、マレビトは多くの場合……豊かさをもたらしてきた」
展示スペースの一角に、異邦人の手による映像作品が映し出されている。
人々が足を止めて、長椅子に腰を下ろして眺める光景は彼方の眺望を模したもの。
これもまた、世界を渡る技術というわけだ。
「けれど、そうでない場合もある」
「できることなら、代わってあげたかった」
「僕らがもっとしっかりしていれば、誰も傷つかずに済んだのに」
規模の大小は問題ではない。《ブルーブック》は人類の脅威を看過した。
その結果があの惨事だ。取り返しのつかないことをしてしまった。
■アリス >
「マレビト……」
ちょっと前に六部殺しについて書いてある本を読んで、その中に書いてあった。
未知を奪うか、分け合うかはコミュニティの住民の選択なのだ。
そして往々にして奪った者には。
異邦人の映像作品は、遥か遠き世界を望む、望郷の想いが伝わってきた。
……ニコラスもいつか帰れるのかな。
それとも……暗い考えを頭を振って飛ばした。
「瞳」
隣にいる彼女を見上げて、その眼差しを覗き込む。
「私ね、PTSDで苦しんでる間、ずっと『どうして私がこんな目に』って思ってた」
「でもね、一度だって」
「私の代わりに誰かがこうなって欲しいなんて考えたことはないわ」
視線を外して、人通りの少ない区画で深呼吸をした。
「あー……すごい人だったわ…この博物館で吐きそうになるの二度目だし」
一度目はグロい展示物を見て。
■人見瞳 > 「マレビトが恐ろしい病を持ち込むこともある」
耐性のない人間が流行病にかかればどうなるか、行く末は火を見るよりも明らかだ。
「たった一度の失敗が、僕らの世界に恐ろしい爪痕を刻むおそれがある」
「君も知ってのとおり……昨日まで起きていないことが、明日起きない保証はない」
名前を呼ばれて、まなざしを受け止める。
後ろめたさに瞳が揺れて、けれど目を逸らすことはできなかった。
「……優しいんだな。アリス・アンダーソン」
「そんな君が、苦しみを味わう必要なんてどこにもなかった」
「僕は……誰かが犠牲になるたびに、どうして自分じゃなかったんだろうって思っているよ」
「《ブルーブック》は炭鉱のカナリアだ。ギリギリまで囀りつづけて、脅威を見定める務めがある」
「これは、向き不向きの問題だ。君は明らかに向いてなかった」
アリスの後をついていく。壁際の椅子をすすめて。
「嫌なことを思い出させた。すまなかったな」
「閉会まであと30分……今すぐ出れば、外のビュッフェがいくらか残っているかもしれないな」
「飲物と甘いものも出る。行ってみるか?」
開会式とプレス向けの内覧会、その後には立食形式の軽食が出るレセプションと決まっている。
それが目当てで、展示物には目もくれずに早足で駆け抜ける人もいるくらいだ。