2022/01/12 のログ
■藤白 真夜 >
「――違う」
頭の中に浮かぶその概念を、私は否定した。
……それは、勘違いもされちゃうかもしれませんね。
きっと、私の中にそれは眠っていて、無数に蠢いて、今も狂おしく求め続けている。
それは、完全な終わりであり、最期。
人間はどうあれ、ソレを以って完成する。
罪咎ですら、ソレは最上の贖罪と成りうるかもしれなかった。
でも。
「……私は、死を求めない」
未だ昏く黒い私を誘う目前の――もはや遺物とすら言えるか怪しい祭器に、訴えた。
「確かに、私のカラダは酷く死を求めているのでしょう。
死ねれば楽になると、いつも考えていますし……生きる価値があるかもわからない。
死は私に懲罰というカタチで贖罪の意味を与えてくれる。
……死は、私には命のカタチという光を浮き上がらせる都合の良い影であることも。
……そういう、死に戯れる昏い欲望が私の中にあるのも……認めます」
目前の黒く煙る“神器”は、私の中にある死を見出した。その祈りはたしかに死に塗れ、死に届く。
でも。
「……でも、私はまだ死ねない。
死は、求められない。
私にとって、それは無意味なもの。
……私は、生きて償わなければならないものが、まだ残っている。
その約束を果たすまで、死に慰むことがあっても。
……私が死を肯定することは、有り得ません」
同じく暗く光の死に絶えた瞳で、その闇を見つめる。
似て非なる、死のともがらを。
今度は、私がそれを拒絶した。
■藤白 真夜 >
じゃきん。
鋏が何かを切る音が聞こえた。
「……え?」
目前が、真っ黒に塗りつぶされていた。
……いや、違う。
途中で、“切れて”いる。
地の底から、生えるようにして黒い鋏が現実を断ち切っていた。
辺りに少ないながら人は居たはずなのに、誰もその現象を気にしていない。それどころか、さっきから独り言を重ねる私のことすら気になっていないようだった。
じゃきん。じゃきん。
今度は、私の“左右”が真っ黒に切り取られた。
もはや、私の世界には頭上と後ろしか残っていない。それ以外は、全て真っ黒に切り取られている。
そして、私はようやく気づいた。
それは、私の中から繋がっている、何かの糸。
それは、私の内から生ずる――縁。
じゃきん、じゃきん。
目前の鋏のモノではないはずだった。
おそらく、本当に有る種の神に連なるであろう祭器。
それに、私が勝手な意味付けと、勝手な祈りと、意味を否定する意志を注いだ。
それが――何処かに、繋がった。
じゃきん――。
それは、視線だ。
長らく感じていなかったからか、規模が違いすぎたせいか気づいていなかった。
神降ろしの時の、圧倒的な重圧と存在そのものを照らすような絶対的な注視。
私の世界にはもう、私が立つ位置しか残っていない。
その私を見下ろすように――黒い煙に包まれた恐ろしく巨大なナニカが、私を見つめていた。
それは――神の目だ。
■藤白 真夜 >
「――……」
私は、何も言わずに崩折れるようにして、膝立ちの格好になった。
そのまま目を閉じて、胸元で祈りの形を作る。
何度か、神霊級の存在と相見えたり交神する経験はあった。
今までの数少ない経験からいえば、神は二種類居る。
穏やかで優しいが人をあっという間に消費する神と。
厳かで厳しい上に人をあっという間に殺す神だ。
どちらにしても、敬服と服従の姿勢を示すにこしたことはない。
何がその機嫌を損ねるかわからないのだ。少しの機微で殺されたことが何度もある。
……知りもせずに祈るとは何事だと怒ってくれるならまだ良い。情報になるから。
問題は――
■『死の定め』 >
『目を開け』
何処か遠くから響くような声が聞こえた。
聞こえるのかも、わからない。それは、頭の中に直接響くようででもあった。
ただ、それを聞かねばならない強制力のようなものを感じる。
それが――、
『――そして、自らの死を見つめよ』
――運命であるかのように。
■藤白 真夜 >
言われるまま――自分ではやっているつもりなのに、勝手にカラダが動いている気がする――、
目を開けば――。
大きな鋏が、今にも私の首を切り落とそうとするかのように充てがわれていた。
もはや世界は黒く切り取られていて、どうなっているのかよくわからない。
何より、目前の黒いナニカにしか、目がいかない。
その空間はソレのモノであるかのように。
カラダはどうなっているのかよく見えない。
黒い霧のような煙のようなもので覆われていた。……あるいは、それを見る許可が私に無いのか。
人間より大きいほどの、巨大な鋏。黒塗りのそれは、閉じれば簡単に私の首を跳ねるだろう。
そして……、
黒塗りの、女の貌。
仮面じみたそれは、同じ黒い空間にあるのに驚くほどに目に入りやすかった。
文字通りに仮面のように無表情なのに、私を見つめる瞳には……冷たさと憐れみが溢れていた。
■『死の定め』 >
『人の子よ。
……いや。
哀れにも死を知らぬ娘よ』
その声は、やはり冷たさと憐れみが同居していた。
恋人との別れを惜しむような声であり、
死人に贈る鎮魂の言葉のよう。
『死を拒絶する……愚かな女よ。
我にも知らぬ絆を……縁を。結びつけた巫女よ』
それでも。
女を見下ろす瞳には、先程の女の言葉と同じモノが含まれていた。
――それは、似てしかし相容れぬモノへの、拒絶。
『名も知らぬ神の許、そなたの縁に応え馳せ参じた。
死の絶対を知りながら、我らがかいなを拒む小さなモノよ。
よくぞ――』
そして――、
あまりにも小さなモノに、自らの仕事を否定された失望。
『よくぞ。
その矮小な器に死を詰め込んだ。
もはや、白と黒の区別もつくまい。
なればこそ――』
黒塗りの鋏が掲げられる。
女の首を――その異物を、切り落とすかのように。
『我が憐れみ、我が憤怒、我が恥辱。
――受け取れ。
それが……汝の吐いた言葉と。汝の命と。汝の結んだ縁への。……餞と成ろう』
■藤白 真夜 >
……話しかけられる只中、私は気を失わないのに精一杯だった。
なぜなら、その力ある声は、耳をふさぐことすら出来ずに頭の中に直接響く。
その声は……悲しく、優しく、痛苦に満ちていた。
親しい人間との離別。
恋人との別れ。
両親の死去。
――死の隔たり。
それはあらゆる絶対の別れの意味と……、
“私個人”への、どうしようもない無力感と怒りを以って、私の心に直接伝わった。
……これは、死の神だ。
私が考えてしまったことが……縁と神器の格を以って、私という死に満ちた存在を楔に繋がってしまったもの。
そして、心当たりもある。
私は、死や闇を司る神としか繋がらない。
そして……それらはすべて、私を愛するか。憐れみと同時に怒るかだったから。
ただただ、その言葉に首をさげる。
祈りの姿勢を崩さずに……死刑を待つ罪人めいて、首を差し出した。
「……感謝、致します。
許しは……乞えません。
御身の運命に沿えぬ私を、……。
どうか、……見守ってくださいますよう」
声は少し震えた。
何か間違えたことを言って怒らせでもしたらどうなるかわからない。
でも、言葉は正しいと思うものが勝手に口をついた。
それは、どんな形であれ……憐れみだ。
神の手から外れても。
神の目は、注がれているはずだったから。
■『死の定め』 >
じゃきん。
黒塗りの鋏が、私の首を断った。
しかしそれは、肉体には何も齎さない。
もっと、大事で……致命的な。
運命を切るような、絶対的な断絶。
……死の訪れ。
一本しか無いはずの命の糸を切る、音だった。
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■藤白 真夜 >
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「……はッ、……?」
気がつけば、博物館に立っていた。
黒い鋏も、黒い空間も、何も残っていない。
あまり人の入りが良いわけでもないが、何人か見物客も入っている……いつもの常世博物館だ。
「……ふ」
変わったことといえば、ただ一つ。
「……ふ、ふふふっ……」
“真夜”が完璧に死を迎えたことだけ。間違いない概念級の死。
この分だと、1,2日は掛からないと戻ってこない。肉体はともかく、魂まで持っていかれると結構時間がかかる。
それでも、私達には慣れ親しんだものだった。儀式でちょくちょく捧げるし。
そして何より、“そんなことはどうでもいい”。
「はぁあぁ~~~~~~~~~っ♡♡♡
すっっっっごい!! なにあれ~~~~~~~~ッ!?
あんな完璧に殺せるコトある!?
は~……♡ やっぱり神性は違うわ……! 死の概念の扱い方が違いすぎ! ホンットーに花でも刈るみたいに命持ってくんだものっ」
“私”はと来たら、先程の完璧で絶対な真夜の死の後味に大興奮していたからなのであった。
これだから、死の蒐集はやめられない。
周りからちょっと視線を集めているけど、遺物の熱狂的ファンみたいに見えているらしくそこまで心配はされなかった。どういうファンなの?
「う~ん……私もああいうの出来るかなぁ……。それこそ、鋏でも無いと無理かな……。
鎌、剣、うーん……。槍じゃないと相性合わないのよね、コイツ無理だし……」
目前の槍の神器――いや遺物を見つめた。
もはやあの神の視線は無い。文字通り、縁も切れたのかもしれない。
縁が繋がったのがあの鋏のおかげなら、切れるのも鋏だったのだろう。
「……ま、いっか。
真夜に聞いてね。私はキョーミ無いし。
……あ、ごめん真夜まだ死んでた。あははっ」
誰に聞かれるともなく、その鋏に話しかけた。
それは……どこか。
誘う手を振り払ったものに対する慰みのように聞こえたかもしれないし、
「あー昂ぶっちゃった。
最近おとなしくしてたしちょっとぐらいいっかなぁ……」
……ただコーフンした女の独り言かも、しれなかった。
ご案内:「常世博物館 中央館」から藤白 真夜さんが去りました。
ご案内:「常世博物館 中央館」に蘇芳那由他さんが現れました。