2022/02/06 のログ
ご案内:「常世博物館」に清水千里さんが現れました。
ご案内:「常世博物館」に真詠 響歌さんが現れました。
清水千里 >  
博物館の特設展示、人入りはそれなりというところだろう。
やもすれば普段は憩いの場として少人数の暇人やカップル、あるいはそれより少ない教養人しかいないこの中央館にも、
ここ数日は普段の数倍程度の人数が詰めかけている。

ただ、その人入りに反して、館内は異様なほど静かであり、遠くの人の話し声や足音さえ聞こえない。
勘の鋭いものならば、施設の壁や床一面に音を吸収する素材が敷き詰められているのに気づくだろう。

そんな中、清水千里は招待した真詠響歌を歓待するため、
特別展示の入り口で彼女を待って立っている。

真詠 響歌 >  
入口の前でコンパクトミラー片手におめかしヨシ!
今日はちゃんと外出申請に清水さんに誘われてって書いたんだけど、
思ってたよりすんなり通ったからちょっとビックリ。
試験的に許可します――って言われた辺り何か私の知らない事情がありそう。

「わぁ、結構人いるんだ」

人混みって程じゃないけど、それでも人の流れみたいなのが絶えずに見えるくらい。
博物館ってこんな盛り上がるんだ。なんだか以外かも。

「あ、いたいた。清水さん、お待たせしました!」

館内に入ってちょっと見渡した先、特別展示の入り口で清水さん発見!
走りそうになったけど警備の人に凄い目で見られたのでそろりそろり……
ライブとかとは違う、閑静なギャラリーにちょっとだけ気圧されたり。

清水千里 >  
「お待ちしていましたよ、真詠さん。
人並みに飲まれて、迷われませんましたか?――いえ、冗談です」

彼女を知る人なら一度は見たことがあるであろう何時もの笑顔は、
そうは言ってもやはりどこか人を安心させる。

「外出申請が通ってよかったですよ。展示の期間はまだありますが、こういった約束事は早い方がいいですからね」

と、彼女に握手とハグを求める。

「博物館の史料が『見る』ということでしか体験できないことに、私は長らく随分不満を持っていたんです。
なにせ、もったいないじゃありませんか、見ることは五感の一つでしかないんですよ。
だから今回は、『耳』を使ってもらうことにしたんです」

真詠 響歌 >  
「あれだけそこかしこに特設展示こっちだよー!
 って案内があったらさすがに迷ったりしないかも……」

館内の円柱や案内板、なんなら館内入る前から立て看板あったよね。
冗談とセットの柔和な笑顔が今日も綺麗。

「ダメ元で言ってみたらすんなり通ったから、何かちょっと怖いくらい」

わお、握手一足飛びにハグだ。アメリカンスタイルって奴だ。
広げられた腕に収まる感じでそのまま軽くハグしてみる。
私がヒール履いてる分でちょうど同じくらいの身長、清水さん結構モデル体型だね。
なんか運動とかしてたり?

「展示っていうくらいなんだし見る物だと思ってたんだけど、
『耳』を使う……?」

多分マネージャ―とかに見られたらめっちゃ怒られるんだろうなって思うとにやけちゃうな……
ただあんまり長くしてスキャンダルみたいな撮られ方したら笑えないから、ちょっとステップ気味に離れてきいてみる。
五感って言うと触ったり味わったり聞いたり見たり……あと匂い?

清水千里 >  
「そこに立ってみてください」

と、清水は線で囲まれた、床の四角い空間を指す。
その場所に立つと、とはいえ見えるのはふだん博物館で展示されている絵画。

しかしそれだけには終わらない。どこからか音楽が聞こえてくる。
……それも特定の方向からでなく、全方向全周囲からだ。
絵画のテーマに合わせるように音楽が奏でられている!
まるで自分が絵画の世界に入り込んだかのような錯覚を覚えるだろう。

その音楽は気分を高揚させたり、涙を流させたり、震えさせたりするような、
聞く人の感情をただ揺さぶるための音楽ではない。
どこか難解で、その本質を探り当てようとするのはさながら迷宮に立ち入るようであり、
しかしこれが求めているものなのだと叫喚したくなるような。
真詠さんには分かるかもしれない、この音楽は誰かのために書かれたものではない。
作曲者の理想と現実の格闘、その成れの果て、『美しさ』のために捧げられているのだ。

真詠 響歌 >  
「……?」

立って、と申されまして誘導された先には何のことも無い絵画が。
なんかどこかでみた気がする。けど絵はサッパリ。
そう思いながらも線で仕切られた内に入って気づく。
音、音、音。
前後左右とかそういうのじゃなくて、ヒール越しに伝わる振動が伝えてくる文字通りの全方位。

平面だった絵が、浮き出るような錯覚。
立体とはちょっと違って、音と絵と。受けた刺激が重なり合って
見えている物以上の像になってる。

「清水さん……これ、なんて――」

なんて絵?それともなんて曲?どっちも違う。……これなんだろう。
言葉に直すのも無粋な思いの発露。言語化できないフィーリングの領域の奴。
嫌な事があって、楽しい事があって。勢いに任せて歌詞を書き切ってギターでコードを叩いた夜があった。
そんな肌がざわつくような感覚。

「これ私聞いてたのかな。見てたのかな」

曲が一巡したみたいで、我に返って聞いて見る。
どっちでも良い。芸術として1つ完成された物を受け止めるのにどっちかである必要なんてないんだし。
それでも、理解が追い付かなくて。
作曲者の思い、それがまるで自分の思いであるかのようで。叫びが伝わるようで。
なんだろう、これ。凄くむず痒い。

清水千里 >  
「なんでしょう? なんだと思います?」と、清水は微笑んだ。

「多分、”これ”を何かの言葉で言い表してしまったら、
そのとたんその言葉は力を失ってしまうでしょう。
”これ”は”これ”なんです」

と、彼女は顔を絵画の方に向けた。

「この曲は、絵画は、誰かのために創られたわけでも、
ましてや創作者本人のために作られたものでもない。
あえていうなら――宿命、とでもいいましょうかね」

「何も考えていなかったのかもしれないし、何かとてつもないことを考えていたのかもしれない。
どちらにせよ、彼らはそうせざるを得なかったんです。
自分に降りかかる理不尽な現実を真っ直ぐに見つめながら、それでもひたむきにそれにあらがおうとして……」

と、今度は真詠の方に向き直り。

「貴方も同じじゃないのかな、真詠さん」

と、呟いた。

「私があなたの曲を”よい”といったのは、あなたが綺麗な女性だからでも、監視対象だからでも、歌がうまいからでもないんです。
私が聞いたときも、あなたは自分に嘘をつかなかった。
その時思ったんです。あなたの歌はあなたにしか創れない。
私も嘘は言いません。私はあなたにまた歌ってほしい、歌えるようになってほしい。
私はあなたの美しい歌が、――あなたに最も相応しい形式で、あなたの気質のままに創られた歌が、聞きたいんです」

真詠 響歌 >  
入口で見たのと同じ柔和な笑み。……まただ。
初めて会った時の目の中に感じた"深さ"と同じだ。

「清水さん……強いね"これ"」

劇物だ。ちょっとした異空間。絵に興味が無くても、曲に興味が無くても取り込まれる。
感受性とかそういうレベルじゃなくて、風景を叩きつけてくるんだ"これ"は。

「私も?」

私も"これ"と同じ事をしている? それともできる?
……よく分からない。
ただ衝動のままに描く風景や綴る歌詞が誰かに伝わったとしたら、確かにこんな風なのかもしれない。

「……でも先輩」

剥き出しの感情が、歌に乗せた思いが世間に刺さったのだとしたら。
それはきっと――

「それって、凄く危ないよ」

嘘の無い、純度100%の私の衝動。それはきっと私にしか受け止められない。
そんなの聴いたら、きっと人は壊れてしまう。

喉の病なんて全部嘘。
炎症で声が出せないなんて全部嘘。
この特設展示場――ううん、この博物館まるっと1つ。抑えなければ私の声ならきっと響く。

そんな事をすればどうなるのか、分かったものじゃない。

清水千里 >  
「ええ、その通りですね」

と、清水は博物館に詰めかけた人ひとりひとりをつぶさに目で追い、そして真詠に向き直った。

「理想を追い求めて、他人を傷付けてしまうのも。
現実だけを見て、自分自身に蓋をするのも、どちらも同じ。
あなた自身が他人を傷つける権利がないなら、
あなた自身があなたを傷付ける権利もやはりないんです。

――もし、もしあなたが自分の運命の理不尽を真正面から受け留める勇気と、
それに流されないで必死に抗おうとする意志を持っているのなら。
私はあなたに協力します。貴方が再びあなたの魂をもって、どんな場所でも歌えるように、
風紀委員がやるような、行動を監視したり服従を求めて闇に葬り去ろうとするのではなく、
あなた自身の手であなたに課せられた理不尽と戦えるように。私はあなたと共に歩みたい。
あなたの人生は、あなたが決めなければならないものなのだから。」

清水は真剣な表情で告げる。