2022/10/18 のログ
ご案内:「常世博物館」にノーフェイスさんが現れました。
■ノーフェイス >
常世博物館には古今東西、この世界から異世界にまたがる様々な資料が展示されている。
今を生きるもの、本土からこの島に渡ったものからすれば、
この施設の人気な区画を巡っているだけで旅行のスケジュールの大半を埋めることができるだろう。
翻って、そうではない、という区画もあるのだ。
ここに展示されているものは、その殆どがレプリカ資料だ――そう明記されている。
地球上に生きていればだいたいが既視感を覚え、少しその分野に通じていれば見飽きた、というようなものが、
壁の一面に等間隔で展示されている。
人はまばらに、ぽつぽつとだけ、いた。
今日だけそうなのか、いつもそうなのかはわからない。
この女も、そんな静かな区画に好んで訪れた客のひとりで、
鼻歌でも歌いそうな上機嫌な有り様で、時折立ち止まっては、壁に飾られた絵画を眺めている。
郷土資料。
"地球"という、地球人の"郷土"の、古典的、かつ有名な芸術品を展示している場所。
地球人からしたら、少しだけ面白みのない場所に、女はいた。
■ノーフェイス >
その瞳は、興味深そうに……とは少し違う。
芸術を審美するのに、文字通りの色眼鏡をかけて楽しむものはそういるまい。
「赤と青のヤツとかまだあるのかな」
思わず口をついて出た独り言も尾を引かぬほど、ゆっくりとした足取りで。
白い廊下を歩いては、心をくすぐった絵画の前で立ち止まり、
しばらくはぼんやりと眺めていた。
流石にいまこの場で鼻歌をうたったりしないほどには、時と場合を弁えている。
煙草を銜えたりもしない。
「フフフ」
男に足蹴にされているが、さして気にしたふうもない大型犬と目が合った。
顎に手をあてて、楽しそうにみつめている。
血の色の髪が、肩からさらりと流れた。
■ノーフェイス >
ゆっくりと時を遡っていく。
一方向にだけ進む時間の流れを、切り取られた記憶にすがって遡上する。
穏やか過ぎる時間だった。
「つぎは、誰か誘おうかな」
博物館デート、なんて――背後を振り向いて見渡す。
少年少女、子供が多い島だが、少なくとも今日はそんな組み合わせは見えない。
場所が悪いかななどと肩を竦めた。
「――あ」
そこで、見つけた。
見上げる。
その作品と正対し、両腕が身体の横に垂れた。
「懐かしいな」
――しばし。
見上げた後、視線が落ちる。
見つめていたのは作品だけではなかった。
記憶がひととき、血の河を遡上していた。
「こどもの頃、なぜかとても心惹かれたんだ。
はじめて見る絵だったはずなのに、不思議だよな」
絵画の下に貼り付けられたプレート。
そこに手を伸ばす。当然、ふれるなんてことはしない。
細い指先が蠱惑的に動いて、そこに記されている情報を辿った。
問題です。そこには何があるでしょう。
どこかに女は振り向いて、そう笑った。
■ノーフェイス >
「……さて、と」
まだまだ忙しい。ごく短いオフは、そうそうに切り上げないといけない。踵を返した。
レストランには、"郷土"のカントリーフードが多くならんでいる。
時節柄行われているパンプキンフェアを楽しむことを含めて、
時間配分の想定された散歩だった。
「あ、ごめん」
帰りに、係員に呼びかける。
「飾りたい画があるんだけど、こういうレプリカってどこかで買えたりする?
あと、よかったらアドレスとか教えて欲しいな」
ご案内:「常世博物館」からノーフェイスさんが去りました。