2020/06/16 のログ
ご案内:「委員会街」に幌川 最中さんが現れました。
幌川 最中 > 昼時を少し過ぎた頃合いの委員会街。
昼食を取りに委員会街の外へと出る学生もいれば、交代でロビーにやってくる学生もいる。

が、そこにいたのは学生だけではなかった。
赤い風紀委員会の会服をツナギのように腰元で結んだ男と、傍らに教師。
そして、それに対面していたのは……

「うちの娘の左足が『切り落とされた』というのに、黙って見ていろと!?」
「……嫁入り前の子に、あなたたちは、なんてことをさせているんですか……」

先日大怪我を負った風紀委員会の学生の両親。
本土から送り出した一人娘が大怪我に遭ったと聞き、島までやってきた二人。
それを目の前にして、幌川最中――風紀委員会・生徒指導部生徒指導課長代理は。

「私の不徳の致すところです」

深く、深く頭を下げた。

幌川 最中 > 風紀委員会の生徒が、ここ連日職務中の被害を受けているというのは聞いていた。
刑事部、警備部、交通部――エトセトラエトセトラ。
風紀委員会に限らず委員会所属の学生は普通に過ごすよりも怪我のリスクはある。
だからこうして、時折学生の保護者が学園にやってくることだって、少なからずある。
今日も“それ”であったということだけの話で、この対応も偶然非番でない幌川が担当しただけの話。

「ですが、大丈夫です」

幌川は、無責任にそう言葉を告げる。
それを聞けば、わざわざ本土からやってきた女生徒の父親は胸ぐらを掴む。
何を言うこともなく、黙ってそれを受け入れる。

「――大丈夫だと? 娘の足が義足になるかもしれない……歩けなくなるかもしれなくともか」

母親は、ハンドバッグからハンカチを取り出して涙を拭う。

「はい。『生きている』のならば、問題ありません」

胸ぐらを掴まれたまま、幌川は言う。

幌川 最中 > すこしも彼らの気持ちを慮ることなく。
ただただ、淡々と事実だけを告げて、頬を殴られる。
文句を言うことはない。そうされて当然のことをしている自覚もある。

「異能治療のことは、ご存知でしょうか」

感情的になる両親ふたりを無視して、「決まった通り」の対応をする。
常世島と、《外》の治療の違いについての説明。
「大怪我をした」という事実の捉え方の違いが発生する原因。

「御二方にご連絡差し上げた、『異能治療』についてですが――」

「……常世島には、お嬢さまと同じような異能者が数多く存在しています。
 そういった異能者の力を借りて、外傷を治療する方法が我々にはあります。
 『島の外』では否定的な意見もありますが、お嬢さまの受けたような怪我にも、打つ手があります。
 『繋ぎ合わせる異能』というものがあり……原理こそ十全に解明はできておりませんが、
 もともとくっついていたものであればどのような形であれ繋ぎ合わせるという異能者がおります。
 生活委員会保険課のほうにそういった学生が所属しておりますが、彼女の力を借り、
 それによって『元通り』に繋ぎ合わせることで治療とする、という方法がございます」

それを、女生徒の両親は黙って聞いていた。
時折母親は涙を流す。時折父親は拳を強く握り込む。
ただ、幌川は事務的に対応をしていく。同席している教員も口を挟む。

「ですので、お嬢さまの左足は『元通り』に戻すことが可能です。
 ……ご両親の了承をいただけたら、という形になりますが。いかがいたしましょう。
 本人は既に同意しており、「そのように」とサインを頂いています」

クリアファイルには『異能治療』への同意書が挟まれている。
それを、幌川はふたりへと差し出した。

ご案内:「委員会街」に園刃華霧さんが現れました。
幌川 最中 > そしてやはり、返ってくる言葉は。
島の外からやってくる相手は、やはり同じところに引っ掛かりを覚えるらしい。

「――それは、治ったとしても。
 娘の左足が切られたことも、娘が受けた痛みも、なくなりはしないだろう」

それを言われれば、目を僅かに伏せて。

「まったく、仰る通りでございます」

幌川は、頭を下げた。
年頃の娘の四肢が欠損するなど、親からすれば冗談ではない。
モデル都市に送り出したかと思えば、失って、失ったことすらなかったことになると。
それでも、彼女の受けた痛みが消えるわけではない。
ただ、「見た目上」「機能上」の元通りになるだけだと。

「受け入れよう。その治療を。
 ただ……娘は、風紀委員会には所属させない。今後ずっとだ。
 委員会活動には参加させない。いち学生として、いち学生らしく生活させてくれ」

「そして、お前のような男がいるような場には絶対に置きたくない。
 ……二度と娘に関わらないでくれ。条件はこれだ」

その言葉を聞いて、幌川はいつもの笑顔は鳴りを潜めさせて。

「わかりました。
 ……治療の同意に、感謝致します。本当にありがとうございます」

頭を、深く深く下げた。

園刃華霧 > 「ハー……ソーでっか、そーデつか。
 まったく、お外の親御様は、オ優しイことデ、おヌるくゴざるナー」
少し離れた場所で、態度も悪く座って眺めている娘はつぶやく。

「いち学生らシい生活ってなンだろネー。
 下手に離してモいいこトないダろーニさ。」
やれやれ、とこれみよがしに肩をすくめて見せていた。
それが誰に見えたかはわかったものではないのに。

幌川 最中 > 視界の隅で見慣れた顔が悪態をついている。
頼むから余計なことをしてくれるなよ、と思いはするが、
この後輩は余計なことはしないだろう、という信頼は確かにある。

「娘の見舞いはどこにいけばできる」
「同じ委員会街の病院に入院しています。案内に関しては――」

ああだこうだと事務手続きの話は引き継ぎの生徒を呼ぶ。
両親はずっと幌川を睨みつけていたが、男は揺らがなかった。
そして、去り際に。

「娘は大怪我をして、君はこんなところでお役所仕事か」

そう短く吐き捨てられた言葉には、少しばかり眉間に皺を寄せた。
頭を下げて、両親二人が案内の学生に連れられているのを見送って、溜息をついた。

「聞こえてたらどうすんだ、華霧ちゃん」

困ったような声色で、自分の髪をわしわしと掻いた。

園刃華霧 > 「ンー、手でモ出されれば上等ジゃん?
 正当防衛できル。ま、いたズらはシ……おっト」
案内されて出ていく大人たちを横目にしつつ、二、と笑う。
不遜な態度は崩さないままだ。

「そモそもサー、アタシ、せっかく仕込みマでしテたのニさー。
 おっさん、素直に殴らレてるシ。
 出遅れ感ハンパないンだけド、どーシてくれンの?」
そういって、中身の無い袖をプラプラとさせてみせた。
彼女の腕は健在だったはずだが……

幌川 最中 > 「こういう時は殴られるのが大事なんだよ」

はーやれやれ、と言わんばかりに華霧の横に腰を下ろす。
中身のない袖に視線を向ければ、チョップの代わりに袖口をきゅっと結んだ。

「出遅れもなにも、学園でもなく委員会でもなく、俺が殴られる方がいいだろが。
 華霧ちゃんには幌川さん手を出させません。
 憎まれ役くらいは「先輩」の仕事のうちだからな。
 っつーかこういうのは、男の仕事だろ。でも俺ァ運よかったよ今回」

大きく伸びをしてから、尻ポケットの煙草に手を伸ばそうとしてやめる。
ニコチンがほしいのは事実だが、委員会棟でそんなことしては怒られるに決まっている。
少しばかりの我慢を経てから、真剣そうに呟く。

「死んだ奴の親に事情説明する係じゃなくて、よかったよ」

おもむろに呟く。眉間に深い皺を刻みながら。

園刃華霧 > 「わっかンないナー。 殴って怪我が治るモンでも無し。
 ムダも無駄だロ。 だいたい、こンな島に娘つっこンでる時点で
 ろくナもンじゃ無いとアタシは思うけドな。夢見すぎでショ。
 ってイうか、結ぶナよ!?」
心底理解できない、という顔で袖をぶんぶんさせていた。
……結ばれてから、さらに勢いよくブンまわした。

「『憎まれ役』、ねェ……そンなモン、アタシも慣れっコだけド。
 あのおっさん、結構マジでなぐってタじゃン。
 おっさん、口切れてナい?」
ばっかくさーという顔でいう。

「ハ。死ぬ時ゃ、死ヌ……そンなモンでショ。
 風紀だろウが、ただの学生だろーガ。
 マ。人に言うノがヤってノは。
 おっさん、まともなンだナ」

幌川 最中 > 「怪我は治んなくてもなあ。
 まあ、気持ちの整理には必要だったりすんだよ。
 俺も気持ちはわかるし、そんなら殴れる相手でいるのも大事だろ。
 ……なんてなーー!!! 華霧ちゃんわかんねえかなあ~~!!
 華霧ちゃんわっかんねえかあ~~~!! そうかそうか~~!!!
 女の子だもんな~~!! はいカワイイ。華霧ちゃんはカワイイなあ~~」

わしわしわしわし。
片腕を失った(直喩表現)華霧の頭をまたわしわしした。
少しばかり目を細めてから笑って、結んだ上からもう一回結んだ。

「口は切れてるけど……薬つけときゃ治るレベルだよ。
 末松ちゃんに比べたら別に大したことねえ。1年の、風紀の子覚えてない?
 落第街の巡回中だってさ。そのうち見舞い行ってやってよ。俺行けないから」

腰から下げたポーチに入れられている、簡単な傷ならすぐに治る塗り薬を唇に塗る。
そして、続いた華霧の言葉には少しだけ悲しそうな顔をした。

「こんな島に来るしかなかったやつが、こんな島でまでこんな目に遭わなくてもいいだろ。
 末松ちゃん、異能のせいで一回も思いっきり外走ったことなかったらしいぜ。
 この島に来るまで、一回も。やっと走り回れるようになってこれだ。
 ……ああ、不甲斐ない。不甲斐ないねえ。
 まともじゃなかったら幌川さんはもう何十回も死んでるよ」

「華霧ちゃんは死ぬの、怖くねえのか」

園刃華霧 > 「男ってノは無駄な手順ふムんだナ……
 なラ、サンドバックでもなぐレってノ。
 おっさん殴って無意味ってわかッテなぐッテないだロ、あれ」
やや面白くなさそうに言う。
この辺、幼稚なのか大人なのか……

「意味わかラん!? なンで、そコでかわいイってなンだヨ!?
 そーユーのハ、アタシじゃナくて別のデやれ!?」
わしゃわしゃされた上、可愛い扱いされて大暴れする。
といっても、自業自得で片腕が塞がっているためマトモに動けない。
ちょっと服の内側から力が入っていく。

「ンあ……末松……にゃン子か。
 確か、やたラ騒がしク走り回っテたナ。そッカー。あいつカ……
 そーいヤ、初めテ見回りに行ク、とカいってタっけ。
 ……切られタ、だけカ?」
ぼんやりと後輩の姿を思い出して、自分が相変わらず適当につけたあだ名を引き出す。
そしてポツリ、となんとはなしに言葉にした。

「……まー、ネ。かわいソウ、なンてモノサシの違いだけド。
 にゃン子にゃ、にゃン子のかわイそう、があるンだな。
 不甲斐ないッテ。おっさん、頭から足先まで不甲斐ないの塊だロ。
 なンでもかンでも背負えるナんて思うなヨ」
クソ真面目が、と少し眉を寄せる。
後悔なんてしても無駄だ。考えるなら、先のこと。
そして

「……死人なンて、山程見タ。」
問いかけに、答えにならない答えを返す。

幌川 最中 > 「でも俺もなあ。華霧ちゃんが切られたって聞いたらさ。
 ……同じことするんじゃあねえかな。華霧ちゃんに限らんけどもさ。
 そこにいなかった自分を殴りもできねえ、守れなかった自分も殴れねえ」

肩を竦めてから薄く笑う。
ほんの少し咳払いをして、眉を少しだけ下げた。
赤い隊服を着た学生から投げられたコーヒーのプルタブを起こす。

「そうそう、華霧ちゃんがにゃン子ちゃんって呼んでた子。
 運が悪い、の一言で片付けられりゃいいけどさ。
 だけって言えちゃう現状が嫌で嫌で仕方ないけど、切られただけ。
 異能治療がなかったら、二度と走り回ったりはできねえってくらいにね」

甘ったるいコーヒーを飲みながら、いやあ困った困った。と呟く。
可愛がっていた後輩が大怪我をしたうえ、自分は関わることも許されない。
が、華霧にそう言われれば、大声で笑う。

「アハハハハ!! そらなあ。
 そらなあっつったけど先輩だからなあ、俺も。
 俺がなんでもかんでもやれるたあ思ってねーさ。
 ……ああでも、いや。少しは思ってるからンなこと思うんだろうなあ」

華霧の答えには、顔をくしゃりとして笑いかけた。
「悪いな」と一言付け加えてから、肩を竦める。

「華霧ちゃん、もし俺が死んだら悲しんでくれる?」

改めて。
しっかりと、華霧の目を見て。
左足を失った彼女よりもずっと、取り返しのつかないことになっても、と。

園刃華霧 > 「ハ。殴るナら、自分を殴レってノ。筋違いナのは嫌いダ。
 ……にゃン子のトコったラ、アレだ。
 アタシらよカ、よっぽドまともなノスケの班だったロ。
 アレで無理なラ、そウにしカなラんかったダろーにサ。」
忌々しそうに口にする。
そのいらだちは誰に向けたものだっただろうか。
相変わらず、服の中の腕が暴れている。

「切断…… 例の脱走狂人じゃ、ネ―よナ……」
ぼそっと呟く。
以前に捕まったはずの刀使いの危険人物が逃げ出した噂は聞いている。
たしか、なんとかサインの……なんだったか。

「切らレて、そレだケで戻ってこレただけ、マシってコトだヨ。
 そうジャなキャ……」
いいかけたセリフをそこで止める。
あんまり、いってもいいことはない。

「おっさんサー、無駄に長いコトがっこにイて、染まり過ぎダ。
 できルことと、でき無いことは思いしル。
 アホみたいに笑ってルくらいデちょうドいいだロ、アンタは」
笑いを浮かべる相手に、畳み掛ける。
真面目くさったおっさんなんて気持ち悪い。

「おっさんが、死ンだラ?」
真面目な顔でこちらを見てくる相手をみて、一瞬、きょとん、とする。
考えたこともなかった。このへらへらする男は殺しても死なない気しかしない。

「……………アー……線香くらイは、立ててヤる」
しばらく悩んだ末、出てきたのはソレだけの言葉。
実感がわかないのもある。
なにより、その時の自分がどうなるか、自分で自分が信用できない。

幌川 最中 > 「そいつは諦めすぎじゃねえかな~。
 だってよ。俺と違って色んな異能があって、それでもどうにもならんってならよお。
 最初からそうだって決まってるっつーか、それを運命みたいな言い方はなあ。
 俺ァしたくねーんだな。そういうの、ひっくり返せてほしいしよ」

体重を椅子に預けながら、窮屈そうに畳んでいた足を伸ばす。
上がった名前に、脳裏に顔がぽつぽつと思い浮かぶ。
確かにそうだ。華霧の言う通りで、実際にその通りだというのは幌川にもわかる。

「それだけじゃねえさ。
 一般生徒にも被害が出たって話だが……それだけじゃねえ。
 脅威はそんだけじゃねえし、『それだけ』で戻ってきてねえやつもいる。
 間違いなく、状況は悪ぃさ。平気な顔してるやつもいるけどな。
 転属の相談、結構出ててよお。ウチみたいなとこのほうがいい、ってやつも少なくない」

なんとかサインのなんとか月新だのという人斬りだけでなく、
落第街を根城とする誰彼が月下蠢いているという話もある。
それと同時に、やり返しと言わんばかりに落第街に過剰武力を持ち込む委員もいる。

「アホみたいに笑ってられたらいいけどなあ!
 長いことガッコにいると、知り合いの数も増えちまうんだよなあ」

気持ち悪いと言われても、ほんの少し眉を下げるだけ。
当然、いつも通りでいられるわけはない。
自分の後輩が傷つけられて、その親御さんに頬を張られる。
何も考えていなさそうな男でも、思うところはある。そりゃあ、たくさん。

「だろ? だからさ。
 みんながみんな、誰かに線香の一本くらいは立ててもらえるやつで。
 俺みたいに不真面目でも適当でもないやつの周りのやつが、そいつ失ったらよお。
 ……悲しいって一言で済めばいいけどな。起きねえでほしいわけ」

はあ、と溜息をついてから立ち上がり、大きく伸びをする。
そして、ゴミ箱にうまいこと空き缶を放り込んでから華霧を見やる。

「あ、そんで。俺も来週から現場歩けるように書類書いたから。
 よろしく頼むぜ、華霧ちゃん」

すなわち。この無能力者の男が『現場』を出歩くということは。
常に随伴する委員が一人は必要だというわけで、そのお鉢が華霧に回ることもあるだろう。

「悪いな、話聞いてもらって」

園刃華霧 > 「運命、とカじゃナいサ。 でもナ……
 最強、とか、無敵、とカ。そンな連中が『そこにいれば』とか『そこに間に合ったら』トか。
 言ってモ……現実は、変わらナい、だロ……そウは、ならなかっタんだから」
学生街の中ならまだしも、無法地帯に絡んでしまえば……なるようにしかならないことも、ある。
その中で生きてきた人間には骨身にしみていることだ。
理不尽は理不尽として受け入れるしか無い、そういう時があることも。

「マ、下らナいアホってノはいつまデもいなくナらないッテこと……ダよな。
 アタシらも含めて。」
異能者など集めれば、そういうことになる。
当然といえば当然の流れだ。
それが体制と自由に別れれば、永遠の闘争だ。

「おっさん、意外に苦労性ダよナ。
 アレか、くじ引き好き? ビンボークジ、とか言う名前のヤツ」
けけけ、といつものように笑う。
だが、その笑いはどこか空虚でもあった。

「ったク。妙なトコでソレっぽいコト言うよナ、おっさん。
 信じられン。まるで真面目な風紀委員だヨ。」
あー、やだやだ、とそういう仕草をする。
わざわざ無理やり腕を内側から出して。ちょっと制服破けたかも。

「……ハ?
 やっぱヤメ。おっさんにハ、線香立てンわ。
 泣いてもヤらん。死ぬナら孤独に死ネ。アタシの見てナいトコで」
現場に出る、と暗に言われて、きっぱりと言い放った。
そんなマジな話か。まったく、このおっさんは……

「聞きたクて聞いてナイ。おっさんが勝手に話しタんだロ。
 いい迷惑だッテの。申し訳なク思うなラ、落ち着いてかラ
 麻雀でイカサマさせロ」
うるさいうるさい、と手をブンブンふる。

幌川 最中 > 華霧のことは知らないわけじゃない。
知っているからこそ、こういう話を延々と繰り返す。
「そこ」の常識が「そう」でも、いまは「ここ」で生きている。
だからこそ、そんな場所で生きたことなんてない男は無責任に言うのだ。

「くじ引きしてハズレたら見なくてもわかるぞ」

自信満々にそう言い放ってから、いつも通りの表情を浮かべて笑う。
「そんな気しねえから当たりくじだよ」と言ってから。

「俺ァ世界一真面目な風紀委員だよ。世界一な。
 孤独に死ねとか女の子が言っていい言葉じゃあないでしょうに。
 将来が心配です……お嫁にいけるかおじさん心配だよ本当に……」

「華霧ちゃんがいるときゃ死なねえってこったな。
 おーヨシヨシヨシ優秀な後輩を持つと違うねえ。違う違う。
 華霧ちゃんがペア組んでくれるって言ってましたってあとで言っとこ」

大真面目な表情を浮かべてから、はいはい、と仕方なさそうに笑う。

「落ち着かんと遊んでる余裕もないからな。
 なんとかうまいこと……回ってくれりゃあいいもんだなあ。
 バレたらチョンボだからな。だから、まあ――」

くるりと背を向けてから、一度だけ振り返る。

「ズルすんなら、バレんように、ってこったな」

意味深にそんなことを言ってみせて(こういうことを幌川はよくやる)笑う。
それらしい雰囲気を醸し出しながら、また仕事を終えたばかりの別の後輩の肩を組んで、
「奢ってやる奢ってやる」と言いながら委員会棟を出ていく。振り返りはしなかった。

ご案内:「委員会街」から幌川 最中さんが去りました。
園刃華霧 > 「いい性格だナ、おっさんは」
『当たりくじだ』と堂々と言い放つ姿に半ば呆れたように答える。
闇に隠れて生きてきた人間には、理不尽を受け入れてきた人間には、
人生を怠惰に生きようと決めた人間には、ある種眩しく見える。

「嫁なンて、いクか。そも、アタシに言い寄る狂人とかいナいだロ。
 おっさんじゃなクて、親父か、アンタは」
いいたい放題ツッコミを入れる。
まあ恋愛なんて興味も欠片もない。言われて一瞬そんな未来を想像したが、
やはり全く想像もつかない。

「……う、グ。
 まーったク! ヤなおっさんだ、ホント!」
ペア組んでくれるっていってました、と言われれば顔をしかめる。
ほんと食えないおっさんだ。

「マ……今度は全自動卓天和でモみせテやるヨ。
 落ち着いたラな」
振り返りもせず立ち去る男を、軽く眺めてから
こちらも逆の方に去っていく。