2020/07/09 のログ
ご案内:「生活委員会 倉庫」にクゥティシスさんが現れました。
クゥティシス > 「―けほっ」


誰も居ない倉庫に、咳払いの音が響く。
委員会の活動で使うものが押し込まれている倉庫は、少し埃っぽい。
梅雨時の湿気も相まって、狼の鼻には少し刺激が強いようだ。

「うぅー…。この時期にこの倉庫の整理ってのはある種の嫌がらせだよねぇ」

はぁ、と深い溜息と共に肩を落とす。
ぶちぶちと文句を漏らしながら目に見えるところから少しずつ整理を始める。
というのも、最近多発する違法部活と風紀、公安の揉め事や異邦人問題への対応で、
倉庫からの持ち出し、返却の管理が追いついていないのだ。
誰かがやらなければ管理は滞ったまま。

「だからって私に押し付けなくてもさぁー。
 そりゃ私、異能も無いしあんまり出来ることないけど」

けほ、と時折咳払いをしながら、散らばった救急箱の中身を整理する。
己にあるのは人狼であるが故の身体能力程度。
他の委員の皆のように、便利な異能などはない。
必然的に、こういった小さな雑用役が回ってきがちなクゥティシスだった。

クゥティシス > 倉庫の中に漂う独特の匂いにも段々慣れてきた。
鼻が機能しなくなっただけ、とは思いたくないが―

「えー、と。これで救急箱含む応急手当の備品の整理は終わり、と。
 次は…こっちかな。生活必需品のストック」

棚の一角の整理を終え、そのまま隣に視線を移せば、ごちゃりと乱雑に積まれたタオルだの歯磨きだのの山。
最早どれが新品でどれが使い古しなのかの判別すら危うい。

「やー…人に使ってもらうのに流石にこれは、ダメでしょ」

苦笑い。
そんなことすら手が回っていない。
それだけ最近の島の情勢が不安定だということなのだろうか。
取り合えず、新品のタオルとそれ以外を分別するところから始めてみるとしよう

クゥティシス > 古いタオルと新品を分け、譲渡用の新生活スタートセットなどを紙箱にしまい、積み重ねる。
下着・制服・非常用食料などなど、この島での生活をスタートさせるにあたり必要な物の仕分けの最中に、ふ、と倉庫の奥へと視線が泳いだ。

普段使用している備品棚の奥。
まとまりなく、色々な物がただ隅に固められているだけの一角。
本・服・アクセサリー・武器etc
本当にただ、そこにまとめてあるだけだった。

「これ、って…」

普段用事があるのは備品棚。
倉庫の奥にこんな一角があるなんて気づきもしなかった。

いや、気づきたくなかったのだ。
正直に言えば、こういう物の山があることは知っていたし、
それが何であるかも薄々は気づいていた。

けれど、それを誰かに確かめることはしてこなかった。

きっと、知ってしまえば嫌いになってしまうから。
この島を。
ニンゲンを。

「―」

息を呑む。
意図的に避けてきた一角から視線を外すことができない。
以前、スラムで胸に去来したやりきれない思いがざわざわと再び騒ぎ始める。

クゥティシス > 一歩一歩、足音を殺しながら近づいていく。
倉庫に保管してあるものなのだし、特に厳重な警備や封印があるわけでもない。
生活委員である自分には「それ」を確認するのにやましいことなどない筈なのに、胸が苦しい。

「異邦人の皆から……没収、したもの…だよね、これ」

あえて口に出すことで、その事実を頭の中で整理し、胸のざわめきを抑え込む。
ぐ、と口を引き結び、その―ともすればゴミの山とも思われかねないような没収品の山に手を伸ばした。

「―やっぱり、そうだ」

手頃な場所に立て掛けてあった細剣へと手を伸ばし、柄に括りつけられたタグを裏返す。
そこに記されていたのは、ただ簡素な情報のみ。

管理番号、品名、所持者の名前、没収理由。

ただ、それだけだ。

「管理番号…B2006151.細剣…シュルヴェステル…生活委員に危害を加えたため」

記された情報を読み上げ、そのあまりの簡素さに思わず拳を握り締める。

他のどの品も似たようなものだ。
無感動な番号と、ただ管理するためだけの名前と、事情と。
それだけが、この倉庫に―この島に於いての、これ等の品々に与えられた全てだった。

「こんなに、適当に…。きっと、大事なものなんだろうに…」

細剣に積もった誇りを掌で優しく払い、窓から入る日の光で照らしてみれば―
鞘が、柄が、刀身が。
それぞれが違った輝きを返してくれる。
この細剣はまだ―生きているのに。

クゥティシス > まるで打ち捨てられたかのように無造作に積まれた品々はきっと、
それぞれ全てが持ち主にとってかけがえのないものだったに違いない。
歴史と、文化と、誇りと。
それら全てが凝縮した、言わば異邦人にとって、心の寄る辺となるべきであろう品々。
己が世界を、己が文化を、己が誇りを思い出すための、大切な品だったのだろう。

「そういうの、わかんないんだろうな」

きっとニンゲンは理解しないだろう。
「それ」がどれだけ大事なものなのかを。
理解したのなら、こんな扱いなど出来よう筈もないのだ。
意に反して転移させられた異邦人にとって、
元の世界の香りがするものは全て己のアイデンティティに直結し得る。

それをただ、「危険だから」「違反だから」という理由だけで、無遠慮に取り上げていいものなのだろうか。
こうして人の、世界の誇りの結晶を乱雑に扱う権利など、果たしてニンゲンにあるのだろうか?

「う、うー…。うぅぅ…」

唸る。
やり切れない想いが胸中をざわつかせる。

この細剣の持ち主も、今どうしているのかは分からない。
一度は学園に編入したところまでは聞き及んでいるが、
それ以降は―わからない。

確かに生活委員の仲間を傷つけたことは決して褒められたことではないけれど。
それでも、誇りを奪い、文化を奪い、そして居場所までも奪う権利が誰にあるというのだろう。

この世界はニンゲンのモノだと誰かが言っていた。

それなら自分たち異邦人は何処まで行っても、真にこの世界の住人にはなれないのだろうか?

「クゥは……ルルフールの、ままでいたい」