2020/07/22 のログ
ご案内:「風紀委員会本庁 第一級監視対象監査役執務室」に神代理央さんが現れました。
神代理央 > 「……そうか。報告御苦労。以後も、監視の目は緩めぬ様に」

ヴン、と低い音を立てて、端末の光が消える。
【トゥルーバイツ】のメンバーに個人的に放っていた監視。全員ではない。監視がバレる様な名だたる者にもつけてはいない。
20人もいない程度。日ノ岡あかねから提出された資料から、監視や尾行をつけても問題ないと判断した者達につけられていた、目。
風紀委員会としてではない。単なる興味から『神代理央』が個人でつけていた目から、次々と報告があげられていた。

と言っても、内容はごく普通の、至って平穏なもの。
『スマートフォン(及び、類似する通信機)で、誰かと連絡を取っていた』
それだけ。それだけのこと。

それが、監視対象【全員】に及んでいなければ、大して気にも留めていなかったであろう、些細な報告。
流石に内容までは分からない。其処までの監視ではない。しかし――

「――動き出したか。紫陽花が神妙な顔で恋愛相談をしに来た辺りから、そろそろかと思っていたが」

ギシリ、と腰掛けている椅子が軋む。
眼前のPCに映し出される画面には、トゥルーバイツのメンバー一覧。その中に含まれる見知った顔を一瞥した後、画面を切り替える。

「…紫陽花の杞憂を信じるなら、日ノ岡あかねは死ぬ。トゥルーバイツも恐らく壊滅的な被害を受ける。曲がりなりにも、風紀委員会の汚れ仕事を受け持っていた連中が、消える」

風紀委員会の稼働戦力。トゥルーバイツはその目的がどうあれ、便利な駒としての役目は一定のレベルで果たしていたのだ。
それが消える。空白が、生まれる。

「……愉快な事だ。使い潰しても良い駒だと奢っていたのに、駒がいなくなれば打てる手が一手減るのだからな」

表示されるのは、風紀委員会の警邏予定表と予備戦力。
決して潤沢とは言えないそれを眺めながら、愉快そうに笑う。

ご案内:「風紀委員会本庁 第一級監視対象監査役執務室」に日ノ岡 あかねさんが現れました。
日ノ岡 あかね > 「じゃあ、次はアナタがやればいいのよ、リオ君」

いつのまにか、その女はそこに居た。
音もなく現れたのは……日ノ岡あかね。
『トゥルーバイツ』を率いる者。
いや、今となっては……率いていた者。

「やり方、全部見せたでしょ?」

クスクスと口元を抑えて笑いながら、あかねは目を細める。
宛ら、猫のように。

「そんなに難しい事をしたとは思っていないわ。アナタなら出来るんじゃない?」

神代理央 > 「……部屋に入る時は、ノックくらいするものだよ。はしたない女だと思われたくなければな」

音も無く、気配もなく。
己の執務室に現れた女を軽く睨み付ける。
とはいえ、敵対心を含ませるものでは無い。椅子に腰掛けた儘、小さく溜息を吐き出した。

「実に丁寧なマニュアルを拝読させて頂いた気分だったよ。落第街の屑共の戦力化。使い捨ての駒は、正しく駒として機能する。私にも出来るだろうさ。あんな手本を示されて、出来ぬ方がおかしい」

猫の様に笑う彼女に向ける視線は、呆れた様なものへと変化する。

「正直、貴様自身も失うには惜しい駒だ。門だの窓だの真理等に固執するのも良いが、現世での栄華旺盛に興味は無いのかね。少なくとも、金に不都合はさせぬが」

等と並べ立てる言葉も、真意が籠っている訳では無い。
どうせ断られるだろう、と理解した上での世間話の様な、勧誘。

日ノ岡 あかね > 「生憎と、それじゃあ私の『願い』は叶わないの。書類読んでるだろうから知ってるだろうけど、私元々は普通に過ごしてたし」

最初からあかねは違反部活生ではない。
正規入学をしている。理由も異能制御のためという真っ当なもの。
暴走事故こそあったが、基本的にあかねは常世島に迎合して過ごしていた。
いや、今でも……大枠では常世島のルールに従っている。

「私、『願い』を諦めたくないの。はしたなくてもいいわ。叶えないと……私は私の事すら始められないから」

既に正規のあらゆる手段は試した。
常世島で試せること……それこそ、金でどうにかなることなどほぼ全て。
それでも、ダメだった。
全て、悉く、あかねの『願い』を叶える助けにはならなかった。
だから……あかねは『真理』に縋るのだ。
それが、どんなに絶望的な博打だとしても。
……他に手段がないなら、それしかない。

「リオ君のお陰で色々やりやすかったから、感謝してるわ。まぁでも、『彼女』にはアナタも首輪をつけたほうがいいかもね」

冗談めかして笑いながら、指先をこめかみにつきつけるジェスチャーをする。
拳銃自殺のジェスチャー。
それも、あかねは楽しそうだ。

神代理央 > 「そうかね、それは残念。普通に過ごしていたからこそ、俗世の欲望に負けてはくれぬかと期待したのだがな」

これぽっちも期待などしてはいないが。
それでも、億に一つの可能性に期待して声をかけただけの事。
彼女が真理に問いを投げかける様に、己は彼女に問いを投げかけ、失敗した。唯、それだけのこと。

「諦めぬ事は良い事だ。存分に力を尽くすと良い。どのみち、このタイミングでは。風紀委員会は組織的に揺らぎ、夏季休暇にて一時的に活動する委員も目減りした今は。余程の事が無い限り、貴様らに手は出さぬ。
貴様らとて、事を大きくするつもりも無いのだろう?」

それは【生徒会】と【常世学園】というシステムの強大さを知るが故の問い掛け。
彼女とは、多く言葉を交わした間柄では無い。彼女の計画も、彼女の願いも、その行く末も。己の恋人や公安の狗。役に立たない報告書からかいつまんだ様なモノ。
だからこそ。彼女の入念な計画も。決定的な一線を超えない緻密さも。一歩身を引いたところから、ぼんやりと俯瞰する事が出来た。
其れゆえの、問い掛け。

「一度堕ちたイカロスは、蝋の翼を金属に変えたところで太陽には届かぬよ。だが、まあ。太陽に挑もうというその気概は、賞賛に値するがね」

博打とは、そもそも胴元が勝つように出来ているもの。
だから、彼女の【願い】は叶わぬだろうと肩を竦める。無論、叶うに越したことはないのだろうが。
奇跡は、願うだけでは起こらない。そもそも、奇跡に頼った時点で、負けているのだと。

「……その点については、迷惑をかけたと謝罪しておこう。同胞たる風紀委員に手を出したのは、此方も彼女を諫めなければならない事案故な」

だが、己の恋人の話題を持ち出されれば。
少し苦い表情を浮かべて、忌々し気な様子で言葉を紡いだ。

日ノ岡 あかね > 「ま、お陰で動きやすくなったからそれも含めて感謝よ。ただ、私じゃなかったら政敵に利用される事にもなるだろうから、気を付けてね。この助言は御世話になった分の返礼と思っておいて」

コロコロと笑う。実際、大して気にしていない。
お陰で、『トゥルーバイツ』の交渉カードが増えた事に違いはないのだ。
いい買い物だ。

「元々、そんなに大きなことしてるつもりはないしね。ただの集団自殺みたいなものだし。本当は私もやりたくないしね。他の手段がないから、仕方なくやるだけ」

実際、奇跡に縋るしかないという状況自体が好ましくない。
あかねもそんなものには縋りたくなかった。
だが……もう他にないなら、もう仕方ない。
どんなに絶望的で、どんなに負けが濃厚でも……トップデッキで奇跡の一枚を引くしか、もう『願い』を叶える方法はない。
なら、それをするしかない。
それだけの事。
運要素は出来る限り全て排除した。それでも最後に残った博打がこれなら……もう、後はやるだけだ。
あかねは常に……行動してきた。これまでも、これからも。

「届く『願い』だったら、私も楽だったんだけどね。生憎そうじゃないから……もうこれは仕方ないのよ」

好き好んでやることだが、好き好んでやるわけじゃない。
大いなる矛盾。
だが、人生にそんな状況はいくらでもある。
今回、あかねにとってのそれが……今回の一連の計画だったというだけのこと。

「リオ君、私はアナタの事好きだから、これからも頑張ってね。風紀は難しい組織だから」

神代理央 > 「…自戒しておこう。それと、"同僚"からの助言に感謝を。此の私からの謝罪と感謝なのだ。胸を張って受け取ると良い」

苦々し気な表情から一転。椅子に深く身を預け、普段通りの尊大な声色と言葉が、彼女に投げ返される。

「…私は、あの公安の狗の様に貴様の『願い』だのなんだのに興味はない。トゥルーバイツの面々がレミング宜しく自死に走るのも、特段止めはしない。
顔見知りが含まれているのが少し残念ではあるが、自分自身で下した決断なら、否定はせぬ」

「私が興味があるのは、貴様が全て終えてからの事。先程貴様が言った通り、トゥルーバイツの後釜になる戦力は是が非でも必要になる。それを埋めてやる為に、動き出すだけのこと」

彼女が願いを叶えようが叶えまいが、それは己に取っては些事である。結局のところ、学園の体制に影響が無ければそもそも止める理由は無い。
トゥルーバイツが消えれば、それを己の影響力拡大の為に利用する。ただそれだけのこと。

「しかし、興味が無い訳ではない。貴様の願いとやら。命をかけるに値する願いとやらが一体何なのか。貴様が真理とやらを利用してまで叶えたい願いとは何なのか」

「それは是非、拝聴したいところではあるがね」

と、小さく肩を竦めると、彼女から投げかけられた声には、ほんの小さな苦笑い。

「……私も、お前の事は嫌いでは無いよ。私程甘い物を好む者とは、中々巡り合えぬからな」

日ノ岡 あかね > 「まぁ、全部は言えないけど、簡単に言うと……『失ったものを取り戻したい』の」

あかねは気安く笑う。
いつか、一緒にパンケーキを食べた時のように。
あの時と同じ顔で、楽しそうに。

「小さな願いよ。ただ、その小さな願いを叶える手段が『それ』しかなかったってだけ。少なくとも、今の技術じゃ私の『喪失』を取り戻す事は出来なかった。それは……十分、説明されたわ。暗に諦めろとも一杯言われた」

実際、諦めるのが賢いのだと思う。
喪失など誰にでもある。
掛け替えも取り返しもつかないモノでも、失ったら諦めろと言われるのは当然だ。
だから、あかねは笑った。

「ねぇ、リオ君。リオ君は仮に……『自分のとても大事な何か』が失われて……他のあらゆることを試して、あらゆる人に頼って、あらゆる時間をかけて喪失を取り戻そうとして……その結果、それを取り戻す手段が『真理』だけだとしたら……同じことすると思わない?」

小首を傾げながら。
ただ、想像してくれるだけでいい。
あかねがすることは結局……『それ』だけなのだから。

「アナタは……諦められる人? 私は諦められなかった」

本当に、『それ』だけ。

「諦められないなら、『仕方ない』の。そういうことよ」

神代理央 > 「『失ったものを取り戻したい』か。命をかけてまで焦がれる願いなのだから、余程のものなのだろうな。ならば、止めはせぬさ。どうせ失敗するだろうと、笑いはするがね」

成功率の低さを。奇跡を頼る愚行を。命を賭けた博打に挑む少女を。
それらを笑いはする。しかし『だから止めておけ』とは。『だから諦めろ』とは謂わない。
図らずも、あの時と同じ様に。彼女と同じ様に。小さく、笑みを零すのだろう。笑って、終わりの始まりへ駆け出した彼女を肯定する。

「……愚門だな。諦めぬよ。どんな手段を使っても。どんな犠牲を払おうと。己の命で足りなければ、此の世全てを贄としても。
私は諦めない。諦めなぞ、最も忌むべき行為だ」

少し前の己であれば、或いは答えは違ったのかもしれない。
しかし、彼女の問いに対して思い浮かべる『大事な何か』を得てしまった今。応える言葉は彼女と同義の行動を取るというもの。

「…とはいえ、気に喰わぬな。諦められないから『仕方ない』のか?貴様なりに最善を尽くし、行動し、努力し、その果てに掴んだ貴様なりの答えが、此れから為そうとしている事なのだろう」

「であれば、それは『仕方ない』などと言うものではあるまい。それしか方法が無いから『仕方なくそうする』等と言うのは、後ろ向きに過ぎる」

「唯の女子生徒であるお前が、悩んで悩んで考え抜いた事柄とはいえ、それは仕方ない事ではあるまい。漸く掴んだ手段を『仕方ない』等と卑下するものではない」

それは、幾分責める様な口調。
自らの努力と、かけた時間とリソースと、想いを。
諦められないから『仕方ない』で片付けるな、と。

「たかが18の小娘が、足掻いて足掻いて得た『願い』に繋がるモノならば。もう少しみっともない言葉で。飾らずに虚勢を張ると良い。笑ってやろう。馬鹿者め、とな」

年齢を言えば、彼女は年上であるのだが。
それでも、彼女は別に神でもなければ鬼でも無く、神算鬼謀の魔術師でもない。ならば、年相応にみっともなく足掻き、吠えて、必ず成功させるくらいに言ってみたらどうだ、と。
其れすらも笑ってやろうと。傲慢な声色と共に、穏やかに笑う。

日ノ岡 あかね > 「……」

暫し、あかねは押し黙る。
理央の言葉を受け、少しだけ、口を閉じて。
目を細め……軽く、髪を直しながら。

「あははははははははははははは!!!」

笑った。
大声で、楽しそうに。
……嬉しそうに。

「やっぱ、私、リオ君の事……好きだなぁ……凄いじゃん、私の『後ろ向き』に気付いたの……多分リオ君だけだよ?」

そう、日ノ岡あかねは『後ろ向き』なのだ。
『前向き』に選んだ選択ではない。
選ばざるを得なかった選択。本当はやりたくもないこと。
でも、やるしかない。だから、『仕方なく』やる。
それは……とても『後ろ向き』な動機なのだ。
普段は『笑って』、『楽しむ』ことを意識して、『努力』して……そう繕っているだけで。
日ノ岡あかねは……ネガティブな動機で動いている。
負の想念と言い換えてもいい。
それに気付いた目の前の少年を……どこか慈しむように、あかねは笑う。

「もう十分みっともないつもりなんだけどなぁ。私もバカな事してるとは思ってるんだ。多分成功しないとも思ってる。だけど、他に手段がないからやるだけ。やる以上は本気だし、手を抜かないし、『前向き』に『楽しむ』つもりだけど……虚勢が虚勢ってバレちゃったんじゃ、日ノ岡あかねもいよいよ店仕舞いね」

とても、とても……うれしそうに笑う。
あかねの行いを決して推奨はしないが、決して否定をしない彼。
穏やかなその笑みに満足するように……あかねは小さく頷いた。

「最後に話せて良かったわ、ありがと、リオ君。計画が終わるまで、これからは人気にあるところもう来れないと思うから……最後に話したかったの。ワガママに付き合わせてごめんね?」

計画。それは……無辜の民や、大勢の市民を巻き込まない事が前提。
そうである以上、これから……あかねはもう、人気のあるところには顔を出せない。
少なくとも『計画』が終わるまで、夜陰に隠れるように過ごすしかない。
だから、これが……恐らく、神代理央と、日の当たる場所で会話できる最後の機会だった。

「本当はもっとお喋りしたかったけど……お互い忙しいし、時間もないしね。今日はこれくらいにするわ。それじゃ、『またね』、リオ君」

あっさりと、踵を返して……あかねは退室する。
相変わらず、音もなく。

「絶対成功させるなんて事は私は言えないけど、やるだけやるわ。結果を『楽しみ』にしててね。万に一つ成功したら……風紀にとっても利益になることだろうから」

振り返る事は、なかった。

ご案内:「風紀委員会本庁 第一級監視対象監査役執務室」から日ノ岡 あかねさんが去りました。
神代理央 > 「…時間を考えた声量、というものを考えて欲しいな。全く、本当にはしたないというか。淑女らしからぬというか…」

突然笑い出した彼女を少し驚いた様な。珍しいものを見たと言わんばかりの瞳で見返した後。
それでも彼女に返すのは、何時も通りの態度。呆れた様な言葉と、尊大な声色。
日ノ岡あかねという『少女』と向かい合う、風紀委員としての態度。
彼女が計画を実行に移そうと、それがどのような結果になろうとも。今は、その関係に変化を生むものではないのだから。

「貴様に好かれても、嬉しくは無いがね。まあ、お褒めに預かり光栄だと、言っておこうか」

彼女が『後ろ向き』ならば、己は『前のめり』が過ぎる。
だから、彼女の振る舞いが癪に障ったのだろうか。
トゥルーバイツを集めた手腕も。計画を実行に移したタイミングも。何もかも。
口に出すのは憚られるが『評価』していたからこそ、彼女には矜持を持っていて欲しかった。
例えるならば、磁石の対極。それも、近過ぎて癒着するのではなく、対極に位置する事を俯瞰出来る場所から、彼女を見ている事が出来たから。
それが、彼女のこの笑みに繋がっているのかと思うと――何とも複雑な思いを、抱かざるを得ない。

「虚勢を張る事自体は必要だとは思うがな。貴様を『崇拝』している様な連中相手には、それなりに必要な行為だろうさ。
ただ、其れではつまらんと思っただけだ。精々、店仕舞い前に閉店セールでもしておく事だな」

嬉しそうに笑う彼女に、何度目かの溜息と、小さな笑み。
こうしていると本当に唯の少女なのだが。
それを覆す程の彼女の『願い』とやらは、彼女にとって余程大切なものなのだろうと思案が煙る。

「……構わんよ。貴様の物語が佳境に入る前に、こうして話せたことは何よりだ。私も、貴様の愚かさを笑ってやりたいと思っていた故な」

こんな場所で彼女と会える機会はもう無いのだろう。
だから、謝罪する彼女に小さく首を振る。
会って話が出来て楽しかった、と、随分な言葉で装飾しながら。

「――ああ。『またな』日ノ岡。お前の『願い』が叶う事を、一人寂しく願いつつ、楽しみにさせて貰うとしよう」

そうして、訪れた時と同じ様に。音も無く滑る様に退室した彼女を見送る。
彼女は決して振り返らない。そして己も、それを視線で追い掛ける事は無い。

『終わった後のエピローグ』の為に、煌々と灯るモニターに、少年が打ち込む文字だけがゆっくりと増えていく。
互いに、己の為すべき事を、成す為に。

ご案内:「風紀委員会本庁 第一級監視対象監査役執務室」から神代理央さんが去りました。