2020/09/03 のログ
ご案内:「風紀委員会本庁 とある委員の執務室」に神代理央さんが現れました。
神代理央 >  
規則正しい時計の音と、羽虫が唸る様な機械の動作音。
部屋の間取りの割には少し大きめの執務机には、様々な資料が広げられており、宙に浮かぶ複数のモニターには、メールや資料などが表示されている。

そんな部屋で作業するのは少年一人。煌々と輝くモニターに囲まれ、書類の山を広げた少年は真面目な顔で――

「…………くぅ…」

寝ていた。
うつらうつら、と舟を漕ぐには少し深い眠り。
背凭れに深く身を預け、首は天井に向けて僅かに傾いた儘固定されたかの様に。
寝息、とも取れないような小さな小さな吐息だけが、室内に響いていた。

ご案内:「風紀委員会本庁 とある委員の執務室」に水無月 沙羅さんが現れました。
水無月 沙羅 >  
「――――ん。
 ―――さん
 
 理央さん?」

街の警邏を終え、残っている書類仕事を片付けようと本庁に戻ってくる。
いつも上司のいる執務室、その隣の席が私の普段の仕事場だ。
一応、部下という形になっているし、彼が私の監視役という事にもなっている。
暴走した時のリミッターの様なもの、とはいえ別行動も多く、果たして監視役として機能しているかは微妙なところだ。
おそらくは、この人のいない時は秘密裏に別の人物が監視しているのだろう。

それはそれとして、まさかこの仕事人間が居眠りをするとは思わなかった。
いや、もちろん人間だから睡眠もとるのだろうけど、余程疲れでも溜まっていたのだろうか。
仕事中に寝るというのも珍しい。
しかし、寝るなら寝るで仮眠室にでも行ってもらわないと健康に悪いし、この人は私と比べてもあまりにもひ弱だから心配にもなる。

「起きてください、理央さん。」

起こすのは少々忍びないが、肩をゆさゆさとゆっくり揺らした。

神代理央 >  
彼女が己を見つけ、肩を揺らすまでの僅かな時間の間にも。
宙に浮かぶ無数のモニターにはしょっちゅう『返信求む』だの『要返信』だの『閲覧確認要』だのといった文字がポップアップしては消えていく。
右手に握り締められた儘のペン先は、何枚目かの書類にサインした後。
キーボードに置かれた左手は、弛緩したまま僅かに震えるばかり。

危険地帯への警邏任務。再開した授業。夏季休暇を終えて、島に戻って来た委員達を含めた警邏シフトの提案資料。
そして、監視対象である恋人が起こした『事件』の報告書と、それに対する私見を含めた上層部への覚書。
結局は少女の思う通り。深い理由は無く、単純に溜まった疲労が少年を眠りへと誘っていただけ。唯、それだけなのだが。

「――…………んう……んー…」

肩を揺らされ、声を投げかけられれば。
僅かに表情を顰めつつ、いやいやと言わんばかりに小さく首を振る。
ゆっくりと思考は覚醒へと至ろうとしている様で、それを拒否している様で。幼児の寝起きめいた素振りを、彼女の前で晒してしまうだろうか。

水無月 沙羅 > 「……子供ですか。」

意外とかわいい一面もあるのだなと、思わず心臓が高鳴る。
いやいや、今はそういう場合ではない。
モニターは常に動き回っているし、そうでなくても仕事が溜まっている。
幾つかの仕事は此方で受け持てるだろうが、何時までも眠っていてもらっては困る。

いや、正直な話を言えば眠っていてほしいが、少なくともそれはこの場所ではない。
さてどうやって起こしたものか。

ふと思いついた悪戯心に、周囲にだれもいないのを確認してから、少年の耳元に口を近づけた。

「りおさーん、起きないといたいたずらしちゃいますよー?」

これで起きなければ本格的に仮眠室に強制連行せざるを得ない。
お姫様抱っこで衆人環視の元恥をかいてもらわなくては。

言葉が終わるのと同時に、耳の中にふっと吐息をふきこんだ。

神代理央 >  
もし、最初に声をかけてきたのが他の風紀委員なり、教師なりであったのなら、覚醒の度合いは早かったのかもしれない。
けれど、微睡むというには深い眠りについた己の耳を打ったのは、良く馴染んだ恋人の声。
少し前まで共に暮らしていた彼女の声に、半ば無意識に甘えてしまった結果、覚醒が妨げられた様なもの。
身内の前であれ、だらしない姿を晒してしまうのは普段であれば絶対に避けているところではあるのだが。

それでも、耳元で囁かれた恋人の言葉と、吹き込まれた吐息に。
びくり、と肩は跳ね上がり、ぱちくりと言わんばかりに瞳が瞬いた。
一瞬、状況を理解出来ないと言わんばかりの表情を浮かべるも、すぐそこに恋人の顔を見れば、ふにゃりと表情が緩む。

「……あ、さら、だ。おはよ―――!?」

そこで、本当に覚醒に至った。

水無月 沙羅 > 「はい、おはようございます。 り・お・くん。」

幼稚園の先生の様に返事をしてやる。
覚醒したばかりの少年はまるで幼児の様な反応だったからである。
まったく、普段はどれだけの厚い壁を周りに這っているのかが目に浮かぶ様だ。
この人も私も、見かけより精神的な年齢は余程低いのかもしれない。
この人に至っては、表の側が外れたらごらんのとおりだ。

ふにゃりとした笑顔は正直写真に収めたいほどかわいかったが。

「随分お疲れの様ですけど、無理してるんじゃないですか?
 あまりひどいようなら仮眠室までお連れしますけど、無論お姫様抱っこで。」

彼のデスクの若干散らかっている書類を整理する。
おそらくは寝ている間に散らばってしまったのであろう。
この人に押し付けられていた書類仕事のおかげで、この作業も随分早くなったように思う。

神代理央 >  
「――…え、ええと…その…おはよう…」

未だ完全に意識が戻った訳では無いが、どうにも自分が情けない様を見せた事だけは瞬時に理解した。
非常に気まずそうにもごもごと言葉を濁し、取り敢えず、おはようと言葉を返す…しかない。

「……いや、まあ、其処まで無理をしているつもりは無かったんだが…。今日は警邏も無いし、ちょっと気合入れて書類を片付けようとしていた、だけなんだけど…」

書類を整理する彼女をぼんやりと眺めながら、むぅと言わんばかりの表情で言葉を紡ぐ。
彼女の事務処理能力も随分と高くなったものだ。というより、自部んが彼女に押し付け過ぎたと言う方が正しいのかもしれないが。

「……あ、その書類はサインするだけだからこっちで良いぞ。
そっちのシフト案は、後でメールに添付する下書きだからそのままでいい。
その報告書は――それは、此方に渡してくれないか」

彼女が整理する書類に細々指示を出しながら、開いた儘のモニターを処理していく。二人で事務処理をする様になってから、此の部屋で良く見られる光景。
しかし、彼女の手が『龍宮 鋼』との交戦についての報告書に伸びれば。その声色は、少し固くなってしまうのだろうか。

水無月 沙羅 > 「片付けるのは構わないですが、そういう時は私を呼んでくださって構わないんですよ?
 一応部下ですし、書類仕事ならたぶん私の方が得意でしょうから。」

何やら拗ねている様子の上司の方はとりあえず放っておく。
寝ていた方が悪いのだ、あと一人で何でもかんでもこなそうとしすぎる。
この人こそ他の人を頼ることを覚えるべきではなかろうか。

「はいはいわかりました――
 これ、鋼さんの時のですか。」

硬くなる声に少し反応して、書類を見やった。
いつも通りの仕事風景の中に少しだけ混じる、緊張の様な淀み。
今更何を隠すことがあるのかと怪訝な様子で、書類と理央を交互に見るのだろうか。

神代理央 >  
「…むう、そうだな…。普段はこんなに溜め込まないんだが、如何せん夏季休暇明けに一斉に投げつけられたからな…」

深い溜息。人が増えれば当然その分仕事も増える。
警邏に入りながら書類片付けるのは流石に無理が出始めるだろうし、其処は素直に彼女の言葉に頷いておくだろうか。
頼りっぱなしも情けないが、一人で抱え込む癖は少しずつ直そうと試みる此の頃。

「…ああ。『鋼の両翼』と『龍宮 鋼』については、先日も別の委員が問題を起こしたばかりだ。今回の件についても、色々と危うい問題で有る事は理解して欲しい。
同盟関係とは言わずとも、或る程度協調関係にある組織との交戦は、望ましくない」

此れは『風紀委員の神代理央』としての言葉。
言うなれば上司として、水無月沙羅に投げかける言葉だろうか。
真面目な口調で言葉を紡いだ後、少しだけその表情を和らげて――

「……とはいえ、お前が意味も無く戦闘行動を取るとも思えない。
此の報告書にも、其処まで詳細に記されている訳でもない。
何か、やむにやまれぬ事情で交戦に至ったんだろう?であれば、反省はして欲しいがそれ以上は謂わぬさ」

書類と己を交互に見やる彼女に、肩の力を抜いて言葉を投げかけた。
身を預けたデスクチェアーが、ギシリと音を立てる。

水無月 沙羅 > 「鋼さんですか……警邏中に喧嘩を売られて、先に手を出されたから正当防衛で戦闘に至っただけですよ。
 私でなければ頸椎骨折で死んでいたか、よくて植物人間でしたから。」

彼女が自分の逆鱗に触れた、というのもあるし、自分が彼女の逆鱗に触れたというのもあるのだろう。
それにしても彼女の挑発的態度からは、協力関係にあるとは到底思えないものがあった。
そして何より。

「彼女は何というか。 助けてくれと言っているようにしか見えなかったので。」

それはあくまで自分が戦闘と言葉を重ねた上での感想でしかない。
彼女が実際にそう言葉にしたわけではないし、確証があるわけでもない。

「救われなかった人間も、やはりいるんですよね。」

私は救われ、彼女は救われず。
今此処で生きて居るか、向こうで生きて居るか、二人の差はきっとその程度のものなのだ。
だからこそ、彼女はあそこまで激昂したのだろう。

嫉妬、というものだろうか。
沙羅自身はそう分析していた。

「理央さんが言うなら……、えぇ、気を付けます。
 やむを得ない理由があるとき以外は。」

自分から戦闘を仕掛ける様な事は無いと、確約するように頷いた。
ほんの少し、顔をうつむけがちにしているようにも見える。

神代理央 >  
彼女の言葉を静かに聞き入れて、小さな吐息と共に深くデスクチェアに身を預ける。

「助けてくれ、か。救いの手は限られている。そして、伸ばせる手は有限だ。俺達が救えなかった訳でもなければ、彼女が救いを拒否した訳でもないのだろう」

彼女が抱いた感想を、肯定も否定もしない。
龍宮 鋼と実際に交戦したのは彼女であり、自分ではない。
己が知る事が出来るのは、報告書に羅列された文字と、彼女の言葉だけなのだから。

「だが、それは『終わった話』ではない。救えなかったから、二度と救えないという話でもない。龍宮鋼に限らず、お前が救いたいと思った者には手を伸ばすべきだし、俺はそれに協力するさ」

と、小さく微笑んで。
僅かに俯いている様に見える彼女に視線を向ければ、ゆっくりと立ち上がって彼女の元へ。

「……何も、俺が言う事に全て従う事も無い。風紀委員として、上司として言うべき事は言わなくてはならないが、結局最後に決めるのは『水無月沙羅』という人間だ」

「けれど、お前が選択に至るまでに悩んでいる事があるのなら。苦悩している事があるのなら。……話してくれても、構わないんだぞ?お前には、何度も助けて貰ってるしな」

そっと、彼女の髪に手を伸ばして。その髪を撫でようと手を伸ばすだろうか。

水無月 沙羅 > 「苦悩している事……ですか。」

伸ばされる手に身を預けて、おとなしく髪を撫でられる。
自分にこうしてくる人間は数多い。
本来頭を撫でるという行為は子供にするものだという認識が強く、時々子供に見られているのではないか、と思うこともあるが。
よくよく考えてみれば自分は十分に子供の様に見えるし、未熟な面が多い。
誰かに甘えるという事は今の自分に必要なのだという事も理解している。
それに、こうされていることは嫌いじゃなかった。

「最近、イライラすることが多くて。
 昔はそうでもなかったんですけれど、こう、身近な人を悪く言われることにすぐ腹を立ててしまうというか。
 それで、言葉がつい強くなったり、するときが、あります。
 
 鋼さんの時も少なからずそういうときがあって。
 昨日、警邏の時に持流さんに途中で会ったんですが。
 つい、『嫌いだ』とはっきり言ってしまったりして。
 傷つけたいわけではないんですが、感情が抑えられないと言いますか。
 すいません、要領を得なくて。

 えっとつまり、怒りという感情のコントロールが上手くいかない、という感じです。」

今までになかった感情に振り回されている、それはいったいいつからだろうか。
その感情をはっきりと自覚したのは『殺し屋』事件の時だろう。
自分に立って大切なものを奪われる、傷つけられる、侮辱される。
そう言ったモノへ対する怒りは、とても強いもののように思えた。

それが、『椿』というものを呼び起こした原因でもあるのだろう。

「だから、その感情が、少し怖いな、と、思います。」

理央に寄り掛かる様にして、その心情を吐露した。

神代理央 >  
自らの心情を吐露する彼女の言葉を、口を挟まず、相槌も打たず、黙って聞き入れる。話を続ける彼女の髪を撫でる仕草は、撫で心地の良い髪を手で梳く様なものへと変わっていく。

「……怒り、という感情は難しいものだ。人間の感情の中でも、コントロールしようとして出来るものでは早々無い。
寧ろ、怒りをコントロール出来る様な者は、何処ぞで修業を積んだ僧だの、武闘家だの。そういった手合いの連中くらいかも知れない」

「そして、怒りを恐れる事も理解出来る。俺だって恐ろしいさ。自分が自分で無くなってしまう様な感情に支配される事を、恐ろしいと思わない者なんていない」

「……だから、上手くアドバイス出来る訳じゃ無いし、偉そうな事も言えないんだが…。それは、正しく『人らしい』感情なんじゃないのかな。
身近な人を悪く言われて、感情を抑えきれず怒ってしまうことも。
それを恐ろしく感じて、悩んでしまうことも。
それは正しく『人間らしい』感情と行動で、一朝一夕にどうこうできるものでもない。寧ろ、一生付き合っていくしかない感情、かもしれない」

己に寄り掛かる様な彼女をそっと抱き寄せて、ぽんぽんとその背中を叩く。

「…考え過ぎるな、とは言わない。寧ろ、悩んで悩んで、精一杯、自分の中で考えて欲しい。怒りを覚える事も、それに悩む事も決して間違ってはいないんだ。
大事な事は、それにどう向き合うか。そして、その悩みを共有する相手を、得ていく事……だと、思うから。
………そう言う事については、俺は余り頼りにならないかもしれないからさ」

ちょっと苦笑いを浮かべながら。
彼女が許せば、その躰をぎゅっと抱き締めようとするだろうか。