2021/10/22 のログ
ご案内:「風紀委員会本庁 特務広報部部室」に神代理央さんが現れました。
■神代理央 >
室内には、不思議な香りが漂っている。
厳密には不思議――と言うものでもない。
焼けたバターとバニラ。穏やかな朝食を思わせる香り。
食欲をそそる…というよりは、何処か懐古すら感じさせる様な
懐かしい、匂い。
「………下らん。ああ、全く以て、本当に」
それが嫌では無い。しかし、郷愁に浸ればそれは、自分の矜持を叩き折ってしまった気がする。
深い色合いの木目が鮮やかな執務机。
モニターに視線を向けた儘、キーボードの上に指を滑らせながら。
思わず吐き出すのは、深い溜息。
溜息を吐き出せば、また香りが鼻腔を擽る。余計に溜息が深くなる。
「……室内では煙草を吸えぬのが腹立たしいな」
決して、その匂いが嫌という訳ではない。
けれど、その香りに浸る事を自分が許せない。
だから、つい出来心で空けてしまったソレに複雑な表情を浮かべながら。
夜が更けても仕事を続ける少年が一人。
ご案内:「風紀委員会本庁 特務広報部部室」に月夜見 真琴さんが現れました。
■月夜見 真琴 >
「――毎日いつも遅くまで点いているなぁと思っていたが。
成程、ここがおまえの新たな城か。居心地はいかがかな?」
ノック代わりのランプとアラートが点くもそこそこに、扉が開いて、女生徒が踏み入ってくる。
白い女だ。髪の毛も、肌も、瞳の虹彩の色も。
無遠慮な歩だが、踏み込まれたくないのならロックはかけてあるだろう――という判断。
怒鳴り込んでくる者の枚挙に暇がなさそうな部署であることだし。
「――――ん」
そして、扉のむこうからは気づかない室内の空気の異変に、視線を室内に巡らせた。
すん、と鼻を鳴らし、彼のデスクへ歩み寄りながら様子を見回す。
「禁煙の代わり、かな?
なかなか良い趣味をしてる。そういえば、おまえは菓子屋も営んでいるんだったか」
何度かお邪魔したよ、と人懐こげに笑った。
■神代理央 >
それは、予想だにしなかった訪問者。
視線を上げれば、其処に居たのは『先輩委員』の姿。
確かに、別に彼女に限らず訪問者を拒絶していた訳でもない。
というよりも。部下だの抗議だのと訪問者の数を考えれば、部長の己が此処に鍵をかけて引き籠る訳にもいかない。
従って、彼女の訪問にも意外そうな表情を浮かべつつも、一先ずはそれだけに止めるのだろう。
「…と、言う訳でも無いさ。貰い物だよ。
私が香水だのアロマだのに手を出す様に見えるかね。
嫌いな香りでは無いが、正直此の部屋で香らせるには相応しく無かったかも知れぬ」
穏やかで、慈愛に満ちた朝食に風景を思い浮かばせる様な香り。
それは、決して嫌いではない――寧ろ好ましいものではあるが、今の己に果たして相応しいものかどうか。
静かに執務机の奥から立ち上がると、目の前に置かれた応接用のソファに彼女を促そうか。
「………ほう?お前がラ・ソレイユに、か。
いや、まあ。意外とは言わぬし有難い限りではあるが…。
……あそこは、良いメンバーが集まった店だ。
是非、今後も顔を出して貰えると嬉しく思う。
甘味があれば、お前の言葉も幾分砂糖に浸かって、穏やかになるのでは…とも、思うしな」
これは、軽口。
相変わらず他者の情報については耳聡い事だ、なんて思いながらも。
彼女が訪れた事自体は素直に嬉しく思うので、そんな軽口を小さな笑みと共に紡ぎつつ。
少年は、訪問者をもてなす為の準備。数秒と経たぬうちに、鈍い機械の電子音と、珈琲の香りが漂い始めるのだろうか。
■月夜見 真琴 >
「紫煙に溺れるよりはよほど健康的だろうさ。
ああ、やつがれはこっちのほうが好き、という意味だが。
アロマ――腕のいいパフューマーでもいるのかな。銘柄がわかるなら、ひとつ紹介して欲しい。
最近とみに寝付きが悪くてな。熟睡できるような芳香が要りようなんだ」
疲れた様子は毛ほども見せず、蜜のような甘い声が空気に乗った。
視線が資料に這う――当然、勝手に読んで良いわけもないために、視線が応接の意向を示す手に向いた。
示す先を見る。資料を見る。何かを諦めてそちらに向かうと、腰を押し付けた。
「はっはっは。 これ以上甘くしろだなどと、ここしばらくの激務で疲労困憊といったところかな。
既に全霊で周囲に差し出している慈愛よりも上質なものとなると、だいたい在庫が切れている。
あの部活の品揃えのように潤沢というわけにはいかないことを、あまり咎められても困るぞ」
にっこりと微笑みながら、鞄から可愛らしい包みを取り出した。
この香りには過剰かもしれないが、と言い添えてみせるならば、
運ばれてきた珈琲に似合いの焼き菓子が包まれていることは類推できよう。
「最近はまた、よく撃ちに行っているそうじゃないか。成果はどうかな?」
■神代理央 >
「肉体が健康であっても、精神が不健康では元も子もあるまいさ。
ああ、私も最近知ったんだがね。歓楽街に腕の良い者がいる。
店の名前は確か…『Wings Tickle』だったかな。
銘柄と言っても、どうにも店員が客に合わせてその場で調合しているらしくてな。
恐らく今焚いているこの香りも。私が買い求めたものも。
その店員のオリジナルだよ。寝つきが悪いのなら、そう言えばそれに一番見合った香りを調合するだろうさ」
等と、世間話に花を咲かせる…と言う訳でも無いのだが。
角砂糖を煮詰めた蜜の様な声に、此方は淡々と言葉を返すのだろう。
別に、彼女に対してどうこう思う所が――まあ、無いとは言わないが――あるわけでもない。
愛想が悪いのは何時もの事だ。それは、彼女も承知の上だろうし。
「私相手であれば、別に甘かろうが甘く無かろうが構わぬがな。
あの店の面々はまあ…よくも悪くも純粋な…日常を謳歌する者達の集まりだ。
お前がそうではない、とは言わない。しかし、お前は決して当たり前の日常の側に立つ者でも無い。
それを弁えて接して欲しい、というだけさ。勿論、私自身も同じ事だがね」
一切人の手を加える事無く、濃厚な味に仕立て上げるバリスタ。
値段相応の仕事を果たしたソレから、カップに注がれた珈琲。
それを二つ。一つは彼女の前に。もう一つは、対面に腰掛けた自分の分。勿論、砂糖やミルク、蜂蜜の類は既に準備済み。
さて、そうしてもてなす準備が整えば。
彼女が取り出した焼き菓子には、素直に顔を綻ばせ。
次いで、先程彼女が資料へ向けた視線と、此方に投げかけた言葉に。
小さな溜息と共に、口を開く。
「大きな収穫は無いよ。少なくとも、私の方ではな。
そもそも、私の行動そのものもまあ、言うなれば…通常業務の範疇だ。
過剰に取り締まったり、過剰に殺す事も無い。
情報という面においては、私より公安の者の方がはるかに良い仕事をする」
何を、何が。とは言わぬ儘。
先ずは一口、カップに口を付ける。
■月夜見 真琴 >
「歓楽街? オーダーメイドとは随分と本格的な。
――ふふ。 まさか無資格開業(モグリ)ではないだろうな?
女の身で足を踏み入れるのを戸惑うような店だと少しばかり困るのだが、そのパフューマーはどのような?」
即興でこんな優しい香りを作れるなら、風聞に沿った者ではあるのだろう。
冗談めかして、正規の学生証を持たない部活――この島ではありとあらゆる商店が部活だ――いわゆる、違反部活。
それが、彼の砲火に晒されないような業態にも、たしかに存在している。
彼が自分の身内に対しての容赦を求めてくると、ふふ、と曖昧に笑って受け流しておいた。
「ふむ」
公安。その言葉が彼の唇から出たことは若干の驚きがある。
確かに諜報という意味では、あちらが本領だろう。
だが、既に事件は起こっている以上、それを掻い潜ったかあえて看過したか――しかし。
「撃った連中からも予め情報(ネタ)は叩いたのかね」
視線はどこかあらぬ方向に向いた。
東側。
歓楽街のあるほう、即ち、瓦礫の山に変えられた場所があるほうへ。
ぼんやりと眺めながら、珈琲の苦味を味わった。