2021/10/23 のログ
神代理央 >  
「店舗の営業申請自体は数年前から出されている。
店舗の外装は兎も角、内装はお前の様な女でも気軽に足を踏み入れられる様なものだよ。
店員が些か幼く見える少女しかいなかったのは、若干気になる…というか、歓楽街ならではなのかも知れないが」

これが、香りで人を誑かすだの。中毒性のあるモノを製造しているだの、であれば。
容赦無くその香りを硝煙で上書きしてやるだけ――なのだが。
今のところ、その気配は無い。少なくとも、そういう情報は上がってきてはいない。
まあ、今のところあの店を潰してやろうと執着している訳でも無いので多少得ている情報の精度が甘い、と言われればそれまでなのだが。

「撃った連中は、何も吐かなかった。というよりも、そもそも構成員の類はいなかったようにも思える。
正確には、末端も末端と言う所かな。僅かな生存者からも、碌な情報は出なかった」

情報統制がお上手な事だ、と肩を竦める。
しかし、幾ら有象無象の違反部活とは言え『情報が出ない』と言う事は――逆を言えば、その対象も自然絞られてくるというもの。
そして何より――

「……直接相対してはいないが『蛇』の構成員と……いや。
嘗て私が捕らえた女と、一度会話した。
具体的な話は何も出ていない。世間話にしては、些か乱暴なものではあったが」

彼女に一言告げてから、焼き菓子に手を伸ばす。
砂糖をセメントの様に注ぎ込んだ珈琲のお供に、さくり、と頬張って咥内を甘味だけで満たす。
咀嚼したそれをごくり、と飲み込んだ後。
此方は視線を彼女に向けた儘、相変わらずの訥々と言葉を続けよう。

月夜見 真琴 >  
「ふうん」

気のない吐息だが、興味は強く向いていた。
歓楽街――体が多忙から解き放たれたかつてから、近寄らなくなった場所。
少しばかり足を向けてもいいかもしれない。目を閉じた。嗅覚に意識をかたむける。

「見てくれなど、あてになるまいさ――個性だよ」

なあ?
目をあけると、そう軽く体を乗り出して、意味ありげに笑った。
その瞳には、少女とも見える少年の姿が写り込んでいる。

「そりゃあ、生存者を"僅か"にしたら出るものも出ないだろう。
 手がかりを瓦礫の下に埋めるような真似だけはしてくれるなよ。
 聞いた限りではだいぶクレバーかつ慎重に動く連中だ。
 噂で聞いたから実情は把握していないが、なんだ?
 "災厄"が落第街を襲っただか、そういうこともあって、
 巣穴に深ぁく潜り込んだかもしれない――余計な痛手は蒙りたくないだろう」

雨宿りをするように。
プライベートの携帯端末を、失礼するよ、と断ってから取り出した。
時間を確認しているような仕草。画面に視線を落としながら。

「でもそいつら自体が消えてなくなったわけではない。
 一定規模の集団、あるいは統制の取れた集団それぞれは珍しくないが、
 両方を兼ね備えているとなると否応なく意識は注がれる。
 落第街(あちら)側の、な――情報を叩く視点を少し変えてみるといい。
 今なら、潜り込んだことでフラストレーションを溜め込んでる連中が尻尾を出してくれるかもしれない。
 相手がおそらくは人間を主とした集団であるなら、統制下のエラーを待つ、あるいは誘き寄せる。
 内部は義が通っているとはいえ、街全体がそうではない。どこかにある筈。それを探す。
 ああ――"目立たずに"」

世間話のようにのんびりとした調子で話していると、視線が彼に動いた。

「四蔓奏と?」
 
驚いたように見開かれた。銀の虹彩が目立つ。

「おまえが乱暴しようとした女になにを期待しているんだ。
 やつがれでも迷わずおまえに報復したくなるよ、あの一件は。
 直接相対していないのに会話をした。
 ――どうやって。記録の残らない通信手段なんて限られるだろう」

神代理央 >  
「悪い場所では無かったよ。私ですら、また通いたいと思う程だ。
ただ…違反部活かどうかと問われればグレーな気がしないでもない。
と、外に出れば思うのだがね。あの店に入ると、そうは思わない…というか、そうやって諍いを起こそうという気が無くなってしまうというのが近いのかな。
そういう香を焚いているのか。その成分に問題があるのかどうか。
今は問題が無い故手を出しかねるが、な」

まあ、営業期間もそれなりで、一応は公式に認められて営業しているのなら。
余程の事が無い限りは手を出しにくいものだよ、と肩を竦めた後。
己の姿が写り込んだ彼女の瞳を、静かに見つめ返すのだろうか。

「…いや、こういうのも驕っているのは分かるんだがな。
落第街で違反部活を叩いていれば、何らかの反応があるかと期待した…というのもある。
落第街を襲った災厄、だったか?あれも、少しばかり焚き付けてやったのだが…被害の大きさは正直予想外ではあった。
巣穴の奥底に潜り込まれるとは、正直色々と見誤っていた事は認めよう」

彼女が端末を取り出せば、どうぞ、と言わんばかりに軽く片手を上げて促した。
画面に視線を落とす彼女を眺めながら、もう一度カップに口をつける。

「……ふむ。連中が潜り込んだ事によって、出てくる者達か。
そいつら自体が組織に繋がっているとは個人的には思えぬが…そうだな。叩いてみる価値は、あるやも知れんか。
…とはいえまあ。何時ぞや捕虜を捕らえた時も、頑として口を割らず結局組織の情報も碌に集まらなかった連中だ。
忌々しい事だが、組織の団結力という点においては此方よりも遥かに勝っている事は…認めざるを得ないよ」

敵を侮らないのは、勝利の為の最初の一歩。スタートライン。
だからこそ、彼女の言には表情を真剣なものへと変えて相槌と共に小さく頷いている。
敵の団結力を強調し、情報が得られる可能性は少ないのでは――と言葉を返しながらも。
彼女の視点は、自分が持ち得なかった視点。だから、反論はするが反対と否定はしない。
多くの意見は、自分の選択を補強するモノになる。
それを得られる機会は、そう多くは無いのだから。


「おや。お前からそんな感情論が聞けるとは思わなかったよ。
まあ、否定はしないがね。
…と、冗談を言っている時ではないか。
通信機を放り投げられたのさ。落第街の奥地に少しばかり足を運んだ時にね。
驚く程、恨みつらみを昇華した様な声をしていたよ。
甚振っていた時よりも、アレは好ましいものだな」

月夜見 真琴 >  
「――――――」

"焚き付けてやった"。
その言葉に視線が細められた。

「――――――」

何かを考えるように視線が横に逸れる。

「――――――」

それから、思考を外に追いやろうとするかのように視線が上に向いた。

「――――――」

息を吸った。長い溜め息。

「そうか」

目を瞑ってそう告げると、目を開けた。

月夜見 真琴 >  
「――情報を叩く、というのは、撃てという意味じゃない。
 新聞の切り抜きを集めたり、地道に聴き込んだり――さ。埃のように出てくるんだよ。
 あっちでもこっちでも、人材というのは貴重なものだ。
 組織は大きくなればなるほど手が広くなる代わりにエラーが出やすくなる。
 削られれば削られるほど、目的が何かにもよるが隠密が丸い選択肢になる。
 "災厄"が退治されていない以上、余計なリスクを支払うのは――な。
 そんな連中に、自分がどこにいるのか知らせてしまうのはそれこそ思う壺だ。
 これが――そう、二年くらい前か。手製のものだが」

画面を上に向けたまま卓上に端末を置くと、ホログラフィで簡素なマップが描かれる。
落第街の一区画を詳細にしたものだ。四角、丸、円、それらで構築された立体地図。
その上で指を踊らせると、地上の高さに血管のように、建物を貫通する複雑な赤い線が浮かび上がる。

「これが通り抜けできる経路。更にここから、わかっている限りの地下通路を割り出すとこう」

そこから地中に赤線が表示されると、いよいよもって真っ赤になった。
複雑怪奇な図形は、悪趣味な抽象画のようにミニチュアの街を染めた。

「ごく一部区画の、少し歩いて判明した限りでこれだ――何に使われていたんだろうな。
 年数が経過したいまはだいぶ様相が変わってるだろう。噂に聞けば未だに誰かが増改築してるかとかどうとか。
 一区画でこれだ。 奴らはあちらがホームな分、地の利という圧倒的なアドバンテージを有している。
 逃げる、隠れる、誘い込む――なんでもござれだ。

 おまえは相手を人間と思わさなすぎるよ、理央。慈悲とか権利とかそういう話じゃない。
 撃てば死ぬものと認識している限り、おまえは自分より優れている人間には絶対勝てないよ。
 人間は知恵を使える生き物だ。砲火はその指先が紡いだ道具でしかない。
 火力も兵器も十二分に優れた道具だが、畢竟それらひっくるめて戦い方が巧いやつが勝つ。
 だいぶ活躍してくれていた黒衣のシンデレラの魔法を解いてみせたように――誰がやったのだろうな。
 あるいはその四蔓奏がおまえの抱擁から抜け出してみせたように――な。
 話してみたかった。きっと面白い娘だったんだろう」

使い方を考える段階だよ、と。
電源を切る。マップが消えた。

「気持ち悪いやつだな」

頬杖をついて、少女への感想を述べる少年に一言を告げてみせたのち、

「――通信機が落ちる音はしたか?周囲に人の気配はあったか?
 おまえを見張っている目はあるようだが」

神代理央 >  
「ほう?見事なものだ。流石は刑事部、と言ったところか。
足で稼ぐ、という言葉は抽象的な意味では無い様だな」

先ず告げたのは、彼女が表示したホログラムに対する感想。
素直な感想は、無理に感情を乗せる必要も偽る必要も無い。
悪意も他意も無く、純粋に告げられるものだから。

「落第街は、それそのものが生きていると言われても私は信じるよ。
些か情緒的な表現かも知れぬがね。
巨大化した九龍城。住む者の数だけ日夜変化する化け物の胃袋。
まあ、何とでも表現しようはあるが、地の利が敵にあるという純然たる事実は覆せない。それは、お前の言う通りだ。
彼等のホームで戦えば、私は……私達は相応に大きな被害を受けるだろう」

そこで、一息。
三度目。カップに口をつけて喉を潤す。
珈琲は、まだ暖かい。


「だが、私の敵は撃てば死ぬ。私とて、撃てば死ぬ」

小さく、笑う。微笑む様に、穏やかに。

神代理央 >  
「戦術論。或いは戦い方に不備がある、というのは、まあ、認めよう。
私は用兵の類に優れている訳でも無し。地の利。兵の士気。情報統制から組織の在り方に至るまで。
腹立たしいが認めよう。私が勝っているものは、少ない。
私が勝っていると胸を張れる数少ないモノの一つが、火力であり砲火であり、戦場に投入出来る質量なのだからな。
だから本来は、以前の様に落第街の犠牲を厭わず焼いてしまった方が私には向いているのさ。砲火を浴びせ、兵を引き連れて、あの街を戦場に変えてやることが。私にとっての地の利なのだから」

朗々と語る少年。出来損ないの扇動家。
だが、そこで小さな溜息と共に一度言葉を区切る。

「…と、大口を叩けるのは結果を出してからだがね。
お前の言う通り、戦い方だの使い方だの。色々と考えなおさなければならない時期に来ているのだろうさ。
ワンマンアーミーを気取っていられた頃とは違うのだからな」

だから、怪異を唆したり。落第街の炊き出しを支援してみたり。
色々と手を打ってみてもまあ、慣れない事をするべきではない…という様な結果でしかないのだが。

「気持ち悪い、とは心外だな。私は手折り甲斐のある女は好ましく思っているよ。
闘争に値する事は良い事だ。折らずに、檻の中で枯らしてしまっても良いだろうが。
…と、話が反れたな。気配はまるで感じなかった。悪意のある攻撃については私の異形が自動で対応するが、その気配も無し。
通信機は知覚に放り投げられた……いや、突然現れた、かな。音はしたよ。だが放り投げられた方向にも、気配は無かった。
そういう異能の持ち主が、いるのやも知れぬな。
…まあ、単純に話をした時点で敵意はあれど害意が無ければ、私の異形では対応が難しいのだがね。
念の為通信機も持ち帰ったが、内部はショート。データも何も残ってはいなかったよ」

月夜見 真琴 >   
「予めことわっておくが、組織の全容がつかめてない以上、逮捕がマストだぞ」

頬杖にかける重みを増しながら、じっとりと落とした瞼の下より彼を見据えた。
そう、撃てば死ぬ――"撃っていい"状況に持ち込めれば。
武器の使い方、戦い方、というのはそういうことだ。

「羅刹と――神楽?男女のつがい、双頭の蛇、なんともまあ、エラーの起こりやすそうな状態だが。
 おおよその輪郭は見えてきていても、仔細な姿が描けていない以上、
 それこそが我々にとって大きな人質になってしまっている現状だ、ということは了解しておくんだ。
 そこまで踏んでるんだとしたら、掴まされた情報は随分な毒かもしれないな」

強かなことだと思う。
先程から、どちらかといえば、違反部活のことを語る時に、どこか焦がれるように声を弾ませた。
そう、『蛇』。『焔』――四蔓奏。そして『羅刹』と『神楽』。

「『蛇』には全面的に自分たちが対処にあたるとどこかで打ち上げていたのだから、
 そのあたりの不利は有り難く頂戴しておくがいいさ。むしろやりがいがある、だろう?
 おまえの出くわしたことのある、"撃って殺すのがマスト"な状況とは、訳が違うということさ。
 金科玉条など、ない。 成果は、その時その時で、上げ方が変わってくる」

目の前の少年が、間違いだけを重ね続けてきたわけでは――間違っても、ない。
彼を咎めるような口調だが、重たい説経のようなものではなく、ただ軽口で謳うのだ。
そんな資格もないからだ。

「そのあたりの美的感覚には同意するところもあるが――そうさなぁ。
 死角からの投擲には気をつけるといい。
 敵意や害意なしでも、人を害することのできるものを投げ込むという策もある。
 ――なんというか、そんなアナクロな機器を持ち出したのは意外だな。
 優れた連絡手段を持っているとばかり思っていた。
 まあ、そればかりに頼り切るような硬さはないだろう、色々使う上で、本命を隠すのが常套か……」

考える所作をとって視線を横にずらした。

「印象からいえば質実剛健。正直なところ、舌を巻く。
 そんな面白い連中が未だに湧いてくるんだから、あの街はまさに鉱脈だよ。
 情報や遊興だけじゃない。不思議な連中がわんさと生まれる。
 きっと『蛇』の頭も面白い奴なのだろうな。追いかけてみたかった。
 ――四蔓奏はおまえに対して強い恨みを抱いたんだったな、当然だが」

言葉の末尾は声を顰めた。

月夜見 真琴 >  
 
「あいつらは何と戦っているんだろうな」
 
 

神代理央 >  
「それは、一般論としての忠告かな。
 刑事課としての意見かな。
 それとも、月夜見真琴としての忠言、かな」

言わんとする事は分かる。だから、軽く首を振ってみせるだけ。
言うなれば、少年とその部下――特務広報部そのものが、一つの武器。
使う側ではなく、使われる側。強大な武力は、飾り立てる為のものではない。
振るわれてこそ、意味がある。だから少年は違反部活を生死を問わず"殲滅"する。
極論、情報が何も集まらずとも。最後まで敵の全容が掴めずとも。
"焼いてしまえばそれで良い"時に使われるのが、自分達なのだ、と。
それが気に喰わない、という様な表情を、此方を見据える彼女につい向けてしまう。
それを彼女に向ける事が見当違いである事に気付いて、深々と溜息一つ。

「――楽しそうだな」

声を弾ませる彼女に、真面目な表情が少しだけ綻ぶ。
綻ぶ、というよりは、面白いモノを見たと言いたげなモノ。

「だから本来であれば、この件…いや『蛇』に対して私たちが
 対処に当たっているのがそもそもの誤りではある。
 我々は風紀委員会の中でも純然たる軍事部門であり、逮捕よりも       
 殲滅に重きを置く。
 『蛇』の情報を集め終えた時に動くのが我々であって、今の段階  
 で私が動くのは些か筋違いとは、思わなくもない。
 だから、ずれる。我々が望む状況では無い儘に、相手の土俵に乗   
 せられているのだからな。
 それを強いられているのは、私の技量不足によるものだとは思う  
 次第だがね」

今度は、先程よりも深い溜息。
最近はどうにも、自分の力量不足を感じる事が多い。
溜息から吸い込んだ吐息は、部屋の甘ったるい空気に溺れる。


「美的感覚とは、随分とオブラートに包んでくれることだ。
 とはいえまあ。アナログな方法が一番足がつきにくいのは
 事実でもある。極論、文通しながら手紙を燃やしてしまえば
 証拠は何も残らないのだからな。
 それだけのしたたかさ。慎重さ。柔軟さ。
 それらを用いるだけの器量の良さ。
 そういうものを、持ち合わせてはいるのだろうが」

半分ほど空になったカップを、一度テーブルに置く。
かちゃり、と陶器がぶつかる音が部屋に響く。

「鉱脈、ね。私から見れば汚泥の沸き場とでも言いたいところだ   
 が。その点に関しての美的感覚は、残念ながら重なる事は
 ないらしい。
 案外、蛇の狩猟…羅刹と神楽とやらからも、個人的な恨みを
 買っているんじゃないかとは愚考するがね。
 どちらにせよ――」

そこで、一度言葉を区切る。
彼女の呟きが、耳に入ったから。
だから、何時もの様に尊大に傲慢に。唇を歪めて。

神代理央 >  
「何と戦っているか、だと?」
 

「私達とさ。奴等は『正義の味方』と戦っているのさ」
 

「そうであっても。そうでなくても。まあ、私には関係無い。
 戦う理由が正当だから許します、等とは言うつもりもあるま  
 い?」
 
 
だから、お互いに関係の無いことだろう?
と、彼女に笑ってみせた。

月夜見 真琴 >  
 
 
「『蛇』は『神代理央(おまえ)』が生んだ組織だと考えているのか?」

頬杖をついたまま、彼の笑顔に問いかける。
 
 
 

神代理央 >  
「――いいや?」

椅子に深く身を預け乍ら首を振る。

「私がいようといまいと生まれただろうさ。
 お前は、普通に暮らしているだけで塵が増えていくことを
 不思議に思うのか?」

再び、カップを手に取る。

「彼等にとっては、私が狙いやすい『看板』の一つ。
 それ以上でもそれ以下でもない。
 私だって、其処まで思い上がるつもりもない」

カップに口を付ける。
少し、温い。

「仮に。万が一。私の行動の影響で生まれた組織だと仮定して。
 だからどうこう、という事も無い。
 そこに思う所は何も無い…とは、言わぬが。
 まあ、何時もと同じさ。全て吹き飛ばして終わり。
 それだけだよ」

神代理央 >  
 
浮かべるのは、感情の籠らない表情。

感情を発露する程の事でもない。

そう言わんばかりに、言葉と表情には感情が籠らない。

月夜見 真琴 >  
「そうであって欲しい、というように聞こえる」

考えなくて済むからか?
言外に、なんとはなしに向けた視線が語る。
怒りも呆れもない。『なぜ』の好奇が原動力だった――違反部活への。

「"地の利"と、"兵の士気"と、"情報統制"、"組織の在り方"。
 優秀な――それなりに齢はいってそうだ。
 勢いづいた青さが――あまりかんじなくて――
 そのうえで――目立たない、とまでは言わないが、それなりにどこにでも居そうな外見の――
 男女――二人組?そこが――少し引っかかる――自白の強要――。
 ああ、わからないな。 なにかが引っかかるが、何が引っかかってるのかわからない。
 まあそう。 やつがれもおまえが生んだ組織ではない、と思っているよ。
 ここ最近できた組織というわけではなさそうだ。少なくとも頭の存在は」

けたけたと笑いながら、カップを傾ける。
視線はまた別の場所に逸れた。

「そもそもだが、見えてる範囲で奴らの業態は薬だろう?
 製法にもよるが、法外な利ざやが得られるビジネスだ。
 そのうえで――金のためにしてはおかしいなって――
 ――金ならそれだけの頭があればいくらでも稼げるはず。
 愛らしい少女を取り戻しに大規模に動くなんてことをしてみせる。
 『正義の味方』とやらへの屈曲した敵愾心――本当にそうかな。
 それだけかな。
 彼らの――彼と彼女の――利益、勝利はなんなのだろう。とはいえ――」

カップを置いた。

「――ああ、たのしいとも。青春を振り返るようだ。
 とはいえ、奴らが『おまえたち』と戦っているという認識があると聞けたのは僥倖だった。
 じゃあ、逃げるなよ。奴らと戦うことから」

愉快そうに笑ってみせた。

「おまえにできないこと、不得手なこと、死角を掻い潜ろうとする――
 いま、おまえの背後の壁を這う生き物のような――
 識ることだ。どういう相手なのか。それが最終的には今どこで何をしているのかに繋がるよ。
 逮捕という手段を推薦したのは、刑事部として、あるいは風紀委員として、
 "情報"という財産を喪う痛手を危惧してのものだと考えてもらっていい」

"犯罪者の死"と、"犯罪者の逮捕"。
どちらに天秤が傾くのはケースバイケースなれど、捕まえた先に死がある場合もある。
搾れるだけ、搾るべきだ。それは、ある意味では最も合理的な判断だった。

「――――というのも。
 単純な話だ。このままでは暖簾に腕押し、柳に風。
 そろそろ本気で、尾を捕まえに行ってもいい頃じゃないか。
 奴らが新しい手札を補充した可能性もあるしな」

神代理央 >  
「お前がそう聞こえたのなら、そうなのかもしれない。
 お前は、私よりも私の事を知っている様な気もするからな。
 とはいえ、敵を欲しているという事は…まあ、あるかもしれない  
 な。風紀委員としては失格かもしれないが」

自分が生んだ組織であって欲しい…というよりも。
自分と敵対する組織の儘であって欲しい。
それは、彼女に対して素直に認めるところ。
嘘を言ったところで…彼女には、見抜かれそうな気もするし。

「私達が得ている手札は、それしかない。
 それだけでは、正解に辿り着く事が出来ない。足りない。
 だから、賢しいお前は何か引っ掛かっているんじゃないのかな。
 そもそも、自白剤を投与する前と後で、大して得られる情報に
 差異が無かったという時点で…いや、どうなんだろうな。
 それを判断出来る程、私は腹芸が得意な訳でも無し」

笑う彼女を呆れた様な視線で眺めながら。
視線を動かした彼女を、ただ見つめるだけ。
眺めているだけなら、無害なものなんだがな――などと。
ぼんやり考えていれば。

「利益、ね。ヒロイックめいた仲間への想いとやらでなければ、
 以前の抗争は捕虜護送を口実に風紀委員の評判を貶めたりだの
 なんだのと。副次的な利益はそれなりにあったのだとは思う
 が…」

カップの中身を一気に飲み干す。
底に残ったのは、溶け残った砂糖の山。

「……そうか。楽しんで貰えている様なら何よりだ。
 青春を懐かしむ程、年を重ねた先輩だとは思っていなかったが。
 それとも、年配者を敬う様に接して欲しいかね?」

小さく笑い返す。ほんの僅かに、ではあるが。
くすくす、と可笑しそうに笑う。

「それは…そうだな。というよりも、どうにも元々私の思想は
 警察機構の思考に相応しくない。
 昨年の会議だったかな。私のそれは支配者の道理だと詰められた   
 事があるが。情報を得るよりも『処理』を優先する。
 刑事課の先輩の経験からくる有難い忠告は、勿論真摯に受け止め
 るとも。その上で、私の思想を含めて戦闘に特化した部隊の動か
 し方を考え直さねばならないのだろうが…」

少しばかり手が回らなくなっている――と、溜息を吐き出そうとして。
彼女が続けた言葉に、へぇ、と興味を示したような瞳の色。

「……何か手があるのかな。それとも、既に算段がついているとでも?」

月夜見 真琴 >  
「わかるとも」

何が、とは言わなかった。
だが、彼の包み隠さない言動のなにかに、あっさりと、しかし確かに、
微笑みのなかから同意を、共感を示したのだ。
どこか懐かしむように。
"張り合いのない暮らし"の中に、別れを告げなければならない餓えを視ていた。

「どうしてもう二年早く出てきてくれなかったかな」

場違いな我儘を、カップの黒い水面の向こうに視る"悪"にささやく。

「"殺してやる"――四蔓奏個人の思想はともかくとして、
 彼女がそうした冷静な"会話"をし、おまえに何かを通達するだけの意思があった。
 そうさせるだけの求心力を持つ頭――利益。なんだろう。
 ――とは、いえ、あの"災厄"がどうにかならない限り蛇は巣穴からそうそうに顔は出さないだろう。
 いっそのこと、奴らと結託して排除してみるというのもどうだ?
 面白そうだろう。おまえにも、責任の一端があるようだし?
 いやー―ほんとうに、楽しそうなことをしている。羨ましいよ、実際のところ。
 そうそう、おばあちゃんは若者のようにはしゃぎたくてしょうがないのだ。はっはっは」

脚をぱたぱたと揺らしながら、老人扱いにも、全く衒いを見せなかった。
風紀委員としては余生を過ごす老人と同じ。
今は、違う世界に生きるものだ。輝ける腕章もなく、花形に在った時とは別人だ。

「おまえの砲火が必要になる局面も来るだろう。
 でも、神代理央という人間を構成するのはそれだけじゃない。
 能力であり、個性であり、人脈であり経験であり――そういうことだ。
 使うなと言ってるんじゃない。適切に運用しなさいということ。
 おまえの出自を考えれば、そうした器を形成することも必要な"学業"なのだろうが、
 委員会の利益を個人の意思で著しく損ねることが、おまえの理想とする支配者なのかな。
 そういうのは――委員長にでもなってから好き放題すればいいだろう、な?」

その砲火には架せられてしまっている。
いや、最初から架せられていたのだ。
それが風紀委員としての弾丸であるということも。

「おまえは、とにかく有名人だ。
 だからこそ手の内は割れている。故にそういう意味では恐くない。
 認知外からの強襲、あるいは"識られること"そのもの――それが脅威になるはずだ。
 謎という化粧で飾られた影絵は、決して枯れ尾花の映り込みなんかじゃない――そこにいる」

そこにいるなら捕まえられないはずがない。
撃てば殺せる射程圏に、とらえることも。
あとは――比べ合い。勝負。戦争。
もう、とっくに戦いは始まっているのだ。羨ましいことに。

「んー? いや、ないよ。
 現場に行けてないんだ。そんな奇跡が起こせるものか。
 殴り込んで全員しばき倒しました、という荒唐無稽な展開はやつがれの趣味じゃないし。
 調査、潜入、工作。やつがれのやりくちは、どれもこれも長期的なものだよ。
 さっきも言った通りさ。
 変化があれば、今までどおりではいかなくなる。
 今まで以上に目を光らせて、捕まえていい尾を見極めるんだ――
 公安にツテがあるなら、おねだりもしたらどうかな?何か掴んでくれてるかもしれない」

とはいえ、風紀委員の行方不明――拉致の疑いともなれば、公安の管轄からは少し外れるか。
既に成立した事件、身から出た錆び、これは借り。

「ただ、災厄のせいでもしあいつらも痛手を被っていた場合、
 その前後に"使える"奴を手に入れていたというのは、否応なしに内情の変動を伴う。
 それをどう運用するかは、組織の、そしてトップの意向次第だろうが。
 潜伏のフラストレーションをぶつけるには――ちょうどよくもある。
 おまえが四蔓奏にさせようとしたように?
 "彼女"そのものが餌である可能性もあるがな。『蛇』の不測の事態に対する対応力がどれほどか――」

ぱん、とそこで両手をあわせた。話はここまで、と言うように。

月夜見 真琴 >  
「やつがれとか、レイチェルとかもだが、いつまでもおまえの世話は焼いてはあげられない。
 時が経てば卒業し、役割を変えてこの学園に残ることがあろうとも、関係は間違いなく変わる。
 おまえもそうだ。いつまでもそこにいようと、時間は無情にも過ぎていくんだから。
 変われなんて言わないが、前に進む努力は忘れないでくれ。先達が安心して卒業できるように。
 やつがれのように、年重だけ重ねた顔の大きい先輩には、なりたくないだろう?」

立ち上がりながら、そう戯けた。
いい時間だ。これ以上は同居人を必要以上に待たせることになろう。

「変化のない英雄、更新されないシステム。
 それは常に更新され続ける存在にとっては脅威たり得ない。
 『蛇』と呼ばれている連中は恐ろしい。なんたって謎だ。闇のなかにいる」

東を向いた。
今もそこにいる者たちを思う。

「やつがれはそういう敵が愛しくてたまらなかった。
 そういう感情があればこそ、いつかのやつがれは彼らに近づくことが、少しだけ得手だった。
 おまえはおまえのやり方でいいが、連中が『正義の味方』を敵視しているのが事実なら、
 おまえは待たれている。連中の意思に関わらず。火と硫黄のように?」

出口に向かった。
概ね、そう、『蛇』に対する積極性を煽ること。
今回の用件は、つまるところそれだ。

「――期待してるよ。邪魔したな。おやすみ」

神代理央 >  
「…………」

わかる、と。羨ましい、と。
笑いながら告げる彼女を、じっと見つめていた。
何か言おうと、僅かに口を開いたが――堪える様に、唇を、閉じる。

「…適切な運用、か。耳が痛いよ。
 それに…そうだな。所属する組織に不利益を与える事は、私の
 本意ではない。少しばかり自縄自縛に陥っていたかも知れんな。
 意固地になっていた、とでも言い換えるべきか」

まず最初に、己に求められていた事を優先する。
それがいつも何か最優先に。手段と目的が入れ替わる。
そんな状態に、陥っていたかも知れない。
ふむ、と考え込む仕草。

「有名人、か。そうあれかしと動いていたし、それは賛辞と受け取    
 ろう。手の内が知られている、ということも、圧倒的な火力で
 押し潰してしまえば良いと奢っていた事も認めよう。
 と、言うよりも今でもそう思っていた。正直、通常兵器レベル 
 であれば、私は相応の火力を出せるからな。
 だが…ああ、そうだな。それ故に対処されやすいのも事実だ。
 手の内が読めない相手に対して、力の振るい様が無い事も
 認めよう。謎という化粧に彩られた枯れ尾花、か。
 相変わらず、お前の表現は詩的だな」

揶揄う言葉も、口調と表情は至って真面目なもの。
思案。思考。最良手は何か。最善の手は何か。
考える。思案、する。思考を走らせる。

「…ああ、いや。お前なら、何か策を持っているのではないかと、   
 つい期待してしまってな。そういう所は、頼りになる先輩だと
 思っているよ。信じて貰えないかもしれないけど。
 …話が逸れたな。捕まえても良い尾、か。
 正直、得意とするところではないが…好き嫌いを言っていられる  
 年齢でも無い。公安とも協力して、不得手を補おう。
 私一人で何でもできる、とも流石に言えぬしな」

人質となった彼女――伊都波凛霞は、まだ無事でいてくれているだろうか。
少なくとも、死体になったとか犯行予告に等しい連絡は未だ来ていない。
であれば。人質である彼女の有用性がまだある内に。
此方も、急がねばならないのだし。

「………落第街の暴漢共が何をするか、か。
 私も同じ事をした。反吐が出るが、同じ穴の狢だ。
 しかし、私と…私達と彼等は違う。それは、見せつけてやらねば  
 ならないだろうな」



そこまで此方が言葉を返せば、彼女が両手を合わせたに合わせて
彷徨いかけていた視線が、目の前の彼女へと戻る。

「…世話を焼いていられない、か。何時までも子供扱いは心外
 だが、それを認めざるを得ないのも腹立たしい。
 安心しろ…と言っても、信用はしきれないかもしれないが」

実際、彼女にもレイチェル・ラムレイにも散々世話になっている。
そんな彼女に、子供扱いするな、とは言えない。

「更新されぬシステムか。成程、言い得て妙だな。
 そして、謎に包まれているという事が脅威であることは…
 …それもまた、認めよう」

思えば、今宵は事実の再確認と為すべき事の確認を、彼女のおかげで行っていられる様な気がする。
結局は、まだ世話を焼かれているのだ。自分は、まだ子供と言う事なのだろうか。
…腹立たしい事だ。主に自分自身が。

「待たれている…か。私が敵を望んでいる様に。
 お前が、そういう敵を愛おしく思っている様に。
 彼等もまた、私を待っている…ということか」

呟く様な言葉は、彼女に向けたものか。
それとも独り言の類か。
どちらにせよ、立ち上がった彼女を見送る為に此方も立ち上がって
出口へ向かう彼女を数歩離れて追いかけよう。

「……先輩からの期待には、応えられる様に努力するさ。
 それもまた『更新されないシステム』の仕事。
 いつかアップデートされるまでは、出来る事をこつこつこなして 
 いくさ。彼等の期待にも、応える為にな」


そうして。此方は出口の少し前で立ち止まって。
尊大に傲慢に――しかし、少し困った様な、慣れていない様な。
そんな表情を浮かべて。

「…おやすみ、月夜見。良い夜を」

そんな言葉と共に、彼女を見送ったのだろう。

月夜見 真琴 >  
 
 
――――――
 
 
 

月夜見 真琴 >  
去りがて、暗い廊下。 
 
「――さて、どうしてくれようかな」

携帯端末におさめられた、ひとつの財産。
あの時、わざわざ端末を取り出してみせた仕草を。
どうぞと許可してしまったからこそ握られた事実。

『落第街を襲った災厄、だったか?あれも、少しばかり焚き付けてやったのだが…被害の大きさは正直予想外ではあった。』

音声の録音データ。
とある事件の、裏の裏の、切っ掛け。

「あまり失望はさせないで欲しいところだが――さて、さて」

ご案内:「風紀委員会本庁 特務広報部部室」から月夜見 真琴さんが去りました。
ご案内:「風紀委員会本庁 特務広報部部室」から神代理央さんが去りました。