2021/10/31 のログ
ご案内:「風紀委員会本庁/とある資料室」に月夜見 真琴さんが現れました。
月夜見 真琴 >  
「――気の所為でなければ、来るたびに蔵書量が増えている気がするのだがね」

薄暗く黴臭いファイルの森のなかを歩く。
時間は進み続けている。

当然ながら、事件は起こり続ける。
"巷を騒がせる"ものなんて、たくさんある。
ひとつの小さい島に居ながらに、すべてを把握することができない。

「――――」

ぽつん、と。
資料集の只中で、不意に立ち止まり、天井を見上げた。

月夜見 真琴 >  
「こうすると、あらためて確かめられるな」

常世島は広い。
その島が小さいと呼ばれるほど、この地球は広大だ。
その地球が、青い星を抱く宇宙すら、大樹に生い茂る青々とした葉の葉脈のひとつにしか過ぎないのではないか。

異世界という存在が、そんな茫洋とした感覚を抱かせる。
しかし、月夜見真琴は、それ以前に実感として識っている。
識らされた。覗くつもりもなかったそこは、覗き見た対価として、
自慢だった濡羽を白鷺のそれに変えたのだ――一方的に。

「自分が世界の中心だと錯覚することは、あまりにも――」

どこか。
呆れたような色を伴って、溜め息がこぼれる。
目当ての棚に向かう。ローファーが密やかな足音を立てた。

月夜見 真琴 >  
棚を探す。視線を動かす。
検索性が悪いのが困りものだ。
――しょうがない。ここは"重要性の低い情報"が集まる類の資料室だ。
だから、月夜見真琴しかいない。今は。

歩きながら考える。
 
件の違反部活は静かなものだった。
多少の動きは見られた。しかし、明らかに不自然な形だ。

エラー、と言ってもいい。感覚的な話だ。
ひとりの風紀委員を略取せしめ、それが見目麗しく落第街に足を伸ばす先鋒役となれば、色めき立つのも無理はない。
それは明らかなる"戦果"であるのだから。
しかし人間ひとり、それだけでも扱いに窮する大荷物であり、飼うともなればそれは重労働。
最適解は早急なる処分、ないし解放。だが、それ以上の成果を求めるならば飼うことがとっかかりになり、そして、

――"動かざるを得なくなる"。

そういう意味で、彼女――伊都波凛霞があちらにいるということそのものがこちらの利だ。
必然、動きが杜撰になりやすいからだ。
情報伝達が混線し、士気が上がった、あるいは、内情の変動に不満を覚える者が"動け"とせっついた場合。

「だが――」

そもそも。

月夜見 真琴 >  
「前線に出る風紀委員が捕まった――だから、なんだという話になってくる」

以前話したこともあるが、結局、彼女は群れを作ることを拒んだ。
連鎖的な犠牲を疎んだのかもしれない。自分が痛みを一身に被ることを選んだのかもしれない。
その是非を問うことはない。選んだのなら、それが彼女の道なのだから。
そしてそれは――"免責"事項として扱われる。
"そうなる"危険性を考えた上でやっていた、という程度に、幾らか言葉を交わした程度でしかない彼女にも、一定の信を持っていた。
風紀委員会に、"そうなった"場合に、負うべき責任がない、ということでもある。

「そもそも腕にある程度おぼえのあるあいつを略取せしむる備えがある連中の懐に。
 どんな餌をちらつかされたところで、飛び込むのは愚の骨頂――
 見え透いた罠に引っかかりに行くようなのは、さすがに――」

立ち止まった。
視線を天井に向けた。

「ここでみてみぬふりは、"特務"の威信に関わるか?
 確かに、"あんなこと"があった後だしな――点数稼ぎにはもってこいの事案。
 うまく検挙ができれば、帳消しとまではいかなくとも、地盤を固めることはできるかもしれないな。
 ――やつがれの言葉に耳をかたむけるほどに困っている。
 人材不足は、あちらも特務も変わらないということかな」

あえて罠にかかりに行き、その上で蹂躙してみせよう。
尊大に格好をつける少年の姿が、頭のなかで簡略化されて思い浮かべられた。
ふ、と失笑しながらも、ファイルの日付を確かめる――もう、ずっと前。
まだ、自分が刑事課だったころの、捜査記録。

月夜見 真琴 >  
「でも、な」

ファイルを抜き取った。
ここにあるのは、要するに空振った捜査の記録だ。
真実に迫るための過程で、無数に降り積もったただの情報だ。

とある――違反部活との、戦い。
"彼ら"と風紀委員会との戦いのなかに、自分は、いた。
ほんの端っこだ。表舞台に上がることもなく、エキストラもいいところの立ち位置。
その事件のことを誰かが紐解くなら、自分の名前はまず挙がらないし、
挙がるほどの成果も、上げられていなかった。
それでも。
日陰、フレームの外で、それでも必死にやっていた時の記録をたどる。 

「すこし――気に入らないな。それは、だめだろう。 
 もっと焦がしてくれ。強く、鮮烈に。そうじゃないんだ。
 彼らは良かった。すごく良かった――そう、本当に――」

鼓動がドクドクと高鳴るのを感じる。
だからこそ、現在の落差に、少しだけ、

「あまり失望させないでくれ」

唸るように、告げた。
痛みを畏れ、失敗を疎い、喪失を避けるような――
つまらない幕切れで終わってくれるなと、そうひとりごちたとき、

月夜見 真琴 >   
 
 
「――あった」
 
 
 

月夜見 真琴 >  
早足で中央に誂えられた机に向かう。
椅子は引かない。叩きつけるようにファイルをひろげて、それを覗き込む。

「間違いない、彼女だ」

人の流れ。
そこに大きなヒントはある。
落第街に、歓楽街に、学生街に、ありとあらゆるところに、目と耳がある。
多くの多角的な視点がある。
それが世界を作っている。

目撃証言、ぼやけた写真、動画のデータ。
それらを照合し、心のなかの引っかかりが"ぴたり"と嵌った。

「そうだ。 この事件の時に調べたんだ。 全く"何も出てこなかった"が――
 うん、まだ、この学園にいる子だな。 うん、うん――」

月夜見 真琴 >  
"捜査"はできない。
だから、ごく個人的な友誼を図ることしかできない。
こめかみに手を当たる。湧き上がるような含み笑いを、ごくり、と乾いた喉に飲み込んだ。

「さて、どうやって接触したものかな」

名前から、様々なデータを指でなぞる。
愛しむように。
正直なところ、興味は彼らから、彼女に移り変わっていた、というところもある。
パーペチュアル・チェック。
相手をそれでやり込めてやるのは好きだが、意図せず起こったそれを愛せる感性はなかった。

「あまり目立つと怒られるし。
 合間合間の息抜きにでも、少し学園内を練り歩いてみるか――」

手書きのメモ帳に、手製の暗号できょうの成果を書き留めた。
浮足立って、もとの棚にファイルを戻す。
レイチェルに叱られるだろうか。
――いや、いや。彼女もそんなに暇じゃあ、ない。

「新しい面白そうなものを見つけたし。
 前のはもういいか、な――」

廊下に出た。
そこで、ふと。

「――あ」

携帯端末を取り出した。廊下を歩きながら発信する。
多忙を極める彼が出たことを確認すると、弾んだ声で語りかけた。
今回は一般回線で。

月夜見 真琴 >  
 
 
「理央か? 面白いことを思いついたんだ。
 ああいや、策とかじゃない。本当に思いつきだよ。
 どう取り扱うかは、おまえに任せる」
 
 
 

ご案内:「風紀委員会本庁/とある資料室」から月夜見 真琴さんが去りました。