2021/11/22 のログ
ご案内:「風紀委員会本庁 とある資料室」に月夜見 真琴さんが現れました。
月夜見 真琴 >  
「――ああ。 終わったのか」

知人友人のツテで落第街の情勢は早馬の如く届くものの、
実際の動向を知るのはワンテンポ遅れるのが常だ。
前線におらず、名目上は監視対象である以上、当然のこと。
小康状態なのか撤退なのか、それを知ったはこうして記録を読んだのがはじめて。

「気づいたら、という感じだったな」

そもそも、常世祭期間中は多忙を極めていた。やっと落ち着いてきたところだなのだ。
式典委員会からの要請あるいはこちらからの売り込みによって、
芸術学部は積極的に飾り付けと演出に噛む。自分も例外ではなかった。
仕事と並行して筆を振るい、内面世界を出力し、ライブドローイングのような見世物にも顔を出す。
友人知人――実は少数ながら存在していた――と打ち上げをしたり、などと。
いっぱしの学生らしい充実の横で、少しだけちょっかいを出した件は一旦の結末を迎えていたらしい。

ため息をひとつ。

月夜見 真琴 >  
仲間は無事――かどうかは本人の申告を信じるしかないが、帰還して。
書類上、作戦は成功だということになっているらしい。
古式ゆかしいプロパガンダ。独裁体制の真似事。
それが事実はどうあれ成功した、という実績――図書館もかくやという書類の棚の前でひとり、
冷ややかな視線を記録に残している。

「風紀の軍閥化など冗談にもならんな」

唇がわずかに笑みをつくった。
わかっている。そんなことにはそうそうならないのだということ自体。
右と左、それぞれに向かおうとする力がある上で、
"現状維持のための力"こそが凄まじく強力に作用しているくらいは、
この月夜見真琴の目からしても。

「――できれば共倒れが望ましたかったがね。
 こうなればいいな、という結果には、なかなかならないものだ。
 馬券を買うようなものか。風を読むのとは、訳が違う」

祖父のようにはいかない。
自分は、結局のところ、何もしていない。
風紀、公安、そしてシャンティ・シン。その裏側で少しだけ自分にできることをしただけ。
その程度で望む結果など掴み取れるはずがない。

順当な結果――そもそもそれを手に入れる資格もない。

月夜見 真琴 >  
落第街は、風紀の敵ではない。
存在を黙認されて然るべき空白地帯だ。
交わるのは、そこに風紀の敵が存在する場合のみ。
あくまで取り締まるべきは、違反生徒(はんざいしゃ)と、違反部活(はんざいそしき)だけ。
治安維持、秩序の番人、法の守護者であり――独裁者や処刑人ではない。断じて。

月夜見真琴の認識において、風紀委員会は警察機構だ。
軍隊ではなかった筈だ。
戦争をする組織ではない筈だ。

だが、その一部過激な派閥のおかげで、藪は無遠慮に踏み荒らされ、
"風紀委員会は落第街の敵である"という――"誤った風聞が流布している"のも、また事実。

少年少女さえ降って湧いた天稟、"異能"という兵器を持ち得る大変容後の世界において、
小犯罪抑止のためにさえ軍備や暴力という手段が必携となっていることは百も承知。
そうなった後に生まれ、それが当たり前として教えられて育った。

先手必勝の汚れ役を負う者が必要なのも事実。
いま彼らを排斥したところでそれが得になるとは思えない。

「戦争をしたいなら、したい者同士でどうぞ――とは、いかなかったな」

その"過激派"の功罪の罪の側面に、巻き添えを食らったものがいるのだ。
この件が結局、報復の連鎖という目を覆うような有様であるのが事実なら。
今回も犠牲になった落第街の無辜の民と、拉致された風紀委員が。

ゆえに願ったのは、双方の玉砕だった――そうはならなかった。

月夜見 真琴 >  
殺人は最悪の結論。
殺害は無力化・逮捕の際に起こった事故、失敗、やむを得ずの緊急措置。
自分の知っていた、自分のいた刑事部はそういう場所だった――と思う。
それも、風紀委員会のごく一部の、更に一部の班内でしかない。

何人殺した。どう殺した。誰に勝った。どう黙らせた。知らしめてやった。
疑わしき者は撃つ。撃って殺す。撃てば死ぬのだから。

――くだらない。

暴力"如き"で、何を誇るというのか。

「―――――………あ」

気づけば手に力が籠もっていたらしい。
わずかに皺になってしまった資料をどうにか体裁を整えて棚に戻す。
腕を組み、深呼吸。薬は持ってきていない。
普段、外出時に安定剤が必要になるような状況にはならないものだけれど。

月夜見 真琴 >  
"彼"個人とは、友誼とまではいかずとも、それなりに縁がある。
風紀委員としてはどこまでも相容れないが、レイチェルがいくらか目をかけていることもあるし。
それなりに誘導も仕掛けてみたが、僅かな干渉では限界があった。
しかし自分は外様。ソトから文句を言うことしかできない、無力な観客。

役者が違うどころか、役者にだってなれはしない。
乾いた笑いで自嘲して、手近な閲覧用の机についた。

「役者、か」

とはいえ、いつまでものさばられていても困るのは確かだ。
汚れ役は必要。しかし、その汚れ役が必要になった経緯は?
そもそもどこが始まりなのか。
いま退かせば終わる、という話ではない。

落第街は必要な場所だ。
なくなれば、必然的に別の場所が新たな落第街になるだけ。
できる限り、場所や住人そのものとは友好でなくとも、敵対は避けたいところだ。

そうでなければ、戦争を考える者が出てくるだろう。
"落第街と風紀委員会"という誤った構図を、"戦争したい者同士"と、書き換えていかなければならない。

「――――どうやって」

どれくらい、時間をかけて?
頬杖をついた。
権限もない。時間も――ない。

月夜見 真琴 >  
月夜見真琴が自分を凡骨だと考えるのは、わずか一年足らずだった現役刑事部時代、
自分より優れた者を多く見てきたからに他ならない。
ありとあらゆる分野においての巧者がいた。今は――外様だ。わからないが。

昨日。
そんな尊敬すべき先達のひとりと、数年ぶりに通話をした。
ずいぶん大人びていて、島外の企業に就職し、随分と忙しい日々を送っているとのことだった。
ごく当たり前に、警察組織に所属するものだと思っていた。自分を棚に上げて。

こちらの本業、画業のこともわかってくれているひとで、
現役時代に、色々なことの相談にも乗ってもらっていた人だ。
自分のいまの姿勢は、いくらかその姿の模倣であることも多かった。

そんな相手が口にした、

『真琴ちゃんはまだ続けてるの?あれ、風紀委員』

何気ない問いかけに、
随分と、距離を感じた。

まあ、と曖昧に返した。監視対象だの、なんだの、そういうのは語るべきことではなかったから。

問題は、そこじゃない。
その言葉に感じた、どこか悲しい懸絶の正体。
彼女にとっては、もう"卒業"したことで――過去のことだったのだ、ということ。
あの、風紀委員会の日々は、アルバムに綴じられた、思い出のなかの、一部。

自分も、こうなって過去にしたつもりだったが、まだ現在進行系なのに。
卒業したら"こう"なるのかと、不意に感じてしまった。

月夜見 真琴 >  
恐怖とか、不安とか、そういうのではなかった。
"卒業"するとは、そういうことなのかと、漠然と思っただけ。

形ばかりであっても、風紀委員でいられる時間は――もう長くはなかった。

(――別にもうよくないか)

そう思う自分もいる。
唾棄すべき者もいるが、排除しなければ死ぬわけでもなし。
変えねばならない事柄もあるが、自分がやらなければいけないわけでもない。
そこまで命を燃やすほど、大事だというわけでも――ない。

守りたいものなんて、それこそ具体的にすぐに挙げられる人間だ。
そんな広い範囲を愛せるほど懐も広くなければ、愛が大きいわけでもない。
自分のなかの優先順位は冷たいほど確かで、そんな人間だからこそ、
いま"こう"なっているのだ。第一級監視対象、嗤う妖精は。

(けれど――)

月夜見 真琴 >  
(わかったようなことを言ってさっさと降ります、などというのも。
 ずいぶんとつまらない物言いではあるか――)

卒業まで、そう時間もないが。
そもそもが不順な目的、"愉しむため"に入会したのだ。

うっすらと唇に笑みを浮かべた。そうなった時の切り替えは早い。
つい先日にも、風紀委員会には新しい人員が登庁したという。
面白い奴は増えている。そう考えると、新たに企めることもある。

多忙だ。忙しい。充実している。そんな絵描き兼学生の学校生活は、しかし。

(風紀委員会は、まだ遊べる)

唇に浮かんだ三日月を掌で隠す――昔からの癖だ。
こんな笑い方を、もうあまりしなくなっていた。
滲み出るような。暗雲から覗く月。
ふらりと立ち上がり、ふたたび資料の山に向かう。

月夜見 真琴 >  
聞いていたこと――といえば。
良い報せと、悪い報せ。
帰国、回復の兆しなし。

(ついでだ。レイチェルと華霧あたりも、気になっているようだし――)

ちょっかいをかけるとしよう。
ローファーの足音を響かせ、向かった先でファイルを取り出す。
いくらかの捜査資料がまとめられたもの。

「あの時以来だが――いま一度紐解かせてもらうか、ブロウ・ノーティス」

役職を失って久しいが、月夜見真琴は未だに風紀委員だ。

ご案内:「風紀委員会本庁 とある資料室」から月夜見 真琴さんが去りました。
ご案内:「委員会街」に月夜見 真琴さんが現れました。
ご案内:「委員会街」から月夜見 真琴さんが去りました。