2021/12/30 のログ
伊都波 凛霞 >  
「い、いやぁ…悩み、というかちょっと考え事をデスネ…。
 あぁ、それはお疲れ様です。あはは、年を跨ぎたくないお仕事ってありますもんね」

かくいう自分も同じで、遅くまで残っていた
…ちょっと誤魔化しが雑だったのは、そういうのに慣れていないせい

「いいですよ。事前に教えていただければ。
 教えられることは限られちゃいますけど」

訓練の参加には笑顔で快く承諾を
前線から退いた今もお更新の育成に熱の入る頼れる先輩、そのお手伝いを断る理由など何もなく
一般の人に教えられない技ばかりだけど、基礎となる技術は普通の柔術などとそう変わらない

───さて

仕事時間といえば仕事時間
でも今は周りに他に人もいなく、言ってしまえば仕事をはじめる前の時間である
空気も、わるくない

「で、まぁ…」

「何を考えてたのかー、なんですけど…」

抜けない棘の正体を聞くくらいは、いいかなと

「最近レイチェルさん、何かイイコトでもありました?」

小さく首を傾げながら、そう問いかける
悩み…というか、考え込んでいたことは彼女自身についてのことであると明かすのだった

レイチェル >  
「そうかよ、考え事だって吐き出した方が楽だぜ?
 時間を決めて紙に書くっつーやり方もあるらしいけど、
 やっぱ生身の相手に話した方がさ。
 いやまぁ、プライベートな話っつーんなら、それはまぁ……
 難しいところかもだし、無理にとは言わねぇが」

言っておいて、そう付け加える。
そう、プライベートは大事だしな。
凛霞の私生活については、オレもよく知らない所が多い。
職場で働いてるところしか見てねぇからな……。

「そいつは助かるぜ。それじゃ、百人力だな。
 今年の新入りも、めちゃくちゃ頑張ってるからな……
 オレ達も、気合入れて面倒見ていこうぜ」

一人で何でもかんでも教えられる訳じゃない。
だからこそ、多くの目であいつらを見て、
少しでも危険のないように業務を行って欲しいと思っている。
誰一人として、欠けないように。

そして、続く質問については。

「……え?」

イイコト? 
イイコト……イイコト……。

色々思いを巡らせる。
あったとも言うが……。

「落第街の炊き出しが成功したこととかか?
 ……でも、オレそんなに嬉しそうだったか……?」

あとは、少し遡れば華霧と釣りに行けたこと……くらいだけど。
まぁ、そっちの方は、な。

伊都波 凛霞 >  
そうプライベートな話は、当然遠慮が必要な領域
ただ確信が持てないと、逆に踏み込みすぎてしまうこともある
考えすぎならそれで良いし、その通りならそれはそれで…どうするんだろう
……その時に、考えよう

レイチェル先輩は後進育成が熱心だ
それなりに厳しい指導でもあるのだろうけど
異能犯罪に対して前線に出る風紀委員には危険もつきものとなる
殉職なんて、実はそこまで珍しい話じゃない
だからこその厳しさなのは、きっと教えられている新人風紀委員達にも伝わっていることだろう

──そして、話は変わって…

なるほど、炊き出し
そういえばそんな話をしていた、けど…

「うーん、っと…実はですね…」

「実はもうちょっと前から…ほら、3人で遊園地に行ったじゃないですか。
 あの後ぐらいというか、具体的には…山本くんが休暇に入る少し前……」

「くらいから、レイチェルさんの雰囲気というか空気が少し変わったなーって思ってて、最近特になんか…」

じっ…と焦茶の瞳が見つめる
なぜかそこには嗅覚鋭い猟犬のような雰囲気があった

「それこそプライベートな話かも、しれませんけど」

レイチェル >  
「……あ? 行ったな、確かに遊園地。
 楽しかったよな~、マジで。また一緒に行きたいもんだぜ」

まぁ、仕事とか色々落ち着いたらになるだろうが。
それでも、本当に楽しかったし、いい思い出になった。
ああいう日常こそ、大切にしたいものだ。
そう、あの時は――。


「雰囲気? 空気?」

遊園地から?
そんなに変わっただろうか。
そんなに変わって……。

「……あっ」

プライベートな話、なんて言葉を聞いてようやくハッと気づく。
あの時遊園地に行ったのは、オレと凛霞と……華霧だから。

正確には。

今の気持ちのことを……
華霧への気持ちのことを言ってるのだとしたら……
特別な気持ちを抱いたのは、
遊園地に行くよりも、英治が休暇に入るよりも、
ずっと前の話ではあるが……。

いや、そんなことはどうでも良くて!
全然どうでも良くて!

そうじゃなくて! 何でそのことを凛霞が……!


「……なっ、なな何も変わってねぇって……!」

間にちょっと咳払いを入れてリセットを図るが……

「ないない……!」

焦茶の瞳にじっと見つめられれば、思わず一歩後ずさる。

伊都波 凛霞 >  
あっ……

うーん、察してしまった
意外な程にこう…わかりやすいというか
その反応見せる前の様子からして、下地自体はそれこそずっと前からあって
変化というよりは…何かが固まった、そんな印象だったのだということがわかる

「不躾でごめんなさい。
 私、そういうの結構感じ取っちゃうタイプみたいで」

他人のコイバナに敏感な体質

いやでもそうなると最近いい人が出来た、というわけではなくなる…
なんだか、仮定の話が輪郭を帯びてきたようで…

「プライベートなお話ですから、無遠慮に踏み込むつもりもないですよ?
 少し気になっちゃっただけで」

「それとは別に、レイチェルさんを射止めるような人に興味もありますけど!」

あ、ダメだ止まらない
かなり狼狽するレイチェルを見てしまったせいで余計に、である

レイチェル >  
……冷静に戦場を分析する力。
戦う為に、相手の力量を見抜く力。
銃の扱い方。
そういったものはずっと磨いてきたつもりだ。
それでも、こういうことばかりはどうしても慣れていなくて。
突かれると、どうしようもなく脆くて。
恥ずかしくなる。

そりゃ大切な気持ちだし……
色々あるから隠しはするが、騙すのは好きじゃない。

「……いや。あの、そう……だな……えっと、うん……」

耳がすっかり垂れていた。
自分でもよく分かる。
両手で頬をぺちんと触る。
やっぱりちょっとだけ熱い。

ぱちん、と頬を叩く。
らしくねぇ。

「……多分、お前の思ってる通りだぜ」

頬の赤みがすぐに引く訳じゃないが。
少し調子を取り戻して、何とかそう口にする。
恋に恋してる訳じゃなし。
だから、恥ずかしくはあるが、
恥ずかしすぎて伝えられないなんてことはない。
この辺り、自分でもちょっと変わってきたな、と思う。

「オレは華霧が好きだ」

ちょっと困ったように眉は下がっていたかもだが。
それでも笑顔でそう伝えた。
変な顔をされたとしても、本当のことを友人に伝えられれば、
別に良いと思った。

レイチェル >  
「……悪いかよ?」 
 
……隠し通そうとしても、凛霞には絶対バレるし。
あまりこのやり取りを続けていても、騙すことになりそうだし。
そりゃ恥ずかしい気持ちはあるけど。
ちゃんと教えておこうと思った。

伊都波 凛霞 >  
その答えに、目を丸くする

そう、アレなにかあったかな…と直感的に感じたのは彼女一人じゃない
そして、自分の…凛霞の持つ世界観、当たり前、の中では少しだけ想像するに至らない部分でもあった故の、驚き

でも

そう言われたら納得できるようなコトがいくつも出てきて…同時に

「(これは…とんだラスボスだね?)」

と、彼のことを考えると思わざるをえなかった

───まぁ、それは顔には出さない。無粋もいいところ…

「もー、そういうことなら遊園地の時とか、言ってくれたら良かったのに」

はっきりと自身の、好意を寄せる相手の名を伝える彼女ににこりと微笑む

「それとなーく気を利かせたりとか色々できたのに…むぅ、失敗したなあ……」

もっと早くに気付いていれば、と少し悔しいものの
その後に知ることになる彼のことを考えれば片方に肩入れすることもしたくない

伊都波 凛霞 >  
「いーえ、納得しました」

まだ頬の赤い彼女へ、同僚としてよりも友人として穏やかな笑みを返す
ヘンな顔なんてとんでもない
自分もまた信頼する人との間柄、悪いなんてことあるわけないのだ

レイチェル >  
「ほんと、ありがとさん。そう言ってくれるのは嬉しいぜ。
 けど、そういう時に気を利かせるとかは……大丈夫。
 
 そういうのは必要ないぜ」

そこは、はっきりと口にした。
気を遣おうとしてくれているのは分かる。
その点を見れば本当に嬉しい申し出だが、
周りが気を利かせるとか、そういうのは……
オレとしては、あんまり性に合わない。
それに、凛霞や華霧に負担をかけちまうかもしれねぇし。


「……ま、オレも色々その……疎いから、、
 相談に乗って貰うことは色々あるかも
 しれねぇけど……」

そこは、そう。
どうにも慣れないもので……。
ただ、それは恋の相談だけ、という訳じゃねぇ。
いずれはもっと深い相談もしなければならねぇかもな。

「何せ、色々と複雑な問題だからな。
 第一、あいつはそういう気持ちが分からない奴だし、
 オレだけが、あいつのことを好きって訳じゃねぇし……」

英治のこと。
それから、
オレよりも前に華霧へ気持ちを口にしてたらしい奴のこと。
そして何より、華霧には恋が分からないこと。
それだけじゃない。オレが恋心を抱いたことで、
華霧の血なしじゃ満足に生きられない身体になってるとか……。
いや、最後のは……オレ自身が解決しなきゃいけないことだ。
それにしても、他にも色々、複雑だ。

「……さすが、完璧超人。でもって何より、信頼のおける友人だ」

凛霞は変な顔一つしない。心の底では分かっていたからこそ、
オレも言えたんだろうな。

伊都波 凛霞 >  
「あはは。でも知ってたら気を使う人って結構多いですから」

内緒のほうがいいかもですね、と笑う

彼女のことだ
ひけらかすようなつもりもないだろうから、そこまで心配はないのだろうけど
感づいた近しい人間は得てして望む望まないに限らず気を使うものである

「うっ。そ、相談…? ……の、乗れる範囲でなら」

伊都波凛霞はコイバナが好きである。特に他人…友人のものが
ただそれは、それについて話す人がみな一様に幸福な表情を浮かべてくれるから…というのが大きな理由
そのお手伝いができるならいくらでも協力したい気持ちになるのだ、が……

なんだか端切れ悪く、つつ…と滑るように視線を逸らす
いや、だって自分の持ってる恋愛経験値って……みたいな

けれど複雑な問題と語る様子には…
おいそれと誰にでも打ち明けることのできない、彼女なりの悩みが見え隠れする
色々な人間、あるいは人間以外だって存在するこの島で、そういうことに悩まない人は多いのかもしれない
改めて、態度を整えよう、表情も

「普段のレイチェルさんを見てると、そういう悩みとは無縁に見えちゃうから驚いたけど…」

「でも、話してくれて嬉しかったですよ」

彼女は同僚で、先輩で、仲間で、友人で…自分に道の歩み方を示してくれた恩人でもある
しかし完璧超人と揶揄される自分と同じく…その中身は、普通の学生であるの部分もたくさんあるのだ

「今しがた完璧が崩れたところを見せちゃった気がするけど…、
 信頼してますよ。私も。お仕事の場でも、お友達としても!」

この大きな多角形の中で、みんながみんな笑顔になる…というのは難しいのかもしれない
それでも選んだことに後悔のない結果になったらいいな…と願わざるを得ない
そんな素晴らしい場所に自分は身を置かせてもらっている

「───それじゃ、お仕事終わらせちゃいましょうか」

「せっかくだしお手伝いしますよ。先輩」

抱いた疑問はすっかりと晴れて、笑顔でそう言葉を伝える
そんな仕事モードに切り替えつつも…彼ら、彼女らのこれからゆく先、友人権限──特等席で見させてもらう気は満々であった

レイチェル >  
「そうだな、それもあってあんまり言いたくなかったんだ……。
 でも、騙すことになるのは嫌だなって」

あちこちに広げるつもりはない。
結局は自分で何とかしなきゃいけない問題だし、な。
皆に気を遣わせる訳にいかないし、それに……。

オレと華霧が、女同士ってこともある。
一般的に言えば、英治と華霧の方がずっとお似合いなんだろう。
それでも、この気持ちは。

……ダメだ、あんまり抱きすぎちまっちゃ。
華霧にも……目の前の凛霞にだって、負担をかけちまうから。
だから。そう、『自然体』で。

オレのままで、オレらしく。

凛霞が態度を直すのと、同じタイミングで。
オレもまた、調子を戻していた。

「はっ、そーかそーか、無縁に見えたか?
 オレだって悩むんだぜ? 
 ちゃーんと心があるからな。
 ……ま。
 後輩からは人の心のない鬼って言われることも多いがな」

ふっ、と笑って見せる。
そう、悩むのは生きた心がある証拠。
生きていく以上は、常に悩みや問題は降ってくるが……
どうにかして、解決していけばいい。してみせる。

「オレも、凛霞がちゃんと聞いてくれて、嬉しかった。
 本当に、本当にな」

信頼してはいた。それでも、変に踏み込もうとせずに、ここまで
きちんと聞こうとしてくれた。
だからこそ、伝えられた。

「お前みたいな後輩が居て……友人が居て、良かった」

この、複雑な関係。
聞けば、誰もが諦めるかもしれない。
それでもなるべく、関わる全員が少しでも……
少しでも幸せになれる形を。
楽しい未来を期待して、涼しい顔して足掻き続けていきたい。

皆が幸せに、なんて傲慢だと言われようが。
そんなのできっこないと言われようが。
悪い癖だと言われようが。
目指すその先を、オレにできる限り、正解にするだけだ。

「手伝い助かるぜ、ありがとよ。
 終わったらクレープの一つでも奢るからさ」

そうして凛霞に見せるのは、全力の笑顔だ。
さ、仕事に取り掛かろうぜ。

ご案内:「委員会街・風紀委員会本庁刑事部」からレイチェルさんが去りました。
ご案内:「委員会街・風紀委員会本庁刑事部」から伊都波 凛霞さんが去りました。
ご案内:「風紀委員会本庁 会議室」にレイチェルさんが現れました。
ご案内:「風紀委員会本庁 会議室」にダリウスさんが現れました。
レイチェル >  
風紀委員会本庁の会議室。
レイチェルはそこで、年末の書類整理を行っていた。
今日は刑事部の議事録のチェックと、
そのまとめ作業を行っていた。

そういった作業も一段落し。

「さて……」

時計を見る。
特殊異能研究所からオレ宛にメッセージが届いたのは、
少し前の話になる。
『戦闘に特化した異能についての情報共有がしたい』。
そういった話だった。

何故、オレに向けてメッセージを、と思う気持ちはある。
アポを取るのなら、もっと上の人間の方が適しているだろうと思ったからだ。

だが、異能犯罪を日々追いかける刑事部として、
異能についての情報を得ることは、決して無駄にならない筈だ。
まずは話を聞いてみようと思い、了承の旨をメッセージにて
返信してある。

そろそろ時間になる筈だから、この会議室に件の男が
訪れる筈だが……。

ダリウス >  
ノックの音が2回、そして「失礼します」という声と共に
ゆっくりと会議室の扉が開き、銀髪の男がその場へと現れた

「あ、どうも…。
 本日お約束の時間を頂いた、特殊異能研究所のダリウスという者です」

こういった場に不慣れのようにも見える男はぎこちなく一礼し、おずおずと一枚の名刺を差し出した
『特殊異能研究所・第一室長 ダリウス=W=雪城』
と描かれた名刺は飾り気もなく簡素で、営業の人間というよりは正しく研究畑の人間なのだと思わせるものだった

「申し出に応じて頂き感謝します。レイチェル・ラムレイさん」

そう言うと眼鏡の男はもう一度、深く一礼をする

どうにも腰の低い、穏やかな空気を纏っているが、どこか頼りなさげな男
外見の与える個人的なな印象はそういったところだろうか──

おかけしてもよろしいですか、と
一言断ってから、丁度対面となるよう男は会議室の席へとついた

レイチェル >  
「レイチェル・ラムレイだ。よろしく頼むぜ」 

さて、男が現れればレイチェルも椅子から立ち上がり、
軽く頭を下げて礼を示す。口調は普段通りのそれであるが。

名刺を受け取ればすぐにそれをクロークの内へしまい、
レイチェルの方も名刺を差し出した。

『風紀委員会 刑事部 レイチェル・ラムレイ』

男のそれと似て簡素ではあるが、
名刺の隅には可愛らしい猫の顔のシルエットが
主張をし過ぎない程度に刻まれていた。

「いや、全然構わねーよ。気にすんな。
 それから……
 そんな畏まらなくても、もっと崩していいぜ」

そう口にはしながら、
おかけしてもよろしいですか、という
男の言葉が始まるか否かといったタイミングで近くまで寄れば、
レイチェルはパイプ椅子を引く。

そこに男が腰かければ、別の長机の上に事前に用意しておいた
緑茶の入った湯呑を男の前へ置けば、
そのまま自らも元の位置へ戻り、椅子に座るのだった。

「……で、情報共有って話だが。
 何か、刑事部に伝えるべき案件や情報があったのか?」

ダリウス >  
学生と変わらぬ年齢ながら、場馴れした様子を感じる彼女に感嘆する
それでは失礼して、と腰を落ち着け
崩して構わないと言われれば…

「では、お言葉に甘えまして」

と一言
丁寧な口調などは元々の性分のようだった

そして最初の質問を受けると、男は口を開き、饒舌に話し始める

「そうですね。突然の申し出…とお思いになられたかもしれませんが」

「僕達の間では以前から風紀委員会との連携は重要度の高いものとして提案がなされていました」

机の上で手を組み、男は言葉を続ける
今回のアポイントメントは遥か以前から打診があったものの
ようやく研究所内での色々がまとまり、実現の運びがあったものだということは、まず伝えた

「特に刑事部、公開されている風紀委員の異能の情報はほんの一部でしょうが、
 僕達は研究の性質上、落第街の存在を認知しています。当然、そこで活動する風紀委員の方々のことも。
 必然、僕達の研究の上で必要となる『一般生徒と比較して強力な異能』を持つ方は多いのだろうと目されていました」

「僕達は研究の上でいくらかの異能をカテゴライズし、その性質や制御タイプの分類等…
 異能研究者としての見地から、多くの情報を持っています。秘匿すべきものも含めて──」

提供できる情報は、異能の研究結果
共有してほしい情報は、風紀委員の保有する、強力な異能者
──と、いったところなのだろう

そこまで言うと、一度言葉をくぎり
いただきます、と湯呑に手を伸ばす
緑茶…まだ極東の地に慣れなかった頃、妻の家で頂いた時は少し驚いた、渋みのある味
なんとなくそんなことを思い出して、少しリラックス

「…さて。
 その折に幾人かの風紀委員の方にコンタクトをとらせていただこうということに至り…
 貴方にまず、時間を融通していただくことになりました。
 一般生徒及び、僕達の中でも貴方を英雄視する者は多く…その名と異能も、有名でしたから」

「まぁ、一番目に選ばせていただいたのは…」

「僕の個人的な用向きもあってのことなのですが」

男はそう言って言葉を区切り、にこりとした笑みを向ける

レイチェル >  
「降ってわいた話じゃねぇ可能性も高いとは思っていたが……
 やはり、そちらの方で事前に検討を重ねた上での接触か」

机の上で手を組む男に、真剣な眼差しを向けるレイチェル。
宝石の如く煌めく紫色は僅かに細められて、男に向けられている。

「異能の行使は常に危険と隣り合わせだ。
 それでも、異能を用いた犯罪に対して、
 オレ達もまた異能を活用して対処に当たっている現実がある」

勿論、異能を使わずに対処する者も居るのだが。
それでも、多くの風紀委員会の生徒に該当はするだろう。

「だからこそ、勿論情報があるのなら……それは必要だろうな。
 リスクヘッジにはデータも不可欠だと、オレはそう考えてる。
 で、お前さんが欲してるのは異能者のデータか。
 は、そいつは上次第だろうが……」

もし風紀に所属する者の情報を一括して外部へ提供するとなれば、
到底、一風紀委員でしかないレイチェルの一存で
どうこうなる話ではないだろう。
しかし――

「……しかし成程ね、それであんたらの方でピックアップを行って……
 選ばれた一人がオレってことか。
 個人へ直接話を聞く分にはまぁ……確かに、上を通す必要もそうねぇか」

男の言葉を聞いて少し納得し、続けざまに静かに、また一段と
目を細める。少し自嘲気味に。

「……名刺に書かれていた姓、ちゃんと見てるぜ。
 ……『雪城』。炎の巨人事件のことだろ?」

見逃す筈もない。例の事件の中心人物……彼女と、同じ姓。

ダリウス >  
「無論、貴方の一存で…というわけにいかないことは承知の上です。
 しかしながら情報共有の必要性を外部組織である僕達からでなく…
 あわよくば現場の意見、として上に通していただければあるいは…とも思いましてね」

必要性については一定の理解を得られた
その感触を得られれば、それだけでも満足そうに男は頷いていた

「そして、ご明察…ですね」

「これは、ある種の確信をもって言えることなのですが…
 強力な異能の持ち主で、それを完璧に制御している異能者においても、
 その異能の力の『根源』『リソース』などを把握しておられる方は多くありません。
 『よくわかっていないが、問題なく使えている』人がおそらくは、大半でしょう」

「あえて無知という言葉を使わせてもらうならば、時にそれは大きな危険に繋がります。
 我々としても安定した研究のため風紀委員の方々にはこの島の秩序を守っていただかなければならず…
 そういった意味でも、貴方のような協力な異能者との連携が必要なのです」

ふぅ、と男は再び一息を吐く
口は饒舌に回るが、やはりこういう場馴れはあまり、といった風情だ

そして自嘲気味に笑うレイチェルを見れば、バツが悪そうに苦笑いを浮かべる

「…ええ。本来ならばもっと早くにお会いして頭を下げねばいけないところでした。
 室長という立場もあり、なかなか研究所の現場を離れられない体制だったものですから…。
 
 …貴方は僕の娘の…いえ、言い換えるなら僕自身の恩人なんですよ。レイチェルさん」

「その節は娘を救っていただき、……本当にありがとう」

表情を整え、今度は深く深く、頭を下げた

レイチェル >  
「ハッ、現場の意見ね。そいつは見方によっちゃ、大きく出たもんだ。
 報告はそのままさせて貰うぜ。当然、主観は交えずにな」

確かに情報は必要だが、だからと言って今すぐに手を結ぼうと、
この組織間の連携に対する浅薄な助長を行うことをレイチェルはしない。
あくまで主観を加えずに事実のみを伝えることを、男に告げた。
それで上がどう判断するかは――また別の話だ。


「ああ、そうだろうな。そしてそれは不思議なことじゃねぇ。
 異能っつーのは多くの場合、家電に近いところがあると考えてる。
 どういう仕組みで動いているのか……その詳細な所まで分からねぇ、
 或いは普段から原理を意識することなんざねぇが、とにかく便利なもんだ。
 ただ、扱い方を間違えば、思わぬ大事故に繋がる可能性がある。

 でまぁ、家電と異能との違いは……個々の性質によってその
 リソースや力の発現の特質が全く異なること……そして、
 何よりオレ達が、取り扱い方についての普遍的な情報を持つことが難しい
 ということだ。分類ごとに説明書がある訳でもねーしな。
 だからこそ、カテゴライズして、より異能のことを深く知って、
 安全に扱おうってんなら……そこんとこはまぁ、オレも賛成だ」
 
そこについては、レイチェルにとって納得のいく話だった。
強力な異能者との連携っつーのは、ちょいと引っかかりはするが。

個人的な所見を述べて、その後に続く言葉にも返していく。


「……成程、やっぱりあんた父親か」

あの事件のこと。救えなかった者のことばかり考えていたが、
そう。確かに救えたものもあったのだ。
そのことを、眼前の光景からレイチェルは改めて実感した。

「あんたの娘、無事で良かったよ。
 オレは、やるべきこと……その中でオレにできることをしただけだ」

そうしてただ、そう告げた。
深く頭を下げる男の前で、口から出かかった『気にすんな』という言葉を
レイチェルはしまい込むのだった。

ダリウス >  
「ええ、それで構いません。
 我々としても漸く、動き出すことが出来たといったところですので」

なるほど、場馴れているだけでなく
一風紀委員としての立ち位置、そして自身の与える影響他も十分に理解している
英雄視されるだけの傑物であるということは、これまでのやりとりだけで十分に見て取ることが出来た

「流石、理解が深い。そう、異能の力というのは性質が十人十色…。
 指紋や声紋、遺伝子の如く個々人によって異なるものです。
 ただ…いわゆるテレパスなど。似た性質のものがあり、共通するものも確認されています。
 言い方は良いものではありませんが、サンプルが多ければ多いほど、カテゴライズも容易となる…。
 そして、そろそろ僕達の研究内容をお話しておきましょう」

佇まい、そして眼鏡の位置を直し、男はゆっくりと話はじめた

「特殊異能研究所では主に2つの研究を取り扱っています。
 一つは…『異能の制御・覚醒を補助する特殊な薬剤の開発』
 こちらは精神面と、魔術的側面からそれを可能にするサンプルを開発するに至っています
 ただし実用のためには、制御に難のある…強力な異能者の臨床データが必要となります。
 …無論、相互理解・そして承諾を得ての話ですが」

レイチェルの持つ疑問の一つに答える形となった言葉
精神的・肉体的な負荷が強い異能
強力であるがゆえに、完璧な制御の難しい異能…
それらの情報を欲する根源は、彼らの研究内容そのものに他ならないのだった
そして…

「どうか謙遜はなさらずに。
 貴方に出来ることは、他の誰かにも出来ることとは限らない」

「貴方の持つ力が、他の誰とも違うように、です。
 ──ここからは個人的な話にもなってしまうのですが…」

「…時空圧壊《バレットタイム》。
 現在特能研でもカテゴライズのされていない、貴方の強力無比な異能の力…。
 …どうでしょう?一度、うちの研究所で検査をされてみませんか?」

彼女の今を何も知らないのであろう男は、そうレイチェルへと問いかけた

レイチェル >  
(前置きがあったとはいえ、サンプル呼ばわりか。
これだから研究者はいけ好かねぇ……)

顔には出さず、疑団を心中にしまい込む。
此方側に示された、彼らの目指す到達点は理解できる。
あとはこの男がどのような道途を辿って
その目的を達成しようとしているかだろう。
レイチェルは、紫色の輝きの奥で思考を走らせていた。

「成程。強力な異能者が必要になるっつーのは、そういうことか。
 少なくとも、あんたが考えてることは分かったよ」

レイチェルにとっては首肯し難い話ではある。
無論、開発には臨床データが必要なのであろうが、
相互理解と承諾を得た上でも、
何処か心に引っかかるものがあったのだ。
しかしそれは飲み込みながら、続く話に耳を傾ける。

「……時空圧壊《バレットタイム》、やはりそう来るだろうな」

当然だ。今までの話の流れ。
今のレイチェルが異能を保有していることが前提だ。

「そいつは、無意味かもな」

以前に紅蓮という教師と話をしたことがあった。
その時は、別の異能として変質している可能性を指摘されたが。

「悪ぃが、今のオレに時空圧壊《バレットタイム》は……
 強力な異能なんてもんは、ねぇんだ。
 異能の反応が、すっかり消失してるって話だからな。
 
 ……サンプルにできなくて残念だったな」

声色に棘はないが、しかし真正面から静かに言い放った。

ダリウス >  
「はい。強力な異能であればこそ、負荷、制約、制御の難易度、と。
 比例的に高くなってゆくデータは取れていますから…無論、その限りでないものもありますけどもね」

理解していただけたようで何よりです、と男は笑顔を見せる

「無意味…ですか?」

その後にレイチェルの言い放った言葉については、男も驚いたような表情を見せる
承諾でも、拒否でもなく
無意味と断じるその意味がわからなかったからだろう

しかしその後に続いた言葉を聞けば…
男の柔和な笑顔はどこかへと消え失せ、どこか深刻な表情のまま、口元に手をあてしばし無言で考え込む様子を見せた

「言い方が悪いと思いながら、サンプルという言葉を使った非礼はお詫びします。しかし」

「それよりも、異能が消失した、と? …完全に?
 耳にしたことがないわけじゃないけど、実例を目にするのは初めてだな……」

棘のある言葉など、意にも介していないようだった
やがてしばらく考え込んだ後、ゆっくりと男は口を開く

「あの…」

「能力が応答しない。反応が消失している、というのは。
 実感ではなく、検査の結果でということでよろしいですか?」

少し身を乗り出すようにして、男は問いかける

レイチェル >  
「……実感でもあり、検査の結果でもあるぜ」

静かに拳を握り、自らの胸に手を置いた。
以前はそこから感じられていた筈の、心臓のそれとは異なる
鼓動が、波が――今は感じられない。

「だからあんたの言う強力な異能とやら、
 オレから調べんのは、無意味だと思うぜ」

付け加えて、もう一度その言葉を告げた。
そうして、理解できないといった様子の男に、
許す限りの事情をレイチェルは説明することにしたのだった。

「本来、負担の大きな異能だ。そいつを何度も酷使していたことで、
 少しずつ身体に負荷がかかっていた。
 
 それである日、まぁ……深く思い悩んでいたことがあってな。
 いつも当たり前のように応えてくれていた、
 オレの時空圧壊《バレットタイム》は……
 
 その日を境に、全く応えてくれなくなった。

 オレの時空圧壊《バレットタイム》は、
 精神性や精神力が深く関わっている異能らしくてな。
 
 その日、乱れていた心が引き起こした暴発――
 バックファイアが引き金になってオレの身体を焼き……
 それ以降、異能自体も消失した。
 全て、オレの未熟さ故の出来事だ」

そこまで口にして、レイチェルもまた湯呑を手にとった。
しかし、それを飲む気分にはならずに男の方を再び見やった。

「サンプルだの何だのは、
 まぁ別にオレ個人に向けて使う分には良い。
 とはいえ、まぁ……そういう訳で、期待には応えられないだろうぜ」

ダリウス >  
「………」

ダリウスは黙って、興味深くレイチェルの言葉を聞いていた
時折、メモにペンを走らせながら視線を落とし…その様子は真剣そのものだったといえる

「…期待に応えられない、どころじゃないかもしれませんよ」

なんてことだ。娘の命の恩人である英雄が───
更なる福音、そして"可能性"だとは

「いいですか。レイチェルさん」

男は溢れる高揚を抑えるように、話し始めた

「僕は特殊異能研究所の研究員、そして室長として多くの異能者とその力を見てきています。
 その中で、自らが望まずに異能の力自体が完全に消失する…という状況に至った異能者は、今の所いません」

──脳を損傷する、あるいは精神の破壊、肉体の限界…
そういった例に限り、"使用不能"であるという状態はあったが

「『反応がない』とは『応答がない』と同義です。
 そこに何らかの異能の力が在ったとしても、それを認識できず、呼びかけなければ応えは返ってきません。
 多くのケースである、『そこに在るのに使用が不可能である』とはまた違っているんです」

男の言葉は、まだ要領を得ない
しかし気にせず、その先を口にしてゆく

「詮索ばかりで申し訳ありません。
 レイチェルさんの時空圧壊《バレットタイム》は恐らく、ですが…先天性のものではないのだろうと思います。
 先天的な異能は、肉体に起因するもの割合が多いですし…で、あるなら──」

「──その芽吹きも、レイチェルさんの精神に起因するものであったのではないかと。
 で、あるならば…負荷のみで完全に消失するとは考えにくい。
 本人が力の消失を望まず、本当にその存在を感じられないのであれば…」

男の薄青の瞳は、まっすぐにレイチェルへと向けられていた

「僕なら、別のものへと変化した可能性を考えます」

つまり、存在が変わってしまったから
名を呼んでも応答がないのだと───

レイチェル >  
「……」

『期待に応えられないどころじゃない』。
当初は男の言葉の意図が組みきれず、
怪訝そうに眉を寄せるレイチェルだった。

しかし一通りダリウスの説明を受けて、
男が高揚している理由も納得できた。

「実は、紅蓮先生っていう教師が居て、同じようなことを言ってた」

男がそのことに言及しなければ、語るつもりは毛頭なかった。
それでも、二人の専門家が――同じ結論に至っているのなら、
もしかしたらその可能性もあるのだろう、と考えられたから。


『レイチェル、今あんたは。
 過去ではなくて、未来を見ている。
 駆けつけるのではなく、共に歩もうとしている。
 時間を止めていては叶わない願いに、あんたは今『変わっている』
 その意味をよく考える事だね。
 その恋っていう感情と、その娘とどう向き合うのか。』

ダリウスが放った最後の言葉を受けて、紅蓮の言葉が脳裏を過る。

「……オレの願いが、変わったから。
 異能も変化した……と。あんたもそう言いてぇ訳か」

心当たりが無いでは、ない。
レイチェルの異能の源《ルーツ》は、家族を救えなかった体験だ。
手を伸ばしても、もう少しの所で届かなかった体験が。
見たくない結末を見ないようにしていた体験が。
生み出した、能力。

それならば、今一度異能が変化を遂げるとすれば、それは。
華霧《あいつ》との体験が引き起こしたものになるのだろう。

時を止めていては――置いていってしまう。
だからこそ、歩くような速さで。共に居られるように。

「そいつは――」

口に手をやる。少しばかり俯き気味になったことで髪がさらりと
瞳を覆い隠す。

「――確かに、否定できねぇな」

芽吹きが精神に起因するものなら、その変化も、また。
確信まではできないが、ダリウスと紅蓮、二人の話は共通しており、
そして今のレイチェルにとって納得のいくものであった。

ダリウス >  
「…そうですか。同じことを」

なるほど、と男は席を立ち
会議室に置かれているホワイトボードの前へと立つ

「言葉だと説明しづらいので、失礼して…」

マジックペンを手に取り、ダリウスは言葉と共に図解を描いてゆく

「あくまで僕達の提唱する説の一つですが」

「まず後天的に発現する異能の力の場合、多くは"素質"を"核"とすると仮定します。
 成長途中での経験や、欲求など、そういったものに"素質"は呼応し、変化をし…異能の力として発現する。
 それが未成熟な精神の持ち主による場合、必ずしも望む力になるとは限りません。
 更に人が成長し、求めているモノを手に入れた場合、満たされた場合…望むものが変わった場合、
 様々ですが、心理的にその力が不要であるとなった場合に…」

「消えはしません」

描いた異能の力を消し、そこへ素質という文字を書き戻す

「異能の力の根源となる"素質"が失われるわけではないからです。
 そしてその"素質"は新たな欲求や経験などによって、それまでとは別の力へと変化する。
 そうなった場合、その力はもう過去のレイチェルさんが求め、得たものとは別の存在となります」

「あまりよくある話ではないんですけどね」

あくまでも仮説ですよ、よ締めくくり、
一通りの説明を終えるとペンを置いて、向き直る

「"素質"を多く持って生まれた人なんかは、いくつも異能の力を持っていたりもしますね。さて…」

「実はこの話が、先程2つあるといった僕達の研究の2つ目です
 あくまで仮の話ではありますが、僕としてはレイチェルさんにご協力頂きたい。
 僕の見てきた異能者の中では、異能を変質させた可能性は…貴方で二人目ですから」

近くに歩み寄り、真剣な顔でそう言葉を投げ落とせば、再び男の表情は柔和な笑みへ

「すぐに答えを、とは言いませんが切望していると思っていただけたら幸いです。
 実は異能の研究って大変なんですよ、結構」

レイチェル >  
「やれやれ、まるで講義だな」

"素質"と"核"。
図解も加えた彼の説明は、至極理解のし易いものだった。
この類の研究者と言えば、空に浮かんだ己の殻に閉じこもって
一方的に独自の世界を展開しがちだが、
この男はなかなかどうして、一歩『降りる』ことの重要性を
知っているようだ。
レイチェルはその点に感心をしながら、彼の話を全て理解する。

「概ね理解できたぜ。まだ実際にその力を見てる訳じゃねぇし、
 一から十まで全てを信じるのは到底無理な話だが、
 それでも筋は通ってるな」

いつもの如く、腕組みをしながら。
レイチェルは、男にそう言葉を投げかけた。

「協力か――」

再び、視線を落とす。
様々な可能性が思い浮かぶ。
何せ、危険な力を扱う研究だ。
自らの身を、危険に晒すことはできない。

約束が、あるからな。
ずっと一緒に居るって。
居なくならないって。

そこまで思いを巡らせて。
髪で隠れていた顔を、男の方へと向ける。


「――さっきのカテゴライズとは、
 目的が違ってんじゃねぇかと思うが。
 その第二研究の目標と、
 具体的にどのような協力が必要になるかを伝えるべきだ。
 それ次第で考えるか、ここで断るか……オレが決める」

柔和な笑みに対して、細めた瞳を鋭く返す。

ダリウス >  
「まぁ飽くまで仮説ですので、全て信用してもらうとこちらも間違っていた時に困りますから。
 ええ…それが自然ですね。不意に見つけられるかもしれないし、見つけられないままかもしれません」

そう、そういう結果もあり得るだろう
だからこそ、彼女に協力を仰ぎたかった
この時間を融通してもらった当初は、娘を助けてもらったお礼と
その強力な異能の話を聞かせてもらうこと、そして、情報提供と共有の話をするだけのつもりだった
しかし棚から牡丹餅とはよく言ったもので、今はそれ以上に重大な関心が彼女にある

「そうですね、異能者のカテゴライズはどちらかといえば1つ目の研究成果を得る上での前段階に必要なものでして、
 で…2つ目の研究の目標ですか」

「1つ目の研究…異能を制御するお薬の話は先程しましたね」

淡々とした男の語り口調
一応、入り口のドアを気にするように視線を向けて

「一応これはまだ公にしていない部分ですのでオフレコでお願いしたいのですが」

「──異能を変質させる薬の開発が最終目標となっています」

もったいぶることもなく、さらりと男は言ってのけた
それもそのはずで、続く言葉には

「異能の制御を補助する薬と、異能を変質させる薬があれば、
 この島で望まぬ異能の力に苦しむ人の殆どを救うことが出来ると思っています。
 制御できない力に苦しむ子も、自分の力が役立たずだと嘆く子も、いなくなる…」

そう、あくまでも平和的利用を掲げているから、である
無論──悪用のリスクは考えるまでもない

「先述の通り、前者の薬は実用段階に入っていますが…。
 後者は、検体の数も少なく先程言った通りまず異能を変質させた方があまりにも少ない…」

そう言って、男は小さく首を振ってみせる
まず根幹を解析し立証しなければ、完成にはまだまだ程遠いのだと

「具体的には、レイチェルさんを徹底的に検査させて頂くことになります。
 通常の異能の診断よりも、もっと細かく、多角的な検査となりますね。
 特能研にはそういった施設も完備されておりますので、危険はありませんよ。ご安心を…」

レイチェル >  
「異能を変質させる薬だと……」

その言葉を聞いて思わず柳眉を僅かに逆立てるが、
続く説明を聞けば、一つ息を吐いて、
頭を軽く左右に振るレイチェル。

「望まぬ異能に苦しめられている奴らが居るのは確かだ。
 自らが持ってしまった異能のせいで、
 苦しんでいる奴が居るのは、オレもよく知ってる」

事実、知っている人間にもそういう者達が居る。
彼らは一生懸命に、健気に、それでも生きようとしている。

レイチェル自身もまた、異能ではないが、己の種族に依る
呪いに直面し、今も尚苦しんでいる。だからこそ。
その感情は、握ればその拳から血が流れるほどに、理解できた。

己の持ってしまった、過ぎた力で苦しむ島の人々。
こんなもの持ちたくない、と。願っても願っても救われない住民が、
光の向こう側に隠れているのを知っている。

「もし……」

そんな彼らを、救うことが、できるのか。

「本当に……」

そうだ、本当に救うことができるのなら。

「そんなことが……」

新たな薬の力で、笑顔が見られるのなら。

「できるとしたら……」

苦しみから解き放つことができるのなら。


それは――

レイチェル >  
 

 
「……却下だ。悪ぃが、あんたに協力はできない」 

 
 

レイチェル >  
静かに、言い放つ。
彼が熱をもって語る様々なメリット。
その影に隠れた負の側面を無視することなどできなかった。

レイチェルは、異能を強化する薬が出回った過去を忘れてはいない。
心ある者にのみ薬が出回る訳ではない。

「研究者としてのあんたは間違いなく優秀だろう。
 あんたの研究は間違いなく、偉大なものなんだろう。
 間違いない、オレじゃ到底見えないもんが見えてるんだろうな。
 
 だが、あんたが目の前にしているオレは……風紀委員だ。
 この島を守る組織の一員だ。
 
 この島に危険な変革を齎す可能性のある計画に、賛同できるかよ」

吸血鬼の――獣の如き瞳。
それはただ静かに、男へ向けられている。

「悪ぃな、先の報告は上げておく」

そう口にすれば、レイチェルは席を立つだろう。

ダリウス >  
「研究者とは、そういうモノですよ」

大人でも萎縮するだろうその眼光にも、男は怯んだ様子を見せなかった

「完成した薬の流通や使用の制約、ルールを定めるのは僕達じゃない。
 無責任に見えるかもしれませんが、それは銃なんかの製造過程も同じでしょう」

ガンスミスを殺人教唆の可能性で斜に見る者は…まぁいるかもしれないなあ、と内心思いながら

「納得してください。とまでは言いません。
 しかし僕達も命を駆けて、危険を侵して、理想を掲げ誇りを持ってやっていることです
 そこだけはご理解いただけたら、幸いですね」

席を立つレイチェルとは対象的に、にこりとした笑みを向けて男はそう言葉を締め括る

言っていることに筋は通っているかもしれない
しかしその裏に何かまだ──表に曝け出すことの出来ない事情を隠している
そんな小さな小さな気配は、消しきれずに

「本日はありがとうございました。レイチェルさん」

そう言って、深く頭を下げた

レイチェル >  
「だろうな」

やはり住む世界が違うと、レイチェルはそう感じた。
部屋の出口へと向かいながら、淡々と返す。

「今のこの学園に、そいつをばら撒くのは危険だって話だ。
 あんた、顕微鏡を覗くのは得意かもしれねぇが――」

溜息を一つだけついて、それだけ返した。

「――現場のことはちゃんと分かってないんじゃねぇか」

或いは先の無責任に見えると口にしていた際の発言から、
『知ったことではない』と割り切っている可能性も考えられる。
いずれかだろうが、いずれにせよ。
レイチェルにとってこの場で賛同できるものではなかった。
それこそ、この島の貴重なデータになるのかもしれないが。
そうだとしても、飲み込むことはできない。


コツコツと靴音を鳴らしながら、男の横を過ぎ去る。

「あんた達の仕事の素晴らしさは理解してるつもりだ。
 この学園にとって、欠かせない役割を担っていくだろう」

そうして少し通り過ぎた後に、振り返って口にする。
それこそ、先に話題に挙がった通り、
今後は色々な面で風紀と協力することだってあり得る。
それは、上次第だが。

「だが、その上での却下だ。少なくとも今は受け入れられねぇ」

断ったのは何よりも。
並べ立てられた論理のその裏に潜む小さな気配。
それを、何となく察さずには居られなかったからだ。
その手の輩と対面したことが多かったからこそ。

「時間取らせて悪かったな、ダリウス。
 出口まで送るぜ」

礼に対してはそう返して。

「……娘さんによろしく」

静かにレイチェルは部屋を出たのだった。

ダリウス >  
レイチェルが先に会議室を出た後、男は大きくため息を吐く

───成程

確かに裏打ちされた風紀委員としての実力と
英雄視された過去に相応しい度量、責任感
そして───若さを感じた
実年齢ではなく、この島に生きる生徒として
感情だけでなく、理論だけでなく
複雑に絡み合った、人としての…

「うーん…逃したくなかったなあ…仕方ないか」

小さく頭を掻いて、怪しまれる前に会議室を出よう

「口下手なんだから、こういうの慣れていないんだって言ったのに…」

かといってファミリアに任せるわけにもいかないし…
少々困ったように眉を下げながら、わたわたと会議室を後にする

この先、数度に渡って幾人かの風紀委員に、特殊異能研究所からの連絡が取り次がれることになるのだが
───それはまた別の話

ご案内:「風紀委員会本庁 会議室」からレイチェルさんが去りました。
ご案内:「風紀委員会本庁 会議室」からダリウスさんが去りました。