2022/10/15 のログ
ご案内:「風紀委員会本庁刑事部」に黒岩 孝志さんが現れました。
■黒岩 孝志 >
「違反組織とは何か?」
そう聞かれればこう答えられる。「校則に違反した活動を行う組織」と。
実にシンプルだ。
じゃあ、質問を変えてみることとする。
「風紀委員会の取り締まりの対象となる違反組織とは何か?」
……こうなるととたんに難しくなる。
ある風紀委員は、「違反組織である以上、それらは取り締まりの対象になる」という。
だが事実として、この島に蔓延する違反組織全てを、風紀委員は取り締まっているわけではない。
それは単に捜査のリソースが足りないというのでもなく――時に意図的に見逃すことさえあるのだ。
だからこそ、この質問が意味を持つのである。
もう一度問おう。
「違反組織の中で、取り締まりの対象になる者とそうでないもの、その差は何か?」
■黒岩 孝志 >
「――そりゃあ、気分だよ。気分」
血気盛んに乗り込んできた新人の風紀委員に対して、黒岩は冷静にそう答えた。
どうしてもっと積極的に違反組織を取り締まらないかというのだ。
毎年こういう風紀委員が出てくる。常世島の治安秩序維持の一角を担う風紀委員。
直接違反学生や不法入島者と相対することも多い刑事部に配属されることを自ら望むような新人というのは、ある意味狂信的な新人が多い。
わざわざ身の危険を冒してまで危険な場所に飛び込もうとしているのだから当然かもしれないが。
「そりゃあ、お前の気持ちも分からなくはないよ?
星の数ほどある違反組織を一つ一つ潰していくことも俺らの仕事の一つであるのは確かだしな。
でもだからって何でもかんでも潰しまくるのは俺らの仕事と違うわけよ。
風紀委員会はつよーいつよーい力を持ってるわけでさ。
なんでもかんでも潰しまくったら学生の自由な活動を阻害しちゃうでしょ?」
違反行為は認められるべき自由じゃありません!
新人の風紀委員はそう鼻息を荒くする。
「わかったわかった、じゃあ一つ質問していいか?
『違反組織の中で、取り締まりの対象になる者とそうでないもの、その差って何よ?』」
■黒岩 孝志 >
新人は言葉に窮した。
――だから課長がさっき言ったじゃないですか、気分だって。そんなのおかしくないですか。
「うん、そうだ、気分。でも正確に言えば、俺の気分じゃない」
黒岩は人差し指を立てた。
「上。上の気分だ」
――上?
「そもそも違反組織っていうのがいつから『違反組織』になるのかが問題なんだ。
だって犯罪者たちも最初から「僕らは違反組織ですー!」なんて言って組織を立ち上げるわけじゃないからな。
初めから、本質的に違反組織たる違反組織ってのはない。
じゃあ誰がある組織を違反組織だって決めるんだ?」
――そりゃあ、法令に照らし合わせて、違反行為をしてるか……
「それがそう簡単にはいかないんだな。違反行為が見つかっても、それ自体は単なる個人の犯罪行為だ。
それが組織的な行為だって立証するのは、案外難しい。
麻薬や人身、武器の秘密売買を挙げるにしたって同じ事だ。
だいたいの場合、こっちの面子を考えて身代わりを差し出してくるからな。
刑事部の連中にもそれで満足してしまう連中がいる。例えば一課の連中だ。
そいつらは組対である俺らの成果なんか考えないしな。
組織に解散命令を下すには大量の証拠と申請書類、それに公安委員会の司法局のお墨付きがいる。
短くとも半年、長いと2,3年……一つの組織を合法的に解散させるってのは、案外難しいんだよ。
資金の流れまで完全に潰さないと、地下に潜っちまう連中もいるしな」
■黒岩 孝志 >
――じゃあ、どうやって潰すんですか。
「まあ、落ち着けや。
そうなるとだな、俺らも重要度の高い組織から潰していこうということになる。
社会への脅威度が高い組織だ。
特に、一般学生含む市民に抗争の巻き添えを食らわせるような組織とか、
風紀委員会に大っぴらに敵対するような組織なんかは、優先度高になる。
風紀公安のお偉方は、そういう組織を手っ取り早く潰す方法を思いついた。
それも、一つの魔法の言葉で法律家からの批判を躱せるんだ。
何かわかるか?」
――なんです、その言葉って?
「『テロリスト』だよ。
少しでも組織と関係のありそうな市民は証拠がなくとも『過激派テロリスト』、
組織に協力してそうな人間は証拠がなくとも『テロリストのシンパ』、
批判してくる法律家やマスコミは証拠がなくとも『過激派左翼』、
な、いい言葉だろ?」
新人は苦虫を噛み潰した顔をした。
「まあ、そんな顔するなって、冗談だよ。
ともかく、このやりかたは素晴らしくうまくいったんだ。なにせ司法局もこの手に乗ったからな。
大して証拠が十分でなくとも、面倒な手続きを得なくても、さっさと解散命令を出せるようになる。
武力で無理やり鎮圧しようとする困ったちゃんの尻ぬぐいにも、この手を使ったんだぜ?
二度とやりたくないけどな」
――それで?
「一つ聞くが、このやり方、正しいと思うか?」
――正しい?
「ある組織が違反組織になるか、上の匙加減だってことがさ。
言っておくが俺が知ってる限り、少なくとも両手で数えきれないほどの回数、
このやり方は特定個人の政治的利益のために悪用されてる。
政治団体とか、マスコミとか、研究施設にしたってそうだが、
薄弱な根拠を理由にテロリスト指定を受けて大した証拠もないうちに公安が解散命令を出し、
それに則って風紀委員会が強制執行を行った。死者だって出してる」
――それは。
「風紀委員会ってのはさ、お前さんが思うより強い組織なのよ。
そりゃあ強権を使ってしらみつぶしに潰していくのは簡単だよ?
でもそういうことは証拠を積み重ねてやらなきゃ。それが俺らのできる誠実な捜査ってもんだし、
目の前の惨禍を防ごうとするがために無理な方法を使い続ければ、いつか手ひどいしっぺ返しが来る。
治安秩序を守るのが役目の俺らが、逆に治安秩序を乱してた、なんて、
愚にもつかない話だが、ないわけじゃない。
――いいか? 前にもいたとは思うけど、俺たちの仕事ってのは、始めた時点で本質的には手遅れなんだよ」
――……。
「ま、お前の気持ちもわからんことはない。
無力感を感じるときがあるのは、この仕事ではしょうがないことだ。
だけど俺らは司直として――強い権力を持つ以上は、
自分の仕事に責任を持たなきゃいけない、そうだろ?
間違えても無辜の市民の自由を奪うためにその力があるわけじゃないんだ」
――わかりました。
「よろしい」
ご案内:「風紀委員会本庁刑事部」から黒岩 孝志さんが去りました。