2024/05/26 のログ
ご案内:「風紀委員会 第■資料室 」に端集シスイさんが現れました。
端集シスイ > 「どもども~」

 電子音とともに解錠された室内は、資料室という言葉の印象を裏切る硬質さを備えていた。本土には未だに古めかしい旧時代の名残がうかがえるが、新時代の橋頭堡たるこの学び舎には至る所が最新鋭の絡繰仕掛けの城だ。
 (往々にして、一般的に)誰にでも扱うことができる。
 そのように整えられたこの小部屋も、黴とインク臭にまみれた鈍重なファイリング様式ではなかった。大昔の『大変容』の時の教訓としても、災害時に情報を残すためにアナログでの保管もなされているという話は聞くが、新人がアクセスしていいものでもないし、する理由もない。

「とりあぇず、ここ一週間くらい遡って纏めればいい……んだよね」

 新人に任される仕事といえばそんな程度のものだった。事件記録を指定された期間たどって、その期間内の情報を作成するというような。新聞の切り抜きをわかりやすくスクラップするような、そんな誰にでもできるような作業。

端集シスイ > (必要な作業でしょうか?)

 命ぜられた時、思わず小癪な反論が口をついて出かけたのを飲み込んだ。
 今やかつての未来予想図さえ骨董と扱われんばかりの進んだ世界において、こんな作業に人足を使う理由がすぐには思い至らなかったのである。用件はAIによって細かく分析され、集計され、編纂されて纏まるものではないのか。人工知能に信は置けないなどと『差別思想』が蔓延しているわけでもあるまいに。
 しかし、自分は推薦された身だった。それを受諾した時点で、思う様に動くことはできないも同然であった。
 ――が、

(必要なんだろうな)

 命じた相手の顔を見て、それが鰯の頭でないことをすぐに理解できたものだから。
 謹んで『はい』と頷いてここに来た。見られているのは事件記録ではないのだとすぐに判った。

端集シスイ >  数分ののち、若干の侮りを自覚する。
 たかが一週間、されど一週間である――『事件』という言葉の意味するところを履き違えていたと言わざるを得ない。委員会、即ち公的機関は多忙なのだ。『事件』は大小さまざまなものが数珠つなぎに発生していた。個人の物差しで判断していいことというのは、決して多くないのだと。

(知ってるよ、そんなことくらい)

 痛いほど――

 眼鏡をかけて、宙空に浮かんだ光の板、接触感応式のホログラフィックと向き合う。
 期間外から伸びている帯は無視でいいとのことだった。あくまで発生したものだけを追いかける。事務的に記録を作成するなかで、しかしどうしても感情がそそられる事柄が目についた。
 頬杖ついて、掌のうえに顎を乗せた。ふんすと鼻息を零して、面白くなさげにホロを睨む。

(……ああ、これかあ~)

端集シスイ >  私闘の仲裁。
 自分が推薦を受けることとなった事柄だった。どうやらこれは本当に日常的なようで、対処にあたった者の名前も様々だ。伊都波、桜――有名だったり目立っていたり、そんな名前が並んでいる。なるほどなあ、という間の抜けた感慨をよそに思い返すと、そんな自分は、対応された側だった。その時は風紀の立場でなしに仲裁、要するに緊急避難として市街地での異能の無認可かつ、法定を超過する類の使用法で行使したのだ。
 それはそれ、これはこれ。厳重注意を受けた記憶は新しい。
 巻いた腕章の感覚。

「ふぅん……」

 よくあることだった。本土でも、さして珍しくもないことだった。 
 日常的に諍いが起こり、その時にツールとして異能が用いられる。じゃあ、拘束具でもなんでも付けときゃいいだろという短絡的な物言いは、異能や魔術に生かされている類の者たちへの差別・冒涜であり、ないし危険思想の一種に繋がりかねない不徳だという。
 
「いやでも」

 でも。

「罰が軽くね」

 思わず声になった、事件を起こした側の処遇に、疑問があった。

端集シスイ >  その件数の多さもさることながら、これが常態化しているということをデータとして見せつけられてしまうと、端集シスイは奇妙な感覚に陥った。
 チェアに深く座り直して、行儀悪く腕を伸ばしてホロの上に指先をすべらせながら、情報の群れから伺い知れる風紀委員会の活躍を拝覧する。次第にその顔から表情は失せ、不意、集中力の途切れ様に視線が発光から逸れた。

「あ」

 風紀委員の腕章だ。試験と面接をパスして、研修中のそれではあるが貸与されている。
 端末と学生証含めて風紀委員仕様だ。これによって多くの権限がアンロックされ、法定という言葉が意味する範囲が大きく変化し、自覚をもって規律に則った行動が求められる。これも研修だ。おそらくは自分が風紀委員会という組織にふさわしいかどうか、基準を満たしているかは常に見られている。

「…………」

端集シスイ > 「きもちわる……」

 自分が風紀委員である。
 情報を追えば追うほどにその事実が重く感じる。さっきからうずまく、胃からせりあがるような奇妙な感覚に、そんな名をつけて言葉に出した。

「さっさと終わらせよ」

 きっと長くはないな。ぼんやりと考えながら仕事を進めた。推薦してくれた友人の言い訳とソフトランディングの方法まで。
 再発の防止のためにも厳罰化と制限の強化の必要性を陳述書に上げるなど、こまっしゃくれたことをしながら、結局は一日をかけて作業を満了、提出。 

ご案内:「風紀委員会 第■資料室 」から端集シスイさんが去りました。