2019/02/12 のログ
ご案内:「学生通り」に北条 御影さんが現れました。
北条 御影 > バレンタインである。

世の中は少年少女の、男と女の甘酸っぱい想いが渦を巻き、
恋せぬモノは人間にあらずと言わんばかりの空気が蔓延する、バレンタインである。
渡すか、渡さぬか。
貰えるか、貰えぬか。
人は皆そればかりを気にしてソワソワと浮足立ってしまうものだ。

が、此処にいる少女には心底無縁なイベントでもある。

「……」

よって、彼女は非常に居辛さを感じていた。
学園から寮に戻る帰り道、街は既に浮かれモードに突入しており、
それに気づいた時は、うっかり何も考えずに学生通りに足を踏み入れた己を呪った。

「楽しそうだなぁ、みんな」

はぁ、と重たい溜息をもらす。
そう、繰り返すが彼女にはバレンタインなど無縁である。

北条 御影 > 「学生の本文は勉強だっつーんですよ。勉強しろ、勉強ー」

などと口をとがらせてみても、誰か答える人が居るわけでなし。
街は変わらず浮かれ気分の生徒たちで溢れている。
自分も、この異能に目覚める前はいっちょ前にバレンタインを楽しんでいた覚えはある。
仄かに想いを寄せていた少年に、手作りチョコを渡そうかどうしようか、などと考えたこともある。

が、今となってはそれも過去の話だ。

「渡したところでねぇ…。初対面の人からチョコ貰っても、困るだけですよねぇ」

はぁ、と再び溜息。
ソワソワとした空気に満ちたこの学生通りで、
商店の壁に寄りかかってアンニュイな雰囲気を醸し出す少女は、さぞかし浮いて見えることだろう

ご案内:「学生通り」にヨキさんが現れました。
ヨキ > 仕事を終え、買い出しのために訪れた学生街。
手には文具店の袋のほか、一年を通して人気がある菓子屋の紙袋を提げている。
持ち手はご丁寧に、バレンタイン仕様の可愛らしいペーパータグで飾られていた。

「……む?」

何の気なしに視線を向けた先、通りの隅に佇む赤い髪が目に留まった。
その横顔が物憂げに見えて、自然と足が向く。

「――こんにちは。何か困り事でも?」

初対面の学生に話し掛けるかのよう、御影に挨拶する。

だがそれは誤りだ。
この美術教師ヨキは、かつてあなたと言葉を交わしたことがある。
それは、ごく些細な世間話だったかもしれない。
覚えておくよ、と、あなたの名前をスマートフォンへ打ち込みもした。
これほど鮮やかで特徴的な赤毛を以てしても、ヨキはあなたのことを忘れている。

北条 御影 > 「―」

不意に、辺りが暗くなった―
というわけではない。190㎝を超える大柄な男が声を掛けてきたのだ。
聞き覚えのある声に顔をあげればそこには美術教師。

「、あー。どうも先生。困りごとというか、何というかですね。
 この街のどことなく浮かれた空気に馴染めなくて…ちょっと疎外感?みたいな。そんな感じですよ」

あは、と困ったように笑って答える。
大柄な教師の手元には生徒たちにも人気の菓子店の袋があるではないか。
馴染めない自分に声をかけてきたこの教師もまた、バレンタインを楽しんでいるのだ。
そう思って―

「先生は、この浮かれた空気を楽しんでいらっしゃるみたいで。
 いいですね、そういうの。残念ながら私は渡す相手も、恋バナする友達も居ないもんですから」

ちくり、と。
思わず刺のある言葉が口をついて出た。
「覚えておくよ」との言葉も丸ごと忘れてしまったことへの小さな抗議の意味も込めて。
その抗議さえ、伝わることは無いのだろうが。

ヨキ > 「そうか、バレンタイン……。
 ヨキは毎年、この日を祭りのように楽しんでおるものだからな」

どうしたって、彼女の物言いの意図を察することは出来ない。
肘に袋を引っ掛けた手で頭を掻き、眉を下げて笑った。

「相手が居ないなら、ヨキのところへ来るといい。
 学生らと菓子を持ち寄って、みなで食べ比べなどしているよ。
 君にもきっと、新しい出会いがあることと思う」

ヨキは本心からそう言っている。そういう教師だ。
そうして不意に、それならば、と懐へ手をやって――

「――浮かれた気分とは距離を置きたい君に、ヨキの『尋ね人』を手伝ってもらおうかな」

取り出したのは、一枚のプリントの切れ端だ。隅に小さく、“北条御影”と書かれている。
それは間違いなく、あなたが友人(そう呼んで良いかは判らないが)のプリントに、そっと書き残したうちのひとつである。

「教え子から相談を受けてな。
 持ち帰ったプリントにこれが書かれていたが、誰のことだか判らない、と。
 この名前の学生か――名前を書き残そうとしている者に、心当たりはないかね?」

北条 御影 > 「あは、それは楽しそうですね。気心しれた友達と、なら…ですけど」

和気藹々と談笑している空気に笑顔で入っていく。
出来ないことはないけれど、今のこの気分では難しいだろう。
きっと、今みたいにチクチクと刺のある言葉を吐いて皆を困らせてしまうに違いない。

「だから、今回はお断り―」

と、言いかけて。
ヨキが差し出してきたプリントの切れ端に書き込まれた名前を見て、息を呑んだ。
数多書き残した、自分の足跡ともいえる落書きの一つ。
それをまさか、本人に差し出してくるなんて。

あまりに出来過ぎた偶然に何と答えたものか一瞬、躊躇ってしまった。
これはきっと自分が待ち望んでいた展開だ。
絶対、絶対に掴まなければいけない救いの手である。
それは間違いないのだけれど―

「え、っと。あの、先生は…この名前に見覚えはないんですか?
 ほら、配布されたプリントに落書きだなんて…学園関係者以外には出来そうにないじゃないですか。
 先生は…その、教師ですから?生徒とか、教師とか。名前…憶えてないのかなーって」

幾度にも丁寧に丁寧に砕かれた心が警鐘を鳴らす。
また、傷つくのかと。
だから、その手を掴む前にワンクッション。
臆病な自分に内心歯噛みしながらも、平静を装い問い返す。
「実は全部わかっていて、自分をからかっているんじゃないか」
そんな期待も、少しだけ。