2020/06/18 のログ
A.昼 >  
「まあ俺は料理人だからな。
 どこでもできるように準備はしてるってわけだな。
 まあちょいとまってな、美味いもん食わしてやるからな」

 少年のツッコミにも、「元気がいいなあ」くらいで動じることもなく、視覚的には心地いい手際で鳥のようなものから、黒光りする肉片へと変わっていく。
 この鳥のような肉は色以外は、あなたの知る肉とそう変わりはしないだろう。
 変な粘液が滴っていたり、奇妙な臭いがしたり、うごめいていたりはしない。

「そうかそうか、兄ちゃんも苦労してきたんだなあ。
 俺はなんだ、気づいたらこうだったし、困ってもいないからよくわからねえが……。
 俺が若いころは戦争だ紛争だ、害虫駆除だで戦場にばっか行ってたからよ、今の世界はずっと平和でいいんじゃねえか?」

 そして鳥(?)を捌くと、コンロの上に金網が載せられる。
 火をつけて網を温めながら、鳥肉(?)を串に刺していき、また翼の下を探ったと思うと、今度は大きなツボが出てくる。
 そのツボの蓋が開けられると、紫色でドロリとした粘液のようなものが見えた。
 それを、鳥類は刷毛を使って鳥肉へと塗り込んでいく。

「このタレがな、昔害虫退治に行った村で貰ったもんでよ。
 あんまり旨かったから、それ以来ちょいちょいアレンジしながら作り足してるんだよ」

 「いい匂いだろ」と言って刷毛を差し出されるが……その匂いは見た目に反して、甘みのある香りの食欲をそそる匂いだった。

矢那瀬陽介 > 危機意識から立ち上がっていた少年も。
その現象も調理器具と材料を出現させた以外は異常がないことに気づいて
元のように腰を下ろしていった。
見た目以上のない肉が火を掛けられて香ばしい匂いを広げるなら、すンと鼻を鳴らして。

「なるほどねぇ。マガ……アヒルで料理人。
 今まで食べられなかったのはこうやって手料理を振る舞ってきたからかな。
 いい匂い ……っと!」

油断して鳴る腹を抑え……タレ壺らしきものが取り出されるのに思わず伸ばしそうになる手も反対の手で抑え。
辛うじてのところで真鴨の調理を邪魔せずにいられた。
せめて空腹を誤魔化そうと会話に専心しても――

「色々とあったからねぇ。
 あれ?今の話って大変容のこと?
 もしかして俺より長く生きてるの?
 真鴨ってそんなに長く生きられなかったような…まさか元は人間とかじゃないよねぇ」

専心してもその目は凝っと刷毛に繰り返し塗られる焼鳥を見て。

「秘伝のタレってやつだね。すごいじゃん。ここの商店街の焼鳥よりも美味しいかも。
 ああ、いい匂いさ。
 だから、早く!もう待ちきれないよ」

目の前の光景で口腔に溜まった唾液を口端にたらしながら、焼き終えるのが待ちきれず金網の側まで手を伸ばしていく。

A.昼 >  
「まあまあ、焦るなって。
 急いては鳥も太陽で溶けるって言うだろ」

 言わない。

「焼き加減ってのが命なわけよ。
 ちゃんと火が通りつつ、焼きすぎずな。
 そうだなあ、いまいち覚えてねえが……43までは年を数えていたぞ。
 あれから何年経ったかなあ」

 嘘か本当かわからないが、自己申告では長生きをしているらしい。

「さて――そろそろか。
 炭が用意できなかったのはちょいと申し訳ないところだが。
 よし、出来上がりだ」

 鳥類が金網から皿の上に串に刺さった焼き鳥を何本も載せていく。
 それは熱せられることで色が変わるのか、見た目は玉虫色の液が滴る黒光りする異様な物体でしかないのだが……。
 その匂いは香ばしく甘い、よく知る焼き鳥の香りだった。
 そう、見た目以外は非常によろしいのだ。

「ほれ、召し上がれってやつだな。
 兄ちゃんの気が済むだけ食うといいぞ」

 皿の上には山ほど焼き鳥(?)が積まれている。
 食べれば、見た目からは想像のできないような濃厚な味わいと、鳥のような歯切れのよい食感、脳まで貫いてくるような香りが少年の五感を襲ってくることだろう。

 周囲はその異様な肉やタレの色からか、いつの間にか人が少なくなっていた。

矢那瀬陽介 > 「言わないよ。事を仕損じるだよ
 ……むぅ、分かったよ。焼くのに時間が掛かるという訳だね。
 いいよ。その代わり口…じゃなくて嘴動かしてる暇あったら手、 じゃないか羽動かしてよ」

唇を尖らせて手を引いていく。
少しずつ、少しずつ、濃くなる焼色が甘タレの薫りを広げるのに犬のように鼻を鳴らして。

「43ってもうおじさんじゃん。それじゃ大変容のときも生きてたんだね。
 そりゃその時と比べれば今も天国かぁ……アヒルも大変だったんだね。
 俺も頑張るよ」

目を細めて聞き入るが、やはり食欲には勝てない。
置かれる更に目を輝かせ……。

「うわ、凄い色」

輝かない。甲虫の背のように輝く焼鳥に手に取るかどうか戸惑う。
それでも食指そそる薫りに勝てず、ぎゅっと目を瞑りながらくわえ込み。
咀嚼するたびに少しずつ目を開いていった。

「美味しい。見た目からは想像できないくらいジューシーで、噛めば噛むほど味が出てくる」

竹串を震わせながら感動。そして餓鬼のように次々に手に取りあっという間に皿は空になった。
最後の竹櫛を置いたのなら手を合わせて。

「ご馳走様。とっても美味しかったよ。
 あれ、もうこんな時間か」

日付変更を過ぎて閑散としだす学生街に唖然と首をめぐらし。

「アヒル。もう帰るかい?
 お代金の代わりに行きたい場所まで乗せてくよ」

彼が了承するならその小さな体に手を添えて、胸の中に抱きかかえて立ち上がろうとする。

A.昼 >  
「おう、おじさんだからなあ。
 なあに、大変さってのは人それぞれってもんよ」

 話しつつ、おいしそうに食してくれる少年へ満足そうに一声うなる。
 肉の味わいや旨味は知っている肉と少々違いはあっただろうけれど、それでも満足してもらえたのなら鳥類は自分の仕事に納得できるのであった。

「よしよし、口にあったなら幸いってやつだな、おそまつさん」

 と、口にするが少年が「こんな時間か」と口にすると、

「昼だよ」

 と、間髪入れずに鳴き声をあげる。
 昼ではない……はずなのだが、なぜか昼のような気がしてきて、どこか自分の時間感覚に自信がなくなってくるだろう。

「おう、そいつはありがたいが、どうせならちょいと話を聞いてくれ。
 実は人探しをしててな、こう、赤い短髪の気のいい嬢ちゃんなんだが……学生らしいんだが見た覚えはないか?
 名前を聞いたはずなんだけどよ、どうにも思い出せなくてなあ」

 鳥類は眉こそしかめないが、困ったように頭を捻っていた。

矢那瀬陽介 > 「ああ昼だね。それじゃおじいちゃん帰りましょうか」

再三のやり取りに慣れて軽くあしらいながら持ち上げようとするが。

「ん、話。そうだね、俺ばっかり話をしていたもんね」

抱えようとした手を離して改めて折り曲げた膝を両手で抱えて清聴に専念。

「赤い短髪で、気のいい嬢ちゃん……うーん。知らないなぁ。
 でも見かけたらアヒルが探していたことを伝えるよ。
 アヒルはその人を探して人里に出てるんだね」

パーカーのポケットから取り出したスマホに指を這わせる。
LCDに照らされた顔はふと、何かに気づいたように困惑した面になり。

「赤い短髪。気のいい女の子。学生。それだけじゃ流石に見つけるの難しくない?
 もっと何かないの。例えば口癖とか、得意なこととか。
 異能なんかわかったらすぐ見つかりそう。
 何か思い出せない?」

A.昼 >  
 知らないと言われれば、どことなく残念そうに首を傾けるだろう。

「おう、命の恩人……っていうには大げさなのかもしれないがな。
 恩返しくらいはしねえと、俺もすっきりしねえからな。
 探しちゃあいるが、いまいち見つからなくてよ」

 難しいだろうと言われれば、その通りだよなあと肩を落とすような仕草を見せる。

「そうだなあ、イノウってやつはわからねえが、友達がいないって言ってたからあまり目立たないのかもしれないなあ。
 なかなかの別嬪さんだったが、気さくで明るい……そう、友達になってほしいって言われてな。
 友達になってまた会おうって言ったんだが、その後で聞いたはずの名前を忘れちまってよ。
 いや、俺ももう歳なのかもしれねえなあ」

 どうやら真面目に探しているようなのだが、これ以上の情報はないらしい。
 やはり名前を思い出せないところが致命的だろうか。

矢那瀬陽介 > アニメキャラクターのように感情を体現する彼に瞬き一つ落として。

「真鴨…じゃなくてアヒルの恩返しかー。
 なんだか泣けるねぇ。
 よし!このヤナセヨウスケが人肌脱いであげようじゃないの。
 俺も探してあげるよ。その恩人を
 焼鳥のお礼にさ」

ぽん、と今は満たされた腹を叩いて鷹揚に笑う。

「異能は特殊能力さ。君がどこからともなくコンロやお肉を出したような。
 あと、こんなのとか」

更に置かれた竹櫛を指先に置く。
店の明かりも落ちて薄暗い闇に淡緑の幻視の光が集まり、触れてもない竹串がプロペラの如く回転する様を見せて。

「ふんふん。器量良し。性格良し。で、友達がほしいと言っていた……ん?」

ぱたり、と竹櫛を落としてスマホに指を這わせてゆく。

「友達ってところで思い当たる所ある。これかな」

真鴨に向けるスマホに映るのはアドレスページ。ボサボサ頭の少女の画像と、『北条 御影』という名前が浮かんでいる。

A.昼 >  
「おお、兄ちゃん男気あるなあ!」

 鳥類は嬉しそうに両翼を広げて喜びを表現した!

「なるほどなあ、そういうのをイノウっていうわけだ。
 俺にはそんなもんはねえなあ。
 これもただ、閉まったり出したりしてるだけだしよ」

 そう話つつ、ツボや調理台などなどが次々と翼の下に収納されていく。
 これが異能でなければなんなのだろうか。

「お、本当か?
 どれどれ──」

 鳥類に向けられた液晶の画面に映る、少女の画像と名前。
 それを見た瞬間、鳥類は翼と翼を打ち合わせた。

「おお、そうだそうだ!
 御影の嬢ちゃんだったな!
 なんだ、兄ちゃんも知り合いだったのか。
 こいつは運がいいな俺は」

 名前を思い出せたのが嬉しいのだろう、鳥類は軽く飛び跳ねている。

矢那瀬陽介 > 「君が俺の能力はもってなくても。
 俺も君のように何もない場所からコンロを取り出したり肉を取り出したり出来ないよ。
 そうそれ。翼の下が4次元か5次元くらいになってる感じ。異能だと思うけれどなぁ」

語りながらもスマホは小さな真鴨のつぶらな目に向けて映す。
彼が喜ぶ様子に口端を弧に持ち上げた少年はうなずいて。

「良かったね。見つかって。
 うん。俺も知り合い。でも、『君に言われるまで』は思い出すことができなかったんだよなぁ。
 不思議。それじゃもし御影ちゃんになったらアヒルが会いたいってこと伝えとくよ。
 自分で会いたいなら学園に行くと良い。沢山いる生徒の中に彼女がいるはずだよ」

そう告げてから不意に口が大きく開いて。

「ふわ……ごめん。そろそろ俺もおネムみたいだ」

口元を押し隠し、眦を指で拭って頭を小さく下げる。

「アヒル、まだここにいるかい?
 帰るなら抱っこして連れて行くよ」

A.昼 >  
「なるほどな、これも人から見ればイノウってわけか。
 よく覚えておくとするな、ここで暮らすには必要そうだしな」

 思い出すことができなかったという少年に、鳥類も首を傾げた。

「そうなんだよなあ。
 いくら覚えが悪くても、恩人の名前を忘れるほど耄碌はしてないつもりだったんだが……。
 おお、会ったときはよろしく頼むな。
 俺もそのうち学園の方にも行ってみることにするな」

 そう言いつつ、眠そうな少年を見れば、鳥類にもうつったのかくちばしを大きく広げた。

「確かにいい時間だな。
 ありがとうな兄ちゃん、助かったぜ。
 俺は今んとこ根無し草だからよ、このまま散歩して寝心地のいいところでも探しに行くとするさ」

 そういいながら、軽くペタペタと足踏みして、片翼をあげながらあなたに感謝を伝えるだろう。

矢那瀬陽介 > 「うん。御影ちゃんと会うことがあったらアヒルのことをシッカリと伝えとくよ。
 でも、すぐに忘れるなんてなんかあるんだろうねぇ。忘れた理由が。
 でも流石に今は頭が働かないや。
 アヒルも忘れない内に何かメモ書きしてたほうがいいかもよ?」

そして持ち上げようと寄せた手は彼の静止にゆっくりと胸に引いて。

「そうだね。43にもなってティーンエイジャーに抱っこは恥ずかしいもんね。
 それじゃここでお別れだ。猫とか烏に狙われない場所で休むんだよ。
 また会おうね」

小さな小さな真鴨の歩み、まるで人のように羽を持ち上げるのに少年も見送りながら小さく手を振り。
そして背を翻して学園の方へと消えていった。

ご案内:「学生通り」から矢那瀬陽介さんが去りました。
A.昼 >  
「そうだな、俺もどこかに書いておくとするぜ。
 本当にありがとうな兄ちゃん、縁があったらまた会おう」

 少年の背中を見送りつつ、翼を力強く振る。
 少年の姿が見えなくなると、鳥類もまたくるりと踵を返し、

「昼だよ」

 と、一声上げながらその場を去っていくのだった。

ご案内:「学生通り」からA.昼さんが去りました。
ご案内:「学生通り」に九十八 幽さんが現れました。
九十八 幽 > ぶらぁり ぶらぁり
梅雨の合間を刺す様に 強い日差しが照る中を
男か女かも曖昧な 黒い影法師の様な青年が気の向くままに歩いている

「学生通り 地図で見たのはこの辺りだっけ
 なるほど 確かに、学生さんでいっぱいだ」

すれ違う者、商店で呼び込みをする者、買い物を楽しむ者
それらの大半は学生服を纏うか、あるいは、溌剌とした若さに溢れているか

「なんだか場違いなところに来てしまったかなあ」

通りに満ち満ちる活気に、眩しそうに目を眇めて
それでも足を止めることなく、気儘な散策は続いてゆく

九十八 幽 > 自分も、彼らのようになれるだろうか
学生になって、学校へ通い、勉学に勤しみ、余暇を笑って過ごす
そんな生き方が、果たして出来るだろうか
そう考えながら歩くうちに、漠然とした不安に包まれる

「でも、もし それが出来たらとても素敵だろう」

大きな声で燥ぐ、女子生徒三人組に追い越された
肩を組んで笑い合う、男子生徒二人組とすれ違った
初々しく手を繋ぎながらショーケースを眺める、カップルの後ろを通り抜けた

たった数分の間に、幽の周りに様々な人が現れる
そして数分と経たないうちに、彼らは彼ら中心の世界へと帰ってゆく

「ああ あんな風に生きるのはきっと楽しいね」

ご案内:「学生通り」にヨキさんが現れました。
ヨキ > 青年が擦れ違う、幾人もの学生たち。
そのうち、ひときわ背の高い男が隣を通り過ぎた――青年と対照的な、白装束めいた上衣。

薄手の生地で仕立てた裾が風に膨らんで、青年の打刀の鞘にするりと絡まって、解ける。
引っ掛かるほどではなかったが、互いの腰元に軽い抵抗が伝わって。

「おっと――大事な刀に失敬」

足を止め、上衣の裾を軽く払う。

「君は……初めまして、かな。教師をやっているヨキだ。
この通りは賑やかだろう?」

向かい合った顔立ちは、互いにどこか日本人離れした印象。
異邦から訪れた学生であることを察して、軽い調子で問い掛ける。

九十八 幽 > 往来を行き交う人々の間を すり抜けるように歩く
その姿は初夏の風の様でもあり、地面から立ち上る陽炎のようでもあり
喧騒の中に溶けるように静かに、滑るように軽やかにただ在ったのだが

しかし 捉え処のない青年は声を掛けられ、思い出したかのように像を取り戻す

「やあ こちらこそすまない
 人の多いところでは、外しておいた方が良さそうかな」

振り返る様に足を止め、自分よりも頭二つ近く高い目を見上げるように微笑んで

「こんにちは ヨキ。あなたも先生なんだね
 九十八 幽。まだ生徒ではないけれど、もうすぐ生徒になる者だ。
 
 うん そうだね。とても眩しくて暖かだ」

名乗るヨキに応じるように、己の胸に手を当てて自己紹介
するりと一度辺りを見回して、視線を戻せば目元も口元も更に綻ぶ

ヨキ > 陽光に眇めるように、どこか茫漠とした青年の姿を見定めるように、目を細める。

「心遣いを有難う――ニタラズ君。
そうか、これから学園の生徒になるのだな。

ようこそ、常世学園へ。
教師の一人として、君を歓迎するよ」

相手の自己紹介に、ヨキもまた両手を軽く広げてみせた。

「これも何かの縁だ。よかったら、君の話を聞いてみたい。
少しそちらの日陰へいいかね?」

言って、林立する店の壁際へと青年を誘って。

「見知らぬ世界に辿り着いて、混乱を来す者も少なくなくてね。
君にも不安はあるだろうが――この通りを褒めてくれて安心した」

九十八 幽 > 「ありがとう、ヨキ……先生、でいいのかな
 まだ生徒ではないからね、先生を先生と呼んで良いものなのかな」

少しだけ困った様に首をかしげて、それでも穏やかに微笑んだままで

「話を? 構わないよ。構わないけれど──
 ──……何か話せる事があれば良いのだけど」

誘いにこくりとうなずけば、ここは立ち話には暑過ぎるものね、と壁際へと歩き始める

「混乱 そうだね、確かにこれまで暮らしていた世界と何もかもが異なれば混乱もするだろう
 けれど──……比べようにもどうにも世界を覚えていないから、混乱も不安もあまりなかったかな

 そうそう、異なる世界から来た者を、《異邦人》と呼ぶらしいね」

数日前に素敵な人から聞いたんだよ、と壁に背を預けながら

ヨキ > 「ああ、ヨキでもヨキ先生でも、君の呼びやすいように読んで構わぬとも。
何しろ名前を呼んでもらえることが、ヨキには楽しくて、嬉しいんだ」

日陰に入ると、冷えた風が全身を撫ぜて心地よい。
幽の隣で同じように背後の壁へ凭れながら、話を続ける。

「そうか、元の世界のことを覚えてはいないのか。

そう、異なる世界から来た者たち――異邦人。ヨキもその一人だ。
元の世界についてうまく語れないところも、君と同じ。

……いや。人の価値観と言えば、世界の数だけ、人の数だけあるものだろう?
君はこの街について、笑ってくれたから『褒めてくれた』と解釈したが……。
中には『眩しくて暖かいこと』が褒め言葉ではない者も在るから。

ヨキも温かいものは好きさ。出来立ての料理とか、ベッドに眠るときとか、人の体温とかね」

くすくすと笑う。

「おや、学園に入る前から素敵な出会いを果たしていたのだな。幸先が好いではないか」

九十八 幽 > 「そう それなら、今はヨキ
 いずれ生徒になった時は、改めてヨキ先生と呼ばせて貰おう
 
 ふふ、楽しみはとっておきたいんだ」

目を閉じ、前髪を揺らす風を感じながら
以前会った人も“先生”であることを言っていたのを思い出す

「うん 覚えていないんだ
 前の世界の事も、そもそも昔の事はほとんどね
 
 ──ただ、九十八 幽という名前と、自分が他の世界の人間だ、ということは何となく理解していた」

今遡れる中での、もっとも古い記憶
潮の臭い、冷たい岩肌、姿の見えない生き物たち
常世島近海にあった、海底遺跡で目覚めた後の記憶
それを思い出しながらも、口にはせずに横目でヨキを見上げる

「ああ 温かいものは良いものだよ、大好きさ
 食べ物も、ベッドも、人もね。同じく好きさ
 だから、『暖かくて眩しい』は褒め言葉だよ

 うふふ、前に会った人も素敵で暖かな人だった。本当に、運が良かったよ」

ヨキ > 「ああ、待っておるとも。
教師をやっていると、呼び捨ててもらえる機会は貴重でね。
何だかくすぐったくなってしまう」

嬉しげに微笑む。
そうして、幽の身の上話に耳を傾けながら、ふむ、と腕を組む。

「記憶喪失、というものかな。
こちらの世界へやってくる者には、同じような身の上も少なくない。
これからこの学園で過ごす日々が、素敵な記憶として君の空白を埋めてゆけるとヨキも嬉しいよ。
それで……元の記憶も戻ってくれたら万々歳だ。

ふふ。この学園に辿り着けた者はみな運がいい。少なくとも、命と生活は保障されるのだから。
その恩を返すために、ヨキも教師を続けているよ」

言いながら、傍らのカフェを示して。

「趣味が合うね。それでは、『冷たいが美味しいもの』でも一緒にいかがかな。
君の入学祝いに、ご馳走するよ」

カフェの軒先のワゴンでは、色とりどりのアイスキャンディが売られている。
果物にミルクにチョコレート。店員の呼び込みの声も爽やかだ。

九十八 幽 > 「そうだね 名前で呼ばれるとなんだかくすぐったくなる
 前に呼ばれた時、とてもくすぐったくて、暖かな気持ちになった
 ……だから、きっと良いことなんだ。暖かだからね」

穏やかに微笑んだままで、同じく微笑んでいる予期を見上げて
そして自分と同じ境遇の者が少なくないと聞き、静かに目を伏せる

「そうか そうなんだね
 それなら尚の事、生徒として素敵な日々を過ごさないと
 出来る事なら、他の《異邦人》とも仲間になれれば良いけれど──
 ──……まあ それは、まず生徒になってみなければね
 記憶を取り戻せるか、も。やっぱり生徒になるところから、さ

 冷たいが美味しいもの──かい?
 本当に良いんだろうか お金なら、少しは持っているのだけど
 ううん そうだね、それじゃあお言葉に甘えよう」

すこぉしだけ悩む素振を見せたが、あげると言われた物は貰う気質
自分からあまり求めないが故に、親切は素直に受け取ることにしていた

ヨキ > 「ヨキは、知り合った教え子の名前と顔を、みんな覚えていたい性質なんだ。
直接は教えていなくとも――これから常世学園に籍を置く君は、既にヨキの教え子という訳だ。
だからヨキは、ずっと君のことを覚えておく。もしも元の世界へ戻ることがあったとしても、ずっとね」

幽の言葉に、ふふ、と微笑んで。

「そうだな、君はまだ、スタートラインに立っているところだものな。
困ったときには、頼ってもらえる相手になれたらいい。
ヨキはそうやって、この島の人びとに助けられてきたからね」

懐から財布を取り出しながらに、軽い調子で笑って。

「何、気にすることはない。
本音を言えば、『ヨキが食べたかった』だけさ。
君はヨキの我侭に付き合ってくれれば、それでいい」

今の時期のオススメを尋ねると、マンゴー味が旬だという。
それを二つ買い求め、ひとつを幽へ手渡す。

「ほれ、ニタラズ君。…………、ニタラズ?
もしかして、『ニタラズ』という文字がある?」

何度か名前を呼び掛けたところで、漸う気付く。
ニタラズ・カスカ。異邦の響きとばかり思っていたらしい。

九十八 幽 > 「そっか そっか……そうだね、覚えていたいものだね
 これまでに会った人、話した人、名前を聞いた人は、名前を覚えていたいもの」

うふふ、と笑いながらうなずく 幽
いずれ元の世界に帰る事になるのだろうか、と遠くを少しだけ見つめて

「ああ そうなんだね
 ヨキも色んな、素敵な出会いがあって今がある
 うん、素敵な事だね すごく 素敵な事だ
 
 そうだね、困ったときは頼りにする。覚えておくね」

そう言ってアイスを買いに向かうヨキの背を見つめ、見送る
あまり待たせず戻ってきたヨキと、彼が手にしたアイスクリームを見て、
差し出された物を、おずおずと受け取った

「ありがとう、ヨキ
 ……うん? そうだよ、九十八って書いてにたらず
 100に1足りずに99、2つ足らずに98 だから九十八
 ──意味を知ったのは、ついこの間の事なんだけどね。自分の名前なのに」

カスカは幽霊の幽だよ、と続けてから静かにアイスを口へ運んで
小さく目を瞑ってから、冷たいね、と微笑みながら呟いた

ヨキ > 「名前を呼ぶたび、名前を呼ばれるたび、自分が自分で在れるような気持ちになるのさ。
だからヨキが自分を名前で呼ぶのも、その一環のようなもの。
子どもっぽい、などと言われることもあるがね」

大して気にしていない風に笑って。

「ああ。いつかはヨキの方が、ニタラズ君を頼るときもあるやも知れないね。
君の佇まいや言葉の選びは、何とも心地よい」

日陰の中、頬張ったアイスキャンディは冷たくて甘酸っぱい。
満足げに笑いながら、幽の名前の話に感心して目を瞠った。

「ほう、キュウジュウハチ……それでニタラズか。
なるほど、ニタラズ……九十八。幽霊のユウで、カスカ。
ああ、これで名前が更に呼びやすくなった。

ふふ、いい名前だ。
幽霊のユウといえばどこかおどろおどろしいが、深遠で美しい意味の文字だ。

実はヨキにも、一文字で書ける字があってな。
斧だ。木を伐る道具の、斧。斧と書いてヨキと読むんだ」

九十八 幽 > 「ああ、ああ そうだね、その通りだ
 言われてみれば、確かに名前を呼ばれると自分が確かな物になっている気がする
 なるほど、なるほどなあ 早くもヨキに教えて貰った
 やっぱり、ヨキは先生なんだねえ。先生は教える人なんだろう?」

うふふ、と嬉しそうに笑いながら幽は自分の胸に手を当てる
そして小さく自分の名前を口にして、なるほどなあとひとりごちた

「そうかな? そんなことがあるだろうか
 まだ誰かに頼らないと、満足に屋根の下で寝る事も出来ないのだけど──

 ──けれど、そうだね。いつか力になれる事があれば」

その時がいつで、どんな力を求められるかは今は分からないけれど
尽力するよ、と快く肯く 幽

「前に素敵な人はカスカ、と呼んでくれたよ
 だからヨキも、カスカと呼んでくれると嬉しい
 あなたも 素敵な人だからね

 ふふ、名前を褒められるのはやっぱり嬉しいね
 素敵な人たちに褒められるのは、大変大変うれしいもの」

壁から少し離れ、くるりとその場で回り、ヨキと向かい合う
湿気を払う風に髪をそよがせながら、くるりと目を見開いて

「本当かい? 斧、ってあの斧だろう?
 それでヨキ、と読むのかい?それは知らなかった
 ふふ、やっぱりやっぱりヨキは先生だなあ。また教えられてしまったよ」

ヨキ > 「教える人であり、教えられる者でもあるよ。
君を含めて、たくさんの人間と交わって多くのことを覚えていくんだ。
そうでなくては、『先生』は務まらない。
ヨキが君と話をしたいと誘ったのも、ヨキ自身の勉強のためでもあるのさ」

名前についての求めには、こちらも迷いなく頷く。

「それでは……幽君、と。
ふふ、それが君のよろこびに繋がるのなら。何度だって、君の名を呼ぼう。

そう、あの斧だ。
ヨキも初めは意味など知らなかった。
名前を付けてくれた人が、そう説明してくれたのさ。

人の中に交わって生きるのに、人の手に最も馴染む道具の名前を付けた、とね。
木を伐ることは、人間しか行うことのない営みだからと」

アイスキャンディを大きな口で平らげると、ハンカチで行儀よく口元を拭った。

「泊まるところがないのならば、ヨキの家にでも来るかね?
広くはないアトリエ――ものづくりの工房だがね。せめて雨風は凌げる」

九十八 幽 > 「同じ様な事を、前にも聞いたよ
 その人も、先生で、学ぶことがいっぱいあると言っていた
 一緒に学ぼう、って。そう 約束してるんだ」

少しだけうっとりと目を伏せながら、嬉しそうに話す 幽
そのためにはまずは生徒にならないと、と決意を新たに

「うふふ、うん 嬉しいな
 名前を呼んで貰えるのは、やっぱり嬉しい ありがとう、ヨキ
 
 へえ、そうなんだ そうだったんだ
 斧の事は知っているけれど、へえ、ふぅん、知らなかった
 そうか ヨキは……人と共に在るよう願われたんだね」

ちまちまと食べているもののアイスはまだ食べきれそうにない
その後のヨキの申し入れに、少しだけ考えるようにアイスを見つめて

「ふぅん──……そうだね うん、そうだ
 ひとまず、ヨキのアトリエ?工房? その場所を教えて貰えるかい
 黄昏時までは、もっとあちこち見て回っておきたいから
 それまでに何も見つけられなかったら、そうだね、今夜はヨキのところに行こう」

細く長い指がデニムのポケットにのびる
そこから常世島の地図──ところどころにメモ書きがしてある──を取り出して

ヨキ > 「おや。ヨキもその『先生』とはきっと気が合うやも知れないね。
新しいことを覚えたら、ヨキにも教えておくれよ。

どう致しまして、幽君。
ヨキが君の力になれることは、とても少ないからね。
君の役に立てるなら、お安い御用というものさ」

幽の言葉に頷いて。

「そう。人と共に在るのがヨキの役目。
斧のように、人の道を切り開く道具になり――時に武器になる。
それがこのヨキだ。はたして体現出来ているかは、まだまだ分からないがね」

相手が取り出した島の地図を見下ろす。
ヨキが指差したのは、学生街の北――研究区だ。

「ヨキの家は、この研究区にあるよ。
知られた家だから、人に訊けば詳しい場所はすぐに判るはずだ。
もちろん、他に泊まるところが見つかればそちらを使ってくれていい。

あとは……日が沈む頃には、あまり大きな通りから外れない方がいい。
狭くて暗い道では、何が起こるか判らないからね」