2020/07/11 のログ
ご案内:「学生通り」に葉山翔一さんが現れました。
葉山翔一 > 試験期間となれば授業も早く終わり生徒の姿も多い。
そんな時間を見計らい出来るだけ目立つ位置で恒例のごとく露店を開く。
あいも変わらずに売れるものは限られてはいるがそれはそれで美味しく笑顔で販売し。

「まいどあり、またよろしくな」

商品の入った紙袋を客に手渡しては笑顔で見送り。
次の客は来るかとのんびりと待って。

葉山翔一 > その後は客もなく静かに引き上げた
ご案内:「学生通り」から葉山翔一さんが去りました。
ご案内:「学生通り」に日下部 理沙さんが現れました。
日下部 理沙 >  
「……」

喫煙席が珍しくあった。
それに心底喜んだ理沙は、町はずれの喫茶店で休んでいた。
異邦人の方ですか? と店員に尋ねられた。
面倒なのでもう「そうです」と答えた。
つまらない嘘だった。
その嘘のおかげで、喫煙席に滑り込めた。
異邦人の中には「それ」をしないといけない文化もあるそうだから。

「……」

此処は異邦人と他はわけていないらしい。
喫煙者と他だけでわけている。
だからまぁ、嘘ではないといえば嘘でもない。
口から出たのはつまらない嘘だったが。

日下部 理沙 >  
頼んだコーヒーに手も付けず、煙草を咥えたままぼさっと手元の書類を読む。
訓練結果のそれ。
軒並み悪い評価がついている。当然でしかない。
第一、マットが敷かれてなかったら理沙だって多分もっと酷い怪我をしている。
それで良い評価がつくのなら、むしろそれこそを盛大に詰るべきだろう。

「……もう少し頑張りましょう、か」

これ以上、何を頑張れってんだ。
ああ、はいはい、わかってる、わかってますよ。
もっと基礎体力つけて魔力効率もあげましょうだろ?
わかってるよ。

ご案内:「学生通り」に羽月 柊さんが現れました。
羽月 柊 >  
カランコロン、と喫茶の扉に良くついている小鐘が鳴った。

1人の男が店内に入って来る。
陽が落ちるまでの時間も長くなり、日光に焼かれ、
汗ばんだシャツに店内の涼しい空気を入れようと、襟元に隻手をかけて振る。

今日の柊にはいつもの小竜たちはついていなかった。
出かけ先が『ペット禁止』なんていうモノだから、留守番である。
小竜が居れば氷属性の魔術が使え、この夏の暑さなど気にする必要も無いというのに……。

異邦人街で一仕事終えて、帰りがけに午後の暑さに負け、
思わず目に入った喫茶店に飛び込んでしまった。


「暑い……。」

冷えるまで好き放題していた髪も軽く纏めておこう。

店員に席に案内される途中、座っていても良く目立つ白い翼が目に入る。

日下部 理沙 >  
入ってきた既知に気付きもせず、理沙は煙草を咥えたまま、書類に視線を落としていた。
煙草はフィルター近くまで燃えていて、もう火も消えている。
コーヒーはすっかり冷めていて、差し込む夕日だけが理沙の横顔を照らしていた。
冷房の風に吹かれて、背中の白い翼が揺れている。

羽月 柊 >  
小竜たちが一緒であるいつもの癖で、禁煙席を選ぼうとしていたが、
翼の主が転移荒野の彼だと思いだす。

心ここにあらずと言った状態なのを見て取ると、
どうにも己の息子を思い出し、店員と二言三言言葉を交わすと、
理沙の方へカツカツと歩いていく。



唐突に声をかければ驚くだろうか。


ジジジと灰を募らせる煙草の先を、急な動きで落としそうだと
すっと手を出し、テーブルを爪先でコンコンとノックする。

これで気付かなければ声をかけよう。

日下部 理沙 >  
「……あ?」

思わず、出た声は呆けたものとなった。
力のない声色。吐息のような返事。
虚ろな青い瞳がとらえたのは……かつて、転移荒野で出会った学者であった。

「あ、ああ……羽月、先生……」

夢遊病者か何かのように、そう声を掛ける。
動きはどこまでも緩慢だった。

羽月 柊 >  
テーブルを小突いた手の魔術装飾が揺れた。

理沙の反応に、まるでこの席だけ
周りの賑やかさからハサミで切り取られたかのようだ。


「…服が焦げるぞ。」


静かにそう告げる。
転移荒野に居たときの彼とはまるで別人のように感じた。

片や柊はあの場所に居たときの黒の軽装とはうって変わり、
小脇に白衣を抱え、手提げ鞄。
ただの中年男性といった風体だ。小竜たちが居ない分尚更である。

桃眼を細め、僅かに覗く書類を見やる。

「相席をしても?」

日下部 理沙 >  
「ああ、勿論です、どうぞ」

そう、何とか発言を返して、ほとんど吸う部分がなくなった煙草を灰皿に押し付ける。
二本目はつけなかった。

「お久しぶりです、羽月先生……すいません、気付くのが遅れて」

何とか笑みを浮かべる。
ヘタクソな笑み。
苦笑いと愛想笑いの間みたいな笑みだった。

「此処のコーヒーはおいしいですよ」

全然減っていないコーヒーを啜りながら、そう勧める。
コーヒーは完全に冷めていた。

羽月 柊 >  
「いいや、思考に沈んでいる学者は大体そんなものだ。
 気にすることでもない。」

物事を突き詰める質のあるモノは、
一度考え始めると周りが見えなくなることがある。
自分にもそれはある故に、気にしていないと。

何かしらを憂いている状態なのは見て取れるが、
そこに更に、自分のことを気にかけさせるのも酷だろうと思った。


「そうか、なら俺も頼むとしよう。
 君も答えが出ないなら甘いモノでも頼んだらどうだ。

 頭を使いすぎている時は糖分があると楽になるぞ。」

まぁ喰った分動かねばならんが、と言いつつ。
店員を呼び、コーヒーとついでに何か頼むかと理沙を見やる。

日下部 理沙 >  
「ああ、はい、そうですね……」

羽月の気遣いを受けて、適当にメニューを開き、デザートのページをみて、カップのソフトクリームを頼む。
単純に一番安かった。
コーヒーを機械的に空にしてから、理沙は溜息を吐いた。

「先生、聞いてもいいですか」

店員がいなくなってから、やおら理沙は切り出した。
まるで、覇気がない顔で。

「もう頑張れないのにもっと頑張らなきゃいけないときって……どうしますか」

そう、呟いた。
甘ったれた話とは理沙も思っている。
仮に理沙がきかれたら、全部聞いた上でせいぜい、心療内科に掛かれとかそういう結論を出すだろう。
実際、どうにもならないのだから。
気に病むほうが可笑しいと言われれば全くその通りだ。
気に病まずに過ごしてる人のほうがきっと多いのだから。

羽月 柊 >  
理沙がソフトクリームのみを頼むのを見て、
声混じりの息を吐き出す。

珈琲とモンブランを頼み、ついと手がメニューの上を滑った。

「あぁ、後このカラメルプリンを一つ彼に。
 会計は一つに纏めてくれるか、こちらで払う。」

そう店員に言い渡す。
理沙が拒否しようとおかまいなしに。
今の意気消沈している彼なら、自分の言で押し切れるだろうとばかりに言い放った。

天井では、シーリングファンが回っている。



理沙問いかけには、俺が分かる事ならと返答が返って来ることだろう。

「……それは何を頑張れと言われているんだ。

 投げだせないモノがあるならやらねばならないし、
 そうでないなら詳細が無いと分からん。」

曖昧な問いかけに、曖昧な答えはしたくないと、
率直に問いに問いを投げ返した。

日下部 理沙 >  
「意地ですかね」

シーリングファンの回転に合わせて、理沙の顔が翳る。
間接照明の明滅は、理沙などお構いなしにその顔の影を明滅させ続けた。
プリンを頼んだ羽月の気遣いには、やはり理沙は気付けてもいない。

「俺、こういう見た目じゃないですか」

こういう見た目。翼。
真っ白な翼。異邦人と間違えられるほどに大きな。
ハナから飛べて当たり前と思われるほどに大きな。

「だから……当たり前に『飛べ』っていわれるんですよ。
 まぁ、昔は『出来ない』っていってたんですけど。実際出来ないし。
 それも鬱陶しくなって、魔術使って今はちょっとは飛べるんですよ。
 結果は見ての有様ですけど」

そういって、訓練所の成績表を見せる。
成績は芳しくない。
アドバイスは基礎体力と魔力効率をあげましょう、それだけ。
実際、他に出来ることなどきっとない。
自力で飛行しようとおもったら、そうするしかないのだ。
泳げない人が泳げるようになるために出来る事なんて「訓練」以外他にない。
それと同じ。

「割と頑張ってるつもりなんですけどね。
 つもりで終わってるだけかもしれませんけど」

青痣を拵えた右肘を隠すように、シャツの袖を引っ張る。
ほとんど無駄だった。

「……すいません、ダサい愚痴きかせちゃって」

何とか愛想笑いを浮かべる。
他に出来ることは……理沙には何もなかった。

羽月 柊 >  
「なるほど、飛べないのか。」

柊の言葉が残酷に、率直に響く。

ほどほどに人がいる喧騒の中、それは彼を刺すかのように。

確かに以前に逢った時も飛んでいる様子は無かった。
特に気にしても居なかった。
あの場では理など通用しないのだから余計にだ。

「……まぁ、理論だけで言うなら、
 人間規格に翼があっても飛べない理由を並べたてるのは早い。
 筋肉量の問題や、体重なんかはな。
 
 ただ君が言いたいのはそういうことではないんだろうな。」

そう言って成績表を見やる。

簡素で、細かいアドバイスなんかはない。
大勢を相手にする訓練官の薄っぺらい言葉が並んでいる。

紙を擦る音は、理沙の劣等感を煽るに十分だろう。



話しながら、柊は自分の手についている多くの装飾品を、
ひとつひとつ外し始めた。

「別に、ダサい等とは思っていない。
 理に従わず細身の翼で空を飛び回る天使の類なども珍しくない時代だ。」

理沙は魔力の感知自体は出来るだろうか。
テーブルに金属音が響く度、柊の魔力は無くなっていくことに気付くだろうか。

日下部 理沙 >  
「……」

黙って、理沙は聞いている。
一応、これでも理沙は魔術師の端くれだ。
羽月の魔力がみるみる失われるのは見て取れた。
なるほど、道具で補っていたわけか。
理沙は無感動にそう思った。

「……『それ』で補えって話です?」

理沙は尋ねた。

羽月 柊 >  
「…話は最後まで聞くモノだ。」

全ての装飾品を外し終えた時。
柊からは全く魔力が無くなってしまった。

男は《魔術学会》に属するはずなのにだ。
一応学会は魔術が使えないモノも研究の徒として歓迎こそしてはいるが。

両手の平を軽く広げて見せる。


「俺はこうして道具やこの前の竜たちで補っているが、それが無ければ何も無い。
 見た目こそこんな髪や眼をしているがな。

 ――俺は『無能力者』だ。異能も無い。

 魔力なんぞ本来は感知も出来ない。」

そう言って頬杖をつくと、柊にコーヒーが運ばれてくる。 
プリンは焼き上がりまでもう少々お待ちください、
なんて声をかけ、店員は去っていく。


「……俺も良く言われたよ。
 魔術・魔法生物を専攻してるなら、火を出してみろだの、風を操れだの。
 学園に通っていた頃はからかわれた。
 "今の姿"になってからは、余計に。 

 君とは状況が違うかもしれんがな
 
 …俺は、自分が進む道に魔術が必要だと思うから習得した。
 好きで今この外付けの魔術をやっている。」

柊は瞳を伏せ、コーヒーを啜る。
空調で揺れる纏められた柔らかな紫髪。

「……君はどうなんだ。好きでこれをやっているのか?」

そう言いながら、トントンと指先で書類を突いた。

日下部 理沙 >  
「全然、好きじゃないですよ」

しれっと、理沙はいった。
ごく短く。
続けて届いたソフトクリームに一口だけ手を付けて、理沙は続ける。
甘さと冷感が、少しだけ理沙の頭を冷やした。
それでも……出てくる言葉は結局同じだ。

「でも、『やらなきゃいけない事』ですよ」

へらへらと、理沙は笑う。
蒼瞳が揺れた。

「『俺が進む道』に必要ですから」

翼が生えた者の宿命。
憐れみの目を向けられない為の義務。
もう、こうして弱音を吐いている時点で失格ともいえる。
それでも……やらなければいけない。
もう、『その期待』で一人取りこぼした。
もう、『その諦観』で一人取りこぼした。

理沙の見た目だけで『飛べる』と思い込んだ女子生徒が、隣で高所から落ちた。
彼女は理沙が助けてくれると信じていた。信じ切っていた。
その『期待』を、裏切った。
……もう、裏切れない。
 
いや、もっといえば。

「鳥に生まれたなら、鳥として過ごす努力はすべきじゃないでしょうか」

理沙が嫌だった。
二度とあんな思いはしたくなかった。
二度とあんなモノは見たくなかった。
それを、全て跳ね除けようと思ったら。

「……だから、飛ぶしかないんです。異邦の有翼人と遜色ないように」

それしか、手はなかった。

羽月 柊 >  
「……以前言ったことを忘れたか?
 『二極化して考えるな』と言ったはずだが。

 世の中には必ずすべきこと等、ほとんど存在しない。
 せいぜい生理的欲求を満たす程度ぐらいのモノだ。
 それだって生きるモノは放り出すことすらする。

 『それしかない』『やらなきゃいけない』
 切羽詰まっていると、誰だってこういう考えは浮かんでくる。」

無能力の状態で話しこそすれ、柊は右耳についているピアスだけは外さなかった。
それだけは、それだけが、何の変哲もないただのピアスだと訴えている。

「俺は今日、君が飛べないことを知った。
 だが俺は、君の過去に何があったかは知らない。

 好きこそ物の上手なれ という言葉があるように、
 嫌いで嫌々やっていることが、そう簡単に習得できるとは思わないことだ。」

そうして最後にプリンとモンブランが運ばれてくる。
柊の前にはモンブランが、プリンは理沙の前に置かれる。

揺れる甘味にかかるカラメルの茶鏡に、理沙の顔が映り込んだ。

「………"日下部"。
 悩むなら、自分は飛べないと諦めろ。
 出来ないなら出来ないことを飲み込む。

 飲み込んだ上で足掻け。
 自分が納得してから動くのとそうでないのとは違う。

 "飛べないからこそ、空を歩け"

 空中行動の魔術はそもそもが難しい。
 外付けに頼るのだって、その外付けを制御しなければならない。」

日下部 理沙 >  
「実際、『使った上』でロクにできてないですしね」

恥ずかしそうに、理沙は笑う。
自分の『眼鏡』を一度だけ指先で叩いて。
視力の補助と兼用のそれ。
理沙の財力ではそれが限界だった。
大昔はイヤリングだった頃もあるが……それはとっくに磨耗して使い物にならなくなっていた。

「こればっかりはでも二極するしかないと思いますよ。
 やるか、やらないか。それだけ。
 挑むか、諦めるか。それだけ」

自分の顔が映り込んだプリンに、理沙は手を付けない。
ソフトクリームはいつの間にか空になっていた。
冷えた指先も、今はどこか心地良い。

「納得もしたつもりだし、飲み込んだつもりではいるんですよ。
 出来なくて当たり前だって。
 昔はそれで一時期諦めて、『飛べないなりの人生』を考えました。
 『飛べない自分なりに、飛べないことを受け入れよう』って。
 まぁ……結局、それもやめましたけどね。今飛ぼうとしてるし。
 だけど、だからって『開き直れる』かといえば話は別なんです」

だから、答えは最初から出ている。
やり続けるしかない。
地道でもなんでも努力を続けるしかない。
簡単なアドバイスなんて結局ない。
だから、例の成績表にも基礎的な事しか書かれてない。
他に処置法などないのだから。

「だからまぁ……本当に愚痴なんです。すいません」

実際、理沙のその翼を見て『飛べない』と受け取ってくれる人はほとんどいない。
だいたいの人は飛べて当たり前だという。
なら、こっちが『努力』するしかないだろう。
嫌でもなんでも、この常世島の社会に迎合しようと思ったら。
それしか、手はなかった。

「愚痴零して悩めるだけ……俺は幸せですけどね」

それすら出来ない人たちもいる。
下を見ればキリがない。
だが、そんな相対論は……主観には関係なかった。
全員痛いんだから、お前も痛いのは我慢しろ。
それと同じだ。
だが、それ以上に。

「ありがとうございます、羽月先生」

話を聞いてくれる『誰か』がいる。
それ以上の幸福など……そうそうない。

羽月 柊 >  
「外付けを使うにしても魔術具によって癖や実感は違うからな…。」

愚痴と言われてしまえば嘆息し、テーブルの上に並べた装飾を自分の手に戻していく。
つける指、つける順番、外した時とは逆順に従い丁寧につけていく。
魔術、魔法というのは様々な謂れがあるからこそ、
そういったつける理由を気にしなければいけないのである。

「… 一般に出回っている魔術具は量産品だ。
 魔法が隠匿されていた時代は大方がオーダーメイドや一点モノだったが、
 今の時代では癖をなるべく消してしまう分、使える事が前提になってしまう。」

理沙の眼鏡が量産品かどうかは置いておいて。


相手の言い分を一通り聞き終え、じぃっと桃眼が青眼を見ている。

「…そのプリンは君のだ。食べると良い。
 嫌いだったらすまないがな。
 ……まぁ、言いたいだけなら気が済むまで言えば良い。
 それで君の中で納得が行くなら。

 ただ、それでも飛びたいというならまずその翼はナシに考えてみろ。
 それっぽく動かす必要もない。ただ、身体を浮かせるだけだ。
 本当にただの浮遊から始めてみるといい。何か考えるのはそれからでも遅くは無い。」

簡単なアドバイス? あるとも。
簡単なようで難しいアドバイスをしてやろう。
意地悪だと言われようと、回りくどいと言われようと、それが自分なのだから。

「君は色々考えすぎる。ヒトの事を言えた質ではないがな。」

モンブランの欠片が、男の持つフォークに残っていた。

日下部 理沙 >  
「流石に浮遊と滑空くらいはできますよ。
 なんだったら、飛び回りながら刀振り回したりとかも。
 長時間できないんでこの点数ですけどね。
 あ、プリンもらいます……ありがとうございます」

気安く笑って、プリンに手を付ける。
そこでやっと……伝票が一つにまとめられていることに気付いた。
……大人にはかなわないな。つい、理沙はそう内心で苦笑してしまう。
優しいのだ、この人は。

「考えすぎ……ですかね」

オーダーメイドでも何でもない眼鏡を、また掛けなおす。
量産品の市販品。まぁ理沙の懐事情ではこれが限界だ。
オーダーメイドはどうしても高い。

「自分だと、まるでそう言うつもりないんですけどね」

苦笑する。
まぁでも、恩師……ヨキにも言われた事だ。
きっと、そうなんだろう。
それも、良くない意味で。
……まぁ、どうしようもないんだが。

「ごちそうさまです、羽月先生」

すっかりプリンを平らげて、理沙は立ち上がる。
気付けば、結構いい時間だ。
この優しい教諭に甘えて、随分と長居してしまった。

「そろそろ、俺は行きます。
 よければ……また話してください。
 愚痴聞いてくれる相手、少ないんで」

そう、心からの笑みを浮かべて、理沙は席を立った。
白い翼の羽根を、微かに揺らしながら。

羽月 柊 >  
そういうことではないんだがな、と少々困った表情をした。

長時間飛べないなら、常に飛び続けなければ良い。
自分に出来ることの範囲で最大限振舞えば良い。
……だがそれは、大人だからこその視点だ。

まだまだ彼には、これから学ぶことがたくさんあるのだろう。


「学者は皆考えすぎる。
 考えすぎて堂々巡りで最初に戻ってきたりする、そういうものだ。
 
 研究者の俺が言うのだから間違いは無い。」

最後の言葉は冗談めいて、ふと笑みを零した。

立ち上がる理沙の白い翼は、窓辺から差し込む夕日の灯を受け、僅かに金色に煌めく。
彼にとっては忌々しい呪いの翼も、柊にとっては綺麗だと思えるほどに。


「……頑張りたくない時は素直に休め。
 飛び続ける必要は…決して無いぞ。」

最後に笑みになったことにいくらか安堵し、
引き留めることなく見送るだろう。

ご案内:「学生通り」から日下部 理沙さんが去りました。
羽月 柊 >  
残った珈琲に口をつける。

「……追い詰められれば、それが決定的な間違いでも気づかない。
 もう、あんな光景は……見たくないからな。」

そう独り言ちる男の耳で、金色が揺れていた。

ご案内:「学生通り」から羽月 柊さんが去りました。
ご案内:「学生通り」に227番さんが現れました。
227番 > 夜の学生通りを歩く、水色のワンピースの少女。

前に来た時と違い、足取りは確かなもので、
しかし同じところを行ったり来たりしている。
手にはメモ帳とペン。

曲がり角を曲がっては、何かを書き込んでいる。

227番 > 少女は人を探している。

落第街から……『外』に出てきたことを、報告したい人が居る。
それは一人じゃない。探してもらうには多すぎる。

だから、自分の足で探すことにした。
だから、迷子になんかなっていられない。

道を覚えよう。裏の道も網羅しよう。頭に叩き込もう。
足りない教養で導き出した答え。

教えてもらえるのを待ってなんか居られない。

227番 > 少女がメモ帳に書き込むのは、手作りの地図。
ろくに学を修めていないというのに。
縮尺も正しくはない。文字も書けないので書かれていない。
しかし、それは紛れもなく地図だった。

全てのページには、矢印が書かれている。
これは東西南北ではなく……時計台の方向だ。
少女が自分で考え出した、マッピング方法。

迷うことも恐れない。
迷ってしまったらそれもメモ帳に書き込む。
道を示す線がどんどん増えていき、つながる。

227番 > いつものような、あてもなく歩くのとは違う。
運が訪れるのを待つような放浪じゃない。
変わったつもりでいて、落第街に居た時と何も変わっていなかった。だから。

歩いて、探し求める。
もしかしたら、この路地に自分に関わるなにかがあるかも知れない。
もしかしたら、この先に探している人がいるかもしれない。

強い意思をもって、途方も無い作業を進めていく。
お礼を言いたい相手を見つけるために。

自分のことを知るために。
"いちばんつよいともだち"にたどり着くために。

227番 > ……とはいえ、少女の体力はあまり多くない。

手頃なボラードに腰掛けて、一息つきながら、空を見上げる。
落第街とちがって明るい町並みから見る空は、星が少ない。

……そういえば、あの一際大きな星は何なのだろう。
向こうに居たときは、夜であっても道を照らしていた。

今日はよく輝いている。

227番 > 持たされているボトルの水を口に含み、飲み下す。
これが空っぽになったら帰ろう。

2段階の背伸び。それから立ち上がって、メモ帳を確認する。
つぎはこっちの道だ。

少女はまた1つ1つ、道を虱潰しに歩いていく。

ご案内:「学生通り」から227番さんが去りました。