2020/07/19 のログ
紫陽花 剱菊 >  
「……其れほど迄か、『真理』」

其の『真理』に対して一切の希望的観測はしない。
現実を見据えて己の力で勝ち筋を手繰り寄せるのが戦人。
相対した事も無く、あかねの言葉誇張とも思わず
ただただ強大と見据えていたが、人の言葉では表現できない程に大きすぎるもののようだ。
あかねの、ともすれば『執念』はよく理解している心算だ。
彼女の『願い』の為にどれ程迄の用意をしていたのかも、理解している。
少女一人の限界を、恐らくは越えていたのかもしれない。
だが、現実は無情にも其れでも"微塵にも及ばない"と、彼女は言う。
経験者故の、重い言葉。だが、剱菊の表情は未だ微動だにしない。

「───────……。」

一つ、『真理』は"生命"ではない。

二つ、『真理』の声自体が死の誘い。

三つ、被害は大よそ自らの想定通り。

そして、此の学園の天上人の存在も、彼女が事実、捕まった事も在るからこそ言える事か。
事実、厳重に保管された『トゥルーサイト』及び『日ノ岡あかね』の事も必要最低限しか残っていなかった。
恐らく、此の島の天上人、生徒会とは其れほどまでの集団なのだろう。
ともすれば此れは───────……。


覚悟は当に、決まっている。


「あかね。」

彼女の名を、呼んだ。
目を離さず、しっかりと口元を動かして。
その名を、ハッキリと呼んだ。

「先んじて言えば……畢竟、此れも"賭け"だ。此れは恐らくまだ、誰も知らぬ事……私自身、至ったのがつい先刻。故に、一切の確証は無い。」

「────だが、もし私が『誰も死なせず』『真理との言問いを終わらせれる』『可能性』が在ると言えば、君は乗ってくれるか?」

「無論、一切合切の全てを成功させれるとは言わない……多めに見積もった所で、三割も行くまい。手にした"刃"は、其の土壇場で抜けない可能性も在る。」

「……狂言と誹っても構わない。然のみ変わらぬと言えば、其れ迄だ。あかね……。」

「『私の言葉を、君は信用するか』……?」

日ノ岡 あかね > 「聞くだけ聞くわ」

そう、あかねは呟く。
期待はしていない。
あかねも、出来得る限りの手段を準備し、入念に調べ上げ、風紀委員としての立場まで手に入れてこうしている。
無論、計画以外の『楽しみ』も込みで風紀を選んだところはある。
だが……風紀を選んだ最大の理由は『弛んでいた』からだ。
一番付け込みやすかった。
事実、『トゥルーバイツ』の人員には普通の風紀委員もいる。
公安委員会や生活委員会だったら多分一人もいなかったろう。
それほどまでに……常世の治安維持現場は荒れている。
荒れ果てるほどに『願い』を『希求』されている。
だからこそ……『トゥルーバイツ』は存在出来た。
全ては必然でしかない。
故にあかねも――ぽっと出の好都合など微塵も期待しない。

「言ってみて。信用できるかどうかは聞かなきゃわからない」

あかねはそういって……剱菊の目を見た。

紫陽花 剱菊 >  
見つめ返し、交差する互いの黒。
最もな言葉だ。どれ程までに彼女が入念に準備をしてきたか
出来る手段を尽くしてきたか、見当も付かない。
其れに、当の本人である自分も……。

「……何処まで出来るか、試す程の時間は無い。何より、私自身も空言だと思いかねない。」

言葉通り、握った其の"刃"の振り方を。
冷徹なる鉄火の友と、同じく悩み其れでも陽の温かみを持つ友に打たれ作られた一本の"刃"。
胸に宿すこの"熱"は未だ、あの雨の日より冷めやらぬ。
己の異能の、第二歩。
此より放つ言葉は、まさに空言の様に聞こえるだろう。

「──────『真理』を斬る。」

ハッキリと、口にした。
戯言の様な言葉、一切の偽りの無き水底の黒。
水底に差す、僅かな光明。決意。
まさに、途方も無い言葉を今、口にした。

「……正確には、"刹那の見切り"か。真理の言問いにおける生殺与奪。此の"殺"を斬る。」

また平手でも食らいそうなまでに途方も無い事を口にした。
彼の言っている事は『死の概念を払いのける』と言っている。
余りにも虚言だ。其れでも尚、水底の光明だけは、消えていない。

日ノ岡 あかね > 「無理だと思うわね」

嘆息した。
それでも、あかねは笑う。

「男の子らしい発想だと思うけど……武威で何とかなる程度なら、私もこんなに苦労してないわ。単純に女を磨いて、途方もなく強い異能者を垂らし込んだりとかしてると思う」

冗談めかして笑う。まぁ実際、そうしたろう。
概念だのなんだのを否定する異能や魔術も確かにあるにはある。
だが、所詮全部『人の技』に過ぎない。
実際、そういう手段を持ち込んだ『トゥルーサイト』の人員もいた。
時空や摂理を捻じ曲げる類の異能や魔術も当然叩き込んだ。
そんなものは常世島では『普通にある手段』でしかないからだ。
……それでも、ダメだった。
悉く全てが何の意味も持たなかった。
相手は、そういう存在。
――故にこその、『真理』である。

「勿論可能性はゼロじゃないからやるだけやるのはコンギクさんの自由だけど……話を聞くより無謀と思うわよ?」

まぁ、誤差ではあるが。
なので、あかねも止めはしない。
やりたければやればいいと思う。
あかねだって、「やりたければやればいい」程度の事をしているのだから。

紫陽花 剱菊 >  
「…………。」

あかねから目線を外し、空を見上げた。
炎天下の空、夏至に蒼天、入道雲。
打たれたばかりの鉄が如き、胸にある"熱"を意識し、入道雲に手を伸ばした。
綺麗に、其れこそ刃を振る様に、綺麗に振るわれた、右手。
何かが"斬れた"ような音と共に、入道雲も千々に乱れ、雲の子を散らす羊雲。
其れでも尚、あかねの嘆息に苦笑いを浮かべ、視線を夜へと戻した。

「私も、そう思う。」

思わず、同意していた。
自分を超越者とは思っていない。
其れに彼女の言うように、異能一つで解決できるというのなら
『トゥルーサイト』の時点で、きっと其の悲願は達成している。
剱菊は、静かに首を振った。

「あかね。私は、君の事が好きだ。……私が恐らく初めて、"個人"として求めた女性だ。」

「孤独に泣いていた君を憐れんだのがきっかけだ。君は其れを聞いて、不快に思うかも知れない。」

「……君はまた呆れるかもしれないが、私はな、此の先君と『共に歩みたい』と言った。其処に一切の偽りは無い。」

「君の全てが欲しいのは本当だ。……君の事がもっと知りたい。だからこそ、君の『始まり』に手を貸したい。」

「『始まり』と言うので在れば、君が先刻通り"此れから"何だろう。君の、『日ノ岡あかね』の人生を共に生きたい。」

「……否、此れではお為ごかしだな。あかね、私は……。」

「……君にもっと、喜怒哀楽を……"今の笑顔"以外の顔もしてほしい。"普通の少女"然とした、生を歩んで頂きたい……。」

「今更、と言われるやも知れないが……私とて、ただ『待つ』と言う訳じゃない。」

嗚呼、そうだ。そうだとも。
彼女は何時でも笑っているが
其処にいるのは少女の皮を被った怪物でも
人の痛みがわからない機械でもない。
何の変哲もない、"ただの少女"。
誰もいない夜に泣いていた、一人の少女。
そんな少女の願いを叶えたい。
少女に"笑ってもらいたい"。
そう願う事が罪だと言うのであれば、其れこそどうかしている。

「然るに、無謀はお互い様だ。『共犯』に成ると言ったあの日、私が先駆けと成らんと言った……言葉通りだ。」

「君の、"君達"の露払い。漠然とした自信だが、どうせ死ぬので在れば、君の為に死ぬのも悪くない。」

「……多くの生命を無碍に斬った私が言う資格は無いかも知れないが……。」

「私は其れを『選択』する。『始まり』の"先"を、共に行きたい。」

「……私の『選択』を、君は笑うか?」

改めての決意表明と言えば、其れ迄だ。
ただ、漠然と彼女を見ているのではなく、自分なりに見えたもの、聞いたものを。
目の前の『日ノ岡 あかね』を見て、自らで『選択』した。
……其れが正解かどうかも、分かっていない。
この言葉の選びが正しいとも思っていない。
未だ迷いが在ると言えばそうだ。だが、"嘘"ではない。
自信がない、ちょっと寂しげな笑顔を浮かべて

静かに、夜の帳の向こうへと問いかける。

日ノ岡 あかね > 「笑わないわ」

目を見て、いつも通りに……あかねは答える。
ハッキリと、淀みなく。
それこそ、広がり続ける蒼天のよう……明瞭に。

「だって、それがコンギクさんの『選択』なんでしょ? 男の決死の覚悟を笑う女なんてロクなもんじゃないわ。私はそれを笑わない」

あかねは頷く。
ゆっくりと、しっかりと。
元から、あかねが他人に求めるものなんてそれだけ。
自分で選んで、自分で行動する。
最初から、それだけ。

「質問はそれで全部?」

改めて、あかねは小首を傾げる。
計画の日取りも近くなってきた。
詰めたいというなら、当然聞く。
剱菊には聞く権利がある。

紫陽花 剱菊 >  
「……左様か……。」

其れなら、安心だ。
……"人"として漸く、何か一歩進めた気がする。

「私は……縁に恵まれているな……やはり……。」

繋がりを断つ刃では無く、縁を繋ぐ側として
そして、今度は自分自身の意志で、刃をしっかりと握れている。
其れを初めて向ける相手が『真理』
とんだ初戦だと、自分も思う。
剱菊は、微笑んだ。ただ、何時ものはにかんだものではなく
穏やかで、其れこそ若人本来が見せるような、朗らかなもの。

「……ん、乾坤一擲……後は、野と成れ、山と成れ……。」

人としての常識が通じない以上は、後は其れしか言えない。
────打ち直された刃が何処まで通じるか。其れこそ、誰にもわかるまい。
此れこそ迷いかも知れない。
彼女は我儘と言ったが、未だ如何様に人との関わり合いも測りかねているし
『選択』の正しさに迷いがある。だから……。

「……苦労を掛けるな……。」

なんて、思わず言ってしまった。

「……私の方は此れで大丈夫だ。手間を取らせた、感謝する。あかね。」

日ノ岡 あかね > 「いいのよ、私、こういうの手間とは思わないから」

そう笑う。いつも通りに。
広がる夏空。雲が千切れたその元で、日の光は輝く。
全身に夏の日を浴びながら、あかねはカメラを手に取って。

「えい」

剱菊を撮る。
出てきた写真はさっさと鞄に仕舞う。

「いい顔よ、強さだけじゃ人は半人前」

とても嬉しそうに。
それこそ、ただ一人の少女の顔で微笑んで。

「弱さも飲み込んで、やっと一角の男でしょ?」

そう、囃すように笑ってから、踵を返す。
ぼちぼち、バスが来る時間。
利用客も集まってきた。
ずっとここに居ては迷惑だ。

「時間はお互い有限よ……『楽しみ』ましょ、ずっとね」

振り返って一度だけそう笑ってから、何処へなりと、あかねは消えていった。
相変わらず、足音一つさせず。
どこか、上機嫌そうに後ろ髪を揺らして。

ご案内:「学生通り」から日ノ岡 あかねさんが去りました。
紫陽花 剱菊 >  
「左様か……、……ん……。」

不意に向けられた写し絵の箱。
不思議な音共に撮られた写し絵は、即座に彼女の鞄の中。
ほんの少し、呆気を取られた。
今の写し絵は、見せてはくれないのだろうか、とも。

「……両方合わせて、一角の男……。」

「『陰陽以て、人と成す』……。」

相反する二つを併せ持ってこそ、人。
其れは即ち、強さだと。
彼女の言葉と、あの教えが脳裏を反芻する。

「…………。」

何よりも、水面に映った其の笑顔が、とても印象的だった。
其れだけで彼女が何を思ったか、一目でわかる。
彼女の喜びが、とても今、自分も嬉しく思えた。

「……嗚呼。『悔い』が残らない様に……。」

其の背中に、独り言ちた。
『楽しむ』……きっと、彼女はそうやって今を作っているんだろう。
今の自分には今一要領を得ないが、ただわかるのは、悔いだけは残さないようにしてる事。
……彼女の願い迄、もう日数も無い。

「…………。」

やれるだけの事を、しなければ。
せめて、『彼女だけ』は進めるように。
別方向に、踵を返して、静かに歩み始める。
今でこそ道は違えど、何れ──────……。



嗚呼、にしても……。



「可憐な、笑顔だったな……。」

ご案内:「学生通り」から紫陽花 剱菊さんが去りました。
ご案内:「学生通り」に山本英治さんが現れました。
ご案内:「学生通り」に水無月 沙羅さんが現れました。
山本英治 >  
学生通り。まぁ、いかにもな高級住宅街って風情だ。
異邦人街に住んでる俺にとっては、あまり馴染みのない場所だ。
だが、だからって嫌いだとか。だからって警邏をしないとか。
そういうことは一切ない。

まぁ、警邏も夕日燃えるただいまの時刻を持って終わりだが。

冷たい缶コーヒーを買う。今日は微糖という気分だ。
お安い冷たさを手に、休憩できそうな場所を探す。

水無月 沙羅 > いつもの見回り、所謂パトロール。
つい最近妙なお貴族様を見つけてしまったからこそ、異変は続くというのがお約束というらしいから入念に。
やっぱりお金持ちっていうのは住む世界が違うのだと、ほんの少しだけ目を泳がせてしまう。
別にお金持ちになりたいわけじゃないけど。

曲がり角の先、そういえば自動販売機があったかな、と思いだしたら急にのどが渇いてきた。
もうすぐ海の日も近い、熱中症になる前に水分でも取ろうかと角を曲がる。
見えるのは黒いまりも。

「なにやっ……つ。」

何奴でもない、先輩である。
風紀委員の先輩(沙羅の中ではアフロ先輩と呼んでいる)、山本さんと言ったか。
以前の懇親会でお会いした人だ。あの時は何か悩んでいる様そうだったけれど。

「し、失礼しました山本先輩。 こんばんわ、ですかね。 時間的には。」

墜ち出した夕日をちらりと見やる。

山本英治 >  
「今、なにやつって言おうとしなかった? まぁいいんだけど」

缶コーヒーを開封して飲む。
冷たく、甘く、苦く。黒い髪と緋の瞳の少女を見る。
神代先輩の彼女さんだ。名を水無月 沙羅。

とはいってもこっちは懇親会の後、書類で名前を知ったクチなのだが。

「こんにちはとこんばんわの中間かな……」
「見回りお疲れ様です、あと先輩はいいよ」

視線を逸らす。復学組だから。

「俺、一年生だし……水無月さん、山本さんで良くない…?」

ちょうど良いベンチを見つけて。
でも女性より先に座るのは、如何なものか。

どうぞ、と一応座るよう促してみる。

水無月 沙羅 > 「あ、あははは。 急に黒いまり……アフロが見えたのでつい。」

びっくりしたんです。

「え? うーん……。 先輩は先輩って感じですからね。 少なくとも組織により長くいる、という事で、だめですか?」

すこし唇に指を当てて考える、敬愛する人を呼ぶのに○○さん。
と呼ぶのには実は少し抵抗がある、特に風紀の人たちには、まぁそれは私の個人的な憧れの様なものがついて回ってるからだけど。
風紀のメンバーはだいたいみんな先輩。 私から後に入った人が居なければ。

「せーんぱいっ?」

にこっと笑ってから、自販機でイチゴミルクに少しだけ目が行って、すぐに微糖のコーヒーに目を移した。
最近甘いものに目が行きがちな気がする、きっとどっかの暴君のせいだ。

「あ、お失礼しますね。」

何やら気を遣わせてしまった様子。
男性を立てる、というのも女性には必要な礼儀作法らしい。
よくはわからないけれど、とりあえず先に座ってと促されるならば座っておこう。
レディーファーストという奴だろうか。
案外生真面目な人なのかもしれない、紳士、とか?

でもこの前ナンパしてなかった?

山本英治 >  
「ついで済む部分超えてない? 黒いまりもの八割発言してない?」

相手の言葉に従えば、確かに俺は先輩になるのかも知れない。
俺はこの後輩に何かできるのだろうか。
労いの言葉くらいしか今はできないが、追々考えよう。

「オ、いいねぇ。可愛がられる後輩の資質を持ってらっしゃる」

コーヒーを口にする。
帰ってからも戦場だ。掃除、洗濯、料理にと。
一人暮らしは帰ってからも忙しい。だからカフェイン。

「そういや神代先輩とこの前会ったよ」
「なんかこう……柔らかくなったな、印象が」

首の辺りを掻きながら笑う。

「そういうとこ、水無月さんの影響ならありがたいと思う」
「俺、穏健派だからさ……いつか喧嘩するんじゃないかって内心ビビってたからな」

何が穏健派だ。この前、人を殺したくせに。
任務で人を殺した際に書く青い書類──デッドブルーを書いたくせに。
自嘲しながら、髪をいじった。

水無月 沙羅 > 「だ、だってこうなんというか……人の髪型というのがいまだに信じられなくて。」

どう見てもまりもだし、まりもだし、なんか虫とかの住処になってそうでちょっと怖い。
何なら小物入れになりそうなのがちょっと憎い。

「可愛がられる後輩の資質……ですか?」

特別なことをしたつもりはないけれど、今の動作にはそういう何かがあるらしい。
可愛がられたいわけじゃないが、コミュニケ―ションが円滑に進むのは良いことだ、メモしておこう。
ほんの少し前まで、私はそんなことを気にするような人間ではなかった。

「理央さん……ですか、と言うか彼女ってどこから漏れたんだろ、じゃなくて。」

唐突にふられるものだから、急に想い人の顔が過ってすぐに頭を振って虚像を追いやった。さすがに失礼というものだろう。

「やわらかくなった、んでしょうね。 約束してもらったんです。 死神には、システムにはならないでほしいって。」

カシュッっと音を立てて、コーヒーを一口。
甘い。微糖ってこんなに甘かったかな。

「影響っていうなら、私もいろんな人の影響を受けましたよ。時計塔の小さい先輩とか、理央さんとか、日ノ岡あかねとか、路地裏の怖い人、不死身と言うより……コピー? ううん、人形だったのかな、あれは。」

いつぞや、襲ってきた不死の同輩、恐ろしき力を思い出して身震いする。

「出会いは人を変えるって言いますからね。」

それは何から教わったんだっけ、たぶん漫画だったかな。
時々書店で見る少女漫画、見回りのときは読んでないですとも、誓って。ちょっと目に入るときがあるだけです。

「山本先輩、なにか……悩んでますか?」

髪をいじる目の前の先輩を見やる。
往々にして、人の感情が動くときは体も同じように独特のモーションが付く。
頭の付近をいじるのは、目線が動くのは、過去を思い出したり、嘘をついたり、想い悩んだりするとき。
この人もまた、今を過去に汚染されている、そんな気がしただけ。

山本英治 >  
「アフロに対する偏見捨てない?」

髪を弄る。中からフォークみたいな櫛、アフロコームを取り出した。
これで髪型を支えているのだ。

「愛嬌さ……生意気でもいいが、愛嬌がないと後輩は可愛がられない」
「そして真っ当な先輩の資質は、平和なインテリジェンスが必要ってところか」

真面目にメモを取る水無月さんに、破顔一笑。
なんだか、人付き合い一年生って感じがするなァ。

「あの懇親会ムーブでバレてないと思うのヤバない…?」

デッドブルー常連の神代先輩も、どういうことか最近、枚数が減ったらしい。
その場にいるだけの二級学生まで鏖殺しなくなった、というだけだが。
いつかわかりあえそうな気がしてくる。

「ああ……俺も色んな人と会ったよ」
「ってか、あかねさんにはさん付けしないんだ?」

呵呵と笑って次第に冷気を失いつつある手元の甘露を揺らす。
そして次に来た言葉は。

「悩みねぇ……生きてりゃ、人間悩みの十や二十、あるもんじゃないかな」

思わず茶化したが、相手の視線は俺の髪を弄る手を見ていた。
ああ、そうだった。髪を弄るのは相手との距離を取ろうとする防御反応の一種だったな。

「すまない、咄嗟に茶化した。あるよ、悩み。最近は、大きなのがある」

ヒグラシの鳴き声が響いた。
遠く、空にカラスの家族が飛んでいる。

水無月 沙羅 > 「お、おぉ。それで支えてるんですね。 アフロ、意外と興味深い……いや頭重くないですか? そして暑そ、あぁいえ、偏見は止めることにします、はい。」

どうも、あの髪形にはそれなりの作成する苦労があるらしい、適当な私の髪の比べたら手間も掛かるのだろう。

「愛嬌、ですか。 できてればいいんですけど。少し前まで、不要なものだと思っていましたから。」

不死身の怪物でよかったあの頃は。
今は、こういう人たちと会話をしてもっと知りたいと思うから、きっと必要なことになったんだろう。
貪欲に知識を求めるのも悪くない。

「山本先輩は優しいって評判ですからね。」

女癖が悪そうだという印象を口にするのはとどめておこう。
違うと思いたい。

「あ。あー……、私あの人苦手なんですよね。 なんというか、人間じゃない気がして。」

酷い言いようかも知れないが、感情が見えないというのは怖いものだ。
薄笑いしか浮かべないあの少女が、私は怖い。

「茶化しても、別にいいんじゃないですか? 知られたくない過去、言いたくない事。 人には多いですから。」

謝罪する先輩に向けて首を振る。それは間違いではない。
防御行動だとするなら尚更に、面識のない人物に対しての正しい反応だ。
言う儀理もなければ、理由もない。
それでもあえて、彼の言葉言動、今までの話題から推理するなら。

「……、殺した罪、ですか?」

神代理央、人が変わる、穏健派、喧嘩をする、髪をいじるタイミング、材料は既にそろっている。

「自分も同類、みたいに思った……とか。」

それは想像だけど、ちょっと踏み込み過ぎたかもしれない。
想った瞬間には言葉に出ていて、もう遅い。

山本英治 >  
「暑いし重いけど?」

アフロコームを差し直した。
髪のボリュームがアップ。

「そうかい? 必要性が理解できたなら、何よりさ」
「人間性……とか、そういう話」

相手の過去もわからない以上、慎重に言葉を選んだ。
親しくもない相手に対人関係のアドバイスを受けるのは相手にとっても本意じゃないだろう。

「はは……ありがとう、本当に優しい人間かどうかは自分で判断してくれ」
「苦手かい? あかねさん。ああ見えて可愛いところがあるぜ」
「猫みたいな印象を受けるし、人間的で真っ直ぐ目的に向かう意思の力がある」

その意思が。今は。園刃先輩を連れて真理に辿り着こうとしているのだが。

そして相手の言葉に核心を突かれれば。
俺は深く溜息をついた。

「その通りだ。俺は最近、デッドブルーを書いた。違反部活の部長を殺したんだ」
「その上で、トゥルーバイツに参加した園刃先輩を止めたい」

「俺の汚れた手で彼女を引き止めていいのかが、どうにもわからん」

喉が乾く。残った黒の佳味を飲み干した。

「感情で色んな事件に関わったが。感情だけじゃどうしようもないことが大多数だ」

水無月 沙羅 > 「人間性、ですか。」

ボリュームの復活するアフロを眺めつつ、相手の言葉の意図するもの汲もうと試みるが、まだ私には難しいことらしい。
適当な話題がするすると通り抜けて行く、所謂世間話と、自己紹介のような何かはスムーズに流れて行って。

彼は唐突にため息をつく。

「デッドブルー……ですか。」

所謂、死亡報告、致し方のない犠牲の様なもの。
私は、あまり好きではない。
『死を想う』事を教えられた自分にとって、それは重い意味を持っている。

「山本先輩、日ノ岡あかねの目的については、ご存知ですか?」

もし、知らないというのなら、いや、知っていても知らなくても、タイムリミットは余りないのだろう。
念のための確認を、そもそも私はあの情報を理央以外に漏らしていない。
陰でいろいろな人が動いている気配はするけれど、動くなと言われた私には関係のない話だ。
たとえ彼女が死のうとも。

「どう止めたらいいのか。なんてわかりませんよ。 でもそうですね。 理央さんが変わった理由くらいなら教えられます。」

空になった缶を見て、まだ8割は残っている缶コーヒーを差し出す。
自分は新しくミネラルウォーターを買おうかな。

「どうぞ、喉、乾くでしょう?」

緊張というのは喉が渇くものだ。

山本英治 >  
「ああ、デッドブルーだ。何度捕まっても人を殺し続けると宣言した男を」

右手を開いて視線を落とした。

「殺した」

諦めたように視線を上げると、左手のスチール缶をくしゃくしゃに潰して丸めた。
一般的に堅いと思われるそれは。
あっという間に手の中で球体になる。

「知ってるよ、機密に触れるのは下っ端の身分じゃ簡単なことじゃなかったが」
「あかねさんは“窓”を開いて真理に触れようとしている」

真面目な水無月さんだ。
てっきり人生相談でもしてくれるのかと思ったが。
相手から出た言葉は、神代先輩の話だった。

「神代先輩の? 聞きたいね」

親指で球体になった缶を弾く。
それは夕焼け空を目指して真っ直ぐ飛んだ。

「遠慮しておく、カフェインを取りすぎると眠れなくなる」

弾かれた球は。ガコンと音を立てて寸分違わずゴミ箱に落下した。

水無月 沙羅 > 「そうですか。」

何でもないように、その報告を受け止めた。
きっと仕方のないことだったのだろう、世界が変わってしまったあの日から、異能を持った人間を閉じ込めておくのは楽じゃない。
人を殺すことが、武器を持っていることが当たり前になってしまったこの島では、殺さず生かす、などと言うのはお伽噺のように遠い。

くしゃくしゃになったスチール缶は、彼の心境を投影しているようで。
しかし、人生相談に乗ってあげられるほど、彼と親しくもない。
少し踏み込み過ぎてしまったことを、反省する。
自然と目線が下がった。

日ノ岡あかねの話題は、とりあえず横に置いておこう、どうせ後でつながる。
今ここで返事をしても混線するだけだ。

「では、ミネラルウォーターでも、熱中症になってしまいますよ。」

ガコン、と静かな住宅街にペットボトルの落ちる音が響いた。
まるで、静寂の糸を切る様に。
沙羅はそれを彼に投げ渡した。

「情に訴えました。」

完結に、冗談めかして。

「みっともなく、泣いて、懇願して。 彼の本心に投げかけただけです。
 嘘をつくなって。」

少し苦みの増したコーヒーを飲み干した。

「彼は、殺したかったわけじゃなかった。」

それだけの話。