2020/07/20 のログ
山本英治 >  
「そうなんだ」

そしてこれが俺の台詞。
仕方がなかった。けど、仕方がないで済ませて良いことでもない。
自問自答を繰り返して、悩み続ける。
贖罪なんて俺が百回死んでも釣り合わないが…悩むくらいはしてもいい。

投げられたペットボトルを受け取って。

「ありがとう」

手短に言ってキリリと冷えたそれを口にした。

そこで伝えられた言葉は。
緋眼の殺戮鬼。鉄騎赫焉。デッドエンド・パペティアー。
鉄火の支配者……神代理央の、真実。

「……そう、だったのか………」

自分の言葉が胡乱に響く。
誰だってデッドブルーなんて書きたくないって。
フィスティアに叫んだはずなのに。

心のどこかで、神代先輩はそうじゃないのかも知れない。
そう思っていたのだから。

「園刃先輩、笑ってたよ」
「楽しそうに、笑ってた………」

でも、それは本当に?
レイチェル・ラムレイ先輩と一緒にいた頃より。
貴子さんと三人でいた頃より。楽しいのだろうか。

水無月 沙羅 > 「不思議ですよね。 人って、仮面を被れるんです。」

自分用のミネラルウオーターを新しく買って、また音を立てる。
夏の暑さは、どこか自分を責める様に肌を焦がしてゆく。
じわりと滲む汗が服に染みこんでは張り付いて、気持ち悪い。

「平気そうな顔を、蔑むような顔をして、人を殺して見せる人間城塞。 一皮むけば、泣きながら砲を撃つただの少年兵。」

「例えば、親切そうな、紳士の様な顔をして、その実内心はぐちゃぐちゃに今でも折れてしまいそうな青春少年。」

自分もまた、そういった仮面を被っているのだろう。
生真面目そうな風紀員の、人のいい少女の顔を。

「それは自分でも気が付かないうちに張り付いているペルソナ。
 ねぇ、山本先輩。」

冷たい水を口に含んで、嚥下する。 ため息をつく様に一息ついてから、口を開く。

「園刃先輩、本当に『笑ってた』んでしょうか。」

だれもが、嘘をつくこの世界で、だれが真実なんて見抜けるのだろう。
きっとそれは不可能に近くて、でもそれを引きはがす方法を人間は知っているはずで。

あぁ、特にこういう人にとって、それは得意分野ともいえるのかもしれない。
自分の感情に素直になれるような人間には。

「あなたの此処は、どう思っているんですか?」

鼻が付きそうなほどに近づいて、黒い瞳を、真紅の瞳が覗き込む。
意地の悪い、あの鉄火の支配者の威を借りて。
見透かすように覗き込む。
沙羅の細い指が、筋肉質な胸をそっと突き刺した。

山本英治 >  
「例えば、社会性の仮面をつけ始めたばかりの少女?」

二面性。といえばシンプルだが。
人は“その場限り”の仮面すらつける。
人格を切り替える異能者とも、また違う。

人の本質にも似た概念だ。

「……それは…………」

自信がない。あんなに楽しそうに笑っていたけど。
内心でどう考えているかなんて、理解できるはずがない。

距離が近づく。胸に細い指が当てられる。
なのに、俺は。どこか上の空で園刃先輩のことを考えていたんだ。

「園刃先輩に恨まれても」

力強く答える。

「園刃先輩には違う笑顔を見せてもらう」

あれもきっと、園刃先輩の仮面の一つだから。

「だって……女の子が…真理を求めて命をインクの海に滲ませるなんて」
「俺、見てらんねーよ」

そう言って、目前の緋の双眸を見る。
ふ、と表情を緩めるように笑った。

水無月 沙羅 > 「……そうですか。」

くすり、と笑って一歩二歩、距離を取る。
もう、意地の悪い少女の仮面は十分に見せただろう。

「そうですね、そんな仮面を私もつけているのかもしれません。」

私が言うのもたいがいだけれど、なんというか山本先輩、それ恋してませんか?
目線、だいぶ違うところ言ってますよね。
やっぱり青春少年は地を行っているらしい。

「では先輩。 後輩の拙い意見ながら、少しだけお節介を。
 仮面は壊れやすいものです、矛盾を突かれるほど、感情に付け込まれるほど、大事な存在からの一撃となれば殊更に。」

自分はそれを、あの鉄壁の城塞相手にして見せたのだから。

「どうしても、というのならば。 相手の事なんて一縷も考えなくていい、貴方の感情を叩きつけても、偶にはいいんじゃないですか?」

人を動かすのは、人の心だ。 どこまで行っても、どんなに技術が進んでも。どんなに魔術が達者でも、それは変わらない。

「懇親会の時みたいに。」

随分と怒ってらっしゃいましたよね。 と笑う。

「先輩にも、この言葉を送りましょう。 受け売りですけれど。」

「『死を畏れ、死を想え。安寧の揺り籠は死と共にある』。」
 
「だれが何と言おうとも、死を手段にしてしまっては、システムにしてしまってはいけない。
 貴方がよくご存じのはずです、『オーバータイラント』。」

死に苦しむ彼に、あえてそれを叩きこむ。
お前が苦しんでいることを、彼女にさせるつもりなのかと。

山本英治 >  
「懇親会の時の話はやめてくれ、やさぐれてて持流さんに当たった後悔だけがある」

やさぐれてたら人に暴言を浴びせてもいいのかと言われると。
そうでもないな。

死を畏れ、死を想え……か。
感情と、死と、揺籃の物語が彼女の口から紡がれる。
だったら。感情をぶつけるのだったら。
ふさわしい人物がこの常世島にはいるはずだ。

「……今の、良いヒントになったよ水無月さん」

ポケットの名刺入れに大事にしまってあるメッセージカードに触れる。

「感情をぶつけられるなら、俺みてーな馬の骨じゃなくて」
「大切な友達からのほうが良いに決まってるってな…」

背を向けて去っていく。
夕日は遠い空でコーラのような黒と溶けて混じり合っている。

「オーバータイラント、山本英治……」
「時空圧壊のレイチェル・ラムレイとコンタクトを取る」

歩き去りながら背中越しに手を上げて。

「次の一手はそうなるだろうな」

さて、会ってどうする。何を言う。
それもまた、選択の一つ。

水無月 沙羅 > くすくす、と笑って懇親会の日を思い出した。
あの日の熱が、きっと誰もかれもには必要で、彼を動かしたのもまた『感情』という名の炎ならば。

「ご武運を、山本先輩。 まぁ、何かあったら骨くらいは拾ってあげます。」

男の子というのは、どいつもこいつも背中を押してあげなければ重い腰が上がらないらしい。
背中で語る様にその場を去っていく先輩に一礼しつつも、困った子供を見る様に見送る。

『レイチェル・ラムレイ』風紀員の一員だったはずだ、しかし。
これはきっと、危険な賭けだ。 感情というのは鋭い刃の様なもの、余計なお節介は時として大きな事故を生むことだってある。

犠牲になるのは、彼か、それとも彼女か。
其れともなにも変わらずに……いいや、何もなくとも変わっていくものだ。
人間というのはきっと、あかねがそれを成そうとするなら尚更に。

「さて、理央さんに一応報告だけでもしておこうかな。」

私は直接は動いてないから、命令は破ってませんよ?
動いてはいませんから。 動くように差し向けただけです。

「パトロールの続きでもしましょうか。」

ぬるくなったミネラルウォーターをバッグに仕舞いながら、学生通りを反対方向に歩んでいく。
違う道を進んでいたとしても、きっと分かり合えることもあるはずだ。
彼とこうして語り合えたように。

ご案内:「学生通り」から山本英治さんが去りました。
ご案内:「学生通り」から水無月 沙羅さんが去りました。