2020/08/05 のログ
水無月 沙羅 > 少しだけ続く沈黙の間。

次の瞬間に彼の口から出てきた言葉に、沙羅は自分でもわからないままに涙を流していた。
私はこんなに泣き虫だっただろうか、最近、ずっとこうして泣いている気がする。
自分で自分がわからずにいる、彼はきっとそんな私を、私より先に見つけてしまったのだ。

「私が、疲れてる……ですか?
 
 そう、なのかな。 うん、そうなのかもしれない。
 いろいろ、本当にいろいろなことがあって、休む暇もなくて。
 幸せなはずなのに、それは次々に遠ざかって。
 理央さんと一緒だから、幸せなはずなんです。
 
 あれ、なんでだろ、おかしいな。
 悲しくなんてない筈なのに、おかしいな。」

ぽろぽろと静かに涙があふれて。
いつもの様な、感情の波に押し流されるのではなく。
静かに、ただ静かに、暖かな心のまま、涙は流れ落ちる。

肩を叩く体温に、不思議と怖さは消えて。
安心感からか、力は抜け去って、気が付かないままにしていた緊張も崩れて行く。
張りつめていた精神という糸はほぐれて行く。

「おかしくない、と、思います。 十分な、理由、だと、思います。
 ごめんなさい、こんな奴で、こんな優しい人の裏を、疑ってしまう人で。
 ごめんなさい、ごめんなさい。」

声を押し殺して、腕で涙を拭って、他の客に聞こえないように。
静かに涙を止めようとして。

馬鹿みたいに、真っすぐすぎるその温かさに、目が潰れそうで。

沙羅は初めて無償の優しさを受け止める。
受け止めきれずに、想いは溢れてしまうけれど。

小金井 陽 > 「ぅおっっっ…」

ぽかん、とした表情のまま、紅いルビーのような瞳からぽろぽろぽろぽろ涙をこぼす後輩ちゃんの様子に吃驚する、が、その狼狽も一瞬で。

「…ああ、うん。
幸せすぎて、突っ走って、理央っちもあんな性格だから一緒になって突っ走って疲れてるのも分からんで今の今まで頑張ってたんだろうなってのが分かるわ…ったく…」
もうちょい彼女のカバーしやがれ…と口の中でぼやいて、迷子の子犬めいた少女の頭に手を乗せ、太陽のようにあたたかな体温高めの指で髪を梳いて、ぽん・ぽん。
心の疲れと膿を、ゆるやかに流し落とす沙羅を見守る。

「いいさね、そのまんま落ち着くまで泣いておきな。
…しょっと。」
ほかの客や店員には見えない位置に体を入れ替え、わしゃわしゃと。華奢に思えたその指は、意外に大きくて。

溢れ出てしまった善意は、心に溜まってた悲しさと一緒に洗い流してしまうのがいい、と言うようなあたたかさ。

水無月 沙羅 > 暫く、本当に長い間、そうやって泣いていた気がする。
時間にしてほんの数分の事だったけれど。
少女にとって途方もないほど長い間視ないようにしてきた感情を、一人の少年が解きほぐしてしまった。
こうして泣いたのは、たぶん二回目。

時計塔で出会った、あの小さな先輩も、こうして自分を見つけてくれた人だった。

「すみません、お店の中で。 もう、大丈夫ですから。」

ぐしぐしと腕で涙を拭って、今度こそ、少年に微笑んで見せる。
やさしさに返すべきなのは、きっと謝罪じゃない筈だから。

「だから、ありがとう陽さん。」

自分の感情と、相手のぬくもりを受け入れるために、言葉を紡いだ。
心に溜まっていた淀みは、涙と共に随分と流れ落ちたように思える。
決して全てではないけれど、それでも十分すぎるほどに少女は救われた。

誰か見てほしかった女の子は、やっと見つけてもらえたのだ。

くしゃくしゃになった顔で、それでも向日葵のように笑って見せる。

『あぁ、私にもこんな顔ができるんだ』

幼い少女の姿が、少年の前にはいるのだろうか。

小金井 陽 > その間、泣いてる少女の隣で、ひだまりのような雰囲気を醸しながら、のんびりと、のんびりと髪梳くパティシエの少年。
年不相応の包容力と暖かさを感じる…単純な愚直に見えて、その愚直の源があるのかもしれない…

「ん。少しはスッキリしたか?

そりゃあ、よかった。どういたしまして。」

ともすれば、ぶっきらぼうにも感じるお返しの言葉。けれど、その言葉に添えられるのは、少女を泣かせて多少照れが入ったはにかみと、淀みを流して笑顔に輝きを取り戻せた沙羅へ、喜びを向ける笑顔である。

「うん、小難しい顔してるより沙羅ちゃんはそうやって笑ってる方がよぉく似合ってるよ。」

撫でていた手を放し、向日葵の少女の前へ、そっとおしぼりを差し出す。

「化粧が落ちちまうかもしれねーけど…良けりゃあこれで涙の跡も拭いてな。
甘いモン食べて、今はゆぅっくり休みな。
この店は…ラ・ソレイユはそのためにあるんだから、な。」

長い間の暗がりから、陽だまりに顔を出せた少女へ、飾りの無い笑みで、いざなう。

水無月 沙羅 > 「ふふ……。」

照れる様なお礼の言葉に、くすりと少しだけ微笑む。
あぁ、少しだけ、こういう所は理央さんに似ているかもしれない。
それは、男の子だからなのかもしれないし、胸に秘めている何かのせいなのかもしれないけれど。

「陽さん、あんまりそうやって褒めてばっかりいると、他の女の子が誤解しますよ?
 私は理央さんが居るので気にしませんけど。
 陽さん優しいから。」

きざったらしい言葉ばかり言ってると、どうなっても知りませんよと、少しだけ釘を刺して。

「私、化粧してないんですけどね。 日焼け止めと保湿クリームぐらいで。
 フレイヤにも言われたっけ。」

受け取ったお絞りで少しだけ残った涙の痕を拭って。

「じゃぁ、遠慮なくいただきます!」

えへへ、と、年齢よりも少し幼げに見える笑顔でスイーツを頬張る少女の姿が見れるだろうか。
噂にたがわぬ味に、これまた涙を流しそうになるのだが、それはまた別のお話。

「陽さんこれやばいです!!!」

此処に来る時だけは、少女で居ていいのだ。

小金井 陽 > 「ん、んんー??
そんな風に聞こえるかぁ?…俺ぁ、菓子食ってくれる相手が元気になってほしいだけなんだが…」

まさかの『口説いてるように聞こえる』と言われて、猫目を見開いて。

「そりゃ勿体ない。磨けば光る逸材だと思うぜー?今度そういうのに詳しい子に教えてもらって、理央っちを驚かせてやったらどうだ?」

そんなお喋りをしながら、年相応の元気を取り戻した少女をからかうように笑って。

「おう!!そうだろそうだろっっ常世苺の味を崩さないように苦労したんだぜーっっ!!おいしさの秘密はな…」


どこにでもある、のんびりとした日常を思い出してもらう店『ラ・ソレイユ』。
学生通りの端にあるその洋菓子店は、足を運ぶお客さんへ、陽だまりを贈るのだった―――

ご案内:「学生通り」から小金井 陽さんが去りました。
ご案内:「学生通り」から水無月 沙羅さんが去りました。